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マルクス・ガブリエル「殺し合う敵と対話するには、殺す意図を持たずに受容するしかない」

プレジデントオンライン / 2022年3月27日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ugurhan

対話を持ちようがない相手から攻撃を受けた場合、われわれはどう対処すればいいのか。哲学者のマルクス・ガブリエル氏は「敵対する相手にこそ、ことのほか友好的であるべきだ。殺す意図を持たず敵を受容するのは、相手の敵対姿勢を崩す戦略になる」という――。

※本稿は、マルクス・ガブリエル著、大野和基インタビュー・編、月谷真紀訳『わかりあえない他者と生きる』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

■話し合いは万能の解決策

私は常々、話し合い(合理的な分析や公開ディベート)の重要性を説いてきました。最近はソーシャルメディアの悪影響で、理性的に話し合うのが難しくなっています。

しかし、私は現代社会において、話し合いは万能の解決策になりうると信じています。

すべての市民が本音で対話する話し合いの場、フォーラムを設けるべきです。義務化してもいいくらいかもしれません。例えば月に1回とか年に3回というふうに、定期的にミーティングに参加しなければならないことにする。それが市民生活の一部なのです。国民としての義務です。

そこであなたは人と話さなければならない。国が異質な者同士を組み合わせるよう人選するのです。フォーラムには自分のような人は1人もいない。それでも相手と話さなければならない。相手のことをいやでも知るようになります。このような形が理想です。自分とは違って見える人々と共通の問題について話し合う。これが理想のフォーラムです。

私は話し合いや対話を本気で信じています。そして民主主義社会は守られた場を創造できると。私とタリバンが対話することはおそらくないでしょうが、対話できるものならしてみたい。もしアフガニスタンに招かれても行きませんよ、あまりにも危険ですから。でもタリバンの代表団、哲学者か宗教指導者か、向こうでどう呼ばれているかわかりませんが、そのような立場の人たちと会って女性の教育について話し合いができるなら、参加したい。彼らがしていることは間違いだと説得を試みます。

彼らの行為は間違っているという確信がありますが、話し合いには喜んで参加します。彼らの理由を聞きたいのです。予想通り理由がなかったり、あるいは間違った理由であったりすれば、それでわかるわけです。しかし私たちが何者でどうなりたいかについての、本音の実のある話し合いはこうあるべきです。

■実際に会って話すことが大事

ここで大切なのは、実際に会って話すことを重視することです。

対話は、対面でなければ成立しません。人間は人間という動物ですから。だから対面で──Zoomもチャットよりはましです、相手の顔が見えますから。ビデオ機能があるだけでもチャットより良いですが、十分ではありません。相手のにおいを知る必要があります。

人間の交流は五感を通じた部分が大きいことがわかっています。視覚、嗅覚、聴覚、触覚、さまざまな感覚で相手の存在を感じ取るのです。これはどうしても欠かせません。ソーシャルディスタンスの問題点の1つはまさにここにあります。私たちの社会で分極化が進んだのは偶然ではありません。相手を見て、においをかいで、触れていないからなのです。

言い合いをする2人のビジネスマン
写真=iStock.com/mediaphotos
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mediaphotos

■哲学者には対話を義務づけるべき

しかし残念ながら、多くの哲学者は対話したがりません。哲学を職業としている人たちには対話を義務づけるべきだと思います。私は国に雇われている立場です。日本でも東大とか京大とか、国立大学にいる哲学の教授はそうでしょう。そのような哲学者たちに民主主義ミーティングを運営させればいいのです。

無理強いはいけませんが、彼らは国の職員ですから、民主主義に奉仕すべきです。兵役よりはずっとましですよ。兵役〔ミリタリーサービス〕の代わりに民主主義役務〔デモクラシーサービス〕に服するわけです。

■一生のうち3カ月は違う国に暮らすことを義務づける

また、欧州連合内で実現できるかもしれない次のような構想も持っています。

一生の間に3カ月間、別の国で暮らすことを義務付けるのです。行き先はランダムです。皆がフランスに行くことはできません。無作為に決まります。欧州連合内のどこで3カ月間暮らすかはクジで決まりますが、行かなくてはなりません。そして自分とは違う社会的地位の家族と生活をともにするのです。

