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認知症で、毎日ニンジンを買う母。買わせないために努力するよりも、買いに行かせたほうがいい理由

プレジデントオンライン / 2023年8月10日 10時15分

※画像はイメージです - 写真=iStock.com/AsiaVision

親のためによかれと思ってしたことが、実は、親は望んでいないことがある。5つの典型的な失敗例から、親も子もしんどい毎日から抜け出す出口がズバリ見えた!「プレジデント」(2023年9月1日号)の特集「介護とお金の最新常識」より、記事の一部をお届けします――。

■【失敗1】介護を機に仕事を辞めてしまう

「ウナギを食べたい」とせがんだ母に

親の介護が必要になった場合、仕事を辞めて必死に面倒をみようとする人が少なくない。厚生労働省の調査によると、2021年に「介護・看護」を理由に職を離れた人は、約9万5000人(男性約2万4000人、女性約7万1000人)。

老親のためによかれと思って下した決断だろうが、介護離職はふたつの点で問題がある。

①介護こそがその人の生き甲斐になってしまう。

②収入がなくなる、または激減する。

特に②は深刻で、たとえ転職したとしても、年収を転職前と後で比較すると、男性556万円→341万円。女性350万円→175万円(ダイヤ高齢社会研究財団の調査。15年)と、大幅な減収になる。

①、②のために子は精神的余裕をなくし、親を怒鳴ったり、親に手を上げたりしてしまうこともある。

最悪の場合は親が亡くなった後に、人生の目標を失ったこと+経済的困窮で、自殺する介護者もいるという。

介護離職は極力避けるべきだというのは、「自分らしい生き方を支援する会」代表の蔵持信朗さん。

「平均寿命と健康寿命との差は、男性で約9年、女性で約13年。これが介護期間だという報道がされています。介護がそんなに長く続くのなら、自分が退職して面倒をみないといけないと思いつめてしまう方がいますが、介護期間は、実は平均で5年程度です。この数字を知れば、『少しの間だから、今はきついけれども仕事を辞めずに頑張ろう』と思えるのではないでしょうか」(蔵持さん)

介護期間の平均は5年1カ月、この期間のために仕事を辞めるべきか

■介護の期間の平均は5年1カ月

生命保険文化センターの21年度調査によると、介護の期間の平均は5年1カ月。「5年経つと、ケアマネジャーが担当している利用者リストがほぼ入れ替わる印象ですので、妥当な数字だと思います」(蔵持さん)。5年のために、安定した会社員人生を捨てていいものか。介護の現場を知る人たちから、実際に介護離職をした場合の例を紹介してもらった。

夫に先立たれた高齢女性は認知機能の低下もあって、住んでいた築70年の一戸建てはゴミ屋敷に。くわえてその女性は糖尿病も患っていたため、見るに見かねた長男が、公務員の職を辞して母親の住む地域に移住(実家で同居したかったのだが、あまりの量のゴミのために住むことができず、近くにアパートを借りた)してきた。要介護認定の申請を出し、要介護1の認定が出た。

ヘルパーが来てくれ、デイサービスの利用も始まり安心したので、息子はゴミ屋敷の片づけを担当したうえで職を探したが、希望する条件での採用はなく、不本意ながらパートで働くようになった。だが、低い年収などから仕事人としてのプライドを保てないこともあってか、介護者である息子のストレスが増大。

息子は献身的にインスリン注射を打とうとしたが、母親が嫌がる。「自分は仕事を捨ててまで介護しているというのに」という思いが強いため、言うことを聞かない母親との言い争いが続いた。母親の認知機能と体調は悪くなっていったが、息子はその事実を受け入れることができない。

2人の間で穏やかな時間が流れることはないまま、母親は亡くなった。介護期間は2年半だった。

また、経済的困窮から老親に供与すべきものを満足に与えることができない人もいる。尿漏れパッドやおむつの購入を控え、ペット用シートを切って代用する人もいるという。

こういう例もある。母親が「夏になった。ウナギを食べたい」とせがんだところ、「贅沢言うんじゃない。どれだけ生活を切り詰めているのかわかってるのか」と怒鳴った息子がいた。

