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「経営会議が男性だけだと不安になる」IBM社長がそう打ち明ける深い理由

プレジデントオンライン / 2022年3月9日 8時15分

日本IBM 代表取締役社長 山口明夫さん(撮影=遠藤素子)

日本IBM社長の山口明夫さんは、若い頃に赴任した米国で初めて「マイノリティの立場」を味わったという。その経験は、自身の考え方や同社のD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)推進にどんな影響を及ぼしたのだろうか。ジャーナリストの白河桃子さんが聞いた──。

■部下の約半数は女性や外国籍

【白河】御社では1960年代に女性の積極採用を開始して以降、長年にわたって女性活躍推進に取り組んでこられました。それはなぜなのか、背景を教えていただけますか?

【山口】米国IBMには、昔から性別や人種、宗教などに関係なく人材を採用してきた歴史があります。1899年にはまだ人種差別の風潮が残る中で黒人や女性の採用を開始し、1960年代後半、人類初の月面着陸に至った「アポロ計画」には、IBMから多くの女性プログラマーが参加していました。以降、IBMはどんなに業績が苦しくなっても、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)を大切に守り続けてきました。日本IBMも同様で、それはやはり会社の芯の部分にそうした歴史が深く刻み込まれているからだと思います。

【白河】ご自身も、入社当時から「性別に関係なく活躍できて当たり前」という感覚をお持ちだったそうですが、それは社長になられた今も同じですか? 例えば日本企業の上層部にはほとんど女性や外国人はいませんが、このような会議をみたら、どう思われますか?

【山口】社長になっても同じですね。今、私の部下のうち2〜3割は女性、2〜3割は外国籍です。そんな環境ですから、会合でも女性や外国籍の社員がいるのが当たり前という感覚です。もし全員が日本人男性だったらむしろ引いてしまう(笑)。もう少し正確に言うと、本当に正しい判断ができるのかと不安になりますね。この組織は大丈夫なのかと思ってしまう。そういった感覚です。

■子会社社長の年齢を知らなかった

【白河】2020年には、御社の生え抜き社員である井上裕美さんが、39歳の若さで子会社「日本IBMデジタルサービス」の社長に就任されました。これも、そうした考え方の表れと言えそうですね。

【山口】実は、私は井上さんの年齢を知らなかったんですよ。報道で「若い女性が社長に就任」と取り上げられていたのを見て、初めて「あ、若かったんだ」と。当社は評価の際に性別や年齢、年次、学歴などは見ないですし、私自身もそんなことより「その人」を見るべきだと思っています。

■採用時の「大卒」の要件を撤廃

【山口】そもそも、当社の採用では半分が中途採用です。スキルや人物だけを見るのが自然で、2022年1月からは採用時の大卒要件も撤廃しました。米国IBMでは、大卒ではない社員がすでに20%もいます。D&Iといえば日本では女性活躍だけが議論されがちですが、それは要素のひとつでしかないと思います。ただ、入社した途端そうした考え方になれる人ばかりではないので、もちろん当社の中にも保守的な考え方の人はいると思いますが、みんなでなんとか変わろうと頑張っています。

少子化ジャーナリスト 白河桃子さん
少子化ジャーナリスト 白河桃子さん(撮影=遠藤素子)

【白河】日本の企業は年齢や年次にこだわりが強くて、昇格も年齢や年次で粛々と動いていくところが多いですね。性別に関してもまだまだバイアスがかかっているのが現状です。取引先の中にはまだ保守的な考え方の企業もあるかと思います。取引先の姿勢に、女性社員への見えないバイアスを感じたことはありますか?

【山口】あります。最近は大きく変わってきているように思いますが、まだ、それを感じることはあります。ただ、新卒時から同質性の高い組織で働いていたら、私も今のような考え方にはなっていなかったと思います。年齢や性別でバイアスをかけてしまうかどうかは、やはり環境の影響が大きいと思います。

■米国赴任で経験した「マイノリティの立場」

【白河】バイアスに対して違和感を持つ方は、日本の経営者には少ないですね。山口社長の場合は何かきっかけがあったのでしょうか?