貧しい人は裕福な家族と、裕福な人は貧しい家族と暮らすのです。混ぜなければなりません。これも民主主義役務ですね。こういう制度を設けるべきだと思っています。東京の人は京都に、京都の人は大阪に、あるいは本州から別の島に、心の国境を越えるために行くのです。そうすれば……多くの哲学者はこういうことをやりたがらないでしょうね。

夕暮れ時のネオン溢れる新世界の街並み
写真=iStock.com/Eloi_Omella
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Eloi_Omella

しかしプラトン(注1)がこれに当たることを言っています。西洋の政治哲学の起源となった『国家』(注2)の有名な一節、洞窟の喩えの中でこう言っているのです。「人々は洞窟に縛りつけられて壁に映し出された影を見ている」と。これが政治空間です。これがソーシャルメディアです。人々は惑わされて幻を見ているのです。哲学者はどこかおかしいと気づいて洞窟から抜け出します。

※注1:プラトン(紀元前427頃-紀元前347)古代ギリシャの哲学者。師ソクラテスの教えを対話篇としてまとめ、のちに「イデア論」を構築した。また、アカデメイアと呼ばれる学園を建設し、哲学の教育に励んだ。主著に『国家』『法律』など。
※注2:『国家』プラトンの主著の一つ。人間の魂には理性、士気、欲求の3つの機能を司る部分があるとし、この三分説は社会全体にも当てはまると考えた。

■理想の政治家は「政治家になりたがらない人」

そしてプラトンは言うのです。

「哲学者を洞窟に連れ戻して人々に語りかけさせなければならない」と。

哲学者は洞窟の外にいたがる。それは人々と話したがらないのと同じです。

だからこそ哲学者は政治に参加すべきなのです、哲学者が政治に関わりたがらないからこそです。民主主義社会にとって理想の政治家は政治家になりたがらない人です。腐敗していませんから。だから哲学者を訓練して民主主義ミーティングを運営させるべきだと考えているのです。有益なモデルになるはずです。

■「対話できない相手」には教えを乞う

ただ、例えばタリバンのような、自分たちのしていることがイスラム法において正しいと信じている人々と、女性の権利について話し合う対話はできるのでしょうか。そもそもそうした場合、相手側が対話を望まない可能性が高い。そのような状況で私たちはどうすべきか。

タリバンの例で言うと、私たちは自衛する必要があると思います。それは軍事介入をするという意味ではありません。軍事介入は相手を皆殺しにしない限り効果がありませんが、それは非倫理的です。ですから代わりにしなければならないのは、当面は彼らに対して自衛しつつ、私たちが正しいと理解している類いのことは正しいのだとできるだけ多くの人々を説得することです。

しかしタリバンに関しては、将来的に彼らに教えを乞うという形で会話を始めると状況が好転するかもしれません。タリバンに対する私たちの態度はただただ彼らは残虐だというものですが──実際に彼らは残虐ですが──、アフガニスタン国内に支持者がいるのだから何か良いこともしているはずだと考えてみるのです。

タリバンの6万人がアフガニスタン国民全員をただ支配しているだけではありません。地元の支持もあります。私たちが想像する以上に。ですから彼らがしている良いことは何かも理解する必要があります。あれだけひどいことをしているのに。

アフガニスタン・ガルデスにて、古い戦車の前に立つ男性
写真=iStock.com/Trent Inness
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Trent Inness

■タリバンから教わること

タリバンを対話に招いて、私たちに教えるべきことは何かを聞くと想像してください。女性の扱いがひどい、これは事実ですが、そこから話を始めないで、あなたがたは自分が正しいと信じている、私たちに教えられることは何かとたずねるのです。彼らとの議論ががらりと変わるでしょう。彼らはこういう態度に慣れていないからです。

