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「世界を救えるのはプーチンだけ」アメリカの極右がウクライナ侵攻を支持する恐ろしい理由

プレジデントオンライン / 2022年3月30日 9時15分

2022年3月12日、米国サウスカロライナ州フローレンスで行われた屋外集会「セーブ・アメリカ」で演説するドナルド・トランプ氏 - 写真=EPA/時事通信フォト

■敵同士のアメリカとロシアのメディアが結託?

ウクライナへの激しい攻撃でロシアへの批判が高まる一方、アメリカで一般人が首をひねるような論調がマイナーではあるが出ている。それがプーチン擁護論だ。

メジャーな報道を見る限り、これはプーチン大統領による侵略戦争にしか見えないのだが、なぜプーチン氏のほうが正しいという考え方が生まれてくるのだろう。その理由はトランプ大統領と彼を支持する保守層、または極右のアメリカメディアにある。

フォックスニュースなど保守メディアは、特にウクライナの戦争に関してニューヨーク・タイムズやウォールストリートジャーナルなどの大手紙とは大きく異なる情報発信をしている。そして驚くのはそのフォックスニュースのコンテンツをロシア国営メディアが放送しているという事実だ。

敵同士であるはずのアメリカ極右とロシア国営メディアがまったく同じメッセージを出している異常な状況は、なぜ起きているのだろうか。

■「プーチン氏は正しい」侵攻を支持

フォックスニュースの看板アナウンサー、タッカー・カールソン氏はトランプ支持者として知られている。侵攻が始まった当初、プーチン大統領は「防衛のため、ウクライナに住むロシア人らをゼレンスキーのナチ国家から救うため」と主張したが、それを支持する報道をしたのがタッカー・カールソンだ。また「ウクライナは正式な国家ではなく、もともとロシアの一部」ともコメントした。

それに対しCNNが「いったい彼はアメリカとロシア、どちらの味方なのだ?」と批判、保守派で共和党の参謀ストラテジストであるアナ・ナバロ氏も、彼はロシアのスパイではないかと非難したほどだ。

フォックスニュースはケーブルテレビで放映されるメジャーな番組だが、これが極右のネットメディアやSNSになるともっと極端になる。

熱狂的なトランプ支持者として絶大な人気を誇るアレックス・ジョーンズ氏のニュースサイト「インフォウォーズ」は開戦時のプーチン大統領の演説を全文英語訳して掲載した。

保守派のコメンテーターとして強い影響力を持つキャンディス・オーウェンズ氏はそれをツイートし「真実はここにある。皆この演説を読むべき」とした上に、さらに「この侵攻の原因はNATOの約束違反の東進にあり、すべての責任はアメリカにある」とバイデン政権を強く非難した。

■「反バイデン、親ロシア」の記事ばかり

侵攻当初はこのようなプーチン擁護の論調が多かった保守メディアだが、戦局が長引いて難民問題が深刻化し、ゼレンスキー大統領が世界でヒーローとして認知されると、今度はこの戦争自体を軽視しつつ、バイデン大統領を攻撃する報道体制が強くなってきた。

例えば20日付の大手メディアと保守系、さらに極右メディアの電子版の紙面を比べてみると、ニューヨーク・タイムズが戦闘の激化や民間人の犠牲者にスポットを当てているのに比べ、インフォウォーズのトップは北朝鮮のミサイル発射記事だ。

そして並ぶのは、戦局そのものではなくバイデン氏を攻撃する記事ばかり。「クレムリンは過敏で疲れきって物忘れの激しいバイデン大統領に突きを加えている」「ゼレンスキーの高等補佐官がバイデン氏に対し“度胸があるならキエフにどうぞ”と発言」などの見出しが並ぶ。息子ハンター・バイデンへの攻撃も人気のトピックだ。もちろん大手メディアではまったく扱われない、フェイクまがいといっていい内容がほとんどだ。

並べて置かれた英字新聞
写真=iStock.com/Sezeryadigar
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sezeryadigar

民間人への無差別攻撃で多くの犠牲者が出ている今、プーチン氏を擁護するのは難しい。一方でバイデン氏は、第3次世界大戦を避けるためにはロシアとの直接対決を何としても避け、外交と経済制裁さらに武器供与のみで何とか解決しようとしている。それを弱腰であり、プーチン氏を抑えられないというイメージにすり替えて、バイデン氏を攻撃するというスタンスをとっているわけだ。

■ロシア国営メディアの記事を米国サイトが転載

ここで注目すべきは、インフォウォーズがロシア国営メディアのスプートニク・ニュースの記事を転載していることだ。トップニュースの中に「ロシア国防省:キエフの西で100人以上のウクライナの秘密作戦部隊と外国の傭兵が排除された」という記事を滑り込ませている。見出しの下には「by Sputnik」と署名があり、ロシアのプロパガンダを保守派アメリカ人に対してもばら撒いているのだ。

