重要案件を抱えた日の朝は「いつもより早起き」を絶対してはいけない…急にやる気を失う脳の意外な仕組み
プレジデントオンライン / 2023年7月28日 20時15分
※本稿は、菅原洋平『あなたの人生を変える睡眠の法則2.0』(自由国民社)の一部を再編集したものです。
■一見気合が入っている状態は、脳のやる気が出ない
私たちの脳には、やる気になる条件があります。やる気が出ないのは、自分の性格や気分の問題ではなく、脳がやる気になる条件を満たしていないことが原因です。
脳がやる気になる条件、それは、これから取り組む課題が、「50%はうまくいく保障がされていて、残り50%はやってみなければわからない冒険」に設定されているということです。
この「安全50%と冒険50%」の設定を、自分の脳に対してうまくつくることができれば、脳のやる気を引き出すことができます。
まずは普段の自分の行動を振り返ってみましょう。
初めての人と初めての仕事をするとき、あなたは次のうちどちらの行動を選択しますか?
B:いつも通りの時間に起きて、いつも通りの食事をとっていつも通りの服を着て臨む
脳がやる気になるのは、Bの行動です。Aは、気合が入っているようですが、脳が過剰に興奮しています。危機状態を乗り切るために、自律神経の交感神経活動を過剰に働かせて血圧や心拍数を高めています。
交感神経活動が過剰になると、視野が狭くなり、考えの切り替えが難しくなるので、普段は絶対に侵さないようなミスをすることがあります。例えば、プレゼンの資料が見つけ出せなかったり、相手の名前を忘れてしまったりといった、顔が青ざめるようなミスです。
このとき脳は、一体何に対して「危機状態だ」と反応しているのか、というと、その対象は「新しい課題」です。仕事で新しい課題に臨む冒険の設定になっているのに、日常生活まで新しい服を着るなどを加えたので、100%冒険の設定がつくられてしまったのです。
課題の中で「冒険」の要素が多くなりすぎると、交感神経活動が高まります。瞬発力が高まるので、一時的に高い能力を発揮することができるのですが、交感神経は大量のエネルギーを消費するので疲弊しやすく、あるとき突然、パタッとやる気がなくなってしまいます。
■先が見えている安全な設定で満たされ過ぎもダメ
では、次の場面ではどうでしょうか。
毎日同じメンバーと同じ作業の繰り返しをするとき、あなたはどちらの行動を選択しますか?
B:いつも通りの時間に起きて、いつも通りの食事をとっていつも通りの服を着て臨む
脳がやる気になるのは、Aの設定です。
Bは、変化が起こらないのでトラブルが起こらない安全な設定ですが、先が見えている安全な設定で満たされ過ぎると、自律神経の背側迷走神経系(はいそくめいそうしんけいけい)の働きにより、代謝率が下げられて、最低限の生命維持活動が優先されます。すると、食事や入浴など、基本的な日常の行動までも面倒くさく感じられたり、人に会うなどペースを乱されるような場面に遭遇するのを避けるようになります。
このやる気のなさは、仕事と日常生活で、100%安全な設定がつくられてしまったことが原因です。
つまり脳は、冒険し過ぎても安全過ぎてもやる気を失ってしまうのです。
この条件設定は、心理学の分野では、心理学者レフ・ヴィゴツキーによって提唱された「発達の最近接領域」、神経生理学の分野では、ステファン・W・ポージェスによって提唱された「ポリヴェーガル理論」が基になっています。
■「もうちょっとでできそう」が脳のやる気を呼び起こす
面倒くさいと思っていた作業も、作業が進んで終わりが見えてくるとやる気になることがあります。作業をしていると、その作業で得られた感覚を元に動作が修正されていき、「だんだんわかってきた」という状態がつくられます。
未知の課題の中の、既知の割合が増えていき、それが50%になったところで、「もうちょっとでできそう」という課題設定になります。この「もうちょっとでできそう」という設定で、自分の脳をやる気にさせることができます。ですから、この設定を最初からつくればよいのです。
とは言っても、仕事上の課題は自分で決められることばかりではありません。これまでの経験が通用しない新規事業に取り組んだり、人事異動でまったくわからない分野の仕事をしなければならないこともあります。
反対に、毎日毎日、単純な作業を繰り返さなければならないこともあります。
私たちは、こうした社会の都合に合わせつつも、自分の脳がやる気になる設定をつくらなければならないわけです。
ここで質問です。
これまで自分をやる気にさせるのに、どんな方法を使ってきましたか?
