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東京からメンマだけを買いに来る…駐車場に県外ナンバーがズラリと並ぶ山梨の"奇跡のスーパー"の正体

プレジデントオンライン / 2022年4月28日 17時15分

筆者撮影

山梨県北杜市にある「ひまわり市場」は、八ヶ岳の麓にある小さなローカルスーパーだ。だが、近隣だけでなく県外からも買い物客が多く訪れ、売り上げは年々増加している。ほかのス-パーとはどこが違うのか。経営コンサルタントの岩崎剛幸さんがリポートする――。

■70組以上が移住の決め手にしたスーパー「ひまわり市場」

私がその店を知ったのは、たまたま手に取った雑誌でした。

記事には「移住や2拠点生活の下見で、たまたまそのスーパーに立ち寄った客が、こんな楽しくて素晴らしいスーパーがあるのなら……と移住を決めた。そんな人が、知っている限りでも70組以上はいる」と書かれていました(『dancyu』2021年9月号)。

そのスーパーの名前は「ひまわり市場」といいます。

日本百名山の一つにも数えられる八ヶ岳。その南麓の八ヶ岳高原の一角にある小さなローカルスーパーです。調べると、チェーンでもない店に、遠方からわざわざ買い物にくるお客さんで店内はごった返すというのです。

いったいなにが魅力なのか。実際にスーパーに行き、さまざまな角度からひまわり市場を見て、考えました。

■小売店にとってかなりの悪い立地だが…

まず、同店の最大の特徴は立地が悪いことです。

最寄り駅である中央線の長坂駅は甲府駅から電車で30分。店までは長坂駅から車でさらに10分以上かかります。

自然豊かな素晴らしい町ですが、周辺は点在する住宅と田んぼと畑ばかり。北杜市の人口が約4万6000人、ひまわり市場がある大泉町が約5000人です。コンビニがギリギリ成り立つくらいの立地で、小売業にとってはまさに悪立地です。

■商圏シェア率66.7%という断トツの数字

データをみると、ひまわり市場は、商圏内でダントツのシェアを誇るスーパーでした。

一般的に、小売店のすごさは商圏内シェアに表れます。

何と、ひまわり市場のシェアは66.7%(※)

シェア法則で言うと55%が相対的独占シェア、74%が独占シェアとされます。このシェアはまさに市場をほぼ独占しているということです。

実際には商圏外からも来店はありますので商圏範囲はもう少しあるとは思いますが、足元の商圏が薄い中でこれだけの売り上げをあげられるというのは現実的にほぼあり得ない数字です。しかしこれが事実なのです。

もちろん大手の優良スーパーと売上高を比較したら、その数字は見劣りします。他社は数千億円、ひまわり市場はおよそ10億円です。その差は歴然。しかしこれを、別の指標で見てみると、ひまわり市場も素晴らしい店であることが分かります。

優良小売り売上高推移比較表

※ 計算式
① 食品の年間一人当たり消費支出金額は、周辺商品も含めるとおよそ30万円
② 商圏人口 5000人
③ 商圏内需要額=15億円
④ ひまわり市場 年商約10億円
⑤ ひまわり市場商圏内シェア=④÷③×100%=66.7%

■大手スーパーをしのぐ生産性の高さ

ひまわり市場は売り場面積170坪です。最近はスーパーであれば標準フォーマットは500坪以上、ドラッグストアは300坪です。それらに比べたら、とても小さなスーパーです。

しかしこの規模で10億円の売り上げをあげているのです。圧倒的に効率のいい、生産性の高いスーパーです。これは他社との比較の中でよく理解することができます。

ひまわり市場 生産性指標
オーケー生産性指標

スーパーの勝ち組の一社、オーケーは業界でも断トツの生産性を誇る企業です。ひまわり市場の500倍の企業規模。

そのオーケーよりは数字は劣るものの、ひまわり市場の坪効率は年々向上し、一坪当たり600万円にも迫る勢いです。一人当たり売上高も2694万円ですから、高い生産性をあげる運営体制になっていることが分かります。

