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この国からイーロン・マスクは絶対に出てこない…日本経済を殺す「人に迷惑をかけるな」という呪いの言葉

プレジデントオンライン / 2023年8月30日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ooyoo

なぜ日本企業は世界で通用しなくなったのか。人材育成コンサルタントの山本直人氏は「日本人は幼い頃から『人様に迷惑をかけるな』という教育をされている。ここに競争に勝てなくなった原因がある」という――。

※本稿は、山本直人『聞いてはいけない スルーしていい職場言葉』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

■新入社員に「迷惑をかけるな」と言ってはいけない

会社員時代に、とても丁寧に仕事をする後輩がいました。彼がチームに入ってから、関係部署との連絡やデータの整備などはすべて任せることができたので、私は業務の全体設計やコンテンツの開発をおこなうことに専念できました。

彼の仕事ぶりは、全く問題なく安心感があります。多忙な時期には相当苦労をかけますが、私が先に帰ってもきちんと仕上げてくれます。

仕事という面では十二分に「できる」のですが、そのうち気になることが出てきました。まず、周囲の人から頼られるあまりに、段々と彼の仕事が増えていくのです。逆に言えば、周囲が徐々にラクをするようになっていく。しかし、そのことに互いに気づいているわけではありません。

しかも彼は、何か問題がありそうだと先手を打って準備をしたり、根回ししたりもします。これは素晴らしいことで、いわゆる「隠れたファインプレー」というわけです。

野球やサッカーでも、派手なプレーは目を引きます。一方で、「気がついたらプレーヤーがいてボールを押さえている」ようなプレーは、玄人受けはしますが、目立たないこともあります。

■仕事は回っても、新しいことは生まれない

仕事はたしかに、回る。その一方で、彼がしだいに疲れていくのがわかります。体力はあるし健康上の問題にはならなくても、「新しいことに取り組む」ような気持ちが薄れていくのです。

そこで、彼にこんなアドバイスをしました。

「仕事する時って、もっと、人に迷惑かけていいから」

こういうことを言われたことはなかったでしょうから、あまりピンと来ていないようだったので、説明をします。

「すべてきちんとしようとした上に先回りし過ぎると、いまのことだけで疲弊するから。自分ですべてしないで、人を動かした上で余力を持たないと、『次のこと』ができなくなるよ」

「次のこと」というのは、将来に向けたプランを立案したり、そのための勉強をしたりすることです。それがないと、会社はずっと同じところに留まり続けることになりますから、前に進むためには当然最重視するべきだと考えます。そのためには、まず「迷惑をかけろ」と言ったのです。

「いまのするべきこと」がきちんと回っていくのは、心地いいものです。みんなが役割分担を守っていれば、たしかにビジネスは回っていきます。ところがここに落とし穴があるのではないでしょうか。

■事を起こせば迷惑はかかる

いささか揚げ足を取るようですが、仕事が「回る」という言葉はちょっと曲者だと思っています。というのも「回る」というのは同じところをグルグルと動く回転運動のイメージです。

いわゆるルーティンワークであれば、「回る」ことは大切です。郵便配達は決められたエリアの中で、日々正確に配達をおこないます。大学の授業であれば、決まった内容を所定の時間数おこなうことで単位を出します。

「上の階の配達は面倒だからヤメ」とか「出勤するの面倒だから休講」とか言い出したら、それこそ迷惑がかかります。

ところが仕事において新しいことをする際には、このグルグル回る動きから外に飛び出る必要があります。そうなると周囲に迷惑がかかります。

たとえば人事部がより広汎な人材を獲得するため、新入社員の採用方法を変えることにしたとします。海外大学出身者や外国人、さらにキャリア採用の枠を広げるために社員からの紹介を増やしたり、試験や面接の評価を他部署にお願いしたりとなれば、たしかに負担は増えます。

■迷惑を気にしては、競争には勝てない

新規事業開発のために既存部署から社員を集めれば、社内はもちろん得意先からも反対されることがあるでしょう。経費削減のためにいろいろな出費を減らせば、納入業者には痛手です。

