「よく噛んで食べる」より「優しく感謝して食べる」のほうが健康にいいと言えるワケ
プレジデントオンライン / 2021年8月29日 11時15分
※本稿は、堀滋『ウイルスも認知症も生きづらいのも、すべて歯のせい?』(小学館)の一部を再編集したものです。
■食事をよく噛むことで口の中がきれいになる
【患者】むし歯になりにくくて体にいい食材ってありますか?
【歯科医】難しい質問ですね。そんな食材を開発したらノーベル賞ものですよ(笑)。食べ物というものは、「これだけを食べればいい」というものはない。たとえば、「歯を丈夫にするためにカルシウムを摂ろう」と言って、カルシウムだけたくさん摂っても意味がありません。
カルシウムはリンとのバランスによって吸収される。つまり、身体の中に栄養を取り込もうと思ったら、ひとつのものを食べるんじゃなく、なんでもバランスよく食べることが大事。
【患者】余計な糖質を減らして、バランスよく食べるのが基本ですね。
【歯科医】そうです。あとは、食べ物を口に入れたらよく噛むこと。
【患者】たしかに、よく噛んで食べろとは言われますよね。
【歯科医】縄文時代と現代人だと、咀嚼の回数は10分の1以下に減っているんです。噛まないで済むような、やわらかい食べ物や加工食品が増えているからですね。ヨーロッパの実験では、ハーブや未精製の穀類を中心とした石器時代の食生活を4週間続けたら、歯磨きや歯間ブラシを使わなくても歯周病が改善したという報告があります。
繊維質の多い食べ物は、歯の汚れをからめとってくれるんですよ。だから、よく噛むことは口の中をきれいにして健康を保つことにつながっているんです。
■がむしゃらに噛めばいいわけではない
【患者】あまり噛まないで飲み込むと、消化にもよくないですよね?
【歯科医】だ液の中には消化酵素も入っているから、よく噛めば消化吸収もよくなって、胃腸への負担を軽くすることができるんです。
【患者】ひと口30回以上噛んだほうがいいと聞いたことがありますが……。
【歯科医】それくらい噛んだほうがいい。ただし、ひとつ注意してほしいことがあります。人間の自律神経には交感神経と副交感神経がありますね。リラックスするときは、副交感神経が働く。ペットの犬が甘噛みするときなんかは、副交感神経が働いてリラックスした状態。
本来は、人間も食事のときは、リラックスして噛まないといけない。ところが、「30回よく噛みましょう」といわれると、みなさん、一生懸命噛みすぎて、攻撃的な交感神経が優位になり、かえって緊張してしまうんです。
【患者】あー、わかります。回数を数えてしまって、食事の味もろくに覚えていないとか。
【歯科医】わたしはよく「食べ物は優しく感謝して食べましょう」と言います。みなさん噛もうとすると力が入って、余計な筋肉を使ったり、あごに負担をかけたりする。交感神経が優位になると緊張してだ液の分泌も悪くなります。
噛むときのコツは、力を入れずに口の中に広い空間を作ること。そうすると自分で物を噛みにいかなくても、閉口反射で自然に歯が閉じる。そのリズムと自然な力で咀嚼は十分できます。
【患者】なるほど。それで固いものも噛めますか?
【歯科医】噛めますよ。それから、急いで噛もうとしないことが大事。ゆったりリラックスした気分で食べましょう。そういう食事の仕方が、消化吸収や栄養効率をよくして、歯の摩耗も防ぐようになっているんですよ。
■舌や口の回りの筋肉が衰えると老け顔になる
【患者】わたしは、食べ物を急いで食べがちなので、たまにむせてうまく飲み込めないときがあります。
【歯科医】むせやすいのは、早食いだけが原因ではないですよ。だ液の量が少ない場合や、飲み込む力、すなわち嚥下(えんげ)機能の衰えとも考えられます。人間は、歯や歯ぐきは老化しにくいと言いましたが、あごを動かす筋肉や、表情を作る表情筋などの筋力は、年齢とともに衰えますからね。
【患者】つまり、これこそ老化現象ですか⁉
【歯科医】舌や口の周りの筋肉は、年齢があがるほど使わなくなる傾向がある。それは、高齢になるほどよく噛まない、笑わない、会話をしなくなるといった生活習慣が影響しています。それでだんだん、顔や口の中の筋肉が衰えてしまう。現在のコロナ禍ではなおさらです。
【患者】だから、顔のたるみやほうれい線が深くなって、老け顔になってしまうんですね……。
【歯科医】見た目の老化もありますが、脳の血流低下にもつながりますし、舌や口の周りの筋肉が衰えると口内環境が悪化する原因になります。まず、舌の筋肉が衰えると、「低位舌(ていいぜつ)」といって舌の位置が下がって口呼吸になりやすい。
さらに、下がった舌がだ液腺をふさいでしまうので、だ液の分泌がうまくできなくなってしまう。それで、口の中が乾燥しやすくなります。
【患者】マスクの話にも出てきましたが、口呼吸だと口内の悪玉菌が増えやすくなるんですよね?