自分にご褒美を設ける人もいるかもしれません。
ご褒美を用いるのは、ドーパミンが行動を強化する仕組みを使った方法です。ドーパミンが増えると、その行動は強化されて、またやるようになる。これを利用して、自分にご褒美をあげて、また作業するように仕向ける方法です。
実は、この方法では、脳はやる気になりません。
脳の中では、ご褒美が予告されたときにドーパミンが増えます。そして、ご褒美をもらえたときにはもうドーパミンは増えません。すると、「ご褒美を設ける」という行動が強化されてしまい、「終わったら何しようかなぁ」ということばかり考えるようになってしまいます。
やる気を出すのにご褒美が使えるのは、予想していなかった場合だけです。予告なしにご褒美をもらったときだけがやる気になり、あらかじめご褒美を設けた場合は、やる気を出すのに役に立たないのです。
本書では、ご褒美ではなく、もっと根本的に脳がやる気になる方法を用います。
脳には、自身をやる気にさせる仕組みが備わっているのです。
その仕組みとは、記憶の仕組みです。
■なぜ朝起きたらスムーズに作業できるのか
「眠る前は明日やらなきゃいけないことがあって嫌だなと思っていたけれど、朝起きたらすんなり作業できた」
学生時代の宿題や、仕事の資料作りなどで、こんな経験をしたことがありませんか?
この場合、やる気を出すために何もしていません。ただ、眠っていただけです。でも、眠ることによって、眠る前とは何かが変わるということは、誰しも経験があると思います。眠っているうちに、脳の働きによって記憶が変わっているのです。
最近は、睡眠と記憶の関係を明らかにする報告がどんどん出ていて、睡眠中にも脳が働いているという認識は、一般的なものになりつつあります。「朝になったらすんなりやれた」という経験を裏付ける科学的根拠が出そろっているのです。
では、脳がどんな作業をして、自身をやる気にさせているのかを見てみましょう。
記憶の仕組みには、「2段階モデル」という有名なモデルがあります。記憶を司る脳の場所は、海馬と大脳の側頭葉にあります。海馬は、物事をすぐに覚えますが忘れやすいです。大脳の側頭葉は、物事をすぐに覚える役割を持っていませんが、覚えたことは忘れにくいです。
私たちが、目覚めている間に体験したことは、まず、覚えやすい海馬が記憶します。そして、記憶が消えてしまわないうちに、大脳の側頭葉に移します。このプロセスを「2段階モデル」と呼びます。
この2段階目にあたる、海馬から大脳の側頭葉に記憶を移す作業が、睡眠中に行われています。これが、脳が自身をやる気にさせている仕組みです。
■質の良い睡眠に重要なのは「夜」ではなく「昼間」の過ごし方
大脳に記憶が送られると、要素別に分解され、それぞれ関連した記憶につながってネットワークが形成されます。
1つの記憶をとどめておくには大きな容量が必要ですが、ネットワーク上に要素が散らばっていて必要なときに再集結して思い出すのならば、使用する容量を減らし空き容量を増やすことができます。これで、新しいことを覚えることができる余裕がつくられます。
さらに睡眠中の作業により、起きているときには解けなかった問題が解ける「ひらめき」が起こることがあります。
ひらめきは、一見、無関係な分野の情報同士が結びついたときに生まれます。脳内のネットワーク上に散らばった情報が再集結する際に、覚えたときとは異なる情報も加わることがあるので、記憶が質的に変化するのです。
こうした睡眠中の情報処理によって、前日の経験は「未来の予測に使える記憶」に作り変えられます。これで見通しが立たない冒険の中で、すでに知っていることの割合が増えて、「わかってきた」「もうちょっとでできそう」という設定が出来上がるのです。
どんな状況に置かれても、眠ればなんとかなる、という感じがしてきますね。
ところが、睡眠の質が悪いと、記憶の整理に必要な作業が行われないことがあります。ただ眠れば脳がやる気になるわけではないのです。
脳をやる気にさせるには、睡眠の質を高める必要があります。
では、睡眠の質を高める方法と言われると、どんなことが思い浮かびますか?
