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普通の小売店はそんな言い方はしない…ドンキが店内BGMで「激安ジャングル」と連呼するワケ

プレジデントオンライン / 2022年3月26日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/TkKurikawa

ドン・キホーテの店内BGMでは、店名の次に「ジャングル」という言葉が多く使われている。なぜそんな言い方をしているのか。ライターの谷頭和希さんは「ドンキの店内は見通しが悪く通路が狭い。それは買い物客に衝動買いをさせることを狙っているからだ」という――。(第1回/全2回)

※本稿は、谷頭和希『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』(集英社新書)の一部を再編集したものです。

■コロナ禍でも32期連続増収を達成したドン・キホーテ

ドン・キホーテを運営するPPIH(パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス)は、2021年6月に創業から32期連続増収という、企業としては驚異的な記録を達成しました。

ドンキの強みは、外国人観光客向け需要(インバウンド需要)ですが、新型コロナウイルスの影響で外国人旅行客は大幅に減少。ドンキのみならずさまざまな小売店がその影響を被っただけに、このニュースは小売業界を驚かせたに違いありません。グループの店舗数を見てみると、2017年には総店舗数400店舗を突破。2021年12月21日の時点で、国内594店舗、国外92店舗の計686店舗を展開しています。

ドンキの公式サイトを見れば、ほぼ、毎月2店舗ずつのペースで新規出店が増えていることがわかります。その安定的な業績傾向は、近年、コロナ禍で業績が落ち込む他のチェーンストアに比べると際立つかもしれません。

■テーマソングの歌詞からひも解く「ドンキの秘密」

本稿では、店舗の通路の形や、内装、商品など、ドンキの「内側」についての話題を扱います。このとき考えたいのが、ドンキのテーマソング「Miracle Shopping(ミラクルショッピング)」です。どの店舗でもループで流れている曲で、「ドン ドン ドン ドンキ ドン・キホーテ」というように店名を繰り返し歌う、軽快なメロディの曲です。BPM(1分あたりの拍数)は170ぐらいで、かなりのアップテンポ。購買欲をそそるようにハイテンポな曲にした、という話もあります。

この曲は、ドンキの元社員で、現在は経営コンサルタントを務めている田中マイミが作詞・作曲をしました。ちなみに、田中のオフィシャルYouTubeチャンネルではダンスつきの完全版「ミラクルショッピング」が公開されているので、ぜひ聴きながら読み進めてみてください。

じつは「ミラクルショッピング」の歌詞をよく見ていくと、ドンキの店舗の形や内装、そして商品の特徴がとてもよくわかるのです。このテーマソングに導かれて、ドンキの店内に入っていきましょう。

■繰り返し登場する「ジャングル」というフレーズ

「ミラクルショッピング」のすべての歌詞は、知らないかたがほとんどだと思います。しかしその歌詞を読み解いていくと、ドンキの特徴があきらかになっていくのです。ここからは、そんな「ミラクルショッピング」の歌詞に登場するフレーズに着目していきます。

最初に注目するのは、「ジャングル」という言葉です。曲中では「ボリューム満点 激安ジャングル(ジャングルだー!)」というフレーズが繰り返され、店名の次に多く出てくる単語です。実際に、ドンキの店内をよく見ると、「ジャングル」という言葉にふさわしく、緑の造花のツタがしげっています(これは、「ジャングル・ディスプレイ」と呼ばれています)。

しかし、「ジャングル」という言葉はふつうの小売店にはふさわしくないように感じませんか。あなたの近所のコンビニやスーパー、あるいはドラッグストアなどを想像してみてください。それらの店内は見通しがよく、棚が整頓されています。そのため目的の商品を、一直線で見つけに行けることがほとんどです。

なぜ、そのような店内構造になっているのか。見通しがいいほうが、効率よく買い物ができるからです。そのことからも、うっそうとして雑多で見通しの悪いイメージの「ジャングル」という言葉は小売店にはそぐわないように思えます。それでも、ドンキはあえてこの言葉をテーマソングのなかに入れています。

■なぜ「ジャングル」という言葉を使うのか

なぜ「ミラクルショッピング」は「ジャングル」という言葉を使うのでしょうか。

その答えとしてまず考えられるのは、ドンキの店内の通路が非常に複雑で、「ジャングル」のようだ、ということです。イラストで、いくつかのドンキの店内マップを見てみましょう。

図表1は、ドンキの旗艦店の一つである新宿歌舞伎町店の店内マップです。通路が曲がっていたり、それぞれの売り場が四角く区切られていないことがわかると思います。ふつうのコンビニやスーパーに比べると、非常に複雑で、わかりづらい通路です。