企業が従業員にどれだけ還元しているかを示す指標である労働分配率は50%が標準ですが、同社は驚きの60%(法定福利費も含めたらそれ以上になります)。

業界ではヤオコー(埼玉)が高いと言われていますが、分配率は47.9%(20年度)です。ひまわり市場は頑張れば頑張るほど報われる会社といえます。

立地の悪さにもかかわらず、シェア、生産性、還元率も非常に高い。

お客さんの心をつかんでいるのはなぜなのでしょうか。

特徴① 近隣のスーパーにはない圧倒的な商品力

まず、ひまわり市場は圧倒的に商品力が優れています。

部門の強みとしては、生鮮3品(青果・鮮魚・精肉)が強いというのは食品スーパーとしては当然なのですが、それぞれの部門ごとに強みが明確です。

青果は地元の野菜、週末には地場の有機野菜が2トントラックで届き、即日完売する。

精肉は「鈴栄畜産の渾身 上州牛サーロインステーキ」などの上質な肉がずらりと陳列され、都内の高級スーパーかと思うような品ぞろえ。

鮮魚は甲府の水産市場や豊洲市場、また富山や熊本の浜から1番の物しか仕入れないと豪語。さらにそれを使ったお寿司もずらりと並ぶ。

しかし、これだけではありません。ひまわり市場には、各部門に「圧倒的1番単品」が存在します。圧倒的1番単品とは数量も金額も他を圧倒するほど売れる単品のことです。これが店の売り上げを支えています。

例えば、土日限定の午前・午後50個ずつ販売される「歴史的メンチカツ」(税込486円)は同商品購入目当てに数百人が殺到するので抽選となっています(今年の4月30日、5月1日は道路が渋滞して近隣に迷惑がかかるため販売中止)。

他にも「斉藤さんのきゅうり」や「高森さんのレタス」など生産者の名前が入った野菜、「大源の裏メニュー 秘伝のシウマイ」(389円)、「フジハラの餃子の皮」(203円)など地元人気飲食店の作る総菜、ひまわり市場のオリジナル商品「Volontaロースハム」(669円)など、とにかくよく売れる1番単品が数多くあります。

生産者の名前が入った野菜と「フジハラの餃子の皮」
筆者撮影

■わざわざメンマだけを買いに東京からやって来る

一般的な店はこのような商品を店全体で2~3個しか持っていません。ひまわり市場は、どの部門でも「1番単品」を、複数持っているのです。

だから、どの売り場もお客さんでにぎわっています。何か1つが強いのではなく、どの部門にも質の高い商品がそろっているからお客さんが続々とやってきてリピーターになるのです。

実際にこの日は、「東京からメンマを買いに来たんだけど」というお客さんにも私は出会いました。そのメンマは「大源の手作りメンマ」(1パック251円)という商品で、ちょっと厚みのある、口に入れると柔らかいけど適度に歯ごたえがある手作りメンマです。

そのお客さんは本当にメンマだけを買って帰っていきました。

駐車場を見ると、松本、横浜、静岡、練馬ナンバーの車が止まっていて、全体の3割は山梨県外の車でした。

わざわざ、ひまわり市場で買い物をしたくてここを目的地に遠方からやって来るお客さんが毎日いるのです。こんなスーパー、私はコンサルティング人生31年の中で初めて見ました。

特徴② 仕入れに対するシンプルな哲学

ではこの商品の仕入れはどのように行っているのか。

同社の敏腕バイヤーで商品部統括リーダーの高橋美裕さんに仕入れのコツを聞くと、

「自分が食べたいと思うかどうかじゃないでしょうか。あとは作り手の情熱を感じたら買ってしまいます」と答えてくれました。

まさにシンプル。バイヤーの本質を突いた言葉です。

しかしこんな仕入れができているバイヤーが全国どれだけいるでしょうか。私はほとんど知りません。それだけ、商品の品質にこだわりがあるのです。

バイヤーの名前入りポップが目を引く
筆者撮影

■原価交渉は生産者と一切行わない

「それは小売業として当たり前だ」「それは食品を仕入れるプロとして当然だ」という声もあるでしょう。他と異なるのは、ひまわり市場では「原価交渉は一切しない」というのを鉄則にしている点です。

店だけもうかって生産者がもうからなければ意味がないと思っているのです。

値段の交渉をする代わりに、どうしたらもっと商品の価値を伝えることができるのだろうかと日々考えているとのことです。

実際に売り場に陳列されているすべての商品を見ましたが、私が見たことがない商品が半分以上でした。これまで食品スーパーは3000店舗以上は見ていると思います。

それでも知らない商品ばかりなのです。しかもおいしそうなものが多い。

定番1に対して独自の品ぞろえが3~5はあります。ここまでこだわった品ぞろえの店は東京でもないでしょう。ではなぜ、そんなにいい商品が入ってくるのか。目利き力もありますが、商品の生産者が「ここなら販売してほしい」と思うからなのでしょう。

マイクを手にする店員
筆者撮影
特徴③ やる気を出させる人材育成方針

ひまわり市場のスタッフは、よく見てみると、みな楽しそうに仕事をしている気がします。お客さんとも笑顔で会話し、時にはお客さんの名前を呼んで、手を振ってあいさつしています。