【歯科医】そう。口呼吸は口の中が乾燥して細菌が増殖しやすい。鼻で呼吸すれば、鼻腔内に異物や病原菌を防御するシステムがあるので、さまざまな疾病から身を守ることができる。
■舌の位置が悪いといびきをかきやすくなる
【患者】もしかしてわたしは「低位舌」なのかも。口も乾きやすいし。
【歯科医】口を閉じているときに、舌先がどこにあるかチェックしてみてください。舌先が上または下の前歯の裏側についている場合は「低舌位」。正常な場合は、舌の先が前歯に当たらず、舌の中央が上あごにつきます。
【患者】やっぱり舌先が前歯の裏側についています。先生、舌位置って、いびきとも関係ありますか? たまに家族に「いびきがうるさい」って言われるんです。
【歯科医】舌根(ぜっこん)沈下(ちんか)(舌の根元がのどのほうに落ちてしまう状態)になると、いびきが起きやすいですね。いびきをかくときって、だいたい口が開いているでしょ? だから口内環境にもよくない。
舌の位置が整うと、睡眠時無呼吸症候群もある程度改善するケースがあることもわかっています。
【患者】どうすれば舌の位置を整えられますか?
【歯科医】舌の動きにかかわる舌骨(ぜっこつ)という骨があります。細い筋肉を介して、側頭骨(そくとうこつ)という頭の骨や胸骨、肩甲骨などいろいろな骨につながっています。この舌と舌骨の動きをよくするトレーニングをすると、嚥下力や舌の動きがよくなるし、首のラインもきれいになる。胸部も広がって呼吸も楽になりますよ。
■舌周りのトレーニングには若返り効果もある
【患者】口腔ケアというと、歯磨きのことばかり頭にありましたが、舌や口の周りの筋肉のケアも大事なんですね。
【歯科医】そうですね。当院でも併設のリラクゼーションサロンで、口の周りの筋肉だけでなく全身の筋肉のケアもトータルで行っています。全身の筋肉はすべてつながっていますので、口の周りの筋肉をほぐすと、口が開けやすくなるだけでなく、首や肩のコリが楽になる効果が期待できます。
【患者】へえ! そんな効果もあるんですね。
【歯科医】歯ぎしりや食いしばりのクセがある人は、顔の周りだけでなく全身の筋肉をふくめたケアがおすすめですよ。
【患者】舌や口の周りの筋肉をほぐしたり鍛えたりすると、見た目も若返りますか?
【歯科医】その効果は大いに期待できます。マッサージやトレーニングをすると、血行やリンパの流れがよくなり、むくみが取れて小顔効果が期待できますね。
【患者】わたしたち世代にはうれしいことばかりですね。
【歯科医】舌のトレーニングで心も身体も元気になる健康長寿には、老けないことも大事だし、美しいことも大事だと思います。アンチエイジングを目指した結果、呼吸や嚥下機能も向上して、総合的な健康を手に入れられたらこれほどいいことはない。
【患者】健康のためだけでなく、若返り効果もあるとなれば、トレーニングのモチベーションがあがりますね。
■スマイル体操を続ければ嚥下機能が改善される
【歯科医】それと、ストレスは筋肉がずっと緊張している状態を引き起こしてしまい、さまざまな不調をもたらします。口も例外ではありません。顔の周りは影響を受けやすく、筋肉は使わないとどんどん減ってしまいます。日本人は特に年齢とともに表情筋を使わなくなってしまうんです。思い当たりませんか?
【患者】たしかに……。若い頃のように笑わなくなったかも……。
【歯科医】さきほど紹介した「waiwaiスマイル体操」は口の周りの筋肉をバランスよく、トータルで無理なく動かせるようになっています。
【患者】いつやるといいとかは、ありますか?
【歯科医】朝起きたら鏡の前でやってください。脳には目に入ってきたものを無意識に真似するという、ミラーリング効果があります。自分の笑顔を見ることで、トレーニングの効果が出やすいだけでなく、一日を気持ちよくスタートできますよ。
【患者】スマイルをつくることで、気持ちも表情筋もあがるんですね。
【歯科医】舌と舌の周りの筋肉を鍛えることで一番変化が出やすいのが、嚥下機能の改善です。しばらくトレーニングを続けたら、水を飲んでみてください。すごい量をいっぺんに飲み込めるようになりますよ。
■ドライマウスも舌周りを鍛えれば改善される
【患者】そうなんですか⁉ どうして?
