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国立科学博物館はなぜ政府ではなく世間に助けを求めたのか…自称「博物館大国」の恥ずかしい現実

プレジデントオンライン / 2023年8月28日 15時15分

国立科学博物館の収蔵庫。スペースや人手が不足しているため、標本の一部は整理されず山積みになっている=2023年7月14日、茨城県つくば市 - 写真=時事通信フォト

■「どうか皆様の力を貸してください」

東京・上野の国立科学博物館が、500万点を超える標本や資料の管理、収蔵などにあてるために、クラウドファンディング(CF)で1億円の支援を募ったところ、わずか9時間半で目標額に達した。支援金は増え続け、すでに7億1300万円(8月25日現在)を超えている。締め切りの11月5日までの間に、さらに増えると思われる。なぜ「国立」と冠した科学博物館が一般の人々に支援を求めたのか。

国立科学博物館は1877年創立の自然史・科学技術史に関する総合科学博物館。標本や資料の収集・保管・展示、調査・研究などを行っており、子どもから大人まで楽しめる博物館として人気を博している。2001年には政府の行財政改革の一環で、文部科学省所管の独立行政法人化された。

その組織が8月7日、CF開始にあたって、X(旧ツイッター)に、こんな投稿をした。

「かはく史上最大の挑戦開始
貴重なコレクションを未来へつなぐため、かはく史上最高額となる【目標金額1億円】のクラウドファンディングへ挑戦
地球から与えられた「宝物」を守り抜くー。そのためにどうか皆様の力を貸してください。」

熱い思いのこもった書きぶりや、マスコミでさかんに取り上げられたこともあり、あっという間に、「かはく史上最高額」は達成された。

■収入35億円のうち、8割を政府が負担しているが…

開始4日目の8月10日夜、同館は特別ライブ配信を行った。

このライブ配信には、副館長や研究者たちが登場して、支援へのお礼を伝えるとともに、同館のコレクションについて語ることになっていた。

ところが、出演予定がなかった館長の篠田謙一氏が「どうしてもお礼が言いたかった」と飛び入りで参加。

「わずか数日で3万人以上から5億円以上の寄付をいただきました。館員一同、厚く御礼を申し上げるとともに、感激しています。目標をはるかに超え、当面安定運用できます。
積み上がっていく寄付を見ていると、皆さんの期待を感じます。科博の運営だけでなく、地球の宝を守れと」。淡々とした口調ながら、感極まっている様子がひしひしと伝わってきた。

国立科学博物館の今年度予算では、年間収入約35億円のうち、8割は政府が出資している。国から安定的に資金を得られているようにも見えるが、光熱費の高騰、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う入場料収入の減少などによって財政が逼迫しているという。それが、今回の呼びかけにつながった。

■研究機関、大学、個々の研究者でも増えている

CFは、インターネットを通じて広く一般の人々から資金を募る。ベンチャー企業や個人がアイデアを実現するための費用調達方法として、2000年代から米国でさかんになった。

日本国内でも、2011年に、CFのプラットフォーム企業「READYFOR(レディーフォー)」や「CAMPFIRE(キャンプファイヤー)」が誕生したことで、知られるようになった。

CFで支援を求めるテーマは、さまざまなジャンルにわたるが、国の予算が増えない中、研究機関、大学、個々の研究者なども利用するようになっている。

例えば、8月20日に受付を締め切った国立環境研究所の「タイムカプセル」事業もそのひとつだ。

環境省のレッドリストに掲載されている絶滅危惧種の培養細胞などを保存するための超低温凍結保存設備を、北海道に設置することを目指している。700万円を目標に支援を募ったところ、締め切り時には922万円が集まった。

ただ、CFはすべてが成功するわけではない。

CFには「寄付型」「購入型」などの種類があるが、国立科学博物館や多くの研究者や組織が利用しているのが「購入型」だ。その中に、「All-or-Nothing(オール・オア・ナッシング)」方式と、「All-in(オール・イン)」方式がある。

