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テレビがなくてもスマホで見れば"受信料"を徴収…NHKが「史上最大の方針転換」に着手するワケ

プレジデントオンライン / 2023年8月29日 13時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Mirko Kuzmanovic

NHKがインターネットに進出する動きを強めている。『NHK受信料の研究』(新潮新書)の著書がある早稲田大学社会科学部の有馬哲夫教授は「若者だけでなく、高齢者の間でもNHK離れが進んでいる。本来業務をネット配信に移しても、NHKを見る人はほとんど増えないだろう」という――。

■放送法上の存立を危うくする歴史的大転換

8月23日、共同通信がNHKの在り方の大転換について以下のように報じた。

自民党の情報通信戦略調査会(野田聖子会長)は23日、スマートフォンの普及を踏まえた公共放送の在り方について、政府とNHKへの提言をまとめた。インターネットを通じた番組配信を放送法の改正でNHKの「本来業務」に位置付ける必要があると指摘。テレビがなくてもスマホで視聴したい人から受信料と同額の費用負担を求めるべきだとした。今後、総務省とNHKに提出する。

これまで、NHKは放送を「本来業務」とし、ネット配信を「補完業務」としていたのだが、それを逆転させるという。これはNHK史上もっとも大きな方針転換だといえる。つまり、NHKは電波をリレーして放送コンテンツを受信者に届ける放送ネットワークではなく、通信回線を使って動画コンテンツを受信者に届ける通信ネットワークになるということだ。これは存立基盤がまったく変わるということを意味する。

■テレビがあったら契約義務あり、でもスマホは…

いうまでもないが、NHKは現在の放送法の中にその存在を規定されている。国民の怨嗟の的となっている「NHKとの受信契約義務」も放送法の中にある。NHKの「本来業務」が放送でなく、ネット配信に転換するとなれば、「NHKの受信義務」の規定はおかしなものになる。故意かどうかわからないが、この重要な点が見逃されているようだ。

とはいえ、自民党の情報通信戦略調査会の案でも「スマホで視聴したい人から受信料と同額の費用負担を求めるべき」としているが、スマホを持っているだけで受信料を取るとは言っていない。そんなことを言ったら国民から大変な反発を受けるだろう。

NHKはこれまで、放送番組を見ようと見まいと、放送を受信できる設備を持っていたら、受信義務があり、したがって受信料を払わなければならないとしてきた。今回は、スマホ、つまりネット配信の場合は、NHKのコンテンツを視聴したい人からのみ、受信料に見合う料金を取るといっている。絵にかいたようなダブルスタンダードだ。

なぜ、NHKはこのような存立基盤に関わるようなリスクを冒してまで放送からネットに移ろうとしているのだろうか。それは、私が再三にわたって指摘してきたように、NHKの地上波総合チャンネルを一週間に5分も見ない人の割合が全体の半数に迫ってきているからだ。この後で見ていくデータからも、まもなく過半数を超え、そののちも上がり続けることは明らかだ。

■ネットに移ってもNHKが見られない2つの理由

おそらくNHKはこう考えているのだろう。NHKが視聴されないのは、放送の持つ限界が原因に違いない。つまり、放送は、その時間にテレビの前にいなければならないが、現代の人々は忙しくてそれができない。また、放送では、早送り、巻き戻し、一時停止ができない。若者がよくやる倍速視聴もできない。面白ければ続けて見たいのだが、それはできず、次の週まで待たなければならない。

録画すればこういった難点はクリアできるが、面倒だし煩わしい。NetflixやAmazon Primeなど大手動画配信サービスに慣れた人々は、これをとても不便だと感じている。これら大手動画配信サービスと同じにすれば、つまり、ネットに移れば、人々に見てもらえるに違いない。

しかしながら、そうはならないだろう。つまり、ネットに移ってもNHKを見る人はほとんど増えないと考えられる。その根拠は簡単にいえば次の2つである。

①ミレニアル世代とZ世代は、そもそもNHKが作るようなコンテンツを見ない。
②彼らの上のテレビ世代もNHK離れを起こしている。

■Z世代にはそもそもテレビを見る習慣がない

①から明らかにしていこう。ミレニアル世代とZ世代が何を意味するかは次の図表1を見ていただきたい。

【図表1】ミレニアル世代とZ世代
筆者作成

ミレニアル世代は、デジタルパイオニア世代といわれる。これに対してZ世代はデジタルネイティヴと呼ばれる。前者はその成長期にインターネットが影響力を強めた世代だ。後者は、生まれたときからインターネットがあり、物心ついたときにはスマホがあった。さらにいえば、前者はインターネットを使うようになってテレビから離れた世代であり、後者は最初からメディアといえばテレビではなく、スマホだった。

