「後から来る急行電車」と「先に出る普通電車」、カリスマ経営者が迷わず選ぶのはどちらか?
プレジデントオンライン / 2022年2月2日 7時15分
■永守重信会長が“スピード”にこだわるワケ
日本電産には“三大精神”なるものがあるが、そのうちの一つが「すぐやる、必ずやる、出来るまでやる」である。これもまた創業時に定め、いまでもそのままに受け継いでいる会社の“基本精神”である。
その筆頭に「すぐやる」を挙げたのには、大きな意味がある。
これはあらゆる製品に共通していえることではあるが、たとえばモータを開発する場合に、あらゆる組み合わせの実験を重ねていく。
仮にその組み合わせが百万通りあったとすれば、たった一つの正解にたどりつくためには、いかに短時間で実験をくり返すかが勝敗を大きく分ける。だからこそスピードが成功への大きな要素になるのだ。
じっさい経営の現場でも、ほかのことがすべてできていても、スピードが遅いだけで大きな赤字を抱えているという例も少なくない。
たとえば、以前M&Aでわが社の傘下に入ったある会社のケースである。
その会社は、高い技術力と優秀な人材、そして、安定したマーケットをもっていた。しかし、経営判断のスピードと、決断から実行するまでの時間が、わが社の三倍ほどかかっていたのである。これ以外には、ほとんど問題点は見つからなかった。
決断の遅い経営者と、スピード感の欠如した社員がいただけで、赤字が百億円まで膨れ上がってしまっていた。まさにスピードで勝敗が決まったのだ。
■「なんで5分もかかるんだ」
なぜこの会社はスピード感に欠けていたのか。それは、会社の歴史のなかでつくられていった社風が、そうさせていたのだといえる。
たとえば私が技術部長に電話をかけて「ちょっと確認したいことがあるので、すぐに来てほしい」と告げたとしよう。日本電産の部長なら、一分もしないうちにドタドタと廊下を駆ける足音が聞こえ、部屋のドアがノックされるのが日常の風景だ。
ところが、この会社の場合、受話器を置いてから五分たっても、十分たっても技術部長は現れない。業を煮やして再び電話を入れると「すぐに伺います」とおっとり答えて、それから、五、六分後になって、ようやく顔を出す始末だ。
これが、長い歳月をかけて形成されてきた、この会社の社風なのだ。日本電産の場合は、すぐに飛んでこない幹部社員に対しては、「会社の最高責任者が呼んでいるのに、なんで五分もかかるんだ」と厳しく教育してきた。その結果、醸成されてきた社風があるのだ。
一つひとつを取り上げれば、それほど大きな問題ではないかもしれない。しかし、数百人の社員を擁(よう)するような会社の場合、一年間のトータルで考えると、この差は計り知れないものになる。
だったら、その社風を変革すればよいのだ。それほどむずかしいことではない。古参社員が上司から呼ばれたときに走って駆けつける様子を見せれば、誰もが自然と真似るようになる。
経営者やリーダーはこのように人を教育し、社風をつくっていくのだ。これこそがリーダーシップである。
■あとから来る急行より、先に出る普通電車に飛び乗る
一歩でも二歩でも先んじて前に進むことは、成功するための必須条件である。以前行った入社試験で、試験会場に早く着いた順に採用するという選考をしたことがある。まさに「先んずれば人を制す」――その心がけこそが、何よりも大切なのである。
これはもちろんライバルとの競争に勝つという意味を含んでいるが、それだけではない。起こりうるリスクを回避するためにも大切なことなのだ。
よく私は「夜二時間遅く仕事をしている人よりも、朝三十分早く会社に来る人を信用する」という話をする。出社時間ぎりぎりに会社に飛び込んでくるようでは、心に余裕をもつことができない。もし不測の事態があったときに、それでは対応できないのである。
京都から大阪へ電車で行くことを想定してほしい。すぐにやってくるのは各駅に停まる普通電車だ。その五分後に急行が到着する。途中駅で急行が普通電車を追い抜くので、大阪へはこの急行のほうが早く着く。
さて、あなたはどちらの電車に乗るだろうか。
おそらく、ほとんどの人は五分後に到着する急行に乗るだろう。どうせ途中駅で追いつくのだから、当然とも思える。しかし、私はあえて、先に来る普通電車に乗る。そして、途中駅で急行に乗り換えるのだ。
わざわざ乗り換えるのなら、五分待って急行に乗ればいいではないか、と思うだろう。しかし、そうではない。そこに不測の事態に備えるという「リスク回避」の観点が入ってこなければならないのだ。
■目的地に少しでも近づいておくことが大切
一寸先は闇だ。どんな突発的な事故が起こるかしれない。乗るはずだった急行が時間どおりに来るとはかぎらない。地震で遅れるかもしれない。
定刻どおりに来ても、満員で乗車できないかもしれない。だからこそ、目的地に少しでも近づいておくことが大切なのだ。創業経営者は、たいていこういう発想をするものだ。
以前、経営が傾いてM&Aでわが社の傘下に入った会社の幹部に、次のような話をしたことがある。
――ホテルの客室のドアは、最近ほとんどが自動ロックになっているが、そのメーカーの人に聞いた話によると、自動ロックも人が作ったものだから、何百回、何千回に一度ぐらいの割合でロックがかからないことがあるという。そういう話を聞いて、わずかな確率だから大丈夫だと思って気に留めないような人が一人でもいるなら、この会社は再度倒産するだろう。それならば、これからは必ず気をつけて確認しようと全員が思うなら、必ず再生できるはずだ――
