「やるぞやるぞと強気だが…」プーチン大統領がウクライナ侵攻に踏み切れない経済的事情
プレジデントオンライン / 2022年2月3日 20時15分
2022年2月1日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、ハンガリーのオルバーン・ヴィクトール首相との会談後、クレムリンで記者会見に臨んだ。ハンガリーはロシアのガス供給量の増加に関心を持っていると、オルバーン・ヴィクトール首相は述べた。 - 写真=EPA/時事通信フォト
■欧州向け天然ガスの供給を、本当に絞れるのか
緊迫化するウクライナ情勢を受けて、米国が日本と韓国に対して、有事の際にヨーロッパに対して天然ガスを融通できるか打診していたことが話題となっている。
ウクライナで有事が生じた際、米国はロシアに対して制裁を科す方針だが、ロシアがその対抗措置としてヨーロッパ向けの天然ガスの供給を絞る展開が懸念されているためだ。
仮にロシアがウクライナに軍事侵攻し、米国が制裁を発動した場合、供給不安からヨーロッパの天然ガス価格は急騰を余儀なくされる。スポット契約が主なヨーロッパのガス市場は、価格が変動しやすいためだ。
すでにヨーロッパの天然ガス価格は、再エネの不調などから歴史的な高水準にあるが、それが一段と急騰することになる。
![主要市場の天然ガス価格](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/7/670/img_c73561fcf7575fd670adfdf1f9e4059b211766.jpg)
有事を警戒するヨーロッパはすでにアジア市場での天然ガス調達を増やしており、長期契約が主なアジア市場の天然ガス価格にも上昇圧力がかかっている。
これから春を迎えるために暖房需要が剝落(はくらく)するとはいえ、仮に日本や韓国が天然ガスをヨーロッパに振り向けた場合、アジア市場の天然ガス価格はさらに上昇すると警戒される。
日本の電源構成のうち、天然ガスが占める割合は38%と最も高い。天然ガス価格の上昇によって、電力価格も上昇を余儀なくされる。仮にそれを補助金で引き下げることは市場の歪みにつながるし、また最終的な負担は納税者に転嫁される。
いずれにせよ、ウクライナ有事は日本のエネルギー事情にとって、まさに「有り難くない」話だ。
■天然ガスを売らなければロシアの経済が成り立たない
では本当にロシアはウクライナ有事の際に、ヨーロッパ向けの天然ガスを絞るのだろうか。
基本的にこの選択は、ロシアとヨーロッパの双方にとって傷が深い選択となるため、容易にはとり得ない最後の手段だろう。ロシアにとって石油とガスはヨーロッパに売れる唯一の商品だ。つまり、それを売らなければロシアの経済が成り立たない。
ロシアには、国民福祉基金と呼ばれる有事に備えた予備費が存在する。
原油高の局面で得られた超過税収を一般財政とは別に積み立てたもので、欧米との対立などで景気に強い下振れ圧力がかかった際に利用されるものだ。
その国民福祉基金の規模は、足元で名目GDP(国内総生産)の12%程度の規模にとどまっている(図表2)。
![国家福祉基金の規模](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/a/670/img_da514ee6fbce801c929d1d678d219ecc174253.jpg)
クリミア危機(2014年2月)の直後に比べれば基金の規模は大きいとはいえ、ウクライナで有事が発生し、欧米から制裁を科された際に、この基金だけでロシア経済を支えることはできない。
そうした中で、ロシアがヨーロッパ向けの天然ガスの供給を絞るといった手段を取ることは、経済的には文字通りの自殺行為だ。
仮にロシアが供給を絞れば、それはヨーロッパの「ロシア離れ」を加速させることにつながる。最大の需要家であるヨーロッパを失うことは、当然ながらロシアの経済にとって大きな痛手となる。
契約が更新されないなら話が変わるが、ロシア側から契約を破る形でヨーロッパ向けに天然ガスの供給を絞るような行為はしないだろう。
なお昨年末以来、ロシア産天然ガスをヨーロッパに送るパイプラインの一つ、ヤマル・ヨーロッパの流れが「逆流」した。