私は早稲田大学のマスメディア研究ゼミを25年にわたって担当したが、その経験から知ったことは、ミレニアル世代が大学入学や就職を契機にテレビを見なくなったことだ。そして、Z世代は、物心がついたときにはスマホを手にし、あらゆる娯楽やコンテンツをこのメディアを通じて得ていて、途中から失ったのではなく、最初からテレビを見る習慣がないということだ。

■国内外でYouTubeがテレビに取って代わっている

私(69歳)のようなテレビ世代にとって、メディアとはテレビだが、10~20代にとっては、それはパソコンであり、スマホなのだ。

パソコンでインターネットにつないでテレビ番組を見る人はあまりいないだろう。スマホを使ってテレビ番組を見る人はもっと少ないだろう。彼らはテレビのコンテンツを見ないというより、テレビではないメディアを長時間使っているというのが本当のところだ。では、パソコンとスマホを使ってテレビ、とりわけNHKのコンテンツを見るということはあるのだろうか。結論からいえば答えはノーである。

そもそも彼らはパソコンやスマホで何を見ているのだろうか。それはYouTubeだ。これは日本だけでなく、世界中で起こっていることだ。つまり、YouTubeがテレビに取って代わっているのだ。

では、YouTubeではどんなコンテンツが人気なのだろうか。LINEの調査によれば、図表2の通りである。

【図表】よく見るYouTubeのジャンルは?
出典:LINEリサーチ「よく見るYouTubeのジャンルは?」

全体として「音楽(MV、PV含む)」が4割弱で1位となり、2、3位は2割前後で「お笑い/バラエティー」「ゲーム」だった。4位からあとは、「料理/グルメ」「アイドル/芸能人」「スポーツ」「ペット/動物」で、全体の1割ほどである。

ここでいう「音楽」というのはミュージック・ビデオとプロモーション・ビデオのこと。アーティストの曲にイメージ映像が付いているものだ。NHKが放送する数人のアーティストを呼び、トークを交えて紹介していくいわゆる歌謡曲番組やミュージック番組とは違う。

■NHK番組とYouTubeのコンテンツの違い

お笑い・バラエティーは民放が得意とする分野で、NHKは落語番組くらいしか放送しない。「ゲーム」とは、ゲーム攻略法などを実演してYouTubeで見せるものだ。これも、NHKにはできない。

「料理/グルメ」「アイドル/芸能人」「スポーツ」「ペット/動物」も、芸能事務所に所属しているようなタレントが登場して、それを脚本や構成に基づいて、プロデューサーがスタジオで制作するといったものではない。

作り手も出演者も同一人物で、テーマは自分で決め、演出も自分で考え、カメラやスマホなど簡単な機器で手軽に作っている場合がほとんどだ。

時間という要素もYouTubeとNHKのコンテンツでは大きく異なる。YouTubeはだいたい10分から20分ほどで、30分だと長いとされる。(ただしテレビ局が制作した番組がYouTubeにアップされていることはある)

一方、NHKの番組は、コマーシャルも入れず、45分以上の長さにわたるものがほとんどだ。

■NHKには今の若者が求める番組を作れない

視聴者(ユーザー)の規模もまったく違う。YouTube上におびただしいほどアップされるコンテンツは、全体としては累計で数千万人、数億人が見ているが、一つ一つのコンテンツは、多くても10万人単位、1回あたりの閲覧数も数十万程度だ。ほとんどは、万の桁にも達しない。そのような狭い層の限られたターゲットに向けて作られている。

これに対してNHKは、数百万、数千万人に視聴されることを前提として本格的に制作される。これがYouTubeとNHKの番組制作に大きな影響を与えている。

つまり、YouTubeで人気を博しているコンテンツは、NHKがこれまで作ってきたコンテンツとはあらゆる面において対極にあるものだ。NHKがこれまで作ってこず、これからも作りそうにないものだ。

したがって、NHKがネットに移って、これまで作ってきたようなコンテンツを配信しても、ミレニアム世代とZ世代が見たがるとは思えない。そもそも長すぎるし、堅すぎるのだ。

仮にNHKが彼らの好むコンテンツを作ろうとすれば、長くて20分ほどの、きわめて雑多なテーマについての、作りが単純なコンテンツを、無数に作らなければならないが、これはNHKにはできない。NHKは、長い歴史を通じて、テレビというメディアにあったコンテンツ作りをしてきたが、それはYouTubeという新しいメディアにはまったく応用できないのだ。

■50~60代でも「テレビ離れ」が進んでいる

次に②の点を明らかにしていこう。ミレニアル世代とZ世代は、もともとテレビを見ない世代だが、もとはテレビを見ていた世代もテレビ離れを起こしている。

総務省の通信白書のデータでは、50~60代というもっともテレビを見る年齢層が、視聴時間を減らしている。これに対して、インターネットの使用時間は伸び続けている。

これは当然である。つまり、ミレニアル世代とZ世代より上の世代もスマホを使い始めていて、しかも使用時間が長くなっているということだ。懸念されるのは、スマホ依存症が中年から老年まで広がり始めていることだ。