実際に経済的な余裕がないことはもちろん、貯金がどんどん減っていくことによる介護者の精神的消耗も著しい。老親のちょっとした一言に対して、「贅沢言うな」とキレてしまうのだ。

母親はその後1度もウナギを食べることなく、亡くなってしまった。

子はそのときの言葉を深く後悔しているそうだ。「あれがもしかしたら、ウナギを食べる最後のチャンスだったかもしれない。なのに俺は……」と。

蔵持さんはこう言う。

「介護期間をしんどいと思うのではなく、親と過ごせるのはあと5年しかないととらえ、思い出に残る豊かな時間を送れるよう、時間も労力も費やしてほしいと思います。その意味でも精神的金銭的余裕が必要なのです」

■【失敗2】子がリスク回避の介護プランを最優先してしまう

転んだことは内緒にしてほしいと懇願する母

「一般に男性は、仕事をやるかのごとく介護に取り組むんです」

と、男性介護者の特性を指摘するのは、NPO法人「となりのかいご」代表理事の川内潤さん。その特性は介護には向かないと、川内さんは続ける。

「男性は介護についても、課題を設定し、その課題をつぶしていくことに熱を入れます。しかし仕事でもなかなか計画通りに進まないのに、ましてや介護が計画通りに進むはずもありません。計画がうまく進まないとストレスがたまり、つい怒鳴ったり手を上げたりしてしまうんです」

厚生労働省による21年の調査では、介護虐待における虐待者の続柄をみると、トップが「息子」で全体の38.9%を占めて、2位が「夫」。つまり息子による親の介護、夫による妻の介護で、虐待が多く発生しているのだ。

そもそも男性が立てる介護プランは、老親の側に立っていないことが多いそうだ。というのも、男性はリスク回避を最優先して課題設定をするからだという。リスクを回避した結果、老親の認知症や体の衰えを進行させてしまうこと、老親の楽しみを奪ってしまうことに気がつかない。典型的な例が、足が悪くなってヨロヨロする母に対し、「転ぶことを防ぐ」ことを課題設定してしまうこと。そのため「買い物には行くな」「料理は俺がやる」と、歩いたり動いたりすることを禁じてしまう。

「息子の心理としては、親に安全でいてほしいのでしょう。わからないでもありませんが、それは自分が安心したいだけのこと。本当に親のためにいいことではありません。そこに気づかない。やりたいことを奪われてしまった親は機嫌が悪くなります。一方で息子は息子で、『こっちはこんなに頑張っているのに親が言うことを聞かない』と不満がたまるのです」(川内さん)

課題設定を親の側に立って変更することで、良い介護となることがある。

軽い認知症で、毎日ニンジンを買う女性がいたという。実家から約2時間ほどの場所に住んでいた息子は、「ニンジンを買うこと」を課題ととらえ、買わせないような努力を始めた。週に2~3回は実家に行き、ニンジンを買わないように釘を刺した。しかしそれでも効果がないので、ついには仕事を辞めて同居しようとした。

この時点で相談を受けた川内さんは、「ニンジンを買いに行かせたほうがいい」とアドバイス。

母親にとっては、ニンジンを買うことが何らかの目標であり、モチベーションの対象であること。くわえてニンジンを買うために街に出ることは、社会と接点を持つことで認知症の進行を遅らせる効果があるし、歩くことで筋力低下の防止に役立つからだ。

当初はまるで鳩が豆鉄砲をくらったような表情だったという息子だが、川内さんの説明を聞いて納得した。

課題設定を「親の側」に変更するだけで、うまくいく

「課題は『ニンジンを買う』ではなくて、『不要なニンジンを買いすぎ家計を逼迫させる』『古いニンジンを食べて体調を崩す』の2点なんです。前者は行きつけの八百屋に依頼し、一日に〇回以上買いに来たら『今日はすでに買いに来られたから大丈夫ですよ』と声をかけてもらうことで解決。後者は、ヘルパーに冷蔵庫の点検と片づけをしてもらうことで防げました」

