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キリンの交尾を「へたくそ」と笑うな…122回マウントしても挿入できないオスがいたほど難易度が高いワケ

プレジデントオンライン / 2023年8月30日 9時55分

エレクトしながらマウントしようとするキヨミズ(写真提供=京都市動物園)

動物園では動物たちのかわいい姿だけでなく、生々しい繁殖行動を見ることもある。京都市動物園で12年間、キリンの飼育担当者だったタカギノネさんは「キリンは1年じゅう交尾が可能。来園者が交尾を目撃することも多かったが、特殊な体型なので、オスがメスにマウントして挿入するのは簡単ではない」という――。

■動物園の人気者キリンの飼育を12年間担当して…

私はキリンという動物を間近で12年間見てきました。2022年まで京都市動物園で飼育員として勤務しており、そのうちキリンを担当したのは2002年から2014年です。あまりにもメジャーな動物でありながら、その生態、行動、体の仕組みなど、あまりにもいろいろなことが分かっていないキリンを知るために飼育作業の傍ら観察をしまくった12年でした。

動物園で動物が交尾をするシーンを、来園者が目にすることもあるのですが、キリンに限らずその瞬間に遭遇した人たちの反応はさまざまではあるものの、自身と同じ種であるヒトの交尾、すなわちセックスと重ねて見る人が大半であると感じました。つまり、繁殖のための行動というよりもいやらしい行為として見ている感じがするのです。

ほとんどの動物たちの交尾の目的は繁殖です。いやらしくもないし、見られて恥ずかしいとも思っていません。なのに、見ている人の多くはニヤニヤしたり、冷やかしたり、照れたり、子どもに見せないようにしたり……。飼育員だった私としてはそんな目で交尾を見ている人たちの意識が変わってほしいと思っていました。

■京都市動物園で6頭の子をもうけたキリンのオスとメスの話

これからお話しする対象となるのは当時飼育していたペア、オス「キヨミズ」と、メス「ミライ」の話です。必ずしも全てのキリンが同じ行動をするのではないことを念頭に置いて読んでください。

2012年に彼らの交尾を観察した時の話です。私がキリンの担当になった2002年に飼育していたのはキヨミズ1頭だけでしたが、2005年にミライが搬入され2頭になりました。このペアは、キヨミズが亡くなる2017年までに6頭の子をもうけました。

2007年に第1子であるオス、2009年にメス、2011年にメスの子が生まれ、第1子と第2子は他の動物園に旅立っていきました。そして2012年の交尾の時はキヨミズとミライと第3子の3頭を飼育していました。彼らにとって4頭目の子となる繁殖です。私は第1子の繁殖から見ていて、キリンの交尾はキリンならではの大変さがあると感じました。

■キリンの発情期は1年じゅう、メスは2週間ごとに24時間発情

ご存じ、キリンをはじめとする哺乳類はメスの体内で卵とオスの精子が受精して受胎します。キリンが繁殖できる体に成長する(性成熟といいます)のは、動物園と野生でも違いますし、動物園の中でも個体差があるのですが、私が担当していた頃はだいたいオスで5歳、メスで4歳くらいと言われていました。性成熟したらいつでも繁殖できるというわけではなく、メスは発情している約24時間だけ交尾を受け入れます。キリンのメスは1年(発情期)を通して、約2週間ごと(発情周期)に約24時間(発情期間)の発情がくるのです。オスはメスの発情に反応するだけなので、発情という言葉は主にメスに対して使います。

受精したら交尾の必要がないので発情はきません。そして約450日(15カ月)の妊娠期間を経て出産を迎えるのです。

オスは常にメスの発情がどれくらい近いのかを気にしており、それを判断する行動が毎日見られます。メスのおしっこには発情を示す物質が含まれているので、それを舐めてフレーメンをするという行動です。

「おしっこを舐める?」「フレーメン?」、ご説明します。

まずフレーメンですが、これはキリンに限らず他の動物種でも見られる行動です。有名なのはネコやウマです。中でもウマのフレーメンは唇を開いて上下の歯がしっかり見える状態になるので、よく笑っていると言われますがそうではありません。キリンも少し似ていて、上唇をめくり上げて首を反らすように伸ばします(ちなみにキリンに上の前歯はありませんので歯茎が見えます)。

■オスはメスのおしっこを毎日舐め、交尾できるかチェックする

そうすることで、鼻腔の奥にあるにおいを感じる器官(鋤鼻(じょび)器官、ヤコブソン器官)に、よりしっかりにおいが届くのです。それでオスはメスの発情がどの程度近付いているのかをチェックしているのです。しかも、メスがおしっこした時を狙って舐めに行くのではなく、オスがチェックするためにメスにおしっこを出させるのです。

