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北海道3泊4日約100万円が即完売…夏だけ北海道を走る「伊豆急の特別列車」が鉄道愛好家以外にも人気なワケ

プレジデントオンライン / 2023年5月31日 15時15分

筆者撮影

2020年から夏の北海道で企画されている約100万円の列車旅行が人気を集めている。伊豆急行(東急グループ)の観光列車「THE ROYAL EXPRESS(ザ・ロイヤルエクスプレス)」を、夏季だけ北海道に遠征させるもので、JR北海道と東急による異例のコラボだ。プランは3つあり、どれも3泊4日で約100万円と高額だが、発売すると即完売だという。人気企画の背景をレイルウェイ・ライターの岸田法眼さんが紹介する――。

■JR北海道と東急の異例のコラボ企画

東急株式会社(以下、東急)とJR北海道は2020年から夏季限定で、北海道内で伊豆急行(東急グループの企業)の豪華列車「THE ROYAL EXPRESS(ザ・ロイヤルエクスプレス)」を使用した「THE ROYAL EXPRESS~HOKKAIDO CRUISE TRAIN~」を運行している。

普段は伊豆を走る私鉄の列車がJR北海道に遠征するという異例の企画だ。この取り組みはいかにして始まったのだろうか。

■ヴァイオリニストが実際に乗車

「THE ROYAL EXPRESS」は、2100系アルファリゾート21を改造したジョイフルトレインで、2017年7月に登場。横浜―伊豆急下田間を走る。

30年以上にわたり、鉄道車両をデザインし続けた水戸岡鋭治氏
30年以上にわたり、鉄道車両をデザインし続けた水戸岡鋭治氏 画像提供=©ドーンデザイン研究所

魅力あふれる車両にするため、鉄道デザイナーの第一人者である水戸岡鋭治氏(ドーンデザイン研究所)を起用した。

車体は高貴な色とされるロイヤルブルーを主体にアクセントカラーとしてゴールドを添えている。車内はウォールナットやホワイトシカモアなど多種の木材をふんだんに使用しつつ、和と洋を融合した豪華絢爛(けんらん)な車両に仕上がっている。実際に乗ってみると、非日常的な雰囲気で、見慣れた車窓が新鮮に映るほど。

1・2号車はゴールドクラス、3号車はマルチカー(展覧会、結婚式、会議などにも使える車両)、4号車はキッチンカー、5~8号車はプラチナクラスとなっている。3・4号車以外は特急形車両のグリーン車に相当する。

面白いのは、5・6号車にピアノを設置していることだ。音旅演出家Ⓡの大迫淳英氏(ヴァイオリニスト)が実際に乗車し、ピアニストとともに生演奏を披露することで、旅のシーンを彩る。

車内ではコース料理を堪能できるほか、1泊2日のクルーズプラン(プラチナクラスのみ適用)では、一流の旅館もしくはホテルに宿泊できる。片道乗車のみの食事つき乗車プランでは、横浜―伊豆急下田間の乗車と食事が満喫できる。

当初、「THE ROYAL EXPRESS」の定員は約100人だった。2020年に料理をすべてコース料理に統一することや、洋式トイレに温水洗浄便座を追設、2・7号車にピアノを新規配置するなど、高付加価値のサービスを実現するための改装を行った結果、定員が約50人に変更された。

車内で行われる大迫氏とピアニストの生演奏
筆者撮影
車内で行われる大迫氏とピアニストの生演奏 - 筆者撮影

■札幌発3泊4日の優雅な旅

「THE ROYAL EXPRESS」はリピーターが現れるほど、伊豆観光の旗手として成果を上げた。2020年からは夏季限定で「THE ROYAL EXPRESS~HOKKAIDO CRUISE TRAIN~」を始めている。札幌発の3泊4日の行程で、車窓から北海道の雄大な景色と食事、現地観光と宿泊を楽しむものだ。

2023年は7月から9月にかけて、以下の3プランが運行される。

●HOKKAIDO CRUISE TRAIN:札幌→十勝川温泉→知床→富良野→札幌(旅行代金:ひとり当たり82万~118万3000円)

●HOKKAIDO CRUISE LIMITED:札幌→十勝川温泉→阿寒摩周国立公園→阿寒湖→富良野→札幌(旅行代金:ひとり当たり82万~118万3000円)

●HOKKAIDO 日本最北端の旅:札幌→上川→宗谷岬→稚内→オロロンライン→富良野→札幌

今回の目玉と言えるのが「HOKKAIDO 日本最北端の旅」だ。その旅程は、まず札幌から旭川へ移動し、そこからバスで大雪山に近い上川の宿泊施設へ移動。2日目は旭川から一路北へ進み、南稚内で下車。バスで宗谷岬、稚内市街へ向かう。

