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「腰痛は認知症や脳梗塞より深刻」死に至らない病で人が受ける"不幸と苦しさ"を数値化してわかった意外な真実

プレジデントオンライン / 2023年8月11日 11時15分

病気などが寿命を早めている「寿命ロス」の年数と、病気などによる健康損失を健康寿命換算した「健康ロス」の年数の合計をダリー値という。統計データ分析家の本川裕さんは「腰痛や難聴といった直接的には死に至らない傷病が人にもたらすツラさや深刻さのダリー値は、脳や心臓の疾患、がんなどよりも高い」という――。

■「腰痛」のほうが「肺がん」より深刻というのは本当か

病気やケガ、そして自殺や事故など(以下、傷病と呼ぶ)がどれだけ社会にダメージを与えているかについての指標としては、「死因別死亡者数」や「傷病別患者数」などがある。

死因別死亡者数だけでは死に至らない病気の苦しさが測れず、傷病別患者数だけでは病気による深刻さの程度が分からない。そこでそれらを総合して測る指標としてダリー値(DALY、”disability-adjusted life year”)が登場した。ダリー値の直訳は「障害調整生命年」だが、ここでは「寿命・健康ロス」と呼ぶ。

今回は、このダリー値で傷病の深刻さランキングを確認するとともに、本稿後半ではダリー値で測った「うつ病・躁うつ病」と「自殺率」とが相関しているかを世界各国データで見てみよう。

ダリー値は、WHOの定義によれば「死が早まることで失われた生命年数と健康でない状態で生活することにより失われている生命年数を合わせた時間換算の指標」である。具体的には病気などが寿命を早めている「寿命ロス」(YLL)の年数と、病気などによる健康損失を健康寿命換算した「健康ロス」(YLD)の年数の合計で算出されている(注)

(注)大雑把にまとめるとそれぞれは次のように計算される。寿命ロス=「死因別死亡人数」×「各人の平均余命」。健康ロス=「傷病発生数」×「障害ウエート」×「治癒あるいは死亡に至る平均年数」。ただし、障害ウエートは死亡に換算した傷病の健康被害度。

病気については、生活習慣病の増加など死因別死亡率から推測される疾病構造の変化を踏まえ、保健医療政策が立てられてきた。しかし、死因としては表れにくいが健康上の問題としては大きいうつ病や認知症、あるいは腰痛、難聴などを含めた社会的ロスをダリー値として指標化することによって、より適切な保健医療対策への資源配分(財源、研究、人材の配分)が期待されている。

米国などでは疾患の研究に投じられる研究費額がダリー値と最もよく相関しているともいわれる。ここではWHOによる2019年推計値の各国別の値から先進国と比較しながら日本の傷病の状況を概観してみることにする。

図表1に、傷病のランキング、あるいは先進国との比較を容易にするため、参考図表として、各傷病のダリー値の総数に占めるシェア(%)を示した(図表2)。

また参考図(図表2)には、各傷病について、寿命ロスと健康ロスの割合の先進国平均を図示した。

【図表】(参考)DALYに占める寿命ロスと健康ロスの割合 (高所得国)

図表1では、がんについては、各部位のがんを掲げたが、全部位では19.7%と傷病の中で最も大きい。がんは死因別死亡率でも圧倒的にトップとなっているので、寿命をそれだけ縮めることによる損失が大きいためである。

高所得国全体においては、がん(全部位)が16.2%であるので、これと比較しても日本の値は大きくなっており、がんは特に日本においては最大の課題であることがうかがえる。図表1とともに掲げた参考図(図表2)は、各傷病のダリー値の総数に占める割合。がんの場合、寿命ロスが9割以上を占める。

■肺がんや脳梗塞よりも深刻な腰痛や認知症

がん(全部位)を除くと、傷病別のダリー値の第1位は心筋梗塞などの虚血性心疾患である。これは、高所得国全体と比較するとシェアはやや小さい。やはり日本人は肥満が他の先進国と比較して少ないからであろう。

脳血管疾患は、脳梗塞と脳出血(あわせて脳卒中と呼ばれる)に分けているので虚血性心疾患より順位が低いが、2つを合計すると6.6%と最多となっている。脳血管疾患は死因としても大きいが、罹患後に車イスや寝たきり生活を余儀なくされる可能性が高い疾患でもあることから健康寿命の損失という側面からもダリー値が大きくなっている。

ランキング第2位は「腰痛」、第3位は「アルツハイマー病など認知症」(かつて痴呆と呼ばれたが2004年から名称変更が進められた)である。

これらは、死因別の疾病構造には登場しないが、健康という側面からは損失の大きな病気であり、参考図に見られるように、腰痛の場合、そのほとんどが寿命ロスではなく健康ロスであり、認知症の場合も3分の1以上は健康ロスである。

健康ロスは当人や周囲の者が働けないことによる経済ロスにつながる(特に勤労世代においては当人が働けないことが大きな負担となる)ことから、当人や周囲の苦痛・心労ばかりでなく経済的な負担の面からも克服が大きな課題となっている。ここで紹介したダリー指標ではじめて腰痛や認知症の深刻さが分かるのである。

