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ミシュラン星付き日本料理の名人が、「究極の料理とは、魚のお造りである」と断言するワケ

プレジデントオンライン / 2022年2月27日 18時15分

銀座小十料理長の奥田透さん。 - 提供=銀座小十

日本料理の特徴は何か。銀座小十・料理長の奥田透さんは「切ることを何よりも大切にしている。だから日本料理の料理人の世界では、『切れる人』が一番の褒め言葉になっている」という――。

※本稿は、奥田透『日本料理は、なぜ世界から絶賛されるのか』(ポプラ新書)の一部を再編集したものです。

■「割烹料理」の語源を読み解くと…

日本料理の調理法の基本は、何といっても「切る」ことです。

「割烹料理」という言葉がありますが、この言葉の語源は、「割主烹従」料理です。

「割」は割る、つまり切るということです。「烹」は煮る、火を通すということです。

つまり切るが「主」で、煮るが「従」う、まずは切ってから火を入れるということです。そしてそのような料理を割烹料理、出す店を割烹料理店と言われるようになったのです。

ですから、日本料理では、「切る」という調理法をとても大切にしています。なぜなら、切り方によって味が変わるからです。

まず、そもそも切る大きさによって味が変わります。また、大きさといっても実に様々なバリエーションがあります。

ちょっと思いつくままに並べても、大きい・小さい、厚い・薄い、長い・短い、というのがあります。そして、雑に切ると、味がどんどん抜けていったり、仕上がりがどんどん崩れていったりするので、切れる包丁で、作る料理にあった寸法できちんと切ることが大切です。

そうすると味が食材の中に収まり、食べた時に口の中で味が膨らんだり広がったりと、作る側の意図した料理がダイレクトにお客様に伝わるのです。

料理で、切れ味や切り口にこだわるのは、世界で日本料理ぐらいではないでしょうか。なぜなら、これは道具である包丁を見れば分かることです。

■日本の包丁と海外の刃物の大きな違い

西洋料理で使う包丁は、両刃包丁といって、両面に刃がついています。しかし、日本料理で使う包丁は、片刃包丁といって、片方だけにしか刃がついていません。

両刃包丁は、食材に均等に力が加わるので、誰でも切りやすく、日本でも家庭用包丁に使われていますが、日本で普及したのは昭和以降です。

日本料理
提供=銀座小十

片刃包丁は慣れないとうまく扱えませんが、魚を切ったり、かつらむきをしたり、食材を薄く切ったりするのに向いています。なによりも片刃包丁の方が、刃が片側にしかついていないため、切る時の力が食材にスムーズにかかりやすく、切り口が美しいのです。

また、日本の包丁と海外の刃物で、大きな違いは材質です。日本の包丁は鋼製ですが、海外の包丁はほとんどがステンレス製です。

鋼とステンレスでは、切れ味が全然違います。今は、ダイヤモンドに近いような素材のステンレスも出てきて、料理人の中にも「さびにくく、切れ味もよい」と言っている人もいますが、私はやはり鋼製の包丁に勝るものはないと思っています。

確かに、ステンレスは便利で、手入れも楽です。しかし、切れる、切れないの話で言えば、本当にいい職人さんの打った鋼の包丁は、包丁を食材に入れた時の感触が、全然違います。そして、この違いを知るにも多くの経験が必要となるのです。

■うまく切られた料理は見た目もいい

さらに包丁を切れ味のいい状態にしておくには、常にきちんと研いで整えておかなくてはなりません。不思議なことに、料理人にとって切る技量と研ぐ技量は同じで、「切るのが上手だけど、研ぐのが下手」という人はほとんどいませんし、またその逆もしかりなのです。

そして、包丁さばきが上手な人が切った刺身は、きりっとした存在感があり、色ツヤもよく、見るからにおいしそうなたたずまいをしています。

しかし経験の少ない人が切った刺身は、身が沈んでいて勢いが感じられません。味も見た目に連動しています。

他にも、機械で作られた大根のツマと薄刃包丁できれいに薄くむかれた大根のツマでは、味に大きく違いがあるのを感じたことがある人も多いのではないでしょうか?

このように、「切る」といっても、奥深いものがあるのです。ただ単に切ればいいというわけではありません。切る技術と味は大きく関係しているのです。

■「切れる」は最上級の褒め言葉

料理人として修業をしていた30年前の22歳の時、私は自分の人生を変える本に出会いました。それが、徳島県の「青柳」という日本料理店の御主人である三代目店主小山裕久さんが書いた『味の風』という本です。

そこには、「切って味が変わる」と書かれていました。

日本料理
提供=銀座小十

そもそも、昭和の板前さんたちは、「この切れ味がどう」とか「こう切るとこうなる」というように、切ることに対して、ものすごくこだわりがありました。そして、自分でも、「俺の方が切れる職人だ」と言ったり、料理ができる人を「あの人は包丁の切れる人だからね」と言い、それが、一番の褒め言葉でした。

包丁で切るということを、料理の腕の尺度としていたぐらい、切ることを大事にしていたのです。

そして青柳の御主人の本にも、「切って味が変わる」という記述があり、私はこの言葉にものすごく惹かれました。

30年前といえば、ちょうど日本料理界にも西洋の食材が入ってきた頃です。日本料理でも、例えば加工したフォアグラや輸入もののスモークサーモンをちょっと取り入れたりするようになってきていました。