日本IBM 代表取締役社長 山口明夫さん
撮影=遠藤素子

【山口】男女関係なく一緒に働くという当社の環境もありますが、個人的には米国に赴任したときの経験が大きいと思います。周りは私から見れば外国人ばかりで、まだ英語力もなく、仕事の面でも生活の面でも疎外感を味わいました。生活の面でも、銀行に入金する方法がよくわからなくて、確かに入金したはずなのに「受け取っていない」と言われたこともありましたね。つたない英語で必死に説明して、最終的には返金してもらえましたが。さらに、ハンバーガー屋さんで欲しいものが伝わらなかった時ですね。どれも自分としては屈辱的でした。今でも苦い思い出ですね。

【白河】マイノリティ体験をされたんですね。慣れない環境に入ると、やはり最初は戸惑いますし、壁も感じますよね。

【山口】その通りで、私は米国に赴任して初めて「マイノリティである自分」を経験しました。米国人ばかりの中で日本人である自分、英語が話せる人ばかりの中で話せない自分に気づいたんですね。でも、上司や同僚はとても優しく接してくれました。当時私の上司は黒人の女性で、今思えば足手まといだったでしょうに、出張にもよく同行させてくれました。以降、私も彼らのようでありたいと思うようになったんです。マイノリティであるがゆえにつらい思いをする、そんな人を少しでも減らしたい。自分がマジョリティだからといって、上から目線で接するのは絶対にダメです。

■マジョリティに収まることをよしとする残念な風潮

【白河】日本の経営者でマイノリティ経験を持つ人は少ないと思います。D&Iを推進するには、やはりトップのマイノリティ経験が鍵になりますね。他社でも、ジェンダー平等に本気で取り組む会社の社長は、一度はマイノリティ経験をしています。ある企業では女性ばかりの会議にわざと経営者を送り込み、マイノリティの状況を体験してもらうようにしているそうです。一度経験すると、自身の実感として「推進せねば」と意識が変わってきます。

少子化ジャーナリスト 白河桃子さん
撮影=遠藤素子

【山口】マイノリティとマジョリティってどんな世界にもありますよね。同じ「男性」の中でも、部署や与えられている仕事内容、担当クライアントの規模などを見て「この人はメインでこの人はサブ」などと位置づけてしまいがちです。本当はそんな位置づけはいらないんです。でも、日本にはまだそうした考え方が根づいていない気がします。教育の世界にも、みんなと同じがいい、つまりマジョリティの枠内に収まっているのをよしとするとような風潮があるのではないでしょうか。

■人が企業を選ぶ時代

【白河】確かにそうした風潮は残っていますが、今の若い世代は同調圧力を嫌う傾向が強いですね。特に「男だから」「女だから」「若手だから」という枠にはめられることを嫌がっています。働き方についても、どんな働き方をしたいというのではなく、働き方を「選べない」状態が嫌だと。

【山口】今は人が企業を選ぶ時代。企業と個人との関係は、従来は「まず企業があって次に個人がある」というように企業中心でしたが、ここ数年で間違いなく個人中心に逆転しましたね。今後は雇用の流動化や、ジョブ型などの転職しやすい仕組みが必要になってきます。そうすると個々人の選択眼やスキルが重要になってきますから、それを養うような教育も求められます。これらを一つひとつ実現していけたら、日本はもっと成長できると思います。

【白河】御社はすでにジョブ型を実現されていますね。D&Iも進んでいて、さらに女性活躍については他社にもノウハウを展開される予定だとか。

【山口】2022年の春から、NewsPicksさんとともに、女性向けリーダーシップ開発プログラムの提供を開始します。女性管理職の裾野を広げることを目的としたもので、管理職にチャレンジするうえで当社の女性社員が感じたことや、チャレンジをサポートする側のコミュニケーションの取り方などを発信する予定です。これを機に、他社さんからもさまざまな知見をいただけたらと思っています。

■「女性だから昇進」そんな甘い判断はしない

【白河】女性活躍の施策を進める中で、社内から「女性ばかり特別扱いして」という声が出たことはありませんか?