眠る前の過ごし方やサプリメント、快眠アプリやマットレスが思い浮かぶかもしれません。これらの方法を用いて、睡眠の質は上がりましたか? もし、いまいち効果を感じられなかったならば、発想を変えてみましょう。
これらの方法の共通点は、すべて眠る時間に着目していることです。
実は、質の良い睡眠に重要なのは、夜ではなく、昼間の過ごし方なのです。
■睡眠の質を高める2つの仕組み
ここまでのお話を整理すると、脳は、安全50%、冒険50%の「もうちょっとでできそう」という設定でやる気になる。「もうちょっとでできそう」の設定は、睡眠中の記憶の整理でつくられる。そして、記憶の整理には、質の高い睡眠が必要、ということでした。
睡眠の質を高めるには、普遍的な法則があります。
この法則を覚えてしまえば、世の中にあふれる快眠法の情報に翻弄(ほんろう)させることなく、すべてを自分で理解して、自分にあったやり方で利用することができるようになります。
睡眠を知るには、生体リズムとホメオスタシスという2つの仕組みを押さえましょう。
生体リズムとは、私たちの脳と体を形作る細胞が時間とともに刻むリズムです。睡眠はもちろん、日中の仕事がはかどるかどうかも、この生体リズムの影響を受けています。
ホメオスタシスとは、体の内外の変化に合わせて、体の中の環境を一定に保つ働きです。生体リズムが体の中のシステムだとすると、ホメオスタシスは、体の外の環境と体の中の環境を調整するシステムです。
この2つの仕組みがわかりやすく表れている体温調節の例を見てみましょう。図表3をご覧ください。点で示されているように、外界の気温に合わせて体温は上がったり下がったりして、基準を保とうとしています。これがホメオスタシスの働きです。
そして、それらの点の中央値をとるように実線で描かれているのが、生体リズムです。体温の基準そのものが、時間によって変動していることがわかります。
この2つの仕組みは、あらゆる生理現象で観察することができます。その最も観察しやすい現象が、睡眠です。
例えば、日中にたくさん動いて疲れ切ったら夜に眠くなるということがあります。活動した分だけ休息するというように、体の環境を一定に保つホメオスタシスの表れです。
しかし、これだけでは毎日疲れ切らないと眠れなくなってしまいますよね。実際には、いつも眠る時間帯になったら自然に眠くなるということもあるはずです。これが生体リズムの表れです。
眠りに悩む人は、ホメオスタシスだけに注目してしまう傾向があります。寝つきが悪くなると、昼間に過度に運動をしたり、動画を見続けて脳や体を極端に疲れさせようとするのです。しかし、この方法では眠りは改善しません。ホメオスタシスは、生体リズムの波をつくってこそ機能します。
ホメオスタシスは、その場の状況に応じて対応する後手のシステムですが、生体リズムは、これから脳と体がどんな状態になるのかを決める先手のシステムです。
生体リズムは、いわば未来を変えるツールです。
本書の目的は、この生体リズムの仕組みを知り、これから起こる脳と体の変化を先読みして行動することで、睡眠の質を変え、自然にやる気になる脳をつくり出すことです。
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作業療法士
ユークロニア代表。アクティブスリープ指導士養成講座主宰。1978年、青森県生まれ。国際医療福祉大学卒業後、国立病院機構にて脳のリハビリテーションに従事。2012年にユークロニアを設立。東京都千代田区のベスリクリニックで外来を担当しながら、ビジネスパーソンのメンタルケアを専門に、生体リズムや脳の仕組みを活用した企業研修を全国で行う。著書に『あなたの人生を変える睡眠の法則』(自由国民社)、『すぐやる!』(文響社)などがある。
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(作業療法士 菅原 洋平)
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