生産者だけでなく、お客さんとの距離も圧倒的に近い。

ひまわり市場の最大の魅力は、こうした人材なのでしょう。魅力的な人材が育っているからこそ、魅力的な商品が集まり、お客さんが集まる。

それは、同社の経営理念と3つのお約束に表れています。

「お客様を大切にする心、食材を大切にする心」「人を大切にする」ことが書かれています。「ひまわり市場」は、企業は人がすべてであると本気で思っています。

■20年前は質の悪いスーパーだったが…

那波秀和社長に聞くと、今から20年前に先代経営者から請われて店長になった時には、「店は暗い、品質は悪い、安物しか並んでない、そして人もだめだった」そうです。同社の抱える負債も4億円以上ありました。社長はそれを少しずつ改革していきました。

「大変でしたね。息がつける状態まで引き上げるのに10年かかりました。まずは10%の社員をやる気にさせ、20%、30%と少しずつ上げていき、やる気のある社員が51%を超えたときに売り上げが飛躍しました。それを実現する原動力になったのは、情熱しかなかったと思うのです」

■部下のマネジメントの基本は「放っておく」

人を育て続けてきた那波社長のマネジメントは徹底しています。それは「放っておく」ということ。仕入れも売り場も販売も、小売業の命でもある値付けでさえも各担当に任せています。

それにしても仕入れ基準はあるだろうと聞いてみると、

「ここから下は仕入れるな、という話はしていますが、個別の価格も品質も一切指示していません。わたしからは何も指示していないのと同じなのです(笑)」

実際、各売り場担当は自分で生産者と話し合い、生産者の商品を見て、触って、味わって、その生産者の買ってほしい価格で仕入れているそうです。

放っておく→すると自分で考えざるを得なくなる→自分でいい商品を探す→売れると楽しくなる→また探す→売れる物が増える→楽しさが倍増する→仕事に行くのが楽しくなる。

だから主体的に仕事をする社員が育ち、店には質の高い商品が並び、たくさんのお客さんが何度も来店する繁盛店になるのです。

ひまわり市場のスタッフからは、自分の思うようにやらせてもらえるし、失敗しても責められることがない。「社長が社員を信頼してくれているから、仕事が楽しい」と話す社員の言葉が印象的でした。

客でにぎわうひまわり市場の店内
筆者撮影

■広告やチラシの作成を一切行わないワケ

ちなみに、ひまわり市場は広告もチラシも一切いれません。

すべてお客さんがクチコミで広げてくれるので集客にお金を使う必要がないのです。

だからその分を、いい商品の仕入れにまわし、一生懸命に仕事をしているスタッフの給料に充てることができるのです。

取引先にも、もうけてもらい、お客さんにも納得のいく商品を買っていただく。お客さんは満足するので、またひまわり市場に行きたくなる。

これがひまわり市場のつくる善循環の仕組みです。

■課題は、人材育成を継続できるかどうか

ひまわり市場の魅力は、圧倒的な商品力を支える人間力にあると確信しました。これに八ヶ岳南麓という素晴らしい土地の空気感が加わって、ひまわり市場が作られているのです。

奇跡ともいえるようなスーパーですが、あえて同社の課題を挙げるとすれば、「属人的な店である」ということです。

仕入れも販売も陳列もレジも「人」に依存しています。個々の人の強みを最大限に生かしているからこそ、ひまわり市場の価値が際立つのですが、その人が欠けてしまったら魅力がなくなります。

常にひまわりのような人が育ち続ける環境づくりを継続できるかどうかが今後の持続的成長の鍵となるでしょう。

■当たり前のことを誰よりも徹底している

お客さんを魔法のように引き寄せる奇跡のスーパーは、人と商品を何よりも大切にする地方の小さなスーパーでした。

当たり前のことを誰よりも徹底してやりきっていくと、そこに奇跡が生まれる。私はそれを体感しました。

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岩崎 剛幸(いわざき・たけゆき)
経営コンサルタント
1969年、静岡市生まれ。船井総合研究所にて28年間、上席コンサルタントとして従事したのち、ムガマエ株式会社を創業。流通小売・サービス業界のコンサルティングを得意とする。「面白い会社をつくる」をコンセプトに各業界でNo.1の成長率を誇る新業態店や専門店を数多く輩出させている。街歩きと店舗視察による消費トレンド分析と予測に定評があり、最近ではテレビ、ラジオ、新聞、雑誌でのコメンテーターとしての出演も数多い。

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(経営コンサルタント 岩崎 剛幸)

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