【山口】ないわけではありませんが、今は時代の流れとして女性活躍を推進しないと会社そのものが継続できないですよね。その点は皆もわかっているはずです。ただ、女性の中には「女性だから昇進したと思われるのが嫌」という人もいます。そうした人には「昇進させるのはあなたにポテンシャルがあるからだ、大変さはあるだろうが気にせず進んでほしい」と伝えています。実際、女性という理由だけで昇進させるなんて、企業はそんな甘い判断はしないですよ。

【白河】御社では女性管理職の人数が着実に増えていますが、職種によって数に偏りが出たりはしていませんか?

■高校3年生で自分の適性がわかるはずがない

【山口】以前はマーケティングなどの職種が多かったのですが、今は営業部門にもエンジニア部門にも女性管理職がいます。ただ、今の段階では学校でIT(情報技術)を学ぶ女性自体が少ないので、どうしても数に偏りは出ますね。そもそも、高校3年生の段階で文系か理系かを選んで、その後ずっとその道を歩んでいくなんておかしいですよね。その年齢で自分の適正に基づいて将来の仕事まで決まってしまう流れには違和感を感じます。実際は、理系出身者でないとエンジニアになれないなどということはありません。当社にも文系出身のエンジニアがいますが、皆優秀です。そもそも理系、文系という区分けがいいのかも今後の議論ではないでしょうか。

日本IBM 代表取締役社長 山口明夫さんと少子化ジャーナリストの白河桃子さん
撮影=遠藤素子

【白河】文系エンジニアという言葉を流行らせるといいかもしれませんね。世界のソフトウエアの8割は男性がつくっていると言われますが、特に日本のIT業界は女性が少ない状態が続いています。今は文理をはっきり分けない大学もありますが、やはり女子学生は理系分野で活躍する職業をイメージしにくいようです。先生や親世代にも「女の子=文系」という思い込みが残っていますね。

【山口】そこを打破して、IT業界を目指す女性がどんどん増えてくれたらうれしいですね。当社の場合、新卒採用では女性もたくさん入ってくれるのですが、中途採用となると極端に減ってしまうので、そこが課題になっています。ただ、いったん退社した後に戻ってきてくれる人もいます。当社は出戻り大歓迎なので、そうした人の割合は結構多いですね。

【白河】出戻りが多いのはいいことですね。その人が退職する前よりいい会社になっているという証しではないでしょうか。最後に、女性活躍を含むD&I推進への意気込みをお願いします。

【山口】一緒に働いて成果を出していくうえでは、性別も出身も、そして役職も関係なく、その個々人をお互い尊重しあうことが重要です。D&I推進にも経営にも、常にそうした感覚を持ちながらあたっていきたいと思います。

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山口 明夫(やまぐち・あきお)
日本IBM 代表取締役社長
1964年、和歌山県生まれ。87年、日本IBMに入社し、エンジニアとしてシステム開発・保守に携わる。その後、社長室・経営企画、テクニカルセールス本部長、米国IBM役員補佐などを歴任。取締役専務執行役員、グローバル・ビジネス・サービス事業本部長などを経て、2019年より現職。

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白河 桃子(しらかわ・とうこ)
相模女子大学特任教授、女性活躍ジャーナリスト
1961年生まれ。「働き方改革実現会議」など政府の政策策定に参画。婚活、妊活の提唱者。著書に『働かないおじさんが御社をダメにする』(PHP研究所)など多数。

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(日本IBM 代表取締役社長 山口 明夫、相模女子大学特任教授、女性活躍ジャーナリスト 白河 桃子 構成=辻村洋子)

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