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「赤ちゃん=2、3歳の子」というイメージを持つ父親たち…日本特有の文化「里帰り出産」の大きすぎる副作用

プレジデントオンライン / 2023年8月3日 14時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maruco

「里帰り出産」は良い選択肢なのか。産業医で産婦人科医の平野翔大さんは「高度経済成長期に生まれた出産慣習で、日本に特異なものと見られている。育児の最初、試行錯誤を重ねる段階を、父親不在で進めることには大きなデメリットがある」という――。

本稿は、平野翔大『ポストイクメンの男性育児 妊娠初期から始まる育業のススメ』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■「父親に育児をされていない世代」が今の父親たち

これから父親になる世代を20代~30代と仮定すると、おおよそ1980~90年代生まれが該当する。1980年代生まれは、高度経済成長時に確立した「勤労男性+専業主婦」に育てられた世代であり、まさに父親が最も育児から引き離されていた時代と言える。1990年代生まれ(筆者も該当する)は幼少期(2000年頃)に本書で先述した「父親へのネガキャン」が行われたものの、この時代の男性育休取得率は0.5%すら超えなかった。やはりこの世代の父親も、育児への関与は少なかったと言える。男性育休が普及し始めたのを早くても2006年頃と捉えるのであれば、それ以降に生まれた世代が親になるのはもう少し後の話になる。

つまりこの世代は、「自身が父親に育児をされた」と感じる父親はまだまだ少数な中、「自分たちは育児をする」ことを求められている。しかも以前のような「専業主婦の妻と育児をする」のではなく、「共働きで育児をする」ことが求められており、方法論のみならず、使える時間や環境についても大きく変わっている。「世代間でのパラダイムシフト」、それが現代に生じている大きな問題なのである。

■男性育児の「ロールモデル」がいない

自らの父親が育児のロールモデルにならない中、現存する「男性育児」のロールモデルは上の世代、つまり「イクメン世代」になる。もちろん男性育児の形は少しずつできてきていると思うが、本書の第2章で指摘しているように、これを一般化するのは困難である。結局、「お父さんとしてどのように育児をするか」の参考になるものは今でも不十分なのだ。むしろ2000年代半ばからの「イクメン」の流れから男性育児・育休の問題は続いていると考えるほうが妥当であり、この世代には自ら男性育児のあり方を探していくことが求められているのだ。

更にもう1つ、「経験」という意味で重要な流れがある。「出生率の低下」と「家族構成の変化」だ。

1980年の合計特殊出生率は1.75、1990年は1.54だ。その親世代である1950年は3.65、1970年は2.13であることに比べれば、かなり低い値と言える。つまり今の親世代は1人っ子、ないし2人兄弟姉妹が多いということだ。

女性の平均初産年齢についても、1950年は24.4歳、1970年は25.6歳、1980年は26.4歳、1990年になると27.0歳まで上昇している。女性の妊娠可能年齢には大きな変化が生じていないとすれば、長子と末子の年齢差も年々縮んでいることが推測される。

■赤ちゃんに触れたことのない親が増えている

つまり、兄弟が減り、年齢差が縮まれば、自らが新生児・幼児に触れたという経験も減る。更には親世代の兄弟が減ると、親族の子どもに触れる機会も減少する。結果として、身近で小さな子どもに接することができる機会が今の親世代には乏しくなっている。昔で言えば先程述べたように「共同養育」が社会のシステムであり、家族単位を超えて小さな子どもと接する機会は多かったと考えられるが、このような機会も地域資源の減少に伴い減少した。

つまり「新生児や乳児を見たことも、触ったこともない」という親が増えているのである。特にこれは男性に顕著だ。女性のほうが友人の出産後などに会う、といった関係性を築きやすく、男性はこのような機会も乏しい。女性が育児の主体である中で、男性が友人男性の子どもに会おうと思えば、友人の男性とその妻双方の手間を取ることになる。女性が友人女性の子どもに会うのであれば、女性単独で会うことが可能だ。もちろん、男性自身が単独で育児をするようになればこの状況は変わっていくと考えられるが、現時点では男性が赤ちゃんに触れる機会は乏しいと言わざるを得ないだろう。

自宅で彼女のかわいい女の子と楽しい時間を過ごしている若いアジアの母親。
写真=iStock.com/Yagi-Studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yagi-Studio

■「夫の『赤ちゃん』のイメージが2~3歳の子だった」

このような傾向はデータだけでなく、産婦人科医として実感もしている。

以前勤務していた病院では、妊婦の退院時に「お見送り」をすることがあった。退院時に父親が迎えにくることも多く、せっかくなのでその場で抱っこしてもらうのだが、多くの父親がおっかなびっくりという感じだ。初めて本当の「赤ちゃん」を見て、触れているのだろうと思われる。実際に何人かに「赤ちゃんを見たり触ったりするのは初めてですか?」と聞いてみたのだが、ほとんどが「初めて赤ちゃんを見た」と言っていた。

