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「ワンピース」「ナルト」に続けるか…伊藤忠の「ムーミンビジネス」が中国で成功するために必要なこと

プレジデントオンライン / 2022年3月28日 18時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/LordRunar

日本のアニメや漫画のキャラクターが続々と中国に進出している。中国でのコンテンツビジネスに詳しい峰岸宏行さんは「中国には日本文化をスピーディーに受け入れる土壌がある。表現規制や知名度の問題を解決できれば、巨大ビジネスに成長する可能性がある」という――。

■伊藤忠が手掛ける「ムーミン」の中国進出

2021年9月、伊藤忠商事がアジアでアニメやキャラクターのライセンス事業に参入する、というニュースがあった。香港にライセンス大手などと合弁会社を設立し、まずはフィンランド生まれのキャラクター「ムーミン」を中国で独占展開する。この新会社では今後5年で100億円の売上を目指すという。

中国では「ムーミン」はあまり知られていない。一方、日本での人気は圧倒的で、発祥地である欧州よりも日本での人気のほうが高い。その人気は日本で制作されたアニメが発端だったことを考えると、事実上、「ムーミンは日本コンテンツ」と括ることができる。

中国は日本コンテンツに対する理解、認知が非常に高い地域である。1976年まで約10年間続いた文化大革命が終わったとき、中国で一番最初に上映された海外映画は高倉健主演の日本映画『君よ憤怒の河を渉れ』(中題:追補)だった。また近年では新作アニメの日中同時配信が行われたり、ゲームコラボが非常にさかんであったりと、若い世代も日本コンテンツに親しみを持っている。

とりわけ、この10年で状況はかなり変わった。「ワンピース」「ナルト」「ドラえもん」「夏目友人帳」といった日本生まれのコンテンツは、いまや中国でも国民的キャラクターになっている。

たとえば直近のアニメ映画の興行収入は、『君の名は。』(2016年)は5.75億元(約86億円)、『STAND BY ME ドラえもん』(2014年)は5.3億元(約79億円)、『ONE PIECE FILM GOLD』(2016年)は1.03億元(15億円)、『名探偵コナン ゼロの執行人』(2018年)は1.27億元(約19億円)――と非常に高い数字を叩き出している。

■ドラえもんの映画は日本とほぼ同額の興行収入

『君の名は。』は日本では約414億円だったので、日本と比べると数字としては低いが、『ドラえもん』は日本の約83億円に対して中国でも79億円であり、産業としては日本に次ぐ興行収入を得た。

香港でのドラえもんの展示
写真=iStock.com/winhorse
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/winhorse

中国とその他の地域との比較ではどうか。例えば台湾での『君の名は。』の興行収入は2.5億台湾ドル(約10億円)、『名探偵コナン ゼロの執行人』は9235万台湾ドル(約3.6億円)だった。もちろん人口差もあるが、マーケットとしてみた場合、大陸の市場は非常に大きな可能性を秘めた市場と言える。

このことから、ムーミンも展開次第によっては巨大ビジネスに発展する可能性がある。日本以上の収益を得ることは至難の業であることは映画の例からもおわかりいただけるだろうが、日本より少し劣る程度、もしくは日本と同等程度の利益を見込める可能性は十分にあるのだ。

■中国特有の「表現規制」問題

だが、中国で知名度を獲得するのは並大抵のことではない。

また、本稿で詳述するが、中国には表現の規制や複雑な許可制度といった、日本市場には存在しない障壁が多数ある。

加えて、中国といえば、町中に海賊版のDVDショップが並び、インターネット上では違法ダウンロードサイトやファイル共有ソフト「BitTorrent」でコンテンツがやり取りされている……というふうに、依然「海賊版」のイメージを持っている人も多いだろう。そんなところに、伊藤忠が進出して大丈夫なのだろうか。

本稿では、いま改めて中国の著作権ビジネス環境の歴史を追って振り返り、「ムーミン」がどのような問題に直面し、どう解決していくべきなのか、そして最後に日本IP(知的財産)の中国進出について考察する。

現代中国における著作権の考え方については、政府と民間企業とで重視し始めるタイミングは異なる。

政府は、1991年に著作権法を制定し、2001年と2010年に法改正した。2001年の法改正はWTO(世界貿易機構)に参加するためといわれている。

一方で、民間企業や消費者が著作権を認識するには少し時間が掛かった。大きな理由の一つに情報差があると考える。日本国外において、誰が著作者で、その権利をどこが持っていて、現在目にしているものは許諾されたものなのか、という部分を消費者が確認、認識するのは難しかったのだ。

■台湾の海賊版業者が中国大陸に渡った

中国では1980年に、1963年版の白黒アニメ『鉄腕アトム』が、その後『ジャングル大帝』が手塚治虫と中国商社の尽力によって実現。1983年に中国でも地方テレビ局の開設が始まるが、地方テレビ局は開設したものの放送する番組がなく、広東省のテレビ局が香港から香港ドラマやアニメを買い付けた。この時に中国に来たのが1975年に日本で放送されたアニメ『一休さん』で、中国遼寧省の児童劇団が翻訳アフレコし、中国で非常に人気を得た。

