「怒らせたお前が悪い」罵詈雑言を浴びせられた20代夫が鬼妻から逃げられなかった怖すぎる理由
プレジデントオンライン / 2021年11月27日 11時15分
■DV妻との出会い
フリーターをしていた橋本幸男さん(40代・独身)は、25歳の頃、アルバイト仲間から合コンに誘われた。18時に仕事が終わり、仲間と共に待ち合わせ場所に向かうと、読者モデルでもしていそうなほどオシャレで目立つ女性4人組が待っていた。
カラオケに行くことになり、男女8人が個室に入るやいなや、すぐに選曲を始め、颯爽とマイクを取り、堂々と歌い始める女性の姿が。後に橋本さんの妻になる女性だった。
「彼女は、恥ずかしがる様子もなく、自信に満ち溢れた表情で歌い上げると、運ばれてきたビールをゴクゴクと飲み干しました。みんなから『めちゃめちゃうまい!』と褒められると、満面の笑顔。私が年齢を聞くと、目尻が下がり、『20歳だよ』と優しそうな表情で答えてくれました」
橋本さんは、その女性から連絡先を聞き出すことに成功。数回食事をしたり、買物をしたりしたあと、交際が始まった。
■DV妻との同棲
交際を始めてから約1カ月後のある日、彼女は、「私が住んでるところ、すごく便利が悪いんだよね。幸男ちゃん家はめっちゃ便利だよね」と、引っ越ししたいことを打ち明ける。
「じゃあ、うちで一緒に住む?」と橋本さんが軽い気持ちで提案すると、彼女は「住む!」と即答。「お父さんとお母さんにも手伝ってもらうから、一緒にご飯行こうよ!」。彼女はすぐさま実行に移した。
当日、緊張の初対面を果たすと、彼女の両親は温和でフレンドリー。終始和やかな雰囲気で引っ越しを終えると、夜は4人で外食を楽しんだ。
「笑顔で話をする娘を温かい目で見守り、耳を傾けるご両親の姿に、『娘をもてはやしすぎでは?』という微かな違和感を覚えましたが、当時の私は、『本当に自慢の娘なんだなあ……』と感心する気持ちのほうが勝っていました」
翌日、アルバイト帰りに橋本さんは、発売されたばかりの漫画を一冊買って帰宅。「ただいま」「おかえり」と笑顔で交わしたあと、橋本さんは今日一日の出来事を話しながら、カバンの中から新しい漫画を取り出した。
「何それ?」
突然、彼女が今までと打って変わった低いトーンでたずねる。
「これ? 今日発売の漫画。めっちゃ面白いよ! 全巻そろってるから読んでみる?」
橋本さんが無邪気に勧めると、彼女は無言で背を向け、自分の荷物の整理をし始めた。
橋本さんは、「あれ?」と思いながら、「何か怒らせるようなことをしたかな?」と頭をフル回転。「今日一日何してたの?」「お腹すいてない?」などと数分おきに話しかけても、彼女は何の反応も見せない。
「今まで恋人や友人とけんかになったり、険悪なムードになったりしたことはありますが、無視という手段を使う人はいませんでした。私はこの日、無視をされるというのは、こんなにつらいことなのか……と絶望的な気持ちになりました」
橋本さんは、無視をされる原因がわからないながらも、「まっすぐ家に帰らなくてごめんね」「漫画が嫌いだった? ごめんね」などと必死に謝った。
結局、彼女が怒って無視をし始めた原因は、約6時間後に「勝手にお金を使わないでくれる?」という彼女の言葉で明かされた。彼女は橋本さんが、「勝手にお金を使い、漫画を買ってきたこと」が気に入らなかったのだ。
橋本さんは衝撃を受けた。途端に、「自分の稼いだお金で買ったのになぜ? 同棲は始めたけど、まだお金のことについて何も決めてないよね?」とモヤモヤが溢れ出したが、当時の橋本さんは、「お金に対してしっかりした子だなあ」という気持ちでモヤモヤにふたをしてしまった。
■DV妻との結婚
橋本さんは、その後も彼女に違和感やモヤモヤを抱き、「あれ?」と思うことがしばしばあったにもかかわらず、「まだ若いから、そのうち変わってくれるだろう」などと考えていた。
ところが、彼女の“凶行”はエスカレートしていく。
気に入らないことがあると、耳をつんざくようなヒステリックな叫び声を上げ、暴言を吐き、人格否定にも及ぶ罵詈(ばり)雑言で橋本さんを罵倒。その間、橋本さんはひたすら彼女の言うことにうなずき続け、ちょっとした隙間に自分の意見を挟む。
しかし、彼女からは何の返事もない。言いたいことを叫び、怒鳴り散らした後は、ひたすら無視を決め込み、相手の言い分や気持ちには一切耳を貸さなかった。それでも、無視する彼女の横顔に、橋本さんは懸命に自分の考えや思いを語り続けた。
「いつか彼女に伝わる」「いつか彼女はわかってくれる」そう信じていた。
「当時、私はそれでも彼女が好きでした。後で友人には、『何がそんなによかったの?』と聞かれましたが、まるで洗脳でもされていたかのように、何がよかったのか思い出せませんでした」
怒鳴り散らしているときの彼女は、必ずと言っていいほど「怒らせたお前が悪い!」と言い放ったが、怒られているときの橋本さんは決まって、「自分が何のために怒られているのか」「彼女が何のために怒っているのか」分からなくなっていた。
一般的なけんかは、相手から嫌なことや不快なことをされた場合、「不快なので謝ってほしい」「今後はやめてほしい」といったように、自分が不快な思いをしたことを伝え、謝罪を要求し、「今後は気をつけてほしい」というお願いや約束をして、相手との関係を改善していくはずだ。
