発表会会場の誰もが唖然…「新型クラウン」激変に隠されたトヨタの"ある野望"
プレジデントオンライン / 2022年7月24日 11時15分
■「いつかはクラウン」から40年…
クラウンがモデルチェンジして16代目となった。新型クラウンはなんと4つの異なるタイプがあるラインアップとなった。
デザイン的にも今までのクラウンの伝統とはまったく異なるもので、発表会の会場にいたすべての人を唖然(あぜん)とさせるものだった。私自身も広告会社に勤務していた時代に10年以上にわたってコミュニケーション立案に携わっていただけに、ある種の固定観念があり、非常に衝撃を受けた。
クラウンは1952年、当時社長だった豊田喜一郎の長年の夢だった本格的乗用車の実現に向けて開発がスタートし、1955年に戦後トヨタ初の本格的乗用車として発売された。現在の日本車の中で最も長い歴史を誇る車名ブランドである。
1989年にレクサスが生まれるまではトヨタの量産車ラインアップの中の頂点という位置づけで、日本を代表する高級車として日本人の憧れとなり、「いつかはクラウン」といわれる存在だった。この「いつかはクラウン」というのは広告のキャッチコピーだが、実際のユーザーインタビューで出てきた言葉をそのままコピーとしたものである。
その高級感・ステータス感からバブル時代には大人気となり、全盛期の1990年には年間20万台を超えるほどの販売台数を誇っていた。質・量両面でまさに日本を代表する高級車だった。
■最高級車がいつしか高齢者イメージの車に…
しかし、バブル崩壊以降、販売台数は少しずつ減少していくことになる。
ユーザー数の多い車種だけに、ユーザーの声に基づいた開発によるモデルチェンジが続いていった。そうなるとクラウンを乗り継ぐユーザーは年を経るごとに高齢化していくことになる。
そのような開発姿勢では、既存ユーザーはそれほど減らないが、若い新規ユーザーが入ってこなくなり、どんどん代わり映えしない、高齢者イメージのモデルとなっていったのだ。
若返りを果たすべく走行性能を高めたり多少スポーティーな外観にしたりしたが、既存ユーザーの確保も重要なマーケティング課題であるため、セダンというフォーマル性の高いボディ形式は踏襲され、デザイン的にも「クラウンらしさ」を維持してきた。
それが結果として十分な新規ユーザーの獲得にはつながらず、2018年に発売された15代目は発売初年度でも5万台程度の販売にとどまり、昨年(2021年)は2万台強というレベルにまで落ち込んだ。
■セダンの終焉
しかしこの2万台という数字は、現在の市況では高級セダンとしては非常に大きなもので、クラウン以外の国産高級セダンはそれよりはるかに少ないレベルにとどまっている。
もうセダンという車型はメインストリームから外れた、マイナーな車型となっているのだ。トヨタでも、一時は代表的セダンだったコロナやマークII(その後マークX)はもはや存在しない。
クラウンは1980年代までは少数が海外に輸出されていたが、基本的に国内専用車であり、最近では中国で現地生産していた程度である。国内の2万台程度の需要のために作り続けるべきか否かというのは、非常に悩ましい問題であったと推察できる。
■豊田章男社長のエモーションゆえの決断
実際、今回のモデルチェンジにあたっても、当初はマイナーチェンジで現行型の継続生産という計画だったらしい。しかしマイナーチェンジして多少商品力を上げたところで事態はまったく変わらず、先細っていくだけだろう。
だが、クラウンは豊田章男社長の祖父にあたる豊田喜一郎が開発を先導し、父・豊田章一郎が育て上げた、トヨタを代表するきわめて重要な車種ブランドだ。豊田章男社長としては、このままクラウンがフェードアウトしてしまうのは豊田本家直系の社長として耐えられないことだっただろう。
そこで豊田章男社長が大号令を発したらしい。クラウンを今一度フラッグシップとしてよみがえらせろと。おそらく今回のクラウンの壮大なモデルチェンジの原動力は、合理的な判断ではなく、豊田章男社長のこのようなエモーションだったと思われる。
■日本のクラウンから世界のクラウンへ
それではクラウンをどうよみがえらせるのか。国内専用車では大きく販売台数を伸ばすことは難しいし、日本国内だけで高いイメージがあっても、それでは真に現在のトヨタのフラッグシップとはいえない。
1955年とは違い、もうトヨタは真のグローバル企業なのである。真にトヨタのフラッグシップであるならば、それはグローバルにフラッグシップとして認知されるものでなければならない。
それで出た結論が、単に日本でのモデルチェンジというだけでなく、グローバルでのトヨタのフラッグシップブランドにクラウンを昇華させる、というものだ。
■「トヨタブランド」の限界を超える
海外でクラウンを発売する場合、大きな問題がある。クラウンは高級車である。つまり高価だ。日本でのトヨタのイメージは小型車から高級車まで幅広く取りそろえるメーカーというイメージだが、海外の車種ラインアップは日本に比べ大きく少ない。
セダンでいえば、トヨタブランドの上限はカムリクラスであり、一部の国でカムリより一回り大きいアバロンがあるにすぎない。アバロンでも4万5000ドルくらいが上限だ(アメリカの場合)。
SUVにしても超大型のセコイアやランドクルーザーを除けば主力は4万5000ドル程度が上限である。それ以上の価格帯はレクサスが受け持つというはっきりした構成になっている。
それが今まで海外でクラウンを売ってこなかった理由でもある。クラウンを海外に導入するということは、トヨタブランドを上に引き上げることを意味するのだ。
こうなると車の作り方も考慮しなければならない。
■クラウン史上初の横置きエンジン化
先代の15代目クラウンはTNGA-Lという、レクサスLS/LCと共通する後輪駆動プラットフォームを使っている。高級車用の高価なプラットフォームである。
レクサスでさえ、ESやRXといったクラスまでは前輪駆動ベースのTNGA-Kを使っていることを考えると、贅沢な作りである。