しかし、一休さんをはじめとする日本アニメはどれも香港のテレビ会社が日本からの正式なライセンスをもって中国に販売したとは思えない。例えば『花の子ルンルン』などは台湾訛りのマンダリンでアフレコされていたと言われており、日本からではなく、台湾のテレビ局から番組を購入していた可能性を示唆している。

台湾は1998年にWTO参加のための著作権法改正を行い、台湾の出版社「東立出版社」が日本の出版社からライセンス取得を進めることにより、台湾の海賊版業者を相次いで摘発した。これにより、当時台湾で海賊版コミックや商品の業者が、改革開放により新興市場となっていた大陸に渡ったのが大陸での海賊版ビジネスの始まりだと筆者は推察する。

そういう意味では、中国の著作権侵害の発端は台湾や香港に原因があるかもしれない。

■インターネットの普及で登場した「字幕組」

1992年に日本で初めてインターネットサービスプロバイダがサービスを開始するが、中国ではまだインターネットは普及しておらず、子供の頃にアニメを見て育った子供たちはアニメ・ゲーム雑誌を手に取った。これらのアニメ・ゲーム情報誌も日本のアニメ・ゲーム情報誌を丸パクリしたものが多かった。しかし日本のオリジナルの雑誌の存在を知らない中国の消費者はそういう背景を知らず消費を続けていた。

中国独自のオリジナル作品も、中国国内の海賊版に悩まされていた。例えば中国のゲーム会社が制作したPCゲームも、度々ソフトのコピーガードをクラックされ、販売されていた。この問題は後年オンラインゲーム化したことによって解決される。

やがて2000年代に入ると中国でもインターネットが普及し始め、日本でいう掲示板に近い「フォーラム」というネットで討論するサイトが数多く立ち上がる。ここで初めて各地に散らばっていた日本コンテンツファンが一堂に会すことによって、一介の消費者から同人活動を行う二次生産者になっていった。

これにより、日本のアニメの字幕をボランティアで作る「字幕組」というボランティアグループが登場。字幕組は最初、日本のアダルトゲームや恋愛アドベンチャーゲームに中国字幕を付けていた。刺激的なコンテンツが乏しい中、情緒豊かなストーリーや強いインパクトを与えるイラストがきっかけだったかもしれない。

中国最古の字幕組の一つといわれる「澄空学園字幕組」の名前の由来が、日本の恋愛アドベンチャーゲーム「Memories Off」(1999年/KID・5pb.)に登場する学校名から来ていることからも、ゲームと字幕組との関係性が伺える。

■中国でのアニメ配信が「ビジネス」になった瞬間

ボランティアでアニメの字幕を作っていた字幕組の動画を勝手にDVDやBDにプレスして販売するDVD業者や、コンテンツを増やすために勝手にアップロードしていたWebサイト、或いは字幕組によるBitTorrent上での配布により、日本コンテンツの存在は一部の若者にひそかに広まり、日本文化にリテラシーのある層を育んだが、2007年頃には、日本に著作権侵害国家として中国は認知されるようになった。

しかし2012年、中国のNetflixと呼ばれる「愛奇芸」とアニメ専門動画チャンネル「bilibili」による日中同時間でアニメ配信が始まると状況は一転。記念すべき1作目に配信されたのが『Fate/Zero』で、数千万近い再生数を記録した。これにより中国で「アニメオタクが正式に消費者として認知される」こととなった。これまで海賊版を消費していたため、なかなか数字として表れず、あくまでも大衆ではなく「小衆文化」として見られていたのだ。

これを機にITプラットフォームはどこも「二次元」を標榜とする新しい消費者層開拓をはじめる。代表的な例としては中国ゲーム会社「盛趣」が2012年に、2013年に「ネット―ス」が中国での運営権を取得したアプリゲーム「拡散性ミリオンアーサー」(2012年/スクウェア・エニックス)と「乖離性ミリオンアーサー」(2014年/スクウェア・エニックス)である。

オンラインゲームのイメージ
写真=iStock.com/Hirurg
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Hirurg

以前の中国ゲーム業界は、中国時代劇ジャンル「武侠」に加え、古典である三国志、西遊記をベースにしたゲームが大半を占めていたが、日系アニメ風ゲームが増え始めたのもこの頃だ。

ゲーム会社「暢游」が台湾X-Legend社から中国運営権を取得したオンラインゲーム「幻想神域-innocent world-」(2013年/X-Legend)は、中国で初めて日本人声優、作曲家、歌手を起用し、大きな成功を収めた。幻想神域の当時の紹介文には日系アニメ風ゲームとあった。

