マスゴミの質問には「うんちの絵文字」で答えれば十分…イーロン・マスクの「クソ対応」がなぜか許されるワケ
プレジデントオンライン / 2023年7月13日 7時15分
■ツイッター運営会社の「大人げない広報対応」
今月、またも世界各地でツイッターがつながりにくいなどの不具合が発生した。こうしたトラブルが生じた際、既存メディアは必ず当事者のコメントを求める。だが、ツイッターの広報対応は、かなり異例なものだった。今回の不具合を伝えるCNNの記事を引用する。
CNNはツイッターにコメントを求めたが、「うんちの絵文字」だけが返ってきた。
実は今年3月、ツイッター運営会社のイーロン・マスク会長は自身のアカウントで「press@twitter.com(メディア対応用のメールアドレス)は今、うんちの絵文字で自動応答する」と投稿している。
CNNの記者も「うんちの絵文字」が当然、返ってくることを知っていたはずだ。「『うんちの絵文字』が帰ってくること」自体を記事に書きたくて、あえてコメントを求めたのだろう。
私はかつてテレビ東京の記者として企業の広報対応に直に接し、現在は企業の広報PRの企画や実行支援をしている。20年以上、メディアや広報に携わっているが、このような「乱暴な対応」を見たことがない。こうした「大人げない広報対応」は批判の的になっても不思議ではないものだが、ネットでの反応は概ね好意的だ。
■既存メディアとの対決姿勢を鮮明にしてきた
では、なぜマスク氏の文字通りの「クソ対応」は批判を浴びなかったのか。それは、マスク氏が「既存の秩序を打ち壊す変革者」として認知されているからだろう。「既存メディア」という「古い秩序」に乱暴な態度を取ったとしても、マスク氏の「平常運転」と見られて、支持すらされてしまうのだ。
マスク氏は今回の「絵文字対応」に限らず、これまでも既存メディアとの対決姿勢を鮮明にしてきた。マスク氏は既存メディアの取材に滅多に応じないことで知られている。また昨年12月には、マスク氏の取材を担当しているニューヨーク・タイムズなど、複数の記者のアカウントを停止した。
マスク氏はツイッターを買収後、広報担当を全員解雇したという。マスク氏の経営する電気自動車メーカー・テスラ社にも広報担当はいない。すべての情報発信を「マスク氏自身が直接、ツイッターで発する言葉」に集約しようとしているようだ。
世界的な注目を集めるマスク氏のツイートは擬似的ではあるが、既存メディア向けの記者会見のようになっていることも指摘したい。マスク氏のツイートを世界中の既存メディアがこぞって、記事にしているからだ。
■1回の出演で数百万人の視聴者の目に触れる
このような「SNSに極端に特化した広報活動」だが、「マスク氏ほどの経営者だからこそ可能」と言える。フォロワー数は日本の人口より多い、約1億5000万。既存メディアよりマスク氏自身の発信力のほうが強いのだ。「世界一」の発信力を持てば、「『自分の言葉の編集権』を既存メディアに与えたくない、既存メディアを通じた広報など不要」と思うのは自然だ。
では、マスク氏のような「世界最強の発信力」を持たない経営者が、既存メディアの取材に応じるメリットとは何だろうか。非常に短絡化すると、それは次の2点に集約できる。
ひとつは、認知度を高められることだ。全国放送のテレビ番組に一度でも出演すれば、数百万人の視聴者の目に触れることになる。これほどまでの発信力を自前で持つ企業は、まず存在しない。「日本最大の企業」であるトヨタが鳴り物入りで始めた「トヨタイムズ」ですら、YouTubeの登録者は29万人に止まっている。
■「テレビに出た」が採用戦線の武器になる
もうひとつは、信用度を得られることだ。近年、ネットでは「マスゴミ」と揶揄されることも多いが、それでも一定の信用度は維持している。「テレビ番組で紹介されました」と貼り出している飲食店が少なくないのは際たる例だろう。
私はベンチャー企業の広報PRを支援しているが、最近特に増えているのは「若年層の採用のためにテレビ出演したい」という依頼だ。「若者のテレビ離れ」が言われているのに、なぜなのか。
それは「番組を見ている若者に『直接』アピールしたい」ということではない。「テレビに出た」という事実を採用戦線での武器にしたいのだ。
コーポレートサイトやSNSでテレビ出演の「事実」を告知する。そうすれば若者に「テレビで取り上げられる会社であれば将来性もあり、社会的に意義のあることに取り組んでいる会社なのだろう」と思ってもらいやすい。これも既存メディア出演で得られる信用度を活かした例だろう。
■ほとんどの経営者が気づいていないメリット
さて、実はほとんどの経営者に認識されていない、既存メディアの取材を受けるメリットが、もうひとつ存在する。それは「経営者自身も対して気づいていなかった自分や会社の魅力を掘り起こし、一般の共感を得るように無料で編集してもらえる」という効果だ。
私はテレビ東京の記者・ディレクター時代に、300人以上の成長企業の経営者を取材した。いずれもテレビの経済番組が注目するほどの成長を成し遂げた「立役者」なのだから、当然、ビジネスの能力は非常に高い人々だ。