またある母親が育児の最初を振り返り、「夫と育児の話が噛み合わないと思ったら、夫の『赤ちゃん』のイメージが、2~3歳の子をイメージしていたことに気付いた」と語ったのもこれを裏付ける。新生児~1歳の赤ちゃんはあまり外出しないため、町中で見ることも少ない。「小さい子ども」として見る機会が多いのは2~3歳以降の年代であり、その父親はここから「小さい子ども」のイメージを得ていたのだろうと考えられる。

このように、現代の社会構造の変化は、知識面でも経験面でも父親を育児から引き離してしまった。しかし、これに拍車をかけるような出産システムが日本には存在する。それが「里帰り出産」だ。

■「里帰り出産」という男性の育児参加を阻む文化

「里帰り出産」とは、妊婦が実家(主に地方)に産前・産後の期間滞在し、実両親の育児支援を受けるという出産慣習であり、実は日本に特異なものと見られている。

戦前、出産は自宅で行うものであった。1950年でも95.4%の出産が自宅などで行われており、病院・診療所・助産所で行われているのは4.5%に過ぎなかった。病院での分娩を普及させたのはGHQであると言われ、1970年には自宅分娩が3.9%に減少し、ほとんどが医療機関で行われるようになった。この過程で里帰り出産の文化が出現する。

自宅で分娩するのであれば経験者(祖母など)の力を借りるのが合理的であるし、戦前は世帯同居や近住が多く、実家で出産するのは理に適っていた。病院で出産するようになると、出産自体には経験者の力を借りる必要性はなくなったが、産前・産後の母体ケアという意味で実家の力は有用であった。しかし高度経済成長に伴い、若年人口の都会移動が起きたことで、「実家」と「夫婦の住まい」が離れるという現象が生じる。同時に新幹線など交通機関も発達し、妊娠中に遠方の実家に移動するのも可能となったことで、「遠方の実家に里帰り出産」という文化が生じたとされている。

■父親不在での育児のスタートはデメリットが大きい

高度経済成長期に生じたもう1つの特記すべき文化に、「立ち会い出産」がある。実は明治時代までは月経を「穢れ」とする文化があり、月経中の女性を隔離するための「産小屋」まであったという。出産もこの場所で行われることが多く、男性が出産に立ち会うことは稀であった。

平野翔大『ポストイクメンの男性育児 妊娠初期から始まる育業のススメ』 (中公新書ラクレ)
平野翔大『ポストイクメンの男性育児 妊娠初期から始まる育業のススメ』(中公新書ラクレ)

男性が出産に立ち会う文化ができたのも1970年代、病院での出産が普及したことによるとされる。つまりこの時期に、「出産場所の変化」と「若年人口の都会移動」が起こり、これに伴い生じたのが「実家近くの病院での里帰り出産」なのである。

これは男性の育児に大きな影響を与えたと考えられる。先程から触れているように、高度経済成長期に父親は育児から引き離された。同時に、「妻の実家の援助を受けて育児をする」という文化が進んだことにより、「子育ては女性」という考え・社会構造はより強固になっていったのである。つまり、今後父親の育児参画を進めるのであれば、この時期に構築された出産・育児システムを変えなくてはならない。第5章で触れるが、まさに育児の最初、試行錯誤を重ねる段階を、父親不在で進めることは大きなデメリットがある。

無論、特に共働きが進んだ現代において、育児の担い手として祖父母の力を借りること自体は積極的に考えるべきだ。だからこそ、「里帰り」そのものを問題視するのではなく、「育児のスタート時に父親が関与できない」という構造を根本的に見直す必要がある。まさに「男性版産休=産後パパ育休」が実装され、父親が出産直後の育児休暇を取りやすくなった今、「夫婦で一緒に里帰り」なり、「両親が夫婦宅に移動」など、「父親を育児のスタートから引き離さない」システムを広めていかなくてはならない。

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平野 翔大(ひらの・しょうだい)
産業医、産婦人科医
1993年生まれ。慶應義塾大学医学部卒業後、産業医・産婦人科医として、大企業の健康経営戦略からベンチャー企業の産業保健体制立ち上げまで幅広く担う傍ら、ヘルスケアベンチャーの専門的支援、医療ライターとしての記事執筆や講演なども幅広く手掛ける。2022年にDaddy Support協会を立ち上げ、支援活動を展開している。著書に『ポストイクメンの男性育児 妊娠初期から始まる育業のススメ』(中公新書ラクレ)がある。

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(産業医、産婦人科医 平野 翔大)

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