老人には老人の楽しみがあり、モチベーションがある。子どもからすれば取るに足らない行為に映っても、本人にとっては重要。それを奪うと生き甲斐を奪うことになり、認知症が進んでしまう可能性が高いことを知る必要がある。楽しみを奪ってはいけないのだ。

ある高齢女性は、自宅の縁側に座って外を見るのが好きだった。彼女はある日、転んでしまった。その際ヘルパーに「転んだことは絶対に息子には内緒にしてほしい」と必死に懇願した。理由を聞くと「施設に入れられてしまうから」と。ヘルパーはさらに尋ねてみた。なぜ自宅を出たくないのか?

その高齢女性は、縁側から見える橋を眺めるのが好きだった。橋は通学路なのだろう。近所の小学生が登下校する姿が見える。彼女は、毎日登下校の様子を見ることで、小学生たちを見守っているという意識を持っており、それが生き甲斐だった。転倒を防ぐことよりそちらが大切なのだ。

「リスク回避の優先は、介護者側の価値観を押し付けるだけということに気づいてください」(川内さん)

■【失敗3】金をかければかけるほど安心だと思い込む

介護保険制度を利用することはとても有意義だが、制度には当然のごとく制約もある。それを理解しないで無理無体なことを要求する介護者が多い。川内さんが説明する。

「時々『母親を転ばせないようなヘルパーを寄こせ』と要求する方がいらっしゃいます。でも24時間365日、転ばないようにみるなんてことは無理。社会保障費でフォローはできません。『できません』と言った瞬間、『だめだ、行政は使えない』と言い出し、自分でやろうとするんです」

もっとも、自分でみるのではなく、24時間365日、面倒をみるヘルパーを雇う人もいるという。ざっと毎月100万円の経費を払って。

しかし、至れり尽くせりの体制を敷いたがために、母親の体は弱り、前向きさもなくなってしまったという。

家事はすべてヘルパーが行い、母は終日、ベッドに横になるか椅子に座ってボーッとするだけの生活が始まった。当然、母の筋力は落ちていった。のみならず彼女はもともと家事が大好きだったのに、それを取り上げられたことで、生きる楽しみもなくなった。認知症の進行が早くなっていったのも、家事を取り上げてしまったことと無関係とは言えないだろう。最高に贅沢な在宅介護で、たしかに転倒危機は防げた。しかし母親の側に立てば、老化が進んだうえ、人生最後の時期になんら楽しみのない生活を強いられたのである。

ある会社の元社長も、よかれと思って動いた子どもたちによって、人生の楽しみを奪われてしまった。

元社長に少し物忘れが出始めた。夫人に先立たれたということもあり、子どもたちは父を超高級な介護付き有料老人ホームに入れた。

入居一時金数千万円、月額費用80万円。ホームの隣にクリニックがあり、いつ体調を崩してもすぐ駆けつけてもらえる。毎食、高級レストランと見まがうような豪華な料理が供される。

実に贅沢な暮らしのはずだが、元社長はすぐに出たいと言い出した。子どもたちに毎日何十回も電話をかけ、家に帰りたいと訴えた。「50年住み慣れた家で、証券会社相手に株取引をやりたい」と。子どもたちは「これだけ金を使って贅沢をしているんだから、わがままを言わないで」と言い、挙げ句の果てに親から携帯電話を取り上げてしまった。何一つ不自由のない超豪華老人ホームで、元社長は生き甲斐を失ったまま晩年を過ごしている。

■【失敗4】老母を入浴させる、排泄を手伝おうとする

親への感謝の気持ちから、介護に熱を込める人がいる。「母が私にしてくれたように、今度は私が母の世話をしてあげる番」と。

「それが親孝行だと思っている人が多いのですが、親としては子どもにやってもらいたくないこともあるのです」(川内さん)

たとえば母の入浴を息子が介助することは、避けたい。認知症が進んでも、羞恥心や自尊心はそのまま保っている人が多いのだ。息子の前で裸をさらしたい母はいない。素直にヘルパーに任せるべきだが、愛情と使命感の強い息子ほど、自分でやりたがる。

