「だからフェイスブックは社名も変えた」世界中の大企業がメタバースに全集中している本当の理由
プレジデントオンライン / 2022年2月4日 12時15分
※本稿は、岡嶋裕史『メタバースとは何か』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■融合しつつある「リアル」と「サイバー空間」
メタバースは新しい言葉でもあり、使う人によって意味が異なる言葉でもあります。
まず、現実と仮想の融合という大テーマがあります。「現実」と「仮想」は意味の広い言葉なので、拙著『メタバースとは何か』では「リアル」と「サイバー空間」を、導入部分と慣習的な用語は別として、極力使っています。
リアルは肉体を伴うこの現実のことです。サイバー空間はインターネットのことですが、インターネット上に展開されるウェブやSNSや各種システムなどを包含しています。
このリアルとサイバー空間がくっつきつつあるのは、納得していただけると思います。コンビニATMでは、スマホの操作だけでお金が引き出せますし、オタクにとっての鬼門であるアパレルショップでの試着はARで実際に着替えなくてもよくなりました! というか、もう服はいらなくなるかもしれません。スマートグラスを使えば、自分がどんな服を着ていても、別の服を着ているように表示することが可能です。
今のところ、それで視覚的に満たされるのは自分だけですが、データの標準化とシステムの相互運用性が高まれば、自分を見ている相手のスマートグラスにもその衣装が映し出されます。たとえ自分がステテコを着ていたり、全裸で歩いていてもです!
■新しい世界のグランドデザインを描くのはだれか
このようにリアルとサイバー空間の融合が現実のものになってくると、そのグランドデザインをどう描くかが重要になってきます。現実のグランドデザインは実に長い時間をかけて形作られてきました。三権分立やマスコミによる権力の監視、都市設計、地域での暮らしのルールなどです。
リアルとサイバー空間が融合した新しい世界では、これらの多くが未着手で、今参入すれば人間が長い歴史の中で培ってきた構造を、ほとんど自分たちだけの手で作り上げ、そこで強い影響力を得たり、大きな利潤を獲得したりすることが可能です。
私たち一般利用者から見れば神にも等しい力を持っているあのフェイスブックですら、アップルが個人情報保護のルールを厳格化したことでその広告ビジネスに大打撃を受けました。それほど事態は流動的だと言えます。だから、テックジャイアントと呼ばれる企業を筆頭に多数のプレイヤが競って新しい世界で重要な地位を占めようと競争を繰り広げています。
■リアルとそっくりだが切り離せるのがデジタルツイン
それに際しての基本的な潮流が2つあります。リアルに寄せるか、サイバー空間を充実させるかです。
まず、リアルに寄せる構想で出てくるのが、デジタルツインやミラーワールドです。
デジタルツインは、リアルを模倣したそっくりそのままの世界をサイバー空間内に作るものです。拙著では疑似現実という言葉も使いました。
そっくりそのままですが、リアルとは切り離されているので、何をしても構いません。極端な話、ここに核兵器を落としたらどうなるだろうかとか、パンデミックがひどいことになったときの予想をしようといった用途に使うこともできます。
研究目的であればとても面白い使い道ですが、一般消費者にとっては直接役に立つ部分は少ないかもしれません。
■ミラーワールドはリアルと結びついて影響を及ぼす
そこで、ミラーワールドが出てきます。ミラーワールドはリアルを模倣したデジタルツインを作りますが、デジタルツインは切り離されておらず、リアルと結びついてリアルに影響を及ぼします。
デジタルツインの中で宿題をやったら、○×をつけた結果がリアルの教室で先生から返却されるかもしれませんし、先ほどの例のように、デジタルツインで仮想の洋服を作って着用したら、リアルの世界でもスマートグラスを通して、その服を実際に着ているように周囲の人に認知されるかもしれません。
そうすると、リアルで身につける服はどんなものでもよくなるでしょう(全裸でもいいかもしれませんが、スマートグラスを外した人に見られると危険です)。アパレルに従事する人は職を失ってしまうかもしれませんが、デジタルツインで仮想衣服をデザインする仕事は新しく創出されます。
これは、「職はなくならないが、別のスキルが必要になる」AI・データサイエンス時代の職能事情にもリンクする話です。
夢物語に聞こえるでしょうか。しかし、私たちは技術を使って相当なことを実現してきました。たとえば、地震波よりも電波のほうが速いことを使って、地震が揺れ始める前に警報を鳴らすシステムを私たちはすでに実装しています。慣れているから「なーんだ」と思ってしまうしくみですが、あれは一種の未来予知です。技術がそれを可能にしたのです。