【図表1】新宿歌舞伎町店の店内マップ

ほかの店舗の店内マップも見てみましょう。

図表2は東京都練馬区にあるドンキ練馬店。面積の計算をするのがとても難しそうなほど複雑で、サーキットを思わせる曲線が印象的です。

【図表2】練馬店の店内マップ

MEGAドンキ立川店(図表3)。

【図表3】MEGAドン・キホーテ立川店の店内マップ

まず、売り場の形が非常に細長い。そもそも、この土地でなにかを売るのが大変なのではないかと思わされます。ここでも、店舗の通路はぐにゃぐにゃと曲がっていることがわかるでしょう。

店内マップでは、通路の配置はかろうじてわかりますが、実際に店舗のなかに立つと、もはや商品に囲まれて店内がまったく見通せない。完全に迷子になるわけです。僕自身、幾度となくドンキで迷子になり、階段やエスカレーターの位置がわからなくなったことがありました。

■小売店のマップとは思えない複雑な通路

東京以外でも、ドンキの複雑な通路は健在です。たとえば長崎市のドンキ浜町店(図表4)。

【図表4】浜町店の店内マップ

ここまでくると、もう小売店のマップだとはとうてい思えません。一般的な建物の売り場(ドンキでは「買い場」と呼ばれています)は長方形がイメージされますが、ドンキの店内は円形の棚が入っているところもある。ドンキの複雑な店舗通路、ここに極まれり、と言ってもいいでしょう。

こうした店内の複雑さこそが、ドンキが「ジャングル」だと歌われる理由の一つでしょう。ジャングルには植物が生い茂り、人は容易に通れません。ドンキにところせましと並んだ商品を植物に見立てれば、ドンキの店内もまたジャングルだと言えます。そして複雑な売り場に大量の商品が並ぶことで、見通しの悪さが生まれるということも、容易に想像がつくでしょう。

■格子状に区割りされているコンビニやスーパー

比較として、コンビニやスーパーの店内マップも見てみましょう。一般的なスーパーの店内をイラストにしてみました(図表5)。

【図表5】一般的なスーパーの店内マップ

説明するまでもないと思いますが、ドンキとは違い、それぞれの売り場がはっきりと長方形で分かれています。ドンキの店内マップに曲線が多く出てきたのとは対照的です。

コンビニの店内マップも見てみましょう(図表6)。

【図表6】一般的なコンビニの店内マップ

出入り口の横に雑誌コーナーがあって、進むと飲み物や食べ物が並んでいる。一般的に私たちがイメージするコンビニの姿です。格子状の区割りを「グリッド」と呼ぶことがありますが、コンビニやスーパーは典型的にグリッド状の通路だといえるでしょう。そして、それは小売業ではオーソドックスな店舗通路の形だと思います。簡単にいえば、どこになにがあるのかがわかりやすい。

その極端な例は会員制倉庫型スーパーのコストコかもしれません。コストコの店舗は、まず広い土地があるところにドーンと倉庫のような四角い建物が建てられます。そうして、一から街を作るように、そのなかにグリッド状の通路を作り、棚を置く。そうしてそこに果てしなく商品を並べるわけです。千葉県木更津市のコストコ木更津倉庫店の店内図をイラストにしてみました(図表7)。

【図表7】コストコ木更津倉庫店店内マップ

■空間の使い方が正反対なドンキとコストコ

こう単純化してしまうと、コンビニやスーパーとほとんど同じように見えますし、実際、空間の作りかたはコンビニやスーパーと似ているでしょう。でも、恐ろしいのはその規模です。

オレゴン州のコストコ
写真=iStock.com/artran
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/artran

私は初めてコストコに行ったときに、あまりの巨大さに驚いてしまいました。コンビニやスーパーを徹底させていくと、このような姿になるのか、と。そして、この姿はドンキとは正反対だな、とも考えました。どちらが小売店として優れているのか、という話ではなく、事実としてまったく異なる空間の使いかた(空間秩序)をしているのです。

じつは、コストコ的な空間の使いかたはアメリカ型の小売店に多い特徴だともいえます。そもそも、スーパーマーケットという業態は、日本でダイエーを創業した中内㓛がアメリカ型の小売店にならって作ったものです。店内構造の面から見れば、日本のスーパーマーケットを「コストコのミニサイズ版」ととらえてもいいでしょう。

また、ネット通販サイトAmazonの巨大な倉庫もコストコのようなアメリカの小売店に近い空間の使いかたをしています。Amazonは、顧客から注文が入ると、その商品を倉庫から取り出して注文者のところに届けるわけですが、その倉庫はグリッド状の通路にぎっしりと商品が並べられています。

それだけではなく、商品にはそれぞれコードが割り振られ、顧客が注文した商品の場所へすぐに向かえるようになっている。その空間は、コストコやスーパーの空間との近さを感じさせます。一つにくくってしまうことは危険なのですが、やはりコストコもスーパーもAmazonも、アメリカ発祥の小売システムであるところが大きいのではないかと思います。