3日目は絶景のドライブルートで知られるオロロンラインを経て旭川まで南下し、バスで富良野へ。4日目に札幌へ帰着する。旅行代金はひとり当たり88万円~123万円だという。

車内では、北海道の食材を使った料理が提供される
筆者撮影
車内では、北海道の食材を使った料理が提供される - 筆者撮影

■なぜ北海道に遠征するようになったのか

なぜ中小私鉄の車両が、期間限定とはいえ、JR北海道の鉄路を運行するようになったのか。

きっかけとなったのが2018年9月6日に発生した北海道胆振東部地震だ。以降、2019年1月末まで震度1以上の地震が332回発生し、うち2回は震度5弱だった。これにより、北海道の観光客が減少してゆく。

JR北海道は、国土交通省から2014年1月24日と2018年7月27日の2回にわたりに受けた経営改善に向けた監督命令の着実な実施および、北海道胆振東部地震の影響を受けた北海道観光活性化の両面から、早急に道内での観光列車運行を計画した。

ただ、JR北海道にそのような車両がないことから、観光に特化したジョイフルトレインを保有している道外の鉄道事業者に対して、「北海道内への持ち込みと期間限定運行ができないか」と協力要請を行った。

そこに東急が手を挙げた。「素晴らしい自然、大地、人の力が感じられる世界に誇れる観光地を活性化させるお手伝いができたら」(東急広報)という想いで、新たなプロジェクトを立ち上げたのだ。

国や北海道からは、今回のプロジェクトの実現に向けたバックアップを受けたことも大きい。JR北海道と東急は北海道の沿線自治体に対し、運行にあたって歓迎などの協力を要請した。

1号車ゴールドクラスの車内
筆者撮影
1号車ゴールドクラスの車内 - 筆者撮影

■前例のない取り組み

JR北海道の路線は交流電化と非電化がある。伊豆急行はすべて直流電車なので「THE ROYAL EXPRESS」は自力走行ができない。車内設備の電源確保のために電源車が、牽引用にディーゼル機関車がそれぞれ必要になる。北海道での「THE ROYAL EXPRESS」は電車ではなく、機関車牽引による客車扱いであることを示す。

そこで東急はJR東日本から電源車のマニ50形を購入した。ただ、マニ50形は給電能力が5両分までという制約から、「THE ROYAL EXPRESS」は1・4・5・6・8号車の5両編成に組み直す。さらにパンタグラフも外し、交流電化区間の架線に触れないようにした。

東急電鉄が購入した電源車マニ50形は、伊豆急行の車両基地に常駐する
筆者撮影
東急電鉄が購入した電源車マニ50形は、伊豆急行の車両基地に常駐する - 筆者撮影

JR北海道は、水戸岡氏がカラーリングをデザインしたディーゼル機関車を用意した。

さらにJR貨物の協力を得て、「THE ROYAL EXPRESS」を約1200キロ離れた伊豆高原―伊東―札幌運転所間を回送運搬することになった。

このような運搬はすぐにできるものではない。定期の貨物列車ではないので、伊東―札幌運転所間のダイヤ、牽引する機関車の手配など、詳細を決める必要があり、運転日の数カ月前までには決めなければならない。

この企画が発表された2019年2月12日は手探りの状態だったと推察する。複数の鉄道事業者が協力した前例のない取り組みが成功し、2023年で4期目を迎えた以上、今後はそのノウハウを東急とJR北海道以外の鉄道事業者が取り組むことに期待したい。

■初年度の抽選倍率は8倍強

かつて北海道には、上野―札幌間の寝台特急〈北斗星〉〈カシオペア〉、大阪―札幌間の寝台特急〈トワイライトエクスプレス〉という豪華な夜行列車があり、長い時間をかけて列車の旅を楽しむという「ゆとり」が好評を博していた。そうした「ゆとり列車」が北海道の活性化に寄与する列車だったことは言うまでもない。

夜行列車が壊滅に近い状況の中、「THE ROYAL EXPRESS」の北海道遠征は、新たな「ゆとり列車」となるだろう。

東急は、この企画について「伊豆では、観光列車が走ることで沿線地域が活性化していった。そのノウハウをいかし、北海道を元気にしたい」(広報)と語る。

JR北海道はこれまでSL列車、トロッコ列車、リゾート気動車など、特化型車両による臨時列車を運行してきた。ただ、プレスリリースで宣伝しても、全国紙や全国ネットが大きく取り上げない限り、少なくとも鉄道の知名度向上、来道者数の増加にはつながらない。

