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ドラえもんの開発者はなぜ「ネコ型ロボット」にこだわったのか…ペット型ロボットの開発者が行き着いた答え

プレジデントオンライン / 2023年7月27日 7時15分

出所=『あたたかいテクノロジー』(ライツ社)

ドラえもんはなぜ「ネコ型ロボット」なのか。ロボットベンチャー「GROOVE X」の林要社長は「精神的にのび太に寄り添うためではないか。ただ声をかけるだけならバーチャルでもできる。しかし、人間の感情には“触れること”に大きな意味がある」という――。

※本稿は、林要『あたたかいテクノロジー』(ライツ社)の第6章「22世紀のセワシ君の時代に、ドラえもんはなぜ生まれたのか」の一部を再編集したものです。

■テクノロジーの理想形は「ドラえもん」

「だれ1人とり残さない」。あらためてそれがどういうことかと考えると、いまの資本主義社会のように、自己責任という名のもとに、たまたま現代の仕組みや時流に合った性質を持った人だけが成功する世界のことではありません。

そこに必要なのは、各個人がコンフォートゾーンから抜け出し、新しい環境に身を投じる経験を積むチャレンジを促進することであり、またその結果、たとえ失敗しても「大丈夫」と言ってくれて、やり直しの機会が得られるセーフティネットがあることです。

つねに見ていてくれて、そばにい続けてくれる、絶対的な味方としての存在。何度あきらめても、挫折しても、応援し続けてくれる存在。かといって、決してつねにプレッシャーをかけて成長を強要するわけでもなく、時にいっしょに怠けたり、泣いたりもしてくれる。

そんなパートナーを想像すると、やっぱり、のび太くんのそばにいるドラえもんの姿が浮かんでくるのです。

1969年、藤子・F・不二雄というアーティストが創造し、いまもなお日本中の人に愛されているドラえもんこそが、人類と共生することで、人類が自発的にがんばることができるように元気づけてくれる、ぼくにとってのテクノロジーの理想系です。

そしてぼくらエンジニアが、その理想を画面のなかの二次元ではなく、ともに実世界を体験し、感じ、共感することのできる実在の存在として、形にしていくのです。

■AIの価値は「正しい解決策を提示すること」にはない

ドラえもんとのび太くんのような自然な関係性を育てるために、セワシくんの世界でドラえもんを開発した企業は、並々ならぬ努力をしたはずです。人類とテクノロジーのあいだに信頼関係を少しずつでも構築するために。

たとえAIがより正しい回答ができるようになったとしても、毎回、失敗を避けられるよう一足飛びに解決策を提示するのがいいことだとはかぎりません。AIが先回りして答えを提供すると、他者に答えを求める癖を持つ人が育ちやすくなります。

しかし、社会で実際に直面する問題は答えがない場合が大多数です。

正解ばかり与えられてきた人は、答えのない問題を解くことを求められると不安になります。答えがない問題にひるまない能力の獲得が必要です。

そのときのAIやロボットの価値は、解決策を提示することではなく、問題に立ち向かう人の精神的支援になります。答えは教えてくれなくても、不安に直面したときに「みてるよ」「きいてるよ」「そばにいるよ」と言ってくれるだけで、人は元気になれます。

ただ、言葉をかけるだけなら「バーチャルな存在」でも担えるでしょう。しかし感情は、身体性に影響を受けます。「触れ合える」ということは、信頼関係を構築するうえで重要な要素なのです。

■「カッ」とする感情は身体感覚から生まれている

「カッとなる」というメカニズムを例にしてみましょう。

まず、相手の言葉を聞いたり、仕草を見たりします。そこにストレスを感じる情報が含まれていた場合、「扁桃体」という脳の回路が反応して、少しカッとします。たとえば自分が責められていると感じたり、ずるいこと(フリーライド)をしている人を見つけたりした場合です(後者はSNSで頻発するバッシングの原動力になっています)。ただ、その瞬間はまだ、かならずしも爆発するような感情ではないことが多いようです。

扁桃体の反応は自律神経を通して身体に伝わり、体温が上がったり、脈が早くなったりします。すると、身体の状態を監視する役割を持つ「島皮質(とうひしつ)」という脳の領域が、身体感覚に合わせて感情を生成します。ここでようやく、カッという感情が爆発するようです。