そして、板前さんたちも「いつまでも包丁の切れ味などにこだわっていたら日本料理は進歩しない。いろいろな工夫をして、新しい料理を作っていかなければ海外の料理に負ける。海外の人も理解できるようなモダンな物を作らなくてはいけない」などと言い出しました。これがいわゆる、モダン和食の始まりです。

■細胞と細胞の切れ目にまでこだわる

そんな時代の流れの中で、青柳の御主人だけが「切って味が変わる」と、切ることの大切さを書かれていました。

実際、肉にしても野菜にしても、繊維に沿って切るか、繊維を断ちきるように切るかで、食感の違いも、味のしみこみ方も異なります。

しかし、青柳の御主人がこだわっているのは、そんなレベルの話ではなく、細胞と細胞の切れ目にまでこだわる、ということなのでした。私は、この極意を理解できれば、自分の料理も切ることで味が変わる、より高いところを目指せるのではないかと思い、その後青柳の御主人のもとで勉強がしたいと門を叩き、なんとかお許しをいただいたのです。

青柳の御主人は、魚をおいしいお造りにするには、まずは当たり前ですが食材が大事だと仰っていました。

どういう魚を選ぶか。そして、どういう下処理をして、どういう状態にするか、そもそもの食材がよくなければ、おいしい造りにはならないと言います。

■包丁の前に目で切る

そして、魚がいい状態になったら、次は「切れる包丁」が大事だとも。

世の中に包丁はいくらでもありますが、本当に切れる包丁でなければ味は表現できないと言うのです。まず、その包丁自体が、目指す料理の味にふさわしいだけのグレードなのか。そして、その包丁はきちんと研がれていることも重要でした。

最高の状態の素材、次に切れる包丁、最後に必要なのは「切る技術」となります。技術が追いついていなければ、どんなに切れる包丁を使っても切れません。

持ち方、構え方、そして向こうから手前に引っ張って切るのにも、極意があり、ただ「こうすれば切れる」というわけではありません。

では、その「極意」とは何かというと、青柳の御主人の教えを私が理解するには「目で切り、包丁で切り、技術で切る」ということです。

造りを切るには、まず包丁を魚に当ててから切るのではなく、包丁は魚に当たる前から既に助走を付けて走っていなければいけなく、よって包丁が魚を切る前に目で魚を切っていなければいけません。

■最も神経を集中させる料理はお造り

そして、切れる包丁で魚を切り、同時に自分の思う形に切る技術が必要だということです。これが大きく味に関係します。

魚をまな板に置き、柳刃包丁で向こう側から手前に引くだけの単純な作業ですが、魚の繊維を感じながら細胞を壊さないように包丁を引く。

お造りという料理は、私にとって最も神経を集中させる究極の料理です。

奥田透『日本料理は、なぜ世界から絶賛されるのか』(ポプラ新書)
奥田透『日本料理は、なぜ世界から絶賛されるのか』(ポプラ新書)

話は少し変わりますが、日本料理を海外の料理と比べた場合、おそらく日本料理の職人と西洋料理の職人とでは目指すところも大きく違うのだと思います。

西洋料理の多くは「切る」ことに対しても、合理性の方が先で、昔は魚などもキッチンバサミで捌いていました。

西洋料理でこだわらなければいけないのは、肉の火入れやおいしいソース作りといったことで、料理が違えば、こだわるところも大きく違うということです。

ちなみに、30年前は「いつまでも切れ味などと言っていたら日本料理は進歩しない」という風潮でしたが、最近は、外国人のシェフが日本の寿司や和食店のカウンターで職人さんの包丁さばきを見て、「すごい」と言うのです。

日本でお土産に和包丁を買っていくシェフも多いと聞きます。

世界中の料理が、切れる和包丁を使って「切る」ということにこだわり始めたら今よりももっと発展していくのだと思います。

私は「切って味が変わる」、このことを永遠に追求していきたいと思います。

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奥田 透(おくだ・とおる)
銀座小十 店主
1969年、静岡県生まれ。静岡の割烹旅館「喜久屋」、京都の「鮎の宿つたや」などを経て、徳島の名店「青柳」で修業。1999年、29歳にして故郷・静岡で「春夏秋冬花見小路」をオープン。2003年に東京・銀座に「銀座小十」をオープン。2007年には『ミシュランガイド東京』で三つ星を獲得。その後、「銀座奥田」をオープン。2013年9月にはパリ、2017年11月にはニューヨークに店をオープンするなど日本を代表する気鋭の料理人。主な著書に、『日本料理 銀座小十』(世界文化社)、『焼く 日本料理 素材別炭火焼きの技法』(柴田書店)、『本当においしく作れる和食』(世界文化社)、『世界でいちばん小さな三つ星料理店』『三つ星料理人、世界に挑む。』(ともにポプラ社)、『銀座小十の料理歳時記十二カ月 献立にみる日本の節供と守破離のこころ』(誠文堂新光社)などがある。

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(銀座小十 店主 奥田 透)

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