また介護のプロによると、高齢者を入浴させる際にはいろいろやるべきことがあり、その点からもプロのヘルパーに任せたほうがいいという。

入浴前にバイタルチェックをして、血圧、脈拍を計る。皮膚の水分量を視認・触診する。皮膚に赤みや腫れがないか確認する。ヒートショック対策は万全かなどなど。入浴介助をきちんとやろうと思えば、なかなか素人の手に負えるものではないのだ。

入浴以上に親が子に手伝ってもらいたくないのが、排泄だ。便の状況の観察も必要なので、やはりこれもヘルパーを頼ったほうがいい。

「介護する側の子ども、特に男性は、大好きな親ができて当たり前のことができない姿を見ると、悲しくなり、つい怒ったり、きつい言葉をかけてしまうんです。それが入浴や排泄といった場面で出ると、親は深く傷ついてしまいます」(川内さん)

介護の目標は、自分がどんなに頑張るかではない。親との関係性をどう維持して、相互に寄り添っていくかであることを理解すべきだ。

子が「親孝行だと思うこと」を親が望んでいるとは限らない

■【失敗5】地域包括支援センターを頼らず、自分で頑張ってしまう

介護に熱心に取り組もうとする人ほど、自分ですべてを背負おうとし、公的介護を利用しようとはしない。しかしそれでは介護が持続可能にはならないと、蔵持さんは言う。

「1人が頑張らないといけないというスタイルは、長続きしません。介護殺人事件は、1人に負荷がかかりすぎた結果、起きていると考えられます」

殺人まで思いつめてしまう人はごく一部だが、1人で介護を背負いこむ人は無数にいる。ギリギリまで頑張り、もう自分ではなにもできないほどの状況になってから、ようやく地域包括支援センターに足を運ぶのだ。

センターでケアプランが立てられ、いざヘルパーが家に行くと、熱心な息子との間でもめごとが起きることが多いそうだ。川内さんが言う。

「何年もの間1人で介護を頑張ってきた人は、自分のやり方に絶対の自信を持っています。でもそのやり方は間違っていることも多いんです。そこでヘルパーが他の方法でやろうとすると、『そのやり方では駄目だ。俺の言う通りにやれ』と怒鳴りだしたり、物を投げつける人もいます」

こうした介護者は、長年の介護のために精神的にも追いつめられ、余裕をなくしていることが多い。ケアマネジャーやヘルパーは、介護者の負担を減らして休息を取れるようにプランを立て、実行しようとするのだが……。

「夜中の排泄介助のため、何度も息子さんが起きざるをえない状況でした。そこで息子さんのためにと、『今夜はオムツを厚めにあてますので、朝までゆっくりお休みください』と言ったんです。すると息子さんは怒鳴りだしました」(川内さん)

もはや、一晩に何回も起きて排泄を手伝うことに意義を見出してしまっているわけだ。長年にわたって1人で介護を続けているうちに、頑張ることが介護の目的となり、がんじがらめに縛られてしまう。だからこそ蔵持さんも川内さんも、できるだけ早く地域包括支援センターを訪ねてほしいと語る。

「制度を利用しても、すべての介護を完璧に行えるわけではありません。それを理解したうえで使える介護サービスはすべて使い、持続可能な介護を実現しましょう」(蔵持さん)

「よかれと思ってやったことが正解にならないことは多いんです。ですからプロに相談して進めるほうがいいと思います」(川内さん)

1人で背負いこむのは避けたい。

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ひとりケアマネ事業所「自分らしい生き方を支援する会」代表 蔵持信朗氏
蔵持信朗(くらもち・のぶお)
ひとりケアマネ事業所「自分らしい生き方を支援する会」代表
東京都杉並区・世田谷区で居宅介護支援を行う。
 

NPO法人「となりのかいご」代表理事 川内 潤
川内 潤(かわうち・じゅん)
NPO法人「となりのかいご」代表理事
近著に『親不孝介護 距離を取るからうまくいく』(共著)がある。
 

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(菊地 武顕)

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