野球だけは子供にやらせたくない…「少年野球」が保護者から徹底的に嫌われている根本原因
プレジデントオンライン / 2022年12月16日 10時15分
※本稿は、田中充、森田景史『スポーツをしない子どもたち』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。
■野球部員は2割以上も減少
2009年、産経新聞紙上で「日本の野球力」と題した年間企画が掲載された。
北京五輪でメダルにすら届かず、ソフトボールとともに五輪競技からの除外も決まっていた野球だが、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)は大いに盛り上がりを見せ、テレビ中継は高視聴率をマークした。
一方で、すでに地上波での巨人戦中継は減少の一途をたどり、名門の社会人チームの休廃部も相次いだ。
「いまの野球界はまだ安泰だけど、将来的にはどうだろう。課題を浮き彫りにした上で対策は必要ではないか」という危機感は担当記者の共通認識だった。
2009年の第2回WBCを見ていた子どもたちはその後、中学、高校、大学あるいは社会に出て働く年代になっている。この間、日本の高校野球はどうなっているのか。日本高野連が公表しているデータ「部員数統計(硬式)」を見てみたい(図表1)
1982年度に11万7246人だった部員は増加傾向を続け、時代が平成になった89年度に初めて14万人を突破する。
しかし、2014年度に17万人を超えたのをピークに、翌年から下降局面に入る。ここからの減少幅はかつてないほどに大きい。18年度15万3184人、19年度14万3867人、そして21年度は13万4282人と、ピーク時と比べると2割以上の減少となった。
加盟校数も1989~2016年度まで4000校を超えていたが、その後は大台を割り込み、2021年は3890校となった。
■「中学校以下は壊滅状態」
高校野球だけではない。中学年代に目を向けてみる。
2020年度の全国の軟式野球部に所属する男子中学生は15万8555人。サッカーの17万5338人、バスケットボールの16万840人に次いで3番目の数字となっている
10年前の2010年度のデータでは、野球は減少傾向にあるとはいえ、29万1015人と全競技で最も多かった。サッカーは2番で22万1407人、次いでバスケットボールの17万4443人、ソフトテニス(16万7674人)、卓球(14万4231人)と続く。
少子化の影響もあって、他の競技も部員数を減らしている。
だが、野球部の部員数の落ち込み方は突出している。
「中学校以下は壊滅状態ですよ」
現場を知る関係者はこう口を開く。
「Jリーグができて、サッカーに流れたなんて言っていた時代はまだよかった。いまは卓球、バスケ、テニス、いろんなスポーツを子どもたちがするようになった。野球が中心という時代は終わった」
■「ルールがわからない世代」が増えた
野球が世界的に盛んな地域は北中南米と東アジアくらいである。欧州でも野球はサッカーやバスケットボールなどに比べると、まだまだ市民権を得ていない。
その一因として複雑なルールが挙げられる。アウトカウントが少ない状況で走者が出れば、送りバントをする。送りバントの中にも自分も塁に出るつもりのセーフティーバントもある。他にもスクイズや犠牲フライ、進塁打など、ルールがわかっているからこそ味わえる野球の醍醐味(だいごみ)がある。
日本では野球のルールは40代以上の大人なら男女を問わず、だいたいは理解できるだろう。それは、彼らがシーズン中には連日、お茶の間で巨人戦を中心にプロ野球中継が流れていた時代に育ったからだ。
つまり、野球はルールが複雑でそれゆえに奥が深いのが魅力だが、その競技の特性上、ルールがわからない層が増えてしまうと、競技人口だけでなく、一気にファン層も減ってしまう。
■「巨人、大鵬、卵焼き」もはや過去の話に
とは言え、プロ野球の観客動員数は新型コロナ禍以前は増加傾向にあった。
「本当に野球人気は落ち込んでいるのか」といぶかしがる読者もいるかもしれない。
日本野球機構(NPB)によると、たしかにプロ野球の観客動員数は2013年から19年まで増加傾向にある。新型コロナ禍前の19年のセ・パ12球団の観客動員は合わせて2653万人(1試合平均3万929人)。史上最多の数字だ。
一方で、プロ野球中継は地上波からほぼ消滅した。
関係者は「国民的な大衆スポーツだった野球が、コアなファンしか取り込めなくなっている」と危機感を募らせる。
「巨人、大鵬、卵焼き」に子どもがあこがれた時代はもはや過去の話だ。
そもそも、スポーツ紙の一面をプロ野球が飾る頻度も随分と減っている。
稲葉監督は、日本代表の24人を発表した2021年6月の記者会見ですでに危機感を述べていた。
「野球はこれまで非常に皆さんが注目をしてくれていたが、競技者人口がどんどん減っている。こうした中で、少しでもこのオリンピックが野球に興味を持ったり、始めるきっかけになったりしてくれる大会になってくれればいいと思っている。この24人と日の丸を背負い、ともに東京五輪で戦えることを期待している。この舞台をみたことがきっかけとなって、1人でも多くの子どもがバットやボールを持ってくれれば、これほどうれしいことはない」
■「お茶当番や試合の手伝いをさせられる」と保護者が敬遠
野球が子どもから敬遠されるのには、環境の問題も影響している。
強豪チームともなると、選手の保護者が、日々の練習において、監督やコーチに飲み物を差し出す「お茶当番制」があったりする。