まずオスがメスのお尻を口先で刺激します。するとメスがおしっこをするので、それを舐めてチェックするのです。これは毎日見られる行動なのですが、発情に近ければ近いほどチェックの回数は増えていきます。キリンでもおしっこは常にたっぷり出るものではありませんので、発情が近く何度も何度も短い間隔で促される時はさすがにもう出るおしっこがなくなります。それでもメスは絞り出すように数滴出しますが、もはや数滴すら出ていないように見えるときでもオスはフレーメンをするのです。

メスの尿を舐めるオスのキリン
メスの尿を舐めるオスのキリン(写真提供=京都市動物園)

■「キリンの交尾は一瞬」と言われるほど簡単じゃない

「交尾=挿入+射精」と定義すると、よくネットなどで見かける「キリンの交尾は一瞬で終わる」ということになり、簡単に思われてしまいますが、いやいや交尾だけ取ればそうかもしれないけどそんな表現はしてほしくない! と私は声を大にして言いたいのです。

というのも挿入までの時間が長く、挿入自体もそんなに簡単ではないからです。なぜかというと、キリンの体型を思い出してもらえばわかります。キリンは首も長いですが、同じくらい脚も長いです。他の哺乳類には見られないその特徴のために、縦長の体型をしています。交尾がたいへんなポイントは長い脚と背中の角度ではないでしょうか。まず、脚が長いのでお尻の位置も高いです。そして他の四つ足動物は背中(肩からお尻)が地面と水平に近い角度になっていますが、キリンは肩の位置がお尻よりもずいぶん高く、背中のラインは斜めになっています。

ですので、オスが立ち上がって前肢をメスの腰に掛け、その不安定な姿勢をしばらく維持してから挿入するということはたいへんなことだと思います。ということは、マウントした瞬間に挿入と射精を同時にしないといけなくなり、それまでに準備が必要になります。しかも、マウントしたからといって必ず挿入できるとは限らないのです。

フレーメンするオスのキリン
フレーメンするオスのキリン(写真提供=京都市動物園)

■縦長すぎる体型ゆえにうまく挿入できない!

私は当初、キヨミズは交尾に慣れていないのでうまく挿入できないのだと思っていました。が、よくよく観察していると交尾を含めた一連の行動にはどうやら規則性があるように思えました。他の動物園の人に聞いてみたり、野生のキリンの研究者にも聞いてみたりしましたが、個体差はあるもののやはり似たような行動が見られており、キリンが交尾に至るまでは時間がかかることがわかりました。

私が勤務していた動物園では夜はオスとメスは別の部屋で管理していたので、交尾できるのは日中にオスとメスを一緒にしている最長で7時間ほどだけです。2日にまたがってメスの発情が続いていることが多いので、交尾を観察できるのは1日目と2日目のグラウンドに出している時間のみとなります。その間の夜間は分けています(室内はグラウンドほど広くないため、室内で交尾するとケガや事故に繋がる恐れがあるのです)。

その中で、キヨミズはいったい何回マウント(マウンティング、乗駕ともいいます。前肢を上げて相手に馬乗りになる行動)したと思いますか? 第4子の時の繁殖では2日にわたっての観察となり、トータルで213回ものマウントが見られました。

■挿入できる確率は? 2日間で213回もマウントしたオス

キリンはオトナ同士で体が触れる位置にいることはあまりありません。しかし、メスが発情している時だけはメスの後ろにオスがくっつきます(追尾)。オスが追尾をしても、メスの発情が弱い時はオスがうっとうしくて逃げまくるのですが、発情の時はジッと止まって受け入れる(スタンディングといいます)のです。

そうなるとついに交尾に移るのですが、その縦並びの状態が長いのです。オスは自分の胸をスタンディング状態のメスのお尻に押し付けたり、前肢でカリカリとメスの後肢を掻いたりする間にペニスを出し、射精に至る寸前の状態まで高めます。もう射精できるとなった瞬間に前肢を浮かして立ち上がり、メスのお尻にドンッとペニスを近づけます。そのドンッという瞬間に挿入も射精もしなければ交尾は成立しません。

メスもその衝撃で前に行かないようにしなければなりません。うまく挿入できず射精に至らない場合はまた縦並びからリスタートです。何回で成功するかは個体やその時のタイミングによって違うのですが、それを繰り返しついに挿入+射精に至ったら一度休憩に入ります。