ロシアがヨーロッパ向けの供給を絞ったという観測が流れたがロシアはそれを否定、価格差を利用して利ザヤを稼ごうとするドイツがポーランドなど中東欧に意図的に天然ガスを逆流させていると主張するが、真相は不明だ。
![日没時の石油精製所とパイプライン](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/8/670/img_7880f5de3a1e40e6daf236bface7b394391165.jpg)
■ロシア産の石油・ガスの禁輸措置は最終手段
他方で、ロシアに対する経済制裁の一環として、欧米側がロシア産石油・ガスの禁輸措置に踏み切るという筋書きも想定される。これもまた、ハードルが極めて高い選択となる。
一見すると、欧米対ロシアという構図が成立しているウクライナ情勢だが、その欧米も一枚岩ではない。アメリカへの依存度も可能な限り下げたいのがヨーロッパだ。
歴史的に、ヨーロッパはアメリカに対して一定の不信感を抱えている。
アメリカ産の原油やエネルギーの輸入比率を上げた場合、アメリカでトランプ前政権のような高圧的な政権が誕生すれば、逆にアメリカとの関係悪化でエネルギー問題が生じるだろう。その時にロシアに泣きついたところで、ロシアがそれに応じるか定かではない。
それに、実際に欧米がロシア産原油の禁輸措置に踏み切ってしまうと、ヨーロッパとロシアの将来的な関係改善の道が閉ざされてしまいかねない。
つまりヨーロッパにとって禁輸措置は、自らの手でロシアとの間で禍根が残るような選択をすることと同義である。このハードルは極めて高く、取られるとしても最終手段ではないだろうか。
折しも、欧州連合(EU)の執行部局である欧州委員会は2月2日、天然ガスと原子力を「グリーン化」に適(かな)うエネルギーとして認める最終案を公表したばかりだ。ヨーロッパにとって最も安価な天然ガスは、すでにパイプラインが張り巡らされているロシア産に他ならないという事実がある。禁輸措置など、簡単には取り得ない。
■エネルギー価格上昇、米国の利上げ、株安の悪循環が待っている
そうは言っても、経済の理屈を政治が凌駕(りょうが)することはよくあることだ。
ヨーロッパの天然ガスの需給バランスが政治的な要因で崩れたとき、ヨーロッパ発のエネルギー危機がグローバルなショックとなって金融市場を駆け巡ることになる。世界同時株安の様相を呈するだけではなく、米ドルや日本円といった低リスク通貨に上昇圧力がかかる。
より深刻にとらえるべきは、エネルギー価格の急騰でインフレが加速することだ。そしてそのことが、米国の利上げを加速させるリスクは看過しがたい。連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長がタカ派志向を強めている中で、エネルギー価格の上昇でインフレの加速に弾みが付けば、利上げのテンポを上げてくる展開が予想される。
通常、エネルギーや生鮮食品などは価格の変動が激しいため、その影響を除いた物価指数(コア物価指数)で物価や景気の実勢を評価する。しかしながら、物価指標の中からエネルギー価格の影響を完全に取り除くことは実態として不可能であり、コア物価指数もまた限定的ではあるとはいえ、エネルギー価格の影響を受けてしまうものだ。
それにタカ派志向を強めるパウエル議長が、そうした「コア物価」の発想でインフレの加速を容認するとは考えにくい。そうは言っても、負の供給ショックに伴うインフレの加速を需要の抑制で乗り切ろうとすることは、景気に急ブレーキをかけることと同じ意味だ。マーケット的には、この展開が最も嫌気されるストーリーではないだろうか。
日本への影響の点でいえば、ガス価格の高騰の影響は既に免れないところだ。ウクライナ有事が生じた場合、さらにガス価格の高騰を通じてエネルギー価格全般が高くなる。間違いなく株は急落を免れないわけだが、ここで問われてくるのが円高の度合いになる。どれだけ円高が進むかが、日本経済に対する信認のバロメーターになる。
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三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)
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