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過保護どころか搾取されている…日本の農業を「ワーキングプア」に変えた貿易自由化の恐るべき副作用

プレジデントオンライン / 2022年6月22日 10時15分

開会中の世界貿易機関(WTO)閣僚会議の会場周辺で国内農業の保護を訴える日本の農業関係者=1999年12月2日、アメリカ・シアトル - 写真=AFP/時事通信フォト

日本の農業はこれからどうなるのか。元農水官僚で、東京大学大学院教授の鈴木宣弘氏は「貿易自由化で利益を得る勢力が、農協を攻撃し、農家の利益を奪ってきた。この結果、農家は高齢化と低年収に喘いでおり、2030年ごろには農村が崩壊する恐れがある」という――。(第2回)

※本稿は、鈴木宣弘『農業消滅』(平凡社新書)の一部を再編集したものです。

■「2030年には日本の農村が崩壊」の衝撃

農村地帯の実態は厳しさを増している。

集落の耕地を、集落全体で役割分担して維持していこうとする集落営農組織の優良事例を見ても、平均年齢は68.6歳と高齢で、後継者がいるのは2人だけ、といったケースが増えている。また、機械での収穫などを担う基幹的作業従事者(オペレーター)も高齢化していて、年収も200万円程度と低く、次を担う後継者もいないという事態も常態化している。

農業全体でもこの傾向は同じだ。農林水産省の資料によると、農業従事者の平均年齢は67.9歳、農業所得の平均は121万円となっている。

このような現状では、2030年頃には全国的な農村の崩壊が顕在化してくるだろう。

さらに、農家の1時間当たり所得は平均で961円ととても低い(図表1)。

1時間当たり所得の比較
出典=『農業消滅』より

農産物価格が安い(買い叩かれている)、つまり、農家の自家労働が買い叩かれていることになる。これでは後継者の確保は困難と言わざるを得ない。

なぜ、そんなに所得が低いのか。その大きな要因は、自動車などの輸出のために農と食を差し出す貿易自由化が進められたことにある。

■貿易自由化を進めるほど農家が貧しくなる

貿易自由化の進展と食料自給率の低下には明瞭な関係がある。

1962年に81あった輸入数量制限品目が現在の5まで減る間に、食料自給率は76パーセントから38パーセントまで低下しているのだ(図表2)。

残存輸入数量制限品目(農林水産物)と食料自給率の推移
出典=『農業消滅』より

食料は国民の命を守る安全保障の要であるはずなのに、日本には、そのための国家戦略が欠如しており、自動車などの輸出を伸ばすために、農業を犠牲にするという短絡的な政策が採られてきた。

さらに国民に、日本の農業は過保護だということを刷り込み、農業政策の議論をしようとすると、「農業保護はやめろ」という議論に矮小化して批判されてきた。

農業を生贄にする展開を進めやすくするには、農業は過保護に守られて弱くなったのだから、規制改革や貿易自由化というショック療法が必要だ、という印象を国民に刷り込むほうが都合がよかった。

この取り組みは、長年メディアを総動員して続けられ、残念ながら成功してしまっている。

しかし、実態は、日本の農業は世界的にみても、決して保護されているとはいえないのである。

米農家
写真=iStock.com/okugawa
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/okugawa

■農家の取引交渉力はスーパーより圧倒的に弱い

もう一つの問題は、農産物の買い叩きである。

「いまだけ、カネだけ、自分だけ」の「3だけ主義」のグローバル企業の行動は、種を含む生産資材の吊り上げ販売、農産物の買い叩きと消費者への吊り上げ販売であると筆者は論じてきた。

その通りのことが日本でも起こっていることが、次の数字からもよくわかる。

まず、食料関連産業の規模は、1980年の49.2兆円から、2015年には83.8兆円に拡大している。

けれども農家の取り分は12.3兆円から9.7兆円に減少し、シェアは25.0パーセントから11.5パーセントに落ち込んでいる。

我々の試算(図表3)では、すべての品目で農産物は買い叩かれていることがわかる。

産地 vs. 小売の取引交渉力の推定結果
出典=『農業消滅』より

数字が0.5のとき、産地と小売の力関係が五分五分で、0.5より小さく、0に近づくほど、農家が買い叩かれていることを示している。

また、酪農における酪農協・メーカー・スーパー間の力関係を詳しくみると(図表4)、スーパー対メーカー間の取引交渉力は7対3で、スーパーが優位となる。酪農協対メーカーは1対9で生産サイドが押されている。

酪農協・メーカー・スーパー間のパワー・バランスの推定値
出典=『農業消滅』より

だから、2008年の食料危機のとき、餌代がキログラム当たり20円も上がって、酪農家がバタバタと倒れた。これは日本がもっとも顕著だった。

アメリカでは、牛乳の小売価格が3カ月のうちに1リットル30円も上がった。

つまり、消費者も小売・流通業者も、皆が自分たちの大事な食料を守ろうとするシステムが機能して、値上げができた。

このシステムが働かないのが日本である。

企業も買い叩いて儲かればいい、消費者も安ければいいと……。こんなことをやっていて、生産者がやめてしまったら、ビジネスはできないし、国民は食べるものがなくなる。泥舟に乗ってみんなで沈んでいくようなものだと認識して、どうやって自分たちの食料を守っていくのかを考えなくてはいけない。

ちなみに、カナダの牛乳は1リットル当たり約300円で、日本より大幅に高い。

だが、消費者はそれに不満を持っていないという。

筆者の研究室の学生がおこなったアンケート調査に、カナダの消費者から「アメリカ産の遺伝子組み換え(GM)成長ホルモン入り牛乳は不安だから、カナダ産を支えたい」という趣旨の回答が寄せられていた。