一方、ロシア国営メディアもアメリカ極右の報道を利用している。国営テレビ番組「60ミニッツ」(アメリカCBSの老舗番組と同じタイトルだが何の関係もない)では、タッカー・カールソン氏の映像とともに、司会者が「彼の報道はわれわれの意図と一致している」とコメントしている。また当局からロシア国営テレビに対し、こうしたフォックスニュースのコンテンツをどんどん放送するようにという命令が下ったという報道もある。

ロシアと極右メディアは相互フィードしながら、同じメッセージを増幅させているのだ。

こうした状況をリベラルのワシントンポストは「プーチンの情報戦はトランプ氏と保守メディアから重要な援護を受けた」という見出しで伝え、ニューヨーク・タイムズは「ロシアと極右メディアがウクライナの戦争でどう意気投合したか」という記事を出している。

■「ロシアは嫌いだがバイデンやリベラルはもっと嫌い」

アメリカとロシアの長い敵対関係を思えば、今の状況は異常である。ソビエト連邦時代からの長い冷戦、核開発競争、キューバ危機をめぐる一触即発で核戦争かという事態も起きたし、アメリカ人の極端な“共産主義アレルギー”は言わずもがなだ。

ところが、それを一変させたのがトランプ元大統領だった。トランプ氏が大統領当選のためにロシアと共謀したといういわゆるロシア疑惑は弾劾裁判にまで至ったが、在任中はずっとプーチン氏を称賛し、蜜月ムードをアピールし続けた。

今回ウクライナ侵攻に際してもトランプ氏はプーチン大統領を「賢明」と賞賛する一方、バイデン大統領は「弱い」と批判し、侵攻の理由は「われわれの指導者が馬鹿だから」という発言をしたことは世界で大きく報道された通りだ。つまりトランプ支持者にとって、プーチン擁護論を受け入れやすい土壌ができていたと言える。

一方、今回のウクライナ侵攻でアメリカ人のロシアへの好感度は急降下し、逆にバイデン氏の支持率は上昇した。こうなると困ったのが共和党の政治家たちだ。いまだ強大な力を持つトランプ大統領の機嫌を損ねたくはない。しかし開戦当初はプーチン擁護に回っていたが、ここまで泥沼化しウクライナ支持の世論が圧倒的になっている今、アメリカが国家として「戦争犯罪を犯した」と認めたロシア大統領を擁護することは難しい。

だからプーチン氏を攻撃しつつも、プーチンを抑えられないバイデン氏も同時に攻撃するという、まったく逆の立場を同時にとっている。

そういう意味では、共和党の政治家もトランプ支持者も立場は同じだ。保守派にとっては、ウクライナの戦局よりも、移民などマイノリティやLGBTQの権利拡大の阻止、人工妊娠中絶反対など、国内案件のほうがもっとずっと重要だからだ。

つまり彼らはプーチンも嫌いだが、民主党やリベラルのほうがもっと嫌いなのだ。まさに敵の敵は味方、なのである。

■極右とQアノンの陰謀論が合体

もう一つ注目しなければならないのは、Qアノンの陰謀論との急接近だ。

「ウクライナには生物学研究所があり、そこで生物兵器や新たなコロナウイルスが開発されている。その背後にはアメリカ、つまりバイデン氏がいる」という陰謀論は、もともとQアノンが発端とされているが、ロシアのソーシャルメディア、アメリカ極右のインターネット網などで広がり、「それを阻止するためにロシアが特別な軍事作戦をとっている」というウクライナ攻撃を正当化する理由になっている。

前出のインフォウォーズや、フォックスニュースのタッカー・カールソン氏の番組でも頻繁に取り上げられており、何がなんでもロシアを擁護したい極右の間で支持されている。

またさらに、極右のポッドキャスターとして人気のエリック・ストライカー氏は、マリウポリの病院が爆撃された際に、大怪我をして運ばれた妊婦(後に死亡が確認された)の写真がアメリカメディアによる演出であるという発言をした。

こうした陰謀論は、トランプ落選が「盗まれた選挙」としディープステートの存在を信じる支持者の政府やマスメディアへの不信に根を張り、さらにコロナ禍での反ワクチン、反マスクにつながり、今は反バイデンという流れにつながっている。

■GETTR、Truth Social…増える保守系SNS

こうした情報はアメリカで一般人の目に留まることはほとんどない。気づいた時にはSNSを通じて世界中に広がっているというのが現状だ。

トランプ支持者の中でも極右と呼ばれる保守層は大手メディアを嫌い、テレビを見たり、新聞を読んだりすることもほとんどない。テレビはせいぜいフォックスニュースで、情報収集はもっぱらネットニュースや、フィルターバブルのかかったSNS投稿だ。中にはインフォウォーズしか読まないと公言する人もいる。

トランプ氏が在任前から言い続けた「フェイクニュース、メディアは国民の敵」の大合唱は、こうして彼らの間で完全に定着している。そもそも彼らからすれば、東海岸のリベラルエリートが作り出す論調は、自分たちの価値観とは相入れないものだったという背景もある。