■ドンキの店舗構造に貫かれた「曲線の美学」

いずれにしても、それらの空間では「ここに行きたい」と思ったところに一直線で行くことができます。しかし、ドンキはそうもいかない。

先ほどの店内マップを思い出してみてください。あるコーナーに行きたいと思っても、なかなか難しい。実際、店内マップで描かれている通路のほかにも、たくさんの小さな通路が通っており、目的地まで一直線で行くことは非常に難しいのです。商品が高く積まれていることから生まれる見通しの悪さ、そして店内の曲線通路の多さが、目的地まで一直線に行くことを阻んでいるのです。

コストコのような空間が、直線を店舗構造の美徳にしているのだとすれば、やはりドンキは「曲線の美学」、とでも呼びたくなるような店舗構造を持っているといえるでしょう。

ここまで、スーパーやコンビニ、コストコとの比較を通して、ドンキの店内が複雑で不合理な店舗構造を持っていることを説明してきました。「ミラクルショッピング」のなかにある「ジャングル」というフレーズは、そのことを表しているのではないか。わざわざ説明しなくても、ドンキに行ったことがある人ならばなんとなくイメージできるのではないかと思います。

■「ジャングル」のような構造が “衝動買い”の機会を増やしている

では、どうしてドンキの店内はこんなにも複雑なのか。ここからはその理由を考えてみたいと思います。ふつうに考えるなら、なにかを売っている場所は、商品の場所がすぐにわかるほうがいいのではないか。

じつは、そのヒントもまた、「ミラクルショッピング」に含まれているのです。

歌詞のなかに、「衝動的でも得したネ」という一節があります。これが、そのヒントです。「衝動的」な買い物。そう、つまり「衝動買い」のことです。買う予定はなかったのに勢いで買ってしまう――あなたも経験があるかもしれません。ここでは、その「衝動買い」のことが歌われている。

どういうことでしょう。ドンキは「ジャングル」のような複雑な構造をしている。そうすると、店舗のなかで迷ってしまうこともあるわけです。迷子になって、通るはずではなかった通路を通って、そこに予期せぬ商品との出会いが生まれる。買うつもりのなかった商品でも接触する回数が増えることで、「あ、これ欲しい!」とか「これ、いいかも!」と思う可能性が高まるわけです。そうなると店側としては当然、儲けが増える。

ドンキの空間戦略は一見すると不合理に見えるのですが、小売店の目標の一つである「儲ける」ということを考えたときの戦略としては、ある意味、合理性があるわけです。コストコや一般的なスーパーの戦略とは異なる独自のロジックではありますが、それで収益を伸ばしているのですから、理にかなっていることには間違いありません。

■効率的に儲けるための仕組みが、自然に「ジャングル」を作り出した

そして、このときに重要になるのが「圧縮陳列」という手法です。これは、棚いっぱいに商品をぎっしり詰めるという独特の商品陳列方法。ドンキの棚にはこれでもか、というほど商品が並べられていることが多いのですが、それは圧縮陳列によるものです。

谷頭和希『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』(集英社新書)
谷頭和希『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』(集英社新書)

この陳列にも、ドンキ独自のロジックが働いています。店舗のなかでいろんな商品と出会わせたいと複雑な店舗構造にしても、商品がたくさんなければあまり商品と出会えません。そのために圧縮陳列をすることで、少しでも多く商品と触れる機会を増やすわけです。結果として、棚には商品がうずたかく積み上げられることになり、店舗内の見通しがきかなくなって、店内が複雑になるのです。

整理しましょう。ドンキの店舗は複雑でジャングルのようである。その複雑さはどこから生まれているかというと、衝動買いを誘発するための合理的な仕組みから生まれている。その仕組みを徹底させるなかで、より多くの品物を並べる「圧縮陳列」にたどり着き、それらによって店舗がさらに複雑になっていく。

このようなメカニズムで、ドンキの店舗は複雑に、そしてジャングルのようになっているわけです。

注目したいのは、ドンキが持つ「複雑さ」とは、複雑であることを目的としてそうなったのではなく、むしろ、効率よく儲けるための仕組みを徹底させたところに自然と生まれてきたものである、ということです。

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谷頭 和希(たにがしら・かずき)
ライター
1997年生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業後、早稲田大学教育学術院国語教育専攻に在籍。デイリーポータルZ、オモコロ、サンポーなどのウェブメディアにチェーンストア、テーマパーク、都市についての原稿を執筆。批評観光誌『LOCUST』編集部所属。2017年から2018年に「ゲンロン 佐々木敦 批評再生塾 第三期」に参加し宇川直宏賞を受賞。

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(ライター 谷頭 和希)

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