農家・メーカー・小売のそれぞれの段階で十分な利益を得た上で、消費者も十分に納得がいくなら、値段が高くて困るどころか、これこそが皆が幸せになれる持続的なシステムではないか。

「売手よし、買手よし、世間よし」の「三方よし」がカナダでは実現されているのである。

■「既得権益」として日本の農協を攻撃するウォール街

官邸の人事権の濫用による行政の一体化によって、国民の将来が一部の権力者の私腹を肥やすために私物化されつつある。

農協改革も、種子法廃止と民間への移譲も、種苗の自家採種の制限も、「遺伝子組み換え(GM)でない」の表示の実質的な禁止も、漁業権の強制的付け替えも、民有林・国有林の「盗伐」合法化も、卸売市場の民営化も、水道の民営化も、根っこはすべて同じ、「オトモダチ」への便宜供与とみたほうがわかりやすい。

「いまだけ、カネだけ、自分だけ」の「3だけ主義」の対極に位置するのが、命と暮らしを核にした共助・共生システムである。

逆にいえば、一部に利益が集中しないように相互扶助で小農・家族農業を含む農家や地域住民の利益・権利を守り、命・健康、資源・環境、暮らしを守る協同組合組織は、「3だけ主義」者には存在を否定すべき障害物なのである。

そこで、「既得権益」「岩盤規制」だと農協を攻撃し、「ドリルで壊して」(安倍元総理の表現)仕事とおカネを奪って、自らの既得権益にして、私腹を肥やそうとするのだ。

例えば、アメリカ政府を後ろ盾にしたウォール街は、郵貯マネーに続き、農協の信用・共済マネーも喉から手が出るほど欲しいがために、農協「改革」の名目で信用・共済の分離を日本政府に迫る。

農産物の「買い叩き」と資材の「吊り上げ」から農家を守ってきた農協共販と共同購入も障害となる。

だから、世界的に協同組合に認められている独禁法の適用除外さえ、不当だと攻撃しだす始末だ。

そして、ついには、手っ取り早く独禁法の適用除外を実質的に無効化してしまうべく、独禁法の厳格適用で農協共販つぶしを始めた。

「対等な競争条件」の名目で、いっそう不平等な競争条件が押しつけられようとしている。

現状は不当な買い叩き状態なのだから、独禁法の適用除外をなし崩しにする取り締まりを強化するのは間違いで、共販を強化すべきなのである。

他方、大手・小売の「不当廉売」と「優越的地位の濫用」こそ、独禁法上の問題にすべきである。

■「第2のかんぽ生命」として「農協マネー」が狙われている

農協改革の目的が「農業所得の向上」というのは名目に過ぎない。

本当は、

①信用・共済マネーの掌握
②共販を崩して農産物をもっと安く買い叩く
③共同購入を崩して生産資材価格を吊り上げ
④農協と既存農家が潰れたら農業に参入

のための改革である。

規制改革推進会議の答申の行間は、そのように読める。

①については、郵政解体の経緯を振り返るとわかりやすい。

アメリカの金融保険業界が、日本の郵貯マネー350兆円の運用資金がどうしても欲しかったので、「対等な競争条件」の名目で解体(民営化)せよと言われ、2001年からの小泉政権時代におこなわれてきた。

ところが、民営化したかんぽ生命を見て、アメリカの保険会社のA社から「これは大きすぎるから、これとは競争したくない。TPPに日本が入れてもらいたいのなら、『入場料』として、かんぽ生命はがん保険に参入しないと宣言せよ」と迫られ、所管大臣はしぶしぶと「自主的に」(=アメリカの言うとおりに)発表した。

だが、それだけでは終わらなくて、その半年後には、全国の2万局の郵便局でA社の保険販売が始まったのだ。

さらに、近年(2019年から20年にかけて)、かんぽ生命の過剰ノルマによる利用者無視の営業問題が騒がれた。

鈴木宣弘『農業消滅』(平凡社新書)
鈴木宣弘『農業消滅』(平凡社新書)

その少し前、日本郵政がA社に2700億円を出資し、近々、日本郵政がA社を「吸収合併」するかのように言われている。

だが、実質は、「(寄生虫に)母屋を乗っ取られる」危険があるのだ。

かんぽ生命が叩かれているさなか、「かんぽの商品は営業自粛だが、(委託販売する)A社のがん保険のノルマが3倍になった」との郵便局員からの指摘が、事態の裏面をよく物語っている。

これが「対等な競争条件」なのだろうか。

要するに、「市場を全部差し出せば許す」ということだ。

これがまさにアメリカのいう「対等な競争条件」の実態であり、それに日本が次々と応えているということである。

郵貯マネーにめどが立ったから、次に喉から手が出るほど欲しいのは、信用・共済、併せて運用資金150兆円の農協マネーである。

これを握るまで必ず終わらないというのが彼らの意思である。

アメリカは、日本の共済に対する保険との「対等な競争条件」を求めているが、保険と共済は違うのだから、それは不当な攻撃である。

相互扶助で、命と暮らしを守る努力を国民に理解してもらうことが最大の防御であろう。

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鈴木 宣弘(すずき・のぶひろ)
東京大学大学院農学生命科学研究科教授
1958年三重県生まれ。82年東京大学農学部卒業。農林水産省、九州大学大学院教授を経て2006年より現職。FTA 産官学共同研究会委員、食料・農業・農村政策審議会委員、財務省関税・外国為替等審議会委員、経済産業省産業構造審議会委員、コーネル大学客員教授などを歴任。おもな著書に『農業消滅』(平凡社新書)、『食の戦争』(文春新書)、『悪夢の食卓』(KADOKAWA)、『農業経済学 第5版』(共著、岩波書店)などがある。

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(東京大学大学院農学生命科学研究科教授 鈴木 宣弘)

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