【歯科医】口の中の空間を大きく使えるようになるからと、食べ物を食道に送り込む力が強化されるからです。あごの関節は年齢とともに固くなり、口の可動域が狭くなってきます。しかし、舌の筋肉を鍛えることによって、広げることができる。
そうすると口の中の空間が広がって、水がいっぺんに口に入るわけです。スムーズに飲み込むこともできるようになるんですよ。
【患者】ということは、誤嚥の予防にも役立ちますね。
【歯科医】そうですね。食べ物を飲み込む嚥下機能には、口の中のさまざまな器官の動きが複雑にかかわっています。中でも、舌の力がとても大事。食べ物を飲み込んで食道に送り込むという動きは、舌の力がコントロールしている。
嚥下には舌によって押し出す筋力が必要なんです。ふだんから、むせることが気になる人は、舌を上あごに押し付けて力を入れる、という動作をぜひやってください。
【患者】舌のトレーニングをすると、だ液の量も増えますか?
【歯科医】もちろんです。だ液は耳の下にある耳下腺(じかせん)、舌の下に位置する舌下腺(ぜっかせん)、顎下線(がっかせん)の3カ所から分泌される。だ液の量を増やす方法として、この3カ所を外からマッサージしてだ液の分泌を促すのが一般的です。
舌骨を動かすトレーニングをすれば、マッサージと同じような効果が期待できます。
【患者】女性は更年期になるとドライマウスになりやすいと聞きました。
【歯科医】ドライマウスは、男女とも50代以降に増えます。更年期の影響もありますが、薬を飲んでいる人もなりやすい。特に、アレルギー性鼻炎の薬は、鼻水の分泌を抑えるので、だ液の分泌も抑制されて喉がかわきます。
【患者】わたしも花粉症なので心当たりがあります。
【歯科医】実は、鼻炎の人は、舌の筋肉を鍛えて舌位置を調節すると、鼻炎そのものが治ることがあります。
■健康で長生きするためには身体を鍛えるだけでダメ
【患者】え? 舌のトレーニングで鼻炎が治る?
【歯科医】人間はもともと鼻から息をする。それは、鼻に鼻毛や粘膜などがあって、空気清浄機のような働きをしているからです。外の空気にはウイルスだとか、PM2.5だとか、花粉だとか体に入ってほしくないものが混ざっています。それを鼻毛や粘膜がろ過してのどの奥から肺に送っている。それが正しい呼吸法。
ところが、舌の位置が下がっていると、きちんと肺に空気が送れなくなります。
【患者】どうしてですか?
【歯科医】舌の根元がのどの奥をぴったり封鎖していない(舌の位置が下がっている)と、途中で空気が抜けてしまい100%の呼吸ができないんです。だから苦しくて口呼吸になる。
すると、汚い空気が常に免疫力の弱い扁桃腺(へんとうせん)にダイレクトに行ってしまう。それがのどの扁桃腺の慢性的な炎症を引き起こし、アレルギーなどの自己免疫疾患の原因になることもあると考えられています。
【患者】まさか、アレルギーも舌位置が関係していたとは。
【歯科医】鼻炎がある人は、舌の筋肉をしっかり鍛えてください。舌位置を整えたことで、鼻炎薬がいらなくなったという人もいるんですよ。
【患者】舌を鍛えるだけで、いろいろな不調が改善しそうですね。
【歯科医】40代50代になると筋肉量がだんだん減少してきます。だから、健康のためにウォーキングしましょうとか、運動しましょうと言われますよね。そこで体のトレーニングを始める人は多いのですが、舌や口の周りの筋肉は取り残されてしまうんですね。
将来、寝たきりになりたくないという人は、身体だけでなくお口周りの筋肉もしっかり鍛えましょう。
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サウラデンタルクリニック院長(旧堀歯科診療所院長)
1959年生まれ。日本大学松戸歯学部卒業。昭和大学歯学部付属歯科病院口腔外科勤務の後、日本橋中央歯科診療所などを経て、1990年に東中野にて堀歯科診療所を開設。歯学部卒業後も診療の傍ら、スウェーデン・イエテボリ大学で実践されている歯周病治療など、海外の最新治療を学び、治療に取り入れている。
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(サウラデンタルクリニック院長(旧堀歯科診療所院長) 堀 滋)
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