なぜ出張先のホテルのベッドはよく眠れないのか…「枕の相性が悪い」のではない本当の理由
プレジデントオンライン / 2023年7月24日 17時15分
※本稿は、クリスティアン・ベネディクト、ミンナ・トゥーンベリエル『熟睡者』(サンマーク出版)の第7章「眠って『感情脳』を整える レム睡眠に『ストレス』を処理してもらう」の一部を再編集したものです。
■一晩寝たら悩みが消えるのはなぜ?
夜ベッドに横になり、右を向いたり、左に転がったりしながら、その日友達に放った自分の発言についてくよくよと思い悩む。「言いすぎただろうか。傲慢(ごうまん)だと思われたかな。もしかしたら怒っているかもしれない。明日にでも謝るべきだろうか」そう考えながら眠りにつく。
ところが翌朝になると、まるで魔法にでもかけられたように悩みが跡形もなく消えている。「なぜあんなに心配したのだろう」と自分でも不思議に思う。「確かに言いすぎたかもしれないけれど、そのぐらいで私たちの友情が壊れるわけがない!」
レム睡眠は左右の大脳半球の連携を促す。それによって、様々な強度の新しい神経細胞の接合が形成され、それが新しいアイデアや解決策につながることがある。
■感情を司る扁桃体が整えられている
レム睡眠、つまり夢を多く見る睡眠ステージがもつもうひとつの驚くべき特徴を紹介しよう。レム睡眠のおかげで私たちは、自分の感情とうまく付き合い、それによって精神的なバランスを維持できるのだ。
就寝前にはストレスを感じていたことがレム睡眠の間に処理されるため、朝には心が安定し、地に足がついた状態で目を覚ませるようになる。
逆にレム睡眠が少ないと、次の覚醒時に、脳の感情を司る扁桃体は前頭葉の理性の声を聞きとることができない。感情的に絶えず緊迫した状態にあると、身体的ストレスを引き起こし、健康を損なう可能性がある。別の言い方をすると、覚醒時に扁桃体が前頭葉の言うことを聞き入れるための前提条件が、レム睡眠時に整えられるようである。
レム睡眠中に行われる感情に結びついた記憶のトゲを丸める作業は、私たちの体が生来備える感情の処理手法だ。
それによって、特定の感情に取りつかれることや、感情障害の発症を避けることができる。
■やはりブルーライトは大敵
感情のバランスがとれていると感じるには、安定した「睡眠・覚醒リズム」と、タイミングのよい、とりわけコルチゾール値が上昇し、感情を相対化することが可能な「夜の後半におけるレム睡眠」が不可欠なように思われる。
実際いくつもの実験で、うつ病だけでなく双極性障害と不安定な睡眠・覚醒リズムの関連性も指摘されている。
たとえばノルウェーで行われた研究では、双極性障害の患者に10日間にわたりブルーライトをカットする特殊なメガネをかけてもらった。その結果は驚くべきものだった。メガネをかけることで得られた、憂鬱(ゆううつ)な気分を改善したり意欲を高めたりする効果は、セロトニン濃度を上昇させる抗うつ薬「選択的セロトニン再取り込み阻害薬」(SSRI)の効果と遜色なかったのだ。
セロトニンは、憂鬱な気分を改善し、覚醒させる効果をもつ脳内の重要な情報伝達物質だ。
あまり知られていないが、秋冬の季節性うつ病に光療法を用いると、薬と同じように迅速な効果が現れることが多い。
そのため、なんらかの理由で抗うつ薬を服用できない患者には、光療法が適している。精神的に不安定だと感じる人は、ぜひ体内時計の微調整に取り組んでもらいたい。
日光をたっぷり浴びるか、日中に光療法を受け、夕方から夜にかけてはブルーライトを避けよう。
■なぜ枕が変わると寝つけないのか
睡眠不足は精神面の問題を引き起こす可能性がある。逆に、不安やストレスなどの心理的な負担が睡眠障害の引き金となることもある。そのような状況下では、コルチゾールとアドレナリンの値が、深い睡眠に入るのが難しいほどのレベルに上昇する。しかし、脳の再生にとくに重要なのが、まさにこの深い睡眠ステージなのだ。