不測の事態に備えること、自分だけは大丈夫だと思わず、つねに「まさか」を想定して手を打っておくこと。そのことの大切さを私はこのような話を引き合いに出して説いたのである。
■素早く、粘り強くチャンスをつかみ取る
先に挙げた“基本精神”のうち、「必ずやる」というのも大切なことである。先に述べたとおり、創業当時は、いくら営業をしても、仕事を発注してくれる会社はなかった。
日本企業は系列や実績を重視するために、できたばかりの零細企業が入り込める隙間がなかったのだ。
それならばと、アメリカに活路を求めた。自由と平等の国である。実力さえあればチャンスを与えてくれるに違いないと踏んだのである。単身でアメリカに渡った私は、ニューヨークの空港に着くと、すぐに電話帳をめくっていくつかの企業に電話をかけ、面談を申し込んだ。
そのなかの会社の一つに、大手化学・電気素材メーカーのスリーエム(3M)社があった。当時、同社が製造していたカセットテープを高速でダビングできるカセットデュプリケータの小型化を模索しているという情報を得て、それに用いる小型モータのサンプルを持参したのだ。
スリーエム社の技術部長は、私が持ってきたサンプルのモータを手にとって、「性能を落とさずに、どこまで小さくできますか」と聞いてきた。私は迷うことなく「三割小さくします」と即答した。
帰国した私は工場に何日も泊まり込んで、スリーエム社の望む製品を生み出すべく、必死の努力を重ねた。
■問題はできるかどうかではない
はたして半年後、パワー、スピード、回転数、ノイズ、耐久性などあらゆる性能を満たしたまま、サイズを三割小さくしたサンプルを完成させることができたのだ。私はそのサンプルを手に再び渡米した。
スリーエム社の技術部長は、「本当に作ったのか」と目を見開いて驚き、「すばらしい」と絶賛しながら、サンプルをなで回した。そして、その場で千個の注文をくれたのである。
この受注をしたことで、日本電産の評価は急上昇し、ほかの日本の会社からも注文をもらえるようになった。会社の成長につながるよい流れをつかむことができたのだ。
相談を受けたとき、「検討します」「一晩考えさせてください」と答えていたら、その後の展開はなかっただろう。問題はできるかどうかではない、目の前にチャンスがきたら、しっかりとつかむこと。そして、約束したからには「必ずやる」ということである。
そして、“三大精神”にある「出来るまでやる」についていえば、こんな話がある。
会社の主要商品をFDD(フロッピー・ディスク・ドライブ)モータからHDD(ハード・ディスク・ドライブ)モータへと大きく転換したときのことである(この詳細については、『成しとげる力』の第4章でも述べる)。
■「すぐやる、必ずやる、出来るまでやる」でつかんだ成功
当時、HDDで業界トップを走っていたアメリカのメーカーから受注をもらうべく奔走したが、すでに競合他社が納入しており、入り込む余地がなかった。私もアメリカに乗り込んで本社を訪問したが、担当者に会うことすらできない日々が続いた。
だが、あきらめなかった。シェアトップをめざすためには、何が何でもトップメーカーを攻略しなければならない。これは私の信念だった。
そこで、このメーカーの東京支店長に何度もアプローチをかけ、「日本電産はどんな要求にもスピーディに対応する」とくり返し強調した。これが功を奏し、ようやくアメリカ本社への営業活動が認められたのだ。
ここからが勝負だ。ただちに本社のあるシリコンバレーのサンタクララに営業担当者を常駐させ、「一日に一回は必ず訪問して、粘り強く交渉を続けよ」と命じたのだ。担当者はサンプルを持参して改善すべき点などを聞き出し、日本に持ち帰っては作り直すという、気が遠くなるような作業を延々とくり返した。
こうしたことが一年近く続き、ついに世界に先駆けてHDD用のスピンドル(精密回転軸)モータの実用化に成功した。それによって、このメーカーの厚い壁を打ち破り、参入することができたのだ。技術スタッフの奮闘と、一年にわたって日参した営業担当者の地道な努力がここに実ったのである。まさに、「出来るまでやる」を実践したわけである。
このメーカーの当時の副社長は、のちにこのときのことを振り返り、「ナガモリの姿勢には、ネバー・ギブ・アップの精神を感じた」と評してくれた。
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日本電産 代表取締役会長
1944年、京都府生まれ。6人兄弟の末っ子。京都市立洛陽工業高等学校を卒業後、職業訓練大学校(現・職業能力開発総合大学校)電気科を首席で卒業。1973年、28歳で日本電産を創業し、代表取締役に就任。同社を世界シェアトップを誇るモーターメーカーに育てた。また、企業のM&Aで業績を回復させた会社は60社を超える。代表取締役会長兼社長(CEO)、代表取締役会長(CEO)を経て、2021年より代表取締役会長。著書に『成しとげる力』(サンマーク出版)、『人を動かす人になれ!』(三笠書房)など。
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(日本電産 代表取締役会長 永守 重信)
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