ここで使っているデジタルツインやミラーワールドの定義ですら、まだ世界的に確定しているとは言えません。他の研究者や企業はまた別の定義を用いていることもあります。活気に満ちた混沌が支配する、新しい場所なのです。
■メタバースなら足が不自由でも大空を飛べる
2つめの潮流は、サイバー空間に重きをおいたものです。リアルとは切り離して、リアルとは違うまったく新しい世界を作ります。拙著ではこれをメタバースと呼びました。
メタバースもまだまだ議論百出の分野で、使い方によっては巨大なマネタイズにもつながりますから、色々なプレイヤが自分のビジネスに都合のいい形で「メタバース」という語を使っています。拙著での使い方は、状況をすっきりさせるために用いた、あくまで私の定義だと考えてください。
デジタルツインもサイバー空間内に新しい世界を作りましたが、根本の発想はリアルの模倣です。コピーしたいのです。
それに対して、メタバースはリアルの模倣にこだわりません。重力が煩わしいなと思ったら、重力をカットしてしまえるのがメタバースです。自分の性別に違和感があるなと感じていたら、違う性別のアバターを使って世界に入っていけるのがメタバースです。足が不自由でも、大地を駆け巡り大空を飛べるのがメタバースです。リアルの模倣にこだわらないため、拙著では疑似現実に対して仮想現実という言葉も使いました。
リアルとは違う理(ことわり)で世界を楽しんだり、息抜きをしたりすることは、ゲームやSNSで長く行われてきました。メタバースの要素技術や先行事例でフォートナイトやどうぶつの森などのゲームが多く登場するのは、必然と言えます。
■自分に都合のよい世界への「逃避」ではなく「移住」
「リアルの中から、自分に都合のよい部分だけを抽出した世界」というと、後ろ向きに聞こえるかもしれません。リアルがうまくいかないので、仮想現実に逃げ込んでいるような印象になります。
しかし、仮想現実内での体験が質・量ともにリアルに比肩しうるものになり、そこでリアルと同密度で人と交流できるようになり、教育を受け、リアルでの生活の糧(かて)になるほどの収入を得る手段も存在するのであれば、それは逃げたことにはならないかもしれません。
居心地のよい国家を求めて移民する人がいるように、リアルより自分に向いている世界を求めてメタバースに移住するのです。今は生理的に認められない人が多いでしょうが、それを言うならインターネットに多くの時間を費やすことさえ、その前にはテレビを視聴することさえ忌避した人々はたくさんいました。
リアルより人生の幅が広がる可能性すらあります。物理法則に支配されたリアルの世界では、人間が生身で空を飛ぶことはどうやっても無理があります。でも、メタバースでは人が空を飛ぶ世界も作ることができます。空を飛ぶことこそが人生の価値そのもの、と言えるほど空に焦がれる人がいたら、ひょっとしたらメタバースで暮らしたほうが幸せかもしれません。現実からの逃避や補完ではなく、今よりよい世界を作るための手段として活用したいと考えています。
■スマートグラスより視界を遮るVRヘッドセットが最適
メタバースにアクセスする手段は、別にVRである必要はありません。今までのインターネットへのアクセス同様、スマートフォンやPCを使ってもよいと思います。
しかし、メタバースはその性質上、リアルで飽き足らなくなった人たちが主たる利用者になる空間と考えられます。フィルターバブルによって形成された、自分の居心地のために最適化された空間です。
それを実現するためには、VR技術を使うのが手っ取り早いでしょう。その世界により没入し、手触りや香りも含めて体験の質を高める装置です。ですから、VR技術はメタバースを構成する必須要素ではありませんが、重要なピースであり続けるでしょう。
ミラーワールドがスマートグラスを使うのに対して、メタバースではVRヘッドセットが重要な役割を果たすのが対照的です。でも、発想の本質を考慮すれば、それが必然であることがわかります。
ミラーワールドはリアルと関わるのが原義ですから、そのための装置はリアルが見えるものでなくてはなりません。だから、スマートグラスになります。
メタバースはリアルと切り離した完全な別世界を志向するので、むしろリアルの風景は見えないに越したことはありません。突き詰めれば視界を遮るVRヘッドセットが最適です(もちろんVRでも、必要に応じてシースルーやパススルーと呼ばれる機能を使って、リアルの様子を見ることは可能です)。
■メタバースの潜在的利用者はきっと多い