この縦並びからのマウントを何度か繰り返して射精に至るまでを、私は「1回戦」とか「第1ラウンド(1R)」などと呼んでいました。回によって差はありますが、キヨミズの場合は1Rが1~2時間で、休憩タイムは15~20分といった感じでした。たとえ射精までに至ったとしても、メスが発情している間は何度かそれを繰り返します。1回で受精できるとは限らないからできるだけ多くチャレンジするのだと思います。

キヨミズとミライの交尾
キヨミズとミライの交尾(写真提供=京都市動物園)

■交尾が成功すると達成感で安堵しているかのように見えるオス

オスのキヨミズは交尾が成立すると、何度も外してやっと成功した達成感と、全力を出し切ったという脱力感に浸っているかのように、身体を縦にクーッと伸ばした姿勢で少しの間静止したままでいました。

メスのミライはというと何事もなかったかのようにキヨミズから離れ、すぐにエサを食べに行きます。オスのこの姿勢と、メスがスタンディング状態からスッといつもの姿に戻るのが成立したということだと思っています。

収容時間が近い場合はこの休憩時間に収容します。そうでないと、縦並びの2頭を引き離すことは困難だからです。メスがガッツリとスタンディングに入っていたらエサなんかでは決して釣られません。まだ収容時間でない場合は、休憩後に次のラウンドに入ります。

■オスがメスに122回マウントして挿入に至らなかった日も

2012年2月10日、1R目は約90分間で24回のマウントがみられました。その24回目のマウントで成立したようで、休憩に入りました。そして、また、17分後からそわそわし始め、さらにその20分後に2Rが始まりました。67回のマウントが見られましたが成立することはなくいつもの収容時間をとうに過ぎていたことと、2頭の様子がだらけてきたため無理やり分離してその日は終わりました。

次の日の2月11日もミライの発情の兆候は続いており、2頭をグラウンドに出すなりそわそわし始め、9時38分から1Rが始まりました。しかし、その日はなんと分離した15時7分までの長いラウンドになりました。全部で122回のマウントが見られたにもかかわらず、一度も成立しなかったのです。さすがに2頭とも疲れたのでしょう、集中力もなかったようで分離することができました。

このような感じで交尾は行われました。こんなにたいへんな交尾なのですから、なかなか挿入できないキヨミズに対して「へたくそ」と野次を飛ばして笑ったり、「キリンの交尾は一瞬」などとあたかも簡単であるかのように表現したりしてほしくないのです。自分たちの子孫を残すために、キリンたちはあの独特な体型で挑んでいるのですから。私はキリンだけでなくさまざまな動物たちの繁殖に携わり、懸命に命を繋ごうとする姿に感動したことが多々ありました。一人でも多くの方が動物本来の生殖にかける真剣さを感じてほしいと思います。

南アフリカの野生動物保護区で交尾中のキリン
写真=iStock.com/Sunshine Seeds
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sunshine Seeds

■野生のキリンがオス同士で交尾するのはなぜか考えてみた

余談ですが、「野生のキリンは交尾の大半がオス同士」という研究結果が出ているのは、なぜだろうと考えました。

まだ、メスのミライがおらず、オスのキヨミズ1頭で飼育している時のことです。キヨミズが性成熟に達したであろう頃、コンクリートの壁の一部にあった柱に向かってマスターベーションを始めました。なかなかしつこく続けるため、キヨミズの胸はコンクリートで擦れてしまい、後々まで残る傷ができました。マスターベーションをする動物は他にもいますので、特別驚くことではありませんが、それはミライが来てからほとんど見られなくなりました。

つまり、野生のオスキリンは発情しているメスに巡り合う機会が頻繁にあるわけではなく、出会ったとしても自分よりも強いオスがいたら交尾はできませんので、メスと交尾ができないオス同士でマスターベーションをしているのでは……。そうなると、確率的にはオス同士の方がよく見られるのかもしれません。盛んにマスターベーションをするキヨミズを思い出して、そんなふうに考えてみました。

※発情期、発情周期、発情期間、妊娠期間はそれぞれ動物種によって違います。

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タカギ ノネ(たかぎ・のね)
動物イラストレーター、ライター
静岡県浜松市生まれ。1991年に日本動物植物専門学院卒業。京都市動物園の飼育スタッフとなり、園内広報として発表した「キリンタイムズ」が人気に。キム・ファン著『ツシマヤマネコ飼育員物語』(くもん出版)、齋藤美保著『林にかくれるキリンを追う』(くもん出版)の挿絵を手掛ける。2022年よりフリーランスのイラストレーター、ライター、講演者として活動している

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(動物イラストレーター、ライター タカギ ノネ)

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