「うつ病・躁うつ病」は、高所得国全体ではダリー値が日本以上に深刻であり、がん(全部位)を除くと第4位の高さとなっていることから、国際的に極めて大きな克服課題となっていることがうかがわれる。

うつ病・躁うつ病以外で、高所得国全体で日本以上に深刻さが目立っているのは、糖尿病、不安障害、道路事故、薬物乱用などである。日本は、自殺率は高いが、うつ病・躁うつ病や不安障害などの精神疾患は国際比較すると、むしろ軽い方である点に注意が必要である(後段参照)。

■難聴が脳出血や大腸がんより深刻という意外な事実

反対に、日本の値の方が高い点で目立っているのは、がん(全部位)のほか、大腸がん、胃がん、すい臓がんといった各部位のがんである。ただし肺がんだけは高所得国全体とほぼ同水準である。

がん以外では、脳梗塞、肺炎、難聴、脳出血、変形性関節炎、腎臓病の値も高所得国全体より高くなっているが、高齢化が世界一進んでいるという要因が影響している傷病が多い。脳血管疾患や腎臓病については高齢化のほか、塩分摂取量が多い食生活が影響している側面もあろう。

いずれにせよ、寿命・健康ロスの観点からは、腰痛の方が認知症や肺がん、脳梗塞より深刻であり、また難聴の方が脳出血や大腸がんより深刻であるというのは意外な事実である。

死因でなく、その傷病で悩み続けなければならないかどうかという観点からはそうした事実が浮かび上がるのである。健康ロスの大きな変形性関節炎、転倒についても案外重要な傷病であることが分かる。

保健医療政策上は、死に直結する傷病だけでなく、こうした傷病の予防やリハビリ、ダメージ緩和にもっと力を入れた方が国民の厚生向上にむすびつく可能性は高いと言えよう。

■自殺は「うつ」の必然的な帰結ではない

次に、ダリー値データがないとなかなか分析が容易ではない病気と社会問題との相関についてもふれておこう。ここでは、実例として、うつ病・躁うつ病と自殺との関連度を分析することとする。

うつ状態と自殺はむすびつけられて論じることが多い。しかし、両者はほんとうに関係があるのだろうか。もし関係があるのだとしたら、自殺率の高い国とうつが多い国とは相関しているはずである。そこでそうしたデータの相関図を図表3に示した。

【図表】うつと自殺は相関していない

自殺率は死因別死亡率の国際データから得られるが、うつが多いか少ないかのデータは容易には得られない。そこで、上でふれたダリー値を取り上げ、「うつ病・躁うつ病」についての人口10万人当たりの値を算出し、自殺率との相関を探った。

ここで掲げた相関図を見れば、一目瞭然であるように、両者にはほとんど相関が見られない。韓国は自殺率が非常に高くなっているが、うつ病・躁うつ病は最も少ない。逆に、ギリシャは自殺率が最小の国の1つであるが、うつ病・躁うつ病は最も多い国である。

見方によっては、右上がりの正の相関と右下がりの負の相関が打ち消しあっているとも考えられるかもしれない。負の相関の側面があるということは、ヒトは耐えられないほどのストレスを感じると、うつ病・躁うつ病に向かうか、自殺に向かうか、どちらかに帰着する側面があるということになる。

男女を比較すると、男性は女性より自殺が多く、女性は男性よりうつ病・躁うつ病が多いということが知られているが、同じことを示しているとも言えよう。

日本は以前と比較して自殺率の水準は低下したが(一時期は25を超えていた)、それでも対象国38カ国中の6位と高い水準にある。ところが、うつ病・躁うつ病の水準は35位と最も低い部類に入る。

すなわち、日本の自殺率が高いのは、困窮や経済的困難、あるいは責任の取り方といった文化的な側面など、精神状態の悪化によるもの以外の要因が大きく働いているからと考えた方がよいのである。対策についてもこの点を踏まえる必要がある。つらい状態を取り除くことも重要であるが、つらいからといって自殺を選択しないようにすることもそれ以上に重要であろう。

■うつと自殺率とは相関がない

さらにデータを補強するため、図表4には、少し年次は古いがISSPという国際意識調査における「うつ状態」割合と自殺率との相関図を掲げておいた。「うつ病・躁うつ病」という具体的な症例ではなく、意識上の「うつ状態」の割合であり、また対象国もOECD諸国とは限らないが、やはり、うつと自殺率とは相関がないことが確認できよう。

【図表】うつ状態と自殺率との相関

2011~12年というこのデータの時期、日本人の自殺率は今と比べてかなり高く、対象29カ国中3位だったが、うつ状態の割合は18位と半分より下であった。うつと自殺の相関だけでなく、日本の位置づけについても、図表2と同じ傾向を示していることは明らかであろう。

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本川 裕(ほんかわ・ゆたか)
統計探偵/統計データ分析家
東京大学農学部卒。国民経済研究協会研究部長、常務理事を経て現在、アルファ社会科学主席研究員。暮らしから国際問題まで幅広いデータ満載のサイト「社会実情データ図録」を運営しながらネット連載や書籍を執筆。近著は『なぜ、男子は突然、草食化したのか』(日本経済新聞出版社)。

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(統計探偵/統計データ分析家 本川 裕)

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