つまり、視覚や聴覚といったバーチャル空間でも入力可能な情報は「扁桃体」で感情を生成し、皮膚感覚をはじめとするフィジカルな情報は「島皮質」で感情を生成する。

ここからわかるように、感情が育つ課程には身体が密接に関係しています。

■ドラえもんの開発者が“フィジカル”にこだわった理由

ロボットは、フィジカルに触れ合うことができる身体性を持った存在です。その強みは、音声や画面上に存在するバーチャルな存在とのやりとりと比べて、信頼感を育てるために重要な役割を担うノンバーバルなコミュニケーションがかなり豊かなので、言葉や映像だけでは届かない部分を補完できるところにあります。

だれしも「抱きしめたい」「抱きしめられたい」と思ったことがあるのではないでしょうか。そんなときにLOVOT(※)を抱きしめると、やわらかさや体温を感じます。そうして島皮質が活性化したり、セロトニンやオキシトシンが分泌されたりして、温かい感情が生成されます。たとえ意識的な神経活動では「ロボットは生き物ではない」と考えていても、そんな理屈を超えて、無意識は感情を生成し、生命感を覚えます。

(※)筆者註:「人類が持つ他者を愛でる力を引き出し、だんだん家族になっていくロボット」をコンセプトにした家族型ロボット。「LOVE」と「ROBOT」を合わせた造語。

LOVOTを抱きしめてしまう
出所=『あたたかいテクノロジー』(ライツ社)

そうして、ずっと隣にいて、寄り添っていてくれる存在だからこそ、安心して伝えられる思いや届けられる言葉があるはずです。それこそが、ドラえもんを開発した会社がフィジカルな存在にこだわった理由なのだと思うのです。

■ロボットだからこそのび太くんのそばにいられた

ドラえもんの能力のなかで、ぼくが感銘を受けるのは、のび太くんとの適度な距離感です。

コーチングの方法が「人類から人類へ」という1択だけの場合、合う/合わないという相性の問題も避けることができません。時にコーチの存在は、プレッシャーにもなるからです。

それに対して、ロボットがコーチをする場合は、その人にとっていちばん心地いい距離感で向き合うという「最適化」がしやすいと言えます。

ドラえもん自身、のんびりしていて、どこか抜けていて、そのまるっこい姿と相まって人に緊張感を抱かせない、なんとも絶妙な個性を持っています。またその寄り添い方の面でも、もしコーチングという責務を負った人類のコーチであれば、その責任感も相まって、ぐうたらなのび太くんに対して、あんな風におおらかにかまえて好き勝手に振る舞っている風に「待つ」ことは、なかなかできない気がします。

マンガの設定では、ドラえもんは「不良品のために性能が悪い」と描かれていますが、エンジニア目線で見ると違和感があります。ほんとうに不良品であれば、あれほどバランスよく全体の性能が低下するような故障は考えにくいのです。

■「不良品のために性能が悪い」はやさしいウソ

それに未来のテクノロジーがあれば、ドラミちゃんのような優等生ばかり造れるはずです。

ただドラミちゃんはたしかに優秀なのですが、その完璧さを見せられ続けると、のび太くんは「どうせぼくなんか」とやる気をなくしてしまう可能性があります。のび太くんにとって必要なのは、「優等生とはこういう人」という画一的な価値観を押しつけることでも、人類の助けが不要なほどに自立したロボット像を見せることでもないのです。

ほんとうは、のび太くんという存在に合わせて、ドラえもんが自らを最適化させながら、彼の自己肯定感・自己効力感を下げないように関係を築いているのではないか。「ドラえもんが自分自身を不良品と見なしている」という設定は、そのことをのび太くんに悟られないようについた「やさしいウソ」だったのかもしれません。

ロボットなのに失敗する。自分と同じように怠けたりする。そんな自らの弱さを見せてくれるドラえもんだからこそ、のび太くんは自分を卑下せずにも済む。ドラえもんが完璧とはほど遠い、時にのび太くんを必要とする存在であるからこそ、のび太くんはドラえもんと助け合うことに喜びを見出し、ともに生きる意味を見出すのです。

