海外では「VWのゴルフ」は決して高級車ではない…なぜ日本人は"欲しい物"を買えなくなったのか
プレジデントオンライン / 2022年4月4日 12時15分
※本稿は、西田亮介『17歳からの民主主義とメディアの授業 ぶっちゃけ、誰が国を動かしているのか教えてください』(日本実業出版社)の一部を再編集したものです。
■選択肢が豊富で、選べて、やり直せるのが「豊かな社会」
【先生】そうかもしれませんね……実のところぼくもそうです。
なぜ自由で豊かなはずの自由民主主義国家で閉塞感が強いのでしょうか?
社会学では閉塞感を期待された水準と現実の差で説明しようとします。
ぼくは、本当に豊かな社会とは選択肢が豊富にあって、その選択肢を実際に選ぶことができ、仮に選択を間違えた場合にもやり直すことができるような社会だと考えています。
多くの人が閉塞感を覚えるのだとしたら、日本の社会において選ぶことができる選択肢が少なくなっているのかもしれません。たとえば、少し前には、若者たちが親にクルマを買ってもらい、デートでどんなクルマに乗っているかが大事だとされた時代もあったようです。バブル期ですね。でも、ぼくもそんな時代はドラマでしか見たことがありませんが……。
■間違えれば怒られるから、みんなが安定と安牌を求める
いまは、貧しい選択肢から選べというふうに言われて、しかも間違えたときには怒られているように感じてしまいます。自己責任論の風潮もすごく強くなっていて、選択を間違えたときには、「それは選んだあなたの責任でしょう」と言われてしまう。
だからみんな間違えたくなくて、安定と安牌(リスクのない選択)を求めようとしているようです。
それからもう一つは、やっぱり経済成長していないことに起因するのではないでしょうか。
先述したようにぼくもバブルの記憶はありません。1983年生まれですから、自分が消費を積極的に行なうようになったときにはバブルがはじけたあとでした。失われた30年の世代です。ちなみに親はバブルの一番高いときに家を買ってしまいました。もう大変だったわけですね。持ち家を買っても、その後、期待したようには給料は伸びないということですから。
■かつての大衆車が、いまや高級自動車になっている
経済成長はやめたほうがいい、脱成長ということが最近、年長世代の論客のみならず、若いオピニオンリーダーからもよく言われています。脱成長、脱資本主義は大人気です。「経済成長するべきだ」論はどうも論壇では旗色が悪いままです。あまりに現実的すぎて、夢がなく見えるのでしょうか。
しかし現実には、多くの国が経済成長を続けていますし、国民の可処分所得も伸びています。今後もそうでしょう。日本の場合は経済成長は極めて低調で1%以下で推移していて、実質賃金も横ばいか実質的に減少しています。
そのことから現役世代にとって、他国における標準的な商品が、日本にとっては高額品になる現象が生じています。
たとえば、かつて300万円くらいだったドイツ車のフォルクスワーゲン(VW)のゴルフは、いまは400万円以上になっています。それでも販売している国の多くでは、給料が伸びているので中流世帯が買える車であり続けています。ところが日本においては給料の額面が伸びていませんから、単に上昇シフトして高額商品になってしまいました。
これがいろいろなところで起きています。自動車が最たる例だと思うんですね。かつての大衆車がいまや高級自動車になっている。トヨタのカムリや、ホンダのアコードどころか、シビックですらそうですね。
■経済的不自由さは閉塞感につながる
それから世界屈指の人口と経済成長を背景に中間層の購買力が高まり、爆買いだと言って物を買いまくっている国がお隣にある。しかもコロナ前までは、日本で買いまくっていた(笑)。日本人がそれだけ物を買いまくれるかというとそうでもない。いずれにせよ、感覚的にも経済的不自由を感じますよね。それもまた閉塞感につながると思います。
それからもう一つは将来の先行きの見通しと関係しています。
ゆるやかなインフレが起きている社会では、自然と上げ潮的な経済観です。これは工場などでは人は勝手に習熟し、生産性が勝手に2%ぐらい改善していき、それに応じて物価と賃金も上がっていくといい、という考え方です。
この場合、物価の伸びをやや上回る水準で賃金が伸びていくことが重要です。物価の伸びをやや上回る水準で賃金の伸びが生じている社会がどういう社会かというと、借金することが好ましい社会です。企業の場合、投資と言い換えることができます。額面上の賃金が伸びていくことがわかっていれば、いま借金することが得ですよね。額面は変わらないわけですから、将来の実質的な借金額が小さくなるからです。
■デフレが続くと企業は投資を渋り、人々の財布のヒモは硬くなる
反対に、デフレ下における借金は最悪です。物価は下がっていき、賃金も下がっていくということです。たとえば現在の1万円の借金が賃金の下がり続ける将来にさらに重たくのしかかってくるからです。
日本はまさにこのデフレが30年続いている社会なわけですね。だからわれわれは借金したくないし、住宅ローンを除いてローンも組みたくない。そういう社会になってしまいました。
企業が借金をして投資をすることをやめると、生産設備の革新が遅れます。工場に対する新しい投資は、工場の設備を新しくするとか、機械化するとか、自動化するということです。投資をすると生産性が高まり、より高機能な製品がつくられます。人々が活発に購買行動に走ることで、ポジティブなサイクルが期待できます。
でもデフレ下においては生産設備を改善したり、新商品のR&Dをやるより、いまいる労働者のみなさんにとにかく、現状のまま頑張って働いてもらうほうがいいかなということになりがちです。結果的に人々の財布のヒモがより堅くなってデフレマインドが強まります。これがこの30年なわけですね。
■経済成長を手放したら、日本人だけ物が買えない状況になる
日本の将来に閉塞感を感じるのは、デフレが今後も続いていくんじゃないかと多くの人が本能的に不安視している面もあるのではないでしょうか。
だから経済成長は絶対手放してはいけないし、特に他国が成長している場合には日本も成長を目指さないと、前述のように日本人だけ物が買えない、高額に感じられる状況が起きてしまいます。それから労働市場としての魅力が乏しくなり、外国人労働者がますます日本を選択しなくなるかもしれません。
閉塞感の原因は政治より経済にあるかもしれないんですね。
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東京工業大学 リベラルアーツ研究教育院 准教授
1983年、京都生まれ。専門は社会学。博士(政策・メディア)。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。同助教(有期・研究奨励II)、独立行政法人中小企業基盤整備機構リサーチャー、立命館大学大学院特別招聘准教授などを経て現職。著書に『メディアと自民党』(角川新書、2016年度社会情報学会優秀文献賞)、『なぜ政治はわかりにくいのか:社会と民主主義をとらえなおす』(春秋社)、『情報武装する政治』(KADOKAWA)、『ネット選挙 解禁がもたらす日本社会の変容』(東洋経済新報社)などがある。
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(東京工業大学 リベラルアーツ研究教育院 准教授 西田 亮介)
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