■本来管理すべき国が、なぜ予算をつけないのか

提案されたプロジェクトに支援者が資金を提供し、その返礼として支援者は提案者からモノやサービスを受け取る。

「All-or-Nothing」方式は、締め切りまでに目標額に達しない場合は、CFは「不成立」となり、提案者は集まった資金を受け取ることはできない。お金は支援者に返却される。

「All-in」方式は、目標額達成の有無とは関係なく、資金を受け取ることができる。ただし、お金だけ集めて何も実行しないことがないように、条件を課される。

返礼品に惹かれて支援をする人も多いので、返礼品は提案者の腕の見せ所だ。国立科学博物館の場合は、支援額に応じて、

・YS11量産初号機のコックピットに乗る(支援額50万円)
・バックヤードツアー館長&副館長コース。館長と副館長がつくば市の同館研究施設を案内(同5万円)
・全5種トートバッグセット(同2万円)

など、体験型、レクチャー型、グッズ型など幅広く魅力的なものをそろえた。

収蔵品や研究成果を多数保有する、歴史と伝統ある博物館だからこそできたといえるだろう。

今回のCFは、一般の人々の関心や善意の大きさを示した点で素晴らしい。それを可能にした国立科学博物館の蓄積もそうだ。

ただ、一方で釈然としない思いが残る。

資料の管理、収蔵などは、国立科学博物館の本来の業務であり、国が予算をつけるべきものだ。なぜ、それができないのだろうか。本来つけるべき予算をつけないことは、日本の科学や文化にマイナスの影響を与える。

■「博物館大国」日本が直面している問題

博物館は、高度成長期やバブル期にさかんに造られた。文化庁の調べによると、国、都道府県、市町村、企業、個人など設置者も規模もさまざまな形態の博物館が5700以上あり、日本は「博物館大国」だという。

「国立」を冠し、国費が投入されている博物館も、国立科学博物館のほか、「国立東京博物館」「京都国立博物館」「国立民族学博物館」などいろいろある。

多くの施設で老朽化が進み、改修費用などの問題を抱えている。

日本博物館協会の2019年の調査によれば、「収納庫に入りきらない資料がある」ところが約4分の1弱を占めた。多くの施設で老朽化が問題になっており、県立、市立では8割以上だった。

今年1月発売の月刊誌「文藝春秋」に、文部科学省の元事務次官で東京国立博物館館長を務める藤原誠氏が寄稿した。その中で「光熱費予算が約2億円の計上に対して、電気・ガス代の値上がりでその倍以上の約4.5億円もかかる見込み」「国からの交付金が年間わずか約20億円に過ぎない小さな予算規模で、年間約2.5億円も新たに負担することは非常に困難」などと訴えた。

これに対して「文科省のトップだったのだから、在任中にきちんと予算をつける仕組みを作っておくべきだったのではないか」などの指摘もSNSなどで出たが、博物館の抱える苦境を世間に伝えたことは間違いない。

■老朽化で雨漏りし、収蔵庫に入りきらない

国の関連の研究施設でも同様の問題が起きている。東大の研究施設「小石川植物園」(東京都文京区)は、NHK連続テレビ小説「らんまん」のモデルとなった植物学者・牧野富太郎氏が活躍した拠点として有名だ。

明治期から集めた80万点を超える植物標本を収蔵しているが、老朽化で建物の雨漏りが進み、収蔵環境が悪化。収蔵庫も満杯になり、標本の収集という本来の機能が果たせていないという。このため今年4月から、施設整備、建物の修理を行うための寄付を東大のウェブサイトで募っている。

世界最大級の直径45メートルの電波望遠鏡を保有し、「日本の電波天文学の聖地」と呼ばれる国立天文台野辺山宇宙電波観測所(長野県南佐久郡南牧村)も、国からの予算削減で財政難に陥った。

夜の電波望遠鏡と天の川
写真=iStock.com/songqiuju
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/songqiuju

毎夏開催の一般向け特別公開イベントの縮小が懸念されていたため、窮地を救おうと、地元の南牧村が2020年10月~21年1月までCFで300万円を募ったところ、約620万円が集まった。