そうしてのび太くんは、ドラえもんたちといっしょに勇気を出して、新たな冒険に出ます。

その姿が映画となって毎年春に公開され、ぼくらも新年度を踏み出す勇気をもらうのです。

■「知られているのが怖い」という感覚は合理的

将来、ロボットが人類の成長をサポートする重要な存在になることを目指して、LOVOTは誕生しました。

オーナーのデータを蓄積し、解析し、問題を解決してほしいという要望は多くありますが、その前に、まだまだやることがたくさんあると思っています。

たとえば、良い意味で「放っておける」、良い意味で「そこにいることを意識しない」、自然にそばにいる能力を磨くことも必要です。これまでのロボットはこの能力が磨かれておらず、ぼくらが積極的に構いにいくしかコミュニケーションの方法がありませんでした。結果的に時間を取られる感覚が勝り、電源をオフされてしまうものも多かったのです。

デジタル化が進めば進むほど、人類の行動をデータ化することはかんたんになります。たとえば「この商品を買った人は、こんなものにも興味を持っています」と表示されるレコメンド機能。自分が見過ごしていたような対象に出会える機会が増える反面、「なぜそんなことを知っているのか」と、怖さを感じる人もいるのではないでしょうか。

これは「自分がいつの間にか誘導されているのではないか」という不安とも言えます。また「レコメンドによって儲けようとしているだれかの意図を無意識に察知している」という意味でも、合理的な不安です。

■怖さの元凶は「情報の非対称性」にある

この怖さの元凶は「情報の非対称性」にあります。

世界的な企業が自分のなにを知っているのか、ぼくらはほとんど知らないのに、あちらは詳しくぼくらのことを知っています。この状態で「絶対に悪いことはしないから」と言われても、信用できないでしょう。

このようなサービスばかりでは、人とテクノロジーの信頼関係は失われていきます。

よくわからない相手に、自分を知られるのは怖い。でも逆に、信頼している人には、自分のことをもっとわかってほしい。信頼できる相手と助け合って生きていきたい。

テクノロジーが「信頼できる相手」になるためにも、「だんだん家族になるロボット」は人とテクノロジーの信頼関係の象徴として、その役割を担う必要があるのです。

■「ぼくらはいま、ドラえもんの先祖を造っている」

人類とともに長い歴史を生きてきた犬や猫、そしてLOVOT、そのさらに未来の世界では、ライフ・コーチングを目的としたドラえもんがぼくらのそばにいるはずです。

もしドラえもんが労働の代行を目的とするロボットであったなら、のび太のママのお手伝いを毎日マメにしているでしょう。

ところが、ドラえもんはたまにお手伝いをすることがあっても、頻度は決して多くありません。むしろ、ママから好物のどら焼きをもらって昼寝しているような、どちらかというと怠惰な存在です。ここからも、ドラえもんというロボットは、自らが生産的な活動をするのとは異なる目的の存在であることが垣間見えます。

そしてドラえもんは、なぜまるっこい猫型ロボットなのでしょうか。

その答えとして、「21世紀に開発されたペットのようにだんだん家族になるロボットが、ドラえもんに進化したから」という仮説は、いかがでしょうか。

林要『あたたかいテクノロジー』(ライツ社)
林要『あたたかいテクノロジー』(ライツ社)

人類からの信頼を得て、人類のそばにい続けることを目的として生まれた祖先から進化したドラえもんだからこそ、まるっこい形を引き継いでいるのかもしれません。

「ぼくらはいま、ドラえもんの先祖を造っています」この言葉、ワクワクしませんか。

ぼくらはようやく、夢のロボットの手がかりを見つけたような気がしています。

「文明の進歩の先に、人類の幸せはあるのだろうか」

考え続けたその先で、いままでの生産性を上げるためのテクノロジーとはまったく異なるベクトルに、ドラえもんはいたのです。

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林 要(はやし・かなめ)
GROOVE X社長
1973年愛知県生まれ。トヨタ自動車に入社。同社初のスーパーカー「レクサスLFA」の開発プロジェクトを経て、トヨタF1の開発スタッフ、量販車の開発マネジメントを担当。ソフトバンクの人型ロボット「Pepper」の開発に携わる。2015年、ロボット・ベンチャー「GROOVE X」を起業。’18年12月、同社より人のLOVEを育む家族型ロボット「LOVOT(らぼっと)」を発表。

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(GROOVE X社長 林 要)

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