しかし、橋本さんと彼女のけんかは一方的に彼女が怒り狂うだけで、彼女がなぜ怒っているのかわからないことがほとんどで、橋本さんは、一刻も早く彼女の機嫌が直るよう、根本的な問題に触れることなく、ひたすら謝るばかり。当然、何も改善されていないので、同じようなけんかを繰り返した。
そして、あろうことか、出会いから1年後、橋本さん26歳、彼女21歳で2人は結婚。平穏時のやさしくキレイな彼女が本当の彼女。そう信じたい橋本さんにはこの時すでに冷静に判断することができなくなっていたのかもしれない。
「子育てはあたし1人じゃ無理だから、あたしの実家で一緒に住んでよ?」
もちろん、橋本さんに選択権はなかった。
■DV妻との子育て
フリーターだった橋本さんは、正社員として就職が決まり、義実家での生活が始まると、まもなく妻は妊娠。実家では寝てばかりいるように。
相変わらず妻のイライラの矛先は橋本さんだったが、時々は自分の両親に向かうこともあった。その度に両親は平謝り。後で、「あの子は本当に怒りっぽいわ……」と呆れたり、「幸男くん、ごめんね」と謝られたりした。
中でも妻より1歳下の妹が見せる、妻への気の使い方は異常なほどで、「あいつは私の言うことなら何でも聞く」と得意げに妻は笑っていた。
「同居した3年間で、義両親が妻を叱ったことは一度もありません。だから妻はこんなふうに育ってしまったのでは……? と思いました」
やがて橋本さん夫婦は2人の娘に恵まれ、次女が1歳を過ぎたとき、妻は橋本さんに、「そろそろ戻るよ」と、もともと住んでいた街に戻ることを促す。
妻の両親は、満面の笑みで見送ってくれた。
■DV妻との新生活
新居を決めて街に戻ると、4歳と2歳になっていた娘たちは保育園に入園。橋本さんは夜、仕事から帰宅すると、子どもたちに「パパおかえり〜!」と迎えられる瞬間に幸せを感じていた。
しかし、次の瞬間、キッチンからドン! と、何かを叩きつけるような大きな音が家中に響き、続いて「はあ〜〜〜〜〜」という妻の大きなため息が聞こえ、橋本さんも娘たちも凍りつく。
橋本さんは「ただいま」と妻に声をかけ、「晩御飯の準備、手伝うよ」と言って食器を出そうとすると、「触んな!」と妻。
「じゃあ、リビングにいるから、手伝うことがあれば教えてね」と言って移動し、娘たちとの会話を楽しんでいると、再びドン! バタン! と大きな音。
何度かやり過ごし、それでも続くので、「大丈夫?」と声をかけると、「何が?」と妻。橋本さんは妻の機嫌を取るために、必死で「家事や育児をしてくれてありがとう」「保育園で何かあった?」などと訊ねるが、やはり妻は無視。
当時の橋本さんは、「義両親と離れて暮らし始めて、家事や育児を1人でこなす毎日に、妻は疲れているんだ。もう数カ月経てば、この生活にも慣れて穏やかになるはず……」そう信じていた。
■DVとモラハラ
モラハラとは、モラルハラスメントの略で、言葉や態度によって行われる精神的暴力をさす。モラハラはどこでも起こり得るが、家庭で起こる場合、「ドメスティック・バイオレンス:DV」と混同されがちだ。DVには身体的・精神的・経済的・社会的・性的と5つに分類されることが多く、このうち「精神的DV」をモラハラと呼ぶようになったとみられる。
橋本さんの妻はオシャレで笑顔が印象的な女性だった。だが、同棲が始まった翌日には、これから始まろうとしているDVの片鱗が見えた。それにもかかわらず、なぜ橋本さんは結婚し、子どもまでもうけてしまったのだろうか。
そのヒントは、橋本さんのこの供述から得られるかもしれない。
「同棲が始まって以降、私は妻から、幼馴染や同級生、昔のバイト仲間など、すべての交友関係を切るよう命じられました。女友だちの連絡先は、妻との交際が始まった時点ですべて消去されました。同窓会や飲み会などの誘いを受けても断るしかなかったため、次第に誘いも来なくなりました……」
橋本さんは、妻との交際が始まった時点で、友人との交際禁止や行動範囲の制限などといった社会的DVを受け、同棲が始まったと同時に、自分の稼いだお金を自由に使えない経済的DVが始まったのだ。
友だちとの交際が続いていたら、もしかしたら友だちは、「お前の彼女、おかしいよ」と言ってくれたかもしれない。しかし交際を禁止され、孤立してしまった橋本さんは、目の前の彼女を信じようと努力し続けるしかなかった。
橋本さんの両親は結婚前、多少の違和感を覚えつつも、猫をかぶる彼女にすっかり騙された。唯一、おばあちゃん子だった橋本さんをかわいがっていた母方の祖母だけは、「あの子はやめときな」と言ったが、そのときは誰も耳を貸さなかった。
簡単には後戻りができないところまで問題がこじれたとき、当事者たちの間でそれはタブー化していく。(以下、後編)
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ライター・グラフィックデザイナー
愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。
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(ライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)
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