VRヘッドセットがメタバースにアクセスするときのスタンダードな端末になるかどうかは、まだわかりません。スタンドアロンが主流になり、軽量化されたとはいえ、VRヘッドセットは大きく、重く、閉塞感があります。ゲームに人生をかけるようなプロのゲーマーでさえ、あれをかぶり続ければ疲れます。スマホと同等の生活必需品になるには、あと一段階のブレイクスルーが必要です。
重ねての記述になりますが、メタバースは「自分に優しい世界」「都合のよい世界」を提供するサービスです。そんなにそれを欲している人がいるのか? と疑問に思われる方は、きっとリアルで活躍されている方でしょう。
でも残念なことに、リアルでの生活に違和感や閉塞感を持ったり、リアルとは別の世界で活躍したいと考えている潜在的な利用者は多数に上ると考えられます。属性の同じ者をフィルターバブルの中に囲い込み、それによって生じるフリクション(摩擦)のない空間で「快」を提供するサービスであるSNSが隆盛を極めていることからも、それは説明できます。
■体験を共有でき、勉強も仕事も完結する魅力
それならSNSでいいではないかと指摘することもできるでしょう。しかし、今のところSNSは生活の一部でしかありません。SNSが好きな人は(授業中でもツイートをやめられないツイ廃さんはたくさんいます)もっともっとSNSで時間を消費したいと考えているでしょう。SNSで人は情報を共有しましたが、メタバースでは体験を共有することになります。SNSを楽しめる人には、サービスへの強い誘因です。
実際にSNSに時間を使いすぎて、生活のすべを失くしてしまう人もいますが、多くの人はバランス感覚があるのでリアルに戻って勉強や仕事をして、能力を獲得し賃金を得ます。
でも、それらが仮想現実で完結するのであれば、そこに魅力を見いだし勉強や仕事もそれ以外の楽しみも仮想現実でこなしてしまう利用者は増大するでしょう。すでに友だちと、リアルではなく、ゲーム内などで「集まる」ことは利用者の中では一般化しつつありますが、それが拡大するわけです。
もっと極端なことを言えば、メタバースを提供する企業に食わせてもらってもいいのです。たとえば、AIの議論をするとき、よく「AIに仕事を奪われる」というテーマが出てきます。あれは何がまずいのでしょうか?
■メタバース企業に仕事を奪われてもウィンウィンになる
ぼくは子どものころ、「将来は機械やコンピュータがいやなことはやってくれるよ。好きなことや楽しいことで生きていける未来があるよ」といったメッセージに触れていました。仕事なんてほとんどの人にとって面倒なものでしょうし、少なくとも積極的に大喜びで取り組むものではないと思います。でも、いざAIが仕事を肩代わりしてくれるようになると「仕事を奪われる」と恐怖するのです。
人のアイデンティティと仕事の関係は脇に置くとして、仕事を奪われても、収入を奪われなければ、多くの人は満足すると思います。AI企業やメタバース企業にがんがん仕事を奪ってもらって、そこで得た収益を仕事を奪われた人に分配する未来があってもいいと思います。富の再分配機能を営利企業が担っても別に構いません。実現性はともかくとして、しこたま儲けたメタバース企業にベーシックインカムを構築してもらうのもアリでしょう。
メタバースは最初はゲームとコミュニケーションの形をとってスタートするでしょうが、最終的には生活全般の包摂を目指すことになります。利用者が滞在してくれる時間の最大化は企業にとってビジネスチャンスの増大以外の何ものでもありませんし、そこで暮らす利用者は自分に最適化された空間の中でリアルよりずっと快適に過ごせます。ウィンウィンなのです。
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中央大学国際情報学部教授
1972年生まれ。東京都出身。中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程修了。博士(総合政策)。富士総合研究所勤務、関東学院大学経済学部准教授・情報科学センター所長を経て、現職。著書に『ジオン軍の失敗』『ジオン軍の遺産』(角川コミック・エース)、『ポスト・モバイル』(新潮新書)、『ハッカーの手口』(PHP新書)、『思考からの逃走』(日本経済新聞出版)、『ブロックチェーン』『5G』(講談社ブルーバックス)、『数式を使わないデータマイニング入門』『アップル、グーグル、マイクロソフト』『個人情報ダダ漏れです!』『プログラミング教育はいらない』(以上、光文社新書)など多数。
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(中央大学国際情報学部教授 岡嶋 裕史)
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