彼らは知恵を授けてほしいと招かれたことなどありません。私たちは彼らを野蛮な人間だとしてきました。そこで、彼らをプロパガンダのためではなく非公開の対話に招いて、私たちに教えられることは何かと語りかけると想像してください。

例えば、お茶について教えられることがあるかもしれません。私は(飲酒を禁じる)タリバンよりもよほどアルコールを摂取しています。たぶんタリバン全員を合わせたよりも飲んでいるんじゃないかな。不健康ですよね。ひょっとしたらタリバンは私に酒量を減らして健康になる方法を教えてくれるかもしれません。彼らに説得されたからといってワインや日本酒をやめるには至らないでしょうが、何かしら彼らから学べることがあるかもしれません。それによって状況が変わるはずです。

■敵に対しては友好的でないといけない

しかし一般的に、今ならタリバンや中国の一部との間がそうですが、対話を持ちようがない場合、私たちにできるのは自衛のみです。それが唯一残された対処法です。

ただ、壁を破ることはできます。友情と愛によってしか壁は破れません。啓蒙主義の偉大な哲学者であるスピノザ(注3)は著書『国家』(注4)で、敵に対してはことのほか友好的でなければならないと主張しています。

彼はキリスト教徒ではありませんでした。ユダヤ人哲学者として有名な人物です。ですからこれはキリスト教の考え方ではありません。彼がこう言ったのは敵の意表を突くことだからです。敵はあなたが攻撃してくると予想しています。

※注3:バルフ・デ・スピノザ(1632-1677)オランダの哲学者。従来の哲学や宗教がそれまで「世界の創造者」「超越者」としてみなしていた神の存在を、自然世界全体の別名であると考える「無神論的汎神論」の立場を取った。
※注4:『エチカ』スピノザが1677年に著した書籍。人間は自らが「必然の世界」、すなわち決定論的な法則に従う自然の一部だと認識することで、偏見や情念から解放され、至福に至ると述べた。

■日本は交渉において有利な立場にいる

殺す意図を持たず敵を受容するのは、相手の敵対姿勢を崩す戦略です。これも戦略なのです。相手の想定外の動きであるわけです。敵に勝つためには想定外のことをする必要があります。

マルクス・ガブリエル著、大野和基インタビュー・編、月谷真紀訳『わかりあえない他者と生きる』(PHP新書)
マルクス・ガブリエル著、大野和基インタビュー・編、月谷真紀訳『わかりあえない他者と生きる』(PHP新書)

実際、タリバンは日本人にアフガニスタン国内に留まってほしいと公式に発言しました。ですから方法は見出せるかもしれません。日本が調停役を務めることが多いのはよく知っています。例えばイランとも学術的に強いつながりがありますね。定期的にイランを訪れている日本人哲学者に数多く出会いました。日本は交渉において非常に有利な立場にいると思います。西側の中でもキリスト教国ではないので、交渉しやすいのです。アフガニスタンに対する侵略の歴史もありません。人々が日本に行く理由もわかります。

そこで日本に提案があります。

日本はもっとスイスのような役割を果たしてもいい。日本は非常に現代的な西側のリベラルな民主主義国である一方、ムスリムへの植民地主義や帝国主義の歴史がないので、中立的な場になれます。もちろん日本にも帝国主義の過去はありますが、それはまた別の歴史です。イスラム教国を侵略したことはありませんでした。そこを生かせる可能性があります。

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マルクス・ガブリエル(まるくす・がぶりえる)
哲学者
1980年生まれ。史上最年少の29歳で、200年以上の伝統を誇るボン大学の正教授に就任。西洋哲学の伝統に根ざしつつ、「新しい実在論」を提唱して世界的に注目される。著書『なぜ世界は存在しないのか』(講談社選書メチエ)は世界中でベストセラーとなった。さらに「新実存主義」、「新しい啓蒙」と次々に新たな概念を語る。NHKEテレ『欲望の時代の哲学』等にも出演。新著『つながり過ぎた世界の先に』(PHP新書)が好評発売中。

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(哲学者 マルクス・ガブリエル)

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