どれもこれも、たしかに「迷惑をかける」といえばそうかもしれません。しかし、何か事を起こそうとすれば誰かの負担が生じることは当たり前です。

満員電車から降りるときには、人込みをかき分けなくては進めませんし、時にはドア際の人にいったんホームに降り立ってもらうこともあるでしょう。その時に、声をかけたりして摩擦を回避することもあれば、時には強引に進むこともある。仕事で新たな事を起こすというのはこういうイメージです。

ここにきて、自動車業界では電気エネルギーへのシフトが急速に進行しています。そうなると、既存の部品の中には不要となるものも出てきますから、下請け企業にとっては迷惑どころか死活問題になるでしょう。

しかし、「迷惑をかけられない」という発想では前に進まないはずです。そもそも、「迷惑をかけない」を第一義に考えていたら動かないことはたくさんありますし、それを気にしない競争相手には負けてしまうのです。

二人のビジネスマン
写真=iStock.com/baona
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/baona

■本当に美徳のままでいいのか

その一方で「迷惑をかける」ということに無頓着な人もいます。自分が正しいと思ったことを進めていくので、当然にあつれきは起きます。そのため組織の中ではなかなか主流になれなかった印象です。

しかし、近年は相当変化してきたと思います。大企業でも改革が必要な局面では、「気配り上手」だと何もできなくなるからでしょう。

起業家には信じる道を進む人が圧倒的に多くなります。そうした人たちに対して老舗企業の人が、ときおり「お行儀が悪い」と言ったりしますが、暗黙の作法を当たり前だと思っていれば競争で後れをとるでしょう。

海外企業との競争でうまくいかないようなケースを見ていくと、こうしたことが実に多いことに気づきます。そもそも「迷惑をかけない」ということは、本当に美徳なのでしょうか?

■「迷惑をかけて助けてもらった分だけ、誰かにお返ししていこう」

いろいろ調べてみると、このような言い方自体を戒めている意見があることもわかりました。二〇二一年に出版された坪田信貴氏の『「人に迷惑をかけるな」と言ってはいけない』(SB新書)という著作では、その弊害がわかりやすく指摘されています。

著者は教育のプロですから、ここでは子育てにおける言葉の使い方を論じています。そもそも人は迷惑をかけずに生きていけるわけがありません。そうであるならば「迷惑をかけて助けてもらった分だけ、誰かにお返ししていこう」という発想の転換をすべきではないかと述べています。

また、インドや北米の例と比較して、「人に迷惑をかけるな」という躾(しつけ)が、日本の特徴であると指摘しています。

私も語学に堪能な数名に訊ねたのですが、「人に迷惑をかけるな」という言葉にぴったりくる英語の表現はなかなか難しいと言います。「余計なことして邪魔するなよ」とか、「邪魔してごめんね」という言い方は普通にあります。しかし、日本では行動を制限するようなニュアンスで「迷惑をかけるな」が使われます。これは前掲書では「消極的道徳」と言われていることですが、どうやら日本以外ではそういう発想自体が希薄なのでしょう。

■この国からイーロン・マスクは出てこない

そう考えて海外の目立つ経営者を見ていると、そもそも「迷惑をかける」という概念がないんだろうなと思います。二〇二二年の後半からツイッター社の買収で話題になったイーロン・マスクなどはその典型でしょう。

イーロン・マスク氏
イーロン・マスク氏(写真=Ministério Das Comunicações/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons)

「お行儀が悪い」などと言っているうちに、世の中はどんどん変わっていきます。「迷惑をかけない」が日本人の国民性なのか、またそういう文化が他国にもあるかは、まだハッキリとはわかりません。

ただし、一つ思うことがあります。日本は戦後のある時期までは「迷惑をかけるな」という規範でやっていても、そこそこうまくいったのではないでしょうか。しかし、さまざまな国の人々と仕事をして競っていく中では、その発想を変える時が来ているように思います。

