「回収できる古紙が減ったためにわざわざ新聞を購読」PTAが古紙回収をやめられない本当の理由
プレジデントオンライン / 2022年3月27日 11時15分
※本稿は、岡田憲治『政治学者、PTA会長になる』(毎日新聞出版)の一部を再編集したものです。
■問題意識はあるのに変えられない
最初に誤解がないように言っておくと、スリム化はまったく新しい話ではない。僕が関わり始めたPTAの前年度の活動目標は、「進めよう! スリム化!」だったのだ。つまり、今を生きる人たちは、「PTAのやり方はズレてきている」という問題意識は確実にもう持っていたのだ。ここはけっこう大事だ。持っているのにどうしてこうなるのかを考えるきっかけになるからだ。
僕に対して疑心暗鬼になりながらも、一緒に役員になったママたちは口では「会長の言うように、無駄が多いですよね。スリム化もっと必要ですよねぇ?」と賛同するのだ。いくら専業主婦モデルで活動していた人たちでも、さすがにこの時代にPTAをやるのに、20年前を想起させるような古い活動に「ありえないよね?」と思っている部分がある。だから、きっと一緒にスリム化ができるだろうと、それを聞いた時には淡い期待を持ってしまうのだ。
しかし個別の案件の検討となると、明らかにそこでの意見、議論、方向性に、抵抗し難い「うねり」みたいなものが頭をもたげてくるのだ。それは要するに、ほとんどの案件に結局「これまでやってきたことをなるべくいじらないという縛り」がかかるということだ。スリム化というアクセルを踏んでいるのに、同時にブレーキも踏んで、そこに摩擦を起こし、それが生む焦げ臭い匂いを作り出している典型的なシステムが「ポイント制」だった。
■どうやって効率的にポイントをそろえるか
PTA活動への貢献度の「見える化」のためのやり方として、ポイント制は、全国の各学校単位のPTA(単位PTA)で採用されている。それは、多種多様な活動の大変さや重要度に応じてポイントを割り振り、6年間の活動の評価の標準として一定ポイントを目安にして、保護者たちの参加のインセンティブにするというものだ。うちのPTAでは、「12ポイント」が目安だ。保護者の多くは、このポイントをどうやって効率的にそろえるかで知恵を絞り、生活設計をする。
■「ポイントがついているから」古紙回収を廃止にできない
しかし、このポイント制度がスリム化のブレーキになるのは、言うまでもない。なぜならば、「この活動は、今や私たちの時代の生活の現実にマッチしていないものだから、来年の活動リストからはカットしましょう」と言うと、必ず心がどんよりとするような反論が出てくるからだ。
「会長! それスリム化無理ですよ!」
「どうして? 古紙回収なんて、回収ステーションの手配と登録にものすごく時間がかかって、庶務さんが本当に気の毒なぐらいハードな労働になっちゃってるし、でも実際にはみんな新聞購読しなくなっちゃってるから、月一の回収日に集まった古紙なんてわずかじゃないですか? もう歴史的役割を終えたでしょ? 真っ先に止めるべき活動でしょ?」
「それはわかります。それは岡田さんの言う通りなんです。でもダメです」
なぜ……?
「ママたちの中には、月一、ステーションに新聞置くだけで負担少ないから、それを毎月やって、毎年やって6年生まで続ければ、それだけで6ポイントだからって、計算して、もう組み込んで、決めちゃってる人がけっこういるんですよ。だから、今更、“古紙回収のポイント無くなりました”なんて言えないですよ。ポイントついてるんですから」
ポイントがある以上、止められない……?
なんだそりゃ?
それを言葉の真の意味における本末転倒って言うんじゃないのか?
■回収できる古紙が減ったためにわざわざ新聞を購読
「あのぉ、会長、ちょっといいですか?」
呆然とする僕の姿に戸惑ったのか、目をパチクリしている僕に「ここは何が何でも説得しないと古紙回収が廃止になっちゃう」という焦りを感じたのか、別の役員さんが尋ねてきた。
「会長の言うように、古紙がもう減っちゃってステーションが寂しいっていうのは、ほんとそうなんですよ。だから、ママたちの間では、あんまり新聞が少しで申し訳ないのに、主人が会社に日経新聞持って行っちゃうから、あたしが朝日新聞とろうかって、思い詰めちゃってる人もいるみたいなんです……」
虚構新聞ではない。見出しをつけるなら、こうだ。
「古紙回収廃止の危機に“朝日を購読!”の真摯(しんし)な提案上がる」
スリム化ですよと言いながら、あなた方はいったい何をカットし、何を守ろうとしているのか? ポイントがあるから、それあてにしている人たちもいるから無理です? 何? その人たちの「ポイントゲットの効率性」を守るの? それとも、何を守るの? 朝日新聞を守るの?
だめだ。諸悪の根源だ。
澱んだ無駄の溜池だ。
間違いのルーツだ。
ポイント制度!
この時の驚きと「何か人々が一番大事な筋を外していること」に対する不信は非常に強かった。福澤諭吉じゃないが、「ポイント制度は親の仇でござる」だったのだ。
■ポイント制を否定すると、PTA経験者は心を閉ざしてしまう
僕は自分が間違ったことを言っているとはどうしても思えなかった。形式的な儀式にかけるエネルギーは不要、ボランティアを評価するなんて根本がおかしいという指摘、僕は正しい。
反論できるなら、してみてよ!
結局、「今年はもうポイント配付もして、ミーティングも前年度からやってしまっているから、なくすことはできないけれども、来年以降については次年度役員で相談してもらって、できれば“関係者”が集まって、ささやかに行うものとして、それにPTAが金銭的援助をする方向で」というところに収めた。
この時の僕の不機嫌さは、相当なものだったようで、ポイント制度がどれだけ僕たちの活動を歪(ゆが)めているか、どれだけみんなの負担になっていても、「ポイントついてますから」の一言ですべてが手付かずになることのおかしさ、「何の権限があって人の活動をランクづけするのか!」という怒り、それらについてくどくどと話を続けた。そして、そういう言葉の一つ一つが、それを聞かされている人たちにどう受け止められていたのかについて、まったく無頓着だった。こういうやり方を標準と思って懸命に活動してきた、係や委員を経験したことのある人たちは、「自分は間違ったことをしてきた……と言われたのだ」と心を閉ざすことになったのだ。
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政治学者
1962年東京都生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。専修大学法学部教授。民主主義の社会的諸条件に注目し、現代日本の言語・教育・スポーツ等をめぐる状況に関心を持つ。著書に『なぜリベラルは敗け続けるのか』(集英社インターナショナル)、『ええ、政治ですが、それが何か?』(明石書店)などがある。
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(政治学者 岡田 憲治)
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