国立科学博物館のCFを支援した人々から寄せられた4万4000件以上の応援コメントにも、「大切な教育機関であり、研究機関がこのようなことになっていることに、悲しみと怒りとやるせなさがあります」「国の支援が充実するよう期待します」などの指摘が目立った。

■予算の代わりに自助努力を求めるのではないか

心配なのは、今回、国立科学博物館のCFがうまくいったことで、政府が施設維持・管理・運営や研究などに自助努力を求めることにならないか、という点だ。

すでに日本の研究政策にそうしたことを感じさせる流れがある。

研究資金の出所とその割合は時代とともに変化してきた。政府からの公的資金、産学連携などによる産業界からの資金、寄付、そしてCF。

CFを生んだ土壌は欧米の寄付文化だ。国立科学博物館のような施設として、英国には大英自然史博物館、米国にはスミソニアン国立自然史博物館などがある。政府の拠出金のほかに、寄付、基金の運用益などによって運用されている。

大学も同様だ。米スタンフォード大、英オックスフォード大などのトップ大学には多額の寄付金が寄せられ、それをもとに、基金を作り、研究活動などを支援している。

そうした土壌の上に、インターネットという新しい道具を駆使し、より多くの人々からお金を集めるようになったのがCFだ。

スタンフォード大学
写真=iStock.com/jejim
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/jejim

■クラファンは万能ではない

一方、日本は寄付文化が乏しい。このため、研究費や大学へ回す予算が不足する中、日本政府も欧米を参考に寄付や基金作りを推奨しだした。国立大学や国の研究機関も寄付を積極的に呼びかけるようになった。国立大学や研究予算を配分する文科省自身も、昨年、同省のウェブサイトに「寄附ポータルサイト」を設けるなど、寄付重視が鮮明になっている。

CFは組織のことを知ってもらったり、一般の人にも研究や科学に興味を持ってもらったりする良い機会になる。研究者にとっても、資金集めだけでなく、ネットを通じて多くの人に自分の研究を知ってもらえる利点がある。

一方で不安定さを伴う。

資金を確実に得られるわけではないし、呼びかけた組織や人、テーマや企画によって明暗が分かれる。

これまでの伝統的な資金調達方法と異なるため、研究コミュニティから批判を受けたり、研究テーマをめぐってSNSで炎上したり、目標額に達せずに、「CF失敗者」と言われたりすることもある。

■「金持ち博物館」と「貧乏博物館」に分かれていくのか

国立科学博物館の篠田館長は10日のライブ配信で、「われわれのような多くの人に愛され、強い情報発信力を持ち、魅力的な返礼品を企画できる組織にとっては、CFは強力なツールだが、多くの自然史系博物館にとっては困難だ」と指摘。「多くの自然史系、科学史系博物館が地球の宝を守るためのミッションに加わることができる方法を考えていきたい」と強調した。

今、日本の科学研究力の低下が深刻な問題になっている。

文部科学省の科学技術学術政策研究所が8月に発表した調査結果によると、注目度が高く引用数が多い「トップ10%論文」数の国際ランキングで、日本はイランに追い抜かれ、前回の12位から過去最低の13位に後退した。

日本の研究力低下の原因のひとつは、政府が2000年代に入ってから実用化やイノベーションにつながるテーマを重視し、そこに研究費の選択と集中を行ったことにある。

この政策によって、「金持ち研究室」と「貧乏研究室」の格差が生まれた。

CFや寄付によって同じようなことを招かないように、国の役割をきちんと問い直すことを忘れてはならない。

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知野 恵子(ちの・けいこ)
ジャーナリスト
東京大学文学部心理学科卒業後、読売新聞入社。婦人部(現・生活部)、政治部、経済部、科学部、解説部の各部記者、解説部次長、編集委員を務めた。約35年にわたり、宇宙開発、科学技術、ICTなどを取材・執筆している。1990年代末のパソコンブームを受けて読売新聞が発刊したパソコン雑誌「YOMIURI PC」の初代編集長も務めた。

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(ジャーナリスト 知野 恵子)

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