そういうことを考えている時に、ちょっとした「古文書」に面白いことが書かれていることに気づきました。

■40年前の雑誌を見ていて気付いたこと

その古文書の名前は『金魂巻(きんこんかん)』(主婦の友社)です。一定以上の年代の人にとっては懐かしい本ですし、若い人にとってはまさに古文書かもしれません。「渡辺和博とタラコプロダクション」によるイラスト満載のこの本が出たのは一九八四年のことでした。

さまざまな職業を、「金持ち」と「ビンボー」に二分したイラスト図鑑というような体裁です。そして、本の中では金持ちを「マル金」、ビンボーを「マルビ」と、○に文字を入れたロゴタイプで表現しましたが、このざっくりした二分法がうけました。ちなみに、この言葉は一九八四年の第一回新語・流行語大賞で流行語部門・金賞を受賞しています(以下本書では[金][ビ]と表現します)。

いわゆる職業の生態を描いたこの本では、コピーライター、ファッション・デザイナーなどの「ギョーカイ人」から、弁護士、商社マンまで三一の職業を取り上げました。そして、そんな中には「主婦」という章もあったのです。

他の職業は[金][ビ]の二分ですが、主婦はあまりにも対象が多いということで四つに分けています。一番「上」なのが、[金]の[金]で、そこから[ビ]の[ビ]まで四つの「階層」に分けてその生態が描かれます。そして、それぞれの「子育てのモットー」という項があるのですが、これを順番に並べてみると、実に興味深いことが見えてくるのです。

こんな感じです。

[金]の[金] 男らしい子に。
[金]の[ビ] はなやかな女の子に。
[ビ]の[金] リーダーシップのとれる子に。
[ビ]の[ビ] あいさつのきちんとできる子。人に迷惑をかけない子。だれからも愛される子。好き嫌いのない子。元気な子。

■今も昔も、仕事を選り好みしない、元気のいい若手は重宝される

これを見ていてふと気づいたのは、四番目のモットーには、いかにも日本企業が社員に言いそうなことが並んでいるということです。

新入社員には、まず挨拶を教えて、「迷惑をかけずに」協調し、取引先や先輩に可愛がられることを求めます。仕事を選り好みしない、元気のいい若手は重宝されます。ちなみに四番目の[ビ]の[ビ]のグループも、そのプロファイルを見ると当時の典型的な中流であることがわかります。夫は航空会社の地上勤務で、東京の山の手エリアに住んでいます。

そう考えてみると、この子育てのモットーは当時の日本企業で受け入れられるためにちょうど良かったのかもしれません。

一方で、一つ上のグループが重視するのは「リーダーシップ」ですが、これこそこの三〇年ほど日本企業において重要なテーマとされてきた一つです。役職によるマネジメントではなく、人としてのリーダーシップを身につけることは今でも大きな課題ですが、逆に言うとそうした人材は希少ともいえます。

■「人に迷惑をかけるな」という言葉は聞き流したほうがいい

さらに、上位二つのグループでは、「らしさ」だけを強調しています。今や男らしさや女らしさを求める企業はないと思いますが、伸びている企業は社員が自分の力を信じて行動しています。

山本直人『聞いてはいけない スルーしていい職場言葉』(新潮新書)
山本直人『聞いてはいけない スルーしていい職場言葉』(新潮新書)

先の坪田氏の著作でも指摘されていることを考え合わせると、「迷惑をかけるな」はいまでも日本の子育てで言われることが多いようですし、企業においても同様だと思います。

一方で、新しいことを開拓していく時には、自分らしさや主体性を大事にしてリーダーシップを発揮するということが大切になるでしょう。

四〇年前の『金魂巻』の記述から日本企業の人材の課題を読み取るのはやや飛躍があるかもしれません。しかし、「人に迷惑をかけるな」という言葉の持つ潜在的な問題はなかなか根深いのではないでしょうか。

子育てから社員育成に至るまで、さまざまな局面で考え直す時期だと思うのです。

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山本 直人(やまもと・なおと)
コンサルタント
1964(昭和39)年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。博報堂に入社。2004年退社、独立。現在マーケティングおよび人材育成のコンサルタント、青山学院大学経営学部マーケティング学科講師。著書に『電通とリクルート』(新潮新書)など。

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(コンサルタント 山本 直人)

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