枕が変わり眠れなかった経験をしたことはあるだろうか。慣れない場所では最初の晩は熟睡できず目を覚ましやすい。研究者たちはこれを、石器時代の名残の「ファーストナイト・エフェクト(第一夜効果)」ではないかと考えている。
当時は、未知の新たな場所で睡眠中に完全にリラックスし、熟睡することは、脳にとってリスクをともなう行為だった。そこで左脳が夜警の役割を担当した。右脳を休ませ、左脳はわずかに覚醒した状態を維持したのだ。警戒態勢を保ち、左目を開いたまま眠るようなものだ。慣れない場所にどのような危険が潜んでいるかは、誰にもわからないのだから。
■片方の脳を熟睡させ、片方は覚醒できる状態に
アメリカのブラウン大学の研究者たちが行った、この現象に関する実験がある。見知らぬベッドで初めて睡眠をとる人の脳の活動を、MRIを用いて測定したのだ。すると、脳半球の睡眠中の活動パターンが左右非対称であることが示された。右脳が深い睡眠状態にある間、左脳の眠りは表面的で、浅い兆候が見られた。試しに物音を立ててみると、左脳のほうが通常より過敏に反応することが明らかになった。
2日目の夜には、左右の差は確認できなくなり、被験者たちの脳が物音に対して初日同様の反応を見せることもなくなった。
信じがたいことだが、私たちは片方の脳を熟睡させ、もう片方の脳では浅い眠りを保つという芸当を実際にやってのける。
だがそれには代償をともなう。いつもと同じ睡眠量を確保したとしても、朝、疲れが残っているように感じるはずだ。十分に回復を果たせず、睡眠負債を抱えた状態で目を覚ますことになる。
休暇中なら、甘んじて受けることもできるだろうが、パイロット、客室乗務員、トラック運転手など、職務上、頻繁に移動しなければいけない人は状況が異なる。
これらの職業グループでは、睡眠不足による疲労が深刻な影響をもたらす可能性があり、しかもまさにその仕事上の理由で、眠り慣れていないベッドでたびたび眠ることを余儀なくされるのだ。
■旅先のベッドで熟睡するための方法
ファーストナイト・エフェクトを回避するにはどうすればよいだろう?
じつにシンプルだ。生まれたばかりの赤ん坊を母親のパジャマで包むとその匂いを感じ、母親が不在でも安心して過ごせるというトリックがあるが、これと同じ原理だ。
旅行に、パートナーのTシャツ、あるいは自分の枕をもっていこう。よく知っている香りは安心感や守られているという感覚を与えてくれるので、慣れない環境でも違和感を覚えにくくなる。
スーツケースに枕を入れるスペースがなければ、お気に入りの枕カバーをもっていくだけでもいい。
多くの人が、旅先の慣れないベッドでの最初の夜だけでなく、より頻繁に、または連日のように睡眠の問題に向き合っている。
ベッドに入るやいなや、回転木馬のように思考が回りはじめる。「すべての仕事を期限内に終わらせられるだろうか」「今月も赤字だ」「自分は果たしてよい親だろうか」……。
ストレスと不安は、人が眠りにつき、休息につながるはずの深い睡眠に達するのを妨げる睡眠泥棒だ。
心配の対象が何であれ、脳は、私たちが生き残りをかけて日々戦っていた人類史の始まりの頃と同じように、まるでサバンナでバッファローの群れに追われているかのような反応を示す。生死に直結しなくとも、日々の悩みやストレスは私たちの脳を苦しめ、入眠と睡眠の維持を妨げるのだ。
■「眠れない」という思い込みでさらに睡眠不足に
加えて、よく眠れない夜がたびたびあると、「今夜もまた眠れないのでは」という不安がさらに増大する。それがまたストレスとなり、コルチゾール値が上昇し、質のよい睡眠をとるのがますます難しくなる悪循環に陥る。体も脳も十分に回復できず、このような状態が長く続くと深刻な精神疾患につながる可能性がある。
だが、睡眠障害に悩む人を助ける方法はある。