■日系コンテンツを普及させるために著作権を守るように

これら一連の流れは、中国で日本系アニメ・ゲームコンテンツがビジネスになることが認識されたこと、そして日本コンテンツに触れてきた人々が、会社裁決できる立場になったこと、という2つのタイミングがうまく重なったのが要因として挙げられる。

そして制作物により日本風コンテンツとしての色合いを持たせるため、日本のアーティストを起用し始めたことから、日本が重視する著作権を守ろう、という考え方が定着、ひいては著作権に対する考えが深まっていった。

現在中国の会社は日本の小説や漫画のドラマ化、コラボ実施に関して日本の版元に伺いを立てるのが比較的常識になり、消費者も特定の商品、例えばフィギュアは「この会社が取り扱っている商品が本物」といった感じで10年前に比べ環境は大きく変わった。

■「ワンピース」やディズニーも認知には時間や労力をかけた

著作権意識が以前よりかなり向上した中国で、今後伊藤忠がムーミンを展開していくにあたり、どのようなハードルを乗り越えていかなくてはならないだろうか。

最大の障害は知名度ではないだろうか。中国で海外のコンテンツが人気を得る最も効果的な方法は、アニメなどの映像作品によるアプローチである。例えば、香港のテレビ会社から中国に売られたと推察される『カードキャプターさくら』は、中国地上波アニメ放映で大きく認知度を上げ、中国各地でカードキャプターさくら展が開催されたり、中国でリリースされているゲームとキャラクターコラボしたりしている。

またLINE Friendsのブラウンやコニーの例も参考になるかもしれない。中国ではLINEが使用出来ないが、LINEのキャラクター達は中国のデパートコラボなどの長年の地道な活動によって、一定の知名度を得ている。世界的に有名なディズニーも、上海ディズニーランド開園前から中国各地でキャラクターのグリーティングイベントを開催していた。

中国でのムーミンの知名度を向上させるためには、全中テレビ局で放送したり、動画視聴プラットフォームで根気強く発信したりしていく必要があるだろう。

2000年代のジャンプ作品アニメ『ワンピース』や『ナルト』が一部のファンだけでなく、一般人にも認知され、もてはやされるのに10年近く掛かっている。インターネットの普及により、情報伝達能力や拡散能力が劇的に向上した近年ではより短期間で認知させることも可能かとは思うが、それゆえ多くのコンテンツがひしめき合う中国市場において、爪痕を残すことは3~4年では不十分かもしれない。

■発売禁止など制御できない部分もある

情報拡散をより能動的にするため、イベント開催やプラットフォームの構築を行うことも検討されるだろう。しかしこれらの施策では、イベントの開催に必要な営業性演出許可証や公式HPの開設に必要な経営性ICP、映像配信に必要な網絡視聴許可証などの許可証の取得が必要になる。アニメなどのコンテンツはプロパガンダも可能なため、中国政府が相当厳しい規制を敷いているのだ。そうなると香港の会社より中国の会社が遙かに動きやすい。

同様にコンテンツを扱うKADOKAWAは2010年広州に湖南天聞動漫傳媒有限公司と共に広州天聞角川動漫有限公司を、株式会社アニプレックスは2019年に上海に安尼普(上海)文化芸術有限公司を設立し中国でビジネスを展開している。

ほかにもフィギュアを製作、販売するグッドスマイルカンパニーは上海に良笑(上海)商貿有限公司と良笑塑美(上海)文化芸術有限公司の2つの会社を持っており、中国における商品のプレゼンスを高めている。

とはいえ、広州天聞角川は中国で多くのライトノベルを出版し、『涼宮ハルヒの憂鬱』(2003年/角川書店)が日中同時発売で成功した傍ら、一部出版物が発行されたのちに発売禁止に指定され、制御できない部分があるのも事実だ。

中国の会社は、日本人が想像する以上に、著作権に対して正しい考え方ができるようになってはいるが、商習慣の違い、文化の違いにより、ともにビジネスを行うにはまだまだ解決していかなければならない部分もある。

東南アジアにおける日本コンテンツビジネスも決してうまく行っているわけではないと筆者は考えており、よりドライに利益追求していく中国企業、より目が肥えている中国人民に対して、日本企業が自身の矜持を守りつつ、どれほど現地に文化的迎合、いわゆるカルチャライズできるかが、著作権の問題以上に日本企業に求められていることかもしれない。

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峰岸 宏行(みねぎし・ひろゆき)
株式会社MYC Japan代表取締役
日本生まれ、台湾育ち。2008年に北京大学を出たあと、北京で初めてのメイドカフェ「屋根裏」「路地裏」を創立、2013年経営譲渡。大学とメイドカフェ時代の人脈や経験を生かし、北京動卡動優文化傳媒有限公司に参画。2016年に株式会社MYC Japanを設立。主に中国ゲームの日本語アフレコ、音楽、シナリオ、プロモーション制作を行う広告代理業務を行う。

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(株式会社MYC Japan代表取締役 峰岸 宏行)

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