そんな極めて優秀な人々ですら、実際にインタビューすると、話の中身はかなり散らかっているものだ。社員以外は興味を持たない細かな目標数値、あるいは「業界のプロ」しか理解できないような専門性の高い話、さらに世間体を気にするあまり「綺麗事」にしか聞こえない美辞麗句などで溢れているのだ。
記者やディレクターは、こうした複雑で、さまざまな要素が混然一体となったインタビュー内容から、特定の要素を選択し、一本の筋が通ったストーリーとして編集することを試みる。しかも、数千万人の潜在的な視聴者にわかりやすく、かつ共感を得られる形でなくてはならない。
■第三者による「掘り起こし」効果
この「経営者自身も気づいていない自社の魅力を、一般の大多数の支持が得られる形で編集してもらえる」というメディア出演効果は、意外と大きい。
業績不振からV字回復を達成しようとしていた、ある大企業の経営者を取材したことがある。私はこの経営者に2時間以上、インタビューした。番組で「映像として」用いるのは、せいぜい1、2分に過ぎない。では、なぜそんなに長時間、インタビューするのかというと、あらゆる材料を洗い出すために、さまざまな角度から質問を繰り出すからだ。
放送後、この会社の広報から私は「取材者冥利(みょうり)」に尽きる言葉を聞いた。「インタビュー後、社長が全社員集会で『先日テレビのインタビューを長時間受けたが、話しているうちに考えが整理され、目指すべき方向性が明確になった』と話していました」。これも記者という第三者による「掘り起こし」効果の一例だろう。
実際、私が企業も広報支援に着手する際に、最初に取り組むのが経営者への長時間の徹底的なヒアリングだ。その目的は当然、「広報材料の掘り起こし」だ。経営者が「今、伝えたいこと」、あるいは「事業そのもの」などは、第三者にとっては大抵が「どうでも良いこと」。だから「掘り起こし」が欠かせないのだ。
■「普通の経営者」は何を伝えるべきか
話題をマスク氏のような「SNSに特化した広報活動」に戻そう。「普通の経営者」はSNSで何を発信すればいいのだろうか。
マスク氏は米国独立記念日にツイッターで「Happy Independence Day!」とツイートした。独立記念日を祝う挨拶のようなものだ。何の変哲もないこの挨拶に、2万を超える返信と60万以上の「いいね」が付いている。同様のことを「普通の経営者」がしても、誰も反応すらしない。これもマスク氏だからこそ、なのだ。
「普通の経営者」であれば、ツイートする前に、発信する内容の「掘り起こしと再編集」を行ってほしい。自分の会社での朝礼の感覚で、日々の活動報告や自分の経営哲学を誇らしげに開陳しても、誰も関心など向けない。
「SNSで自分を発信する」ということは、発信する内容の「掘り起こしと再編集」を独力で行わなければならないということだ。この作業は実は想像以上に難しい。昔から「灯台下暗し」などと言うように、経営者は事業のことは把握していても、自分自身のことは客観的によくわかっていないからだ。
■まずは発信内容という「広報の軸」を確立する
「日本で既存メディアに最も出ている社長のひとり」が業界団体の集まりで話したという内容を知人から聞いて、私は「普通の経営者」の典型的な必勝パターンを見た思いがした。
その会合の出席者によると、その社長は「何度もメディアに出るうちに、記者やディレクターがどんな話を引き出そうとしているのか、完全に理解できるようになった」と豪語していたそうだ。この社長も最初は自社の魅力や第三者が求める情報を理解していなかったのだろう。だが、既存メディアの取材を受け続けるうちに徐々に自覚できるようになった。そして最終的に、第三者が支持・共感する自己像を確立できたということなのだ。
情報発信手段が多様になったことで、「どう伝えるか」という技術論に関心が集まりがちだ。実際、書店やネットを眺めてみると、「今、流行のSNSでの発信法」の類いは実に多い。だが、最も大切なのは「何を伝えるべきか」を確立することだ。マスク氏のような極めて突出した世界随一の実績までに至らない「普通の経営者」はSNSであれ、既存メディアであれ、まずは発信内容という「広報の軸」を確立することをお勧めしたい。
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PR戦略コンサルタント、合同会社ストーリーマネジメント代表
早稲田大学大学院理工学研究科(物理学専攻)修了後、テレビ東京に入社。『ワールドビジネスサテライト』『ガイアの夜明け』をディレクターとして制作。その後、ソフトバンクに転職し、孫正義社長直轄の動画配信事業を担当。現在は独立し、中小企業やベンチャー企業を中心に広報PRを支援している。著書『小さな会社のPR戦略』(同文舘出版)、『巻込み力』(Gakken)。
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(PR戦略コンサルタント、合同会社ストーリーマネジメント代表 下矢 一良)
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