だが、「THE ROYAL EXPRESS」が“来道”するだけでも道内はもとより、道外でもビッグニュースになる。

「本プロジェクトは、『JR北海道が単独では維持することが困難な線区』のうち、『鉄道を持続的に維持する仕組みの構築が必要な線区』において、沿線地域の皆さまの御理解と御協力を得ながら進めている線区ごとのアクションプランの具体的な取り組みのひとつともなり、線区の維持・活性化につながるものと考えています」(JR北海道広報)

JR北海道が「単独では維持することが困難な線区」のひとつ、留萌本線は2026年春で全廃される
筆者撮影
JR北海道が「単独では維持することが困難な線区」のひとつ、留萌本線は2026年春で全廃される - 筆者撮影

JR北海道はこの企画で得たノウハウを今後の観光列車の運転につなげていきたい考えだ。2023年は「日本最北端の旅」と銘打ち、稚内市へ向かうプランを新設している。2024年以降は道南などの新しいプランにも期待したい。

東急によると、応募倍率の2020年度は約8.2倍、2021・2022年度は約3倍で、リピーターもいるという。

■特別列車だけでは路線は生き残れない

東急とJR北海道・貨物の取り組みに、JR西日本・四国も注目したようで、2024年1月から3月にかけて、「THE ROYAL EXPRESS」は四国・瀬戸内エリアに遠征する。岡山―高松―松山方面を周遊する予定である。

直流電化エリアながら、JR四国予讃線は断面が小さいトンネルが多く、「THE ROYAL EXPRESS」のパンタグラフでは走行できないため、岡山―高松間はJR西日本の電気機関車、それ以外のJR四国エリアではJR貨物の電気機関車の牽引になるという。

JR北海道も含め、このような取り組みは画期的であり、話題性がある半面、鉄道の活性化につなげるには、「北海道そのもののファン」「四国そのもののファン」を増やすことに尽きる。“特別な列車”ではなく、“日常の列車”そのものが観光地になり、満員にならないと路線の存廃問題につながる恐れがある。

現にJR四国の西牧世博社長は2023年4月25日に3路線4線区の存廃について示唆した。その中に特急〈伊予灘ものがたり〉が好評を博す予讃線向井原―伊予大洲間が含まれており、“特別な列車”を強調しているだけでは路線の長きにわたる存続につながらない。

■巻き返しを図るJR北海道

JR北海道は単独での維持が困難なローカル線の廃止を進めた一方、巻き返しを図っている。

2020年からキハ261系5000番台を2編成導入し、「観光列車に活用できる特急形気動車」として、観光列車やイベント列車、繁忙期の臨時列車及び定期列車の代替輸送用としている。このうち、ラベンダー編成は北海道と国の支援を受け、北海道高速鉄道開発株式会社が所有し、JR北海道が無償貸与を受けている。

JR北海道が多目的車両として導入したキハ261系5000番台
筆者撮影
JR北海道が多目的車両として導入したキハ261系5000番台 - 筆者撮影

さらに同様の展開でH100形の一部も仕様を変更したラッピング車両として、根室本線釧路―根室間、釧網本線、石北本線、富良野線にも投入された。今後も室蘭本線、日高本線、宗谷本線、根室本線の別区間にも投入される予定だ。

H100形の一部は北海道高速鉄道開発株式会社が保有し、ラッピング車両に充てられている(写真はラッピング前の姿)
筆者撮影
H100形の一部は北海道高速鉄道開発株式会社が保有し、ラッピング車両に充てられている(写真はラッピング前の姿) - 筆者撮影

2020年夏から北海道の支援による、在来線の特急自由席も乗り放題の「HOKKAIDO LOVE! 6日間周遊パス」(1枚1万2000円)が不定期で発売されると、累計で約20万9000枚の売り上げを記録する大ヒット商品となった。ただ、道内周遊の促進を目的とした乗車券のため、北海道新幹線はエリア対象外である。

しかし、北海道新幹線1日平均の乗車人員は減っている。2016年度6200人、2017年度5000人、2018年度4600人、2019年度4500人、2020年度1500人、2021年度1700人という状況なので、今後はJR東日本と連携し、青森県内の主要駅での発売を検討してもいいのではないだろうか。

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岸田 法眼(きしだ・ほうがん)
レイルウェイ・ライター
1976年栃木県生まれ。「Yahoo!セカンドライフ」の選抜サポーターに抜擢され、2007年にライターデビュー。以降、フリーのレイルウェイ・ライターとして『鉄道まるわかり』シリーズ(天夢人)、「AERA dot.」(朝日新聞出版)などに執筆。著書に『波瀾万丈の車両』『東武鉄道大追跡』(ともにアルファベータブックス)がある。また、好角家でもある。

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(レイルウェイ・ライター 岸田 法眼)

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