しかも、週末には遠征があり、親が付き添って、練習や試合の手伝いをしなければならない。
「将来はプロ野球選手に」という夢があれば別だが、現在は夫婦共働きの家庭が多く、子どもが週末にスポーツするのは大歓迎でも、親の同伴が必須というのはハードルが高いだろう。
小学5年の子どもがサッカーをしているという東京都内のある母親は、「野球はハードルが高いんですよね。送迎が大変だとか、親がお茶当番をやらないといけないとか聞きますからねえ」と語る。
また、この母親は「サッカーはそういうのがないんです」とも話してくれた。
■補欠という日本の悪しきスポーツ文化
日本では、他のスポーツをすることを嫌う指導者が多い。そのため、子どもたちは一度始めたスポーツからの“転向”が難しい。
野球もサッカーも同じグラウンドを使うことがあり、バスケットボールも学校内の体育館で練習する。他の競技に移ると、前の競技の指導者と顔を合わせてしまう。
そのため、「野球をやめてサッカーに行きます」と言いづらい面もあった。
しかし、アメリカでは夏は野球、冬はサッカーやアイスホッケー、アメリカンフットボールなどに興じるのが当たり前だ。
そもそも「補欠」という概念も日本の悪しきスポーツ文化だ、という声もある。
米大リーグで活躍した上原浩治氏の長男はアメリカで育っている。
上原氏に聞いた話では、アメリカでは学校が休みになると、子どもは地域のクラブチームでプレーするが、チームは試合に必要な人数以上は合格させないという。
それによって、なるべく全員が試合に出られる仕組みになっているそうだ。
かつては地域のスポーツ少年団といえば野球しかなく、黙っていても子どもたちが集まってきたかもしれないが、現在はサッカーやバスケットボールも盛んだ。子どもたちに積極的に野球の魅力を伝えていかないと競技人口の減少には歯止めがかからないだろう。
■監督やコーチが罵声を浴びせ、子どもたちがやめていく
野球にも新たな動きがある。それは、5人制のベースボール5(BB5)という新種目だ。
これは男女混合でゴムボールを使った言わば「手打ち野球」で、バットやグローブを使用しない。野球の内野くらいの18メートル四方のフィールドで行い、塁間も野球の半分程度の13メートルとコンパクトだ。
2021年8月24日に開幕したパラリンピック期間、東京・青海地区に設けられた「2020FAN PARK」で体験会が実施された。
参加者の中には野球をしたことのない子どもたちも多かった。ときには、一塁ベースへ走らず、自分が打ったボールを追いかける子どももいた。
体験会をサポートする関係者は「野球ができる環境は日本でも減っています。サッカーやバスケ、スイミング、テニス、いろんな選択肢がある中で、せっかく野球をやろうという子どもたちがいても、残念ながら、監督やコーチが罵声を浴びせるような指導でやめていくこともあります。本当にもったいない。子どもなんだから、うまくできなくて当たり前。まずは楽しくプレーしてもらうように興味を持ってもらうことが指導現場に求められていますよね」と話す。
■「怒声・罵声は禁止」のチームが人気
「野球少年を増やしたい」「楽しくプレーしてほしい」とこれまでのイメージを刷新しようとしているチームもある。
野球専門メディア「Full-Count(フルカウント)」の記事では、神奈川県川崎市の「ブエナビスタ少年野球クラブ」の取り組みが紹介されている。
このクラブでは怒声・罵声は禁止で、練習時間は土日いずれかの半日、保護者のお茶当番はなし、けが防止に球数制限も設けているという。
「ブエナビスタ少年野球クラブ」の代表は、高校野球での理不尽な指導や、長時間練習に疑問を持っていたという。
2019年3月に創設されたチームだが、それから8カ月で、小学1~5年生の40人が集まったという。
また、横浜市西区にある「ブルーウインズ」という軟式少年野球チームも人気だ。
こちらも、活動は原則月3~4回、日曜の午前中のみだという。保護者のお茶当番もない。
「マルチスポーツ」をキーワードに3カ月を1単位とした「シーズン制」を取り入れ、野球は4月から12月までとし、1月~3月のオフ期間は、サッカー、バスケットボール、バレーボールなどの他競技に取り組める。
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産経新聞運動部記者
1978年京都生まれ。早稲田大学法学部卒業後、地方紙を経て産経新聞社に入社。2005年からスポーツ分野を担当し、プロ野球やメジャーリーグを担当後、五輪は2012年ロンドン大会から21年東京大会まで夏冬5大会連続で取材した。共著に『日本柔道最重量級の復活する日』(育鵬社)。
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産経新聞論説委員兼運動部記者
1970年大阪生まれ。1993年産経新聞社に入社。大阪本社運動部、社会部などを経て、2009年から東京本社運動部。2008年北京、12年ロンドンの五輪2大会で柔道競技を担当。このほか、レスリング、相撲、日本オリンピック委員会(JOC)を担当し、東京五輪は招致活動から取材する。共著に『日本柔道最重量級の復活する日』(育鵬社)。
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(産経新聞運動部記者 田中 充、産経新聞論説委員兼運動部記者 森田 景史)
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