たとえば、かかりつけの医師に睡眠専門医や研究所に紹介状を書いてもらい、睡眠の検査を受けるのもひとつだ。再び熟睡できるように、また睡眠との関係をよりリラックスしたものにするために行動療法の治療を受け、不安の問題に対処することもできる。
ちなみに、睡眠専門の研究室で検査を行うと、患者本人が感じているほど深刻な睡眠障害レベルでないと判明するケースも珍しくない。よく眠れていないという思い込みに取りつかれているだけの人もいるのだ。
自分自身や過去の経験、そのほかの要因が、睡眠や人生全般に対する否定的な態度につながっていることも多い。
■途中で目が覚めても横になるだけでOK
高齢者の間にも、睡眠障害に悩まされていると感じて医者にかかる人が少なくない。検査してみると、年齢相応の睡眠がとれていて、むしろ必要とする睡眠量に対する認識が誤っていることもある。
年配の人はすでに脳が完全に発達していて、難易度の高い新たな情報を処理することも少なくなるため、それほど多くの睡眠を必要としないのだ。
しかし、量と質をともなった睡眠が実際にとれているか否かにかかわらず、睡眠に対するネガティブな思い込みに対してはなんらかの対応をとる必要がある。睡眠を敵としてではなく、味方ととらえることが大事なのだ。
夜中に目を覚ますと負の思考スパイラルに陥りがちだ。「目が覚めてしまった、いますぐ眠らねば」と考えてしまう。だが、何度も時計を確認し、翌朝どれほど疲れが溜まっているかと心配するようでは、ますます寝つけなくなる。
そんなときは、「最悪だ」と考える代わりに、「数時間は眠れたし、ただベッドで静かに横になっているだけでも休息の効果はあるはず」と自分に言い聞かせよう。
これは真実だ。暗い部屋で横になり、外部からの情報を避けるだけで、脳はリラックスできる。ベッドの中で、絶えず不安を感じる代わりに、ただ静けさを楽しむことができれば、休息の効果はより大きくなる。
■眠れないときにできる4つのこと
①「問題」を特定しよう。何が頭の中を占めているのか。何を恐れているのか。起こりうる最悪の事態はどのようなものか。
②ポジティブに物事をとらえよう。「20分しか眠れなかった」ではなく、「20分も眠れた」というように。ひとつずつクリアしていくことが大事だ。一度にたくさんのことを期待すべきではない。一気に連続7時間の睡眠をとろうと欲ばるのではなく、小さな進歩を喜ぼう。
③ベッドの中であれこれ考えてしまうなら、毎日決まった時間に、頭の中に渦巻いていることについて集中的に考える時間をとろう。書き出すのも悪くない。設定した時間は厳守しよう。ベッドは眠るためだけにある。
④To-doリストを作成しよう。ある研究では、翌日にやらなくてはならないことのリストをメモしておくと、入眠潜時が短くなる結果が出ている。次の日の全体像を把握することで、体内のストレスが軽減されるのではないかと考えられている。
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1976年、ドイツ・ハンブルク生まれ。スウェーデン・ウプサラ大学准教授、神経科学者、睡眠研究者。キール大学の栄養科学修士課程を修了。リューベック医科大学で神経内分泌学を研究、博士号を取得。2013年よりウプサラ大学の教壇に立つとともに、同大学の睡眠研究を牽引。
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約20年にわたり、スウェーデン通信(TT)や日刊紙「スヴェンスカ・ダーグブラーデット」等の主要メディアに健康をテーマにした記事を執筆。
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(スウェーデン・ウプサラ大学准教授、睡眠研究者 クリスティアン・ベネディクト、ジャーナリスト、作家 ミンナ・トゥーンベリエル)
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