しかし、こうした極右のプラットフォームはYouTube、Twitter、Facebookからも締め出されている。そのため代替メディアとしてカナダの動画共有サイトRumble(ランブル)、トランプ氏の側近ジェイソン・ミラー氏が立ち上げたSNSのGETTR(ゲッター)やロシアのSNSであるTelegram(テレグラム)、トランプ氏が立ち上げたTruth Social(トゥルース・ソーシャル)などの保守御用達のSNSが人気となっている。これらはリベラルが決してやってこない保守派の天国だ。SNSさえも分断してしまっているのだ。

スマートフォンに表示された各SNSのアイコン
写真=iStock.com/Victollio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Victollio

■「世界の秩序を取り戻せるのはプーチンだけ」

例えばGETTRの投稿を見ると、「#バイデンは失敗だ」「#アメリカを裏切っている」「#バイデンは嘘つきだ」といったハッシュタグが踊り、「バイデンがアメリカをロシアとの戦争に駆り立てた」「このひどいインフレはバイデンの責任」など攻撃の投稿が並ぶ。

かと思えばプーチン氏を支持する投稿もある。「アメリカメディアは嘘をついている。世界の秩序を取り戻せるのはプーチンだけだ」。また明らかなデマだが、「これが真実だ! ウクライナには30カ所ものバイオ研究所がある」という投稿も。Twitterなら即座に炎上しそうなものばかりだが、GETTRでは同意するコメントが目立つ。

かつて保守派は、リベラルメディアを同じ意見ばかりが集まっているとして「リベラル・エコーチェンバー」と揶揄(やゆ)した。ところが今では、保守派のほうが同様のエコーチェンバーにすっぽりおさまってしまったかに見える。

しかも、こうした動きはマイナーなものとして片付けられない規模になりつつある。

■トランプ氏に同調する企業や億万長者が出資

こうした極右メディアはどのぐらい普及しているのだろうか。昨年12月にリベラルのオンラインメディア「Axios(アクシオス)」が配信した記事によると、大手メディアや主要SNSのエコシステムに対抗するために、保守派は独自のアプリや暗号通貨を積極的に構築している。その背後にはバイデン政権による、環境対策や人権問題などのさまざまな規制に反対する大企業やビリオネアがいるとしている。

YouTubeの代替メディア、ランブルに資金をもたらしたSPAC(特別買収目的会社)の背後には、トランプの資金調達者として知られるハワード・ラトニック氏率いる金融サービス会社キャンター・フィッツジェラルドがいる。

トランプ氏のTruth SocialもSPACを介して株を公開する予定で、すでに10億ドルを確保したと報じられている。またSNSのGETTRは、資金提供者の1人が中国の億万長者である郭文貴であることを認めている。

ロックフェラー・センターから見るエンパイアステートビルの見えるニューヨークの景色
写真=iStock.com/Shooter_Sam
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Shooter_Sam

他にもトランプ・ジュニアが運営するウィニング・チーム・パブリッシング、「マガコイン」と呼ばれる暗号通貨まで、トランプ氏の影響力は多岐にわたっている。

こうした動きの目的は今秋の中間選挙、そして2024年大統領選に向けて、保守の声を広げるだけでなく、トータルな保守のエコシステムを構築することでもあると記事は結論づけている。

■「トランプ大統領待望論」はいっそう高まる

こうした保守の新たなエコシステムが目指すのは、バイデン大統領を引きずり下ろし、再びトランプ氏を担ぐことにほかならない。

ウクライナでの戦争が泥沼化し、万が一プーチン氏に少しでも有利な状態で戦争が決着することになれば、批判の矛先はバイデン氏に向かうだろう。もしそうでなくても、経済制裁の影響でインフレが進行し経済が悪化すれば、全部バイデン氏のせいということにもできる。

アメリカの分断と政治不信はウクライナ侵攻によりさらに進んだと言っていいだろう。そしてこうした不信が国に混乱をもたらす状況が、アメリカだけでなく、ヨーロッパや日本にも波及していることは想像に難くない。

分断が進む要因として、 アメリカ政府の情報開示が十分でないとの指摘もある。しかし一番危険なのは、何が本当なのか分からないというムードが蔓延し、信じたいものだけを真実だと思い込むようになることだ。戦争で多くの人が命を落とし、住みかを失っているという冷徹な現実を直視したくないからこそ、人は陰謀論に逃げるのかもしれない。

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シェリー めぐみ(しぇりー・めぐみ)
ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家
早稲田大学政治経済学部卒業後、1991年からニューヨーク在住。ラジオ・テレビディレクター、ライターとして米国の社会・文化を日本に伝える一方、イベントなどを通して日本のポップカルチャーを米国に伝える活動を行う。長い米国生活で培った人脈や米国社会に関する豊富な知識と深い知見を生かし、ミレニアル世代、移民、人種、音楽などをテーマに、政治や社会情勢を読み解きトレンドの背景とその先を見せる、一歩踏み込んだ情報をラジオ・ネット・紙媒体などを通じて発信している。

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(ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家 シェリー めぐみ)

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