海外のトヨタディーラーでクラウンを売ることを考えた場合、既存のラインアップとの関係から考えてクラウンの価格はある程度抑える必要がある。日本でも新しい客を大きく伸ばすためにはあまり高価にはできない。
となると、新型クラウンもコストダウンのためにTNGA-Kを使うしかない。これでクラウン史上初の横置きエンジン化が決まったといえる。
現在発表されているのはすべて後輪の駆動に電気モーターを使った4輪駆動モデルだが、ゆくゆくはより廉価な前輪駆動モデルが加わる可能性もあるだろう。
■海外知名度ゼロから「年間20万台」という大胆な目標
さらに大きな問題は、今まで海外ではクラウンは事実上販売されておらず、顧客ベースもなければブランド認知もないということである。要するに、まったく新しいモデルとして発売しなければならないのだ。
まったく新しい顧客を開拓しなければならない新しいモデルが、日本の伝統的ユーザーが安心して見られるような保守的なスタイリングであっていいはずがない。世界の人が惹(ひ)きつけられるような、フレッシュで斬新なスタイリングを持つことが必須である。
この点に関しては、日本の事情より海外での見え方のほうが圧倒的に優先されるべき、と判断されたと考えられる。なにしろ40カ国、年間20万台を売ることが目標なのだ。
そのために今までのクラウンの呪縛からはいっさい解放されて、まったく新しいモデルとしてデザインされたのである。
■「クロスオーバー」「SUV」「BEV」
そして、コアモデルとして開発されたのが「クラウン クロスオーバー」モデルである。
このクロスオーバーは、まったく新しいセダンのカタチを追求して開発されているので、ハッチバックではなく独立したトランクを持つ作りとなっている。非常に流麗で魅力的なスタイリングだと思うが、あくまでセダンなので多用途性には欠ける。
一方で、世界の潮流は多用途性に優れた5ドアのSUVであり、販売量を確保するためにはラインアップに5ドアSUVはマストである。
新型クラウンでは5ドアのSUVは2種類が用意された。ユーティリティーに優れる「クラウン エステート」と、スポーティーでスタイリッシュなクーペSUVである「クラウン スポーツ」である。「クラウン スポーツ」は昨年(2021年)12月のトヨタBEV(バッテリーEV)戦略発表会でも展示されており、少なくともBEVバージョンがあることは間違いない。
■他の3モデルとは異なる「セダン」
そして4番目のボディタイプが「クラウン セダン」である。日本を含めアジアなどではフォーマル用途のセダンの需要が一定数は見込まれるため、このタイプが用意されたと思われる。
セダンは他の3モデルとは異なるプロポーションを持っており、サイズもいちばん大きい。サイドビューから判断すると、後輪駆動のようなプロポーションである。
どうやらセダンはTNGA-Kではなく、TNGA-Lを継続して使用するようだ。つまり、セダンだけは今までのクラウンの資質を引き継ぐ作りとなっており、日本の保守的ユーザーにも配慮した結果と思われる。
また、TNGA-LはFCV(水素で走る燃料電池車)であるMIRAIにも採用されており、新型セダンはMIRAIよりも大きくスペースにゆとりがあるため、セダンにはFCV仕様も用意される可能性がある。
■クラウンという名のまったく新しい物語
新型クラウンには、コンセプトが異なる2つのハイブリッドシステムが採用されている。トヨタ独自の動力分割機構を備えた燃費に優れる「THS(トヨタハイブリッドシステム)II」と、燃費は若干悪くなるもののダイナミックでスポーティな走りを実現するまったく新しい「デュアルブーストハイブリッドシステム」だ。
おそらく欧州向けなどでは、プラグインハイブリッド仕様も追加されるであろう。
そうなるとクラウンには2つのハイブリッド、プラグインハイブリッド、BEV、FCVと、トヨタが開発を進めるCO2対策技術のすべてが搭載される可能性があるということだ。そうなればまさにトヨタのフラッグシップにふさわしい車種ブランドとなる。
現状で発表されたのは4つのボディタイプだが、今後さらに増える可能性もあるだろう。カローラのように、仕向地別にデザインやサイズを変えるというきめ細かい展開もあるかもしれない。
とにかく、クラウンは名実共にトヨタのグローバル・フラッグシップブランドになるべくスタートを切った。クラウンという名のまったく新しい物語が始まったのである。
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マーケティング/ブランディングコンサルタント
1960年、東京・新橋生まれ。1984年慶應義塾大学経済学部卒業、同年電通入社。戦略プランナーとして30年以上にわたってトヨタ、レクサス、ソニー、BMW、MINIのマーケティング戦略やコミュニケーション戦略などに深く関わる。1988~89年、スイスのIMI(現IMD)のMBAコースに留学。フロンテッジ(ソニーと電通の合弁会社)出向を経て2017年独立。プライベートでは生粋の自動車マニアであり、保有した車は30台以上で、ドイツ車とフランス車が大半を占める。40代から子供の頃から憧れだったポルシェオーナーになり、911カレラ3.2からボクスターGTSまで保有した。しかしながら最近は、マツダのパワーに頼らずに運転の楽しさを追求する車作りに共感し、マツダオーナーに転じる。現在は最新のマツダ・ロードスターと旧型BMW 118dを愛用中。著書には『マツダがBMWを超える日』(講談社+α新書)がある。日本自動車ジャーナリスト協会会員。
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(マーケティング/ブランディングコンサルタント 山崎 明)
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