下の図表3からわかるように、スマホ依存が強くなると、動画視聴時間が長くなり、テレビ視聴時間が短くなる。

【図表3】スマホ移行後のライフスタイルの変化について
2013年の総務省報告書「スマートフォン利用と依存傾向」より

■50代のテレビ視聴時間は6年間で30分以上減

スマホ依存でなくとも、スマホの普及はテレビ視聴時間を確実に短くしている。総務省通信白書のデータによれば、スマホの世帯保有率が60%を超えたのは2013年で、2年後には70%を超え、現在では90%以上になっている。今や老若男女問わず、大多数がスマホを持っているといっていい。

スマホがテレビ視聴に影響を与え始めたのは2015年ころからと考え、それを総務省のデータで現在と比較してみた。結果は図表4の通り、若い世代では6年間のうちに30分以上テレビの平均視聴時間が短くなっている。60代はほとんど変わっていないが、50代でも30分以上短くなっている。

「総務省令和2年版情報通信白書」「総務省令和4年版情報通信白書」より筆者作成
「総務省令和2年版情報通信白書」「総務省令和4年版情報通信白書」より筆者作成

50~60代のテレビ世代は、ずっとテレビを見てきた世代だが、さすがにスマホの小さい画面でテレビのコンテンツは見ないし、パソコンの画面でも見ようとはしない。したがって、NHKのコンテンツも見なくなる。見るなら、彼らはテレビで見るだろうが、スマホとパソコンの使用時間が増えているために、テレビを見る時間が減っているのだ。テレビの視聴時間が減れば、最も見られていないNHKの番組の視聴時間が最も影響を受けるのはいうまでもない。

■事情通たちはNHKの報道番組では物足りない

中高年といえば、もっともテレビを愛する年齢層だが、「テレビ離れ」はやはりみられる。

彼らの好きなのは、NHKのニュース、報道番組、政治解説の番組だった、最近は「BSフジLIVE プライムニュース」やTBSの「報道1930」をTVerやNetflixやYouTubeで見る人が増えている。NHKの定時ニュースはSNSやネットニュースより時間的に遅れているため、既視感が強く、ラインナップにも重なりが多く、時間帯が違っても、同じ内容の繰り返しになっている。これではタイムパフォーマンス(時間対効果)が悪いので、ネットにあがっているニュースを見た方がいい。

報道番組や政治解説も、キャラがたつ専門家を呼ばず、自局の解説委員(博士号を持っていないような)に話させるなど、あたりさわりのないものになっている。中高年は、結構学んでいて事情に詳しいので、これでは不満なのだ。

このため、かつてNHKの報道番組や政治解説のファンだった人ほど、テーマ深く掘り下げ、主張のはっきりしている前述の動画サイトのコンテンツを見ることになる。だから、NHKがこういったコンテンツをネットにあげても、一度離れた彼らはなかなか戻ってこないと思われる。NHKは中高年にも人気がなくなっているのだ。

■受信料で生き永らえているNHKの存在意義とは

以上述べてきたように、NHKと総務省は、ネットに移ればNHKのコンテンツを見てもらえると思っているが、総務省や民間機関のデータを見れば、そうはならないことは明白だ。

放送でも見ない、ネットでも見ないとなれば、NHKの存在意義を根本から問い直さざるを得ない。拙著『NHK受信料の研究』でも書いたように、もともと受信料によってNHKを存続させていくというのは、無理なことだった。それを通信官僚とNHKがごり押しし、当時の総理大臣吉田茂がそれを政治利用したことによって、矛盾をはらんだまま現在まで残ってきてしまった。

時代に合わなくなった放送法、NHK、受信料制度は、根本的に変えなければならない。NHKは放送をやめ、他の民放とともにTVerなどに入り、広告料とサブスク料を収入で細々とやっていける規模に縮小されなければならない。

■電波を国に返還し、税負担の軽減に役立てるべき

放送に使っている電波は、もともと国民のものなので、国に返還し、それを国は電波オークションにかけ、その利益(1兆円から7000億円といわれる)は国庫に入れ、少子化対策に回すことができる。すでにアメリカ、イギリスなどいくつかの先進国が電波オークションによって得た利益を国庫に入れて税負担の軽減に役立てている。

また、ニュージーランド、オーストラリア、フランスなどの先進国は、公共放送の受信料に当たるものを廃止している。イギリスもこれに続くことになっている。

そして、先進国の公共放送はいずれもネットに本来業務を移している。前に見たミレニアル世代とZ世代のテレビ離れの現象は世界的に起こっているからだ。インターネットとスマホの環境は世界中でほとんど同じなのだ。

公共放送は、ネットに移って、放送をやめ、電波オークションを行い、受信料を廃止するというのが世界の流れだ。日本もいつまでもこの流れに逆らっていることはできない。

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有馬 哲夫(ありま・てつお)
早稲田大学社会科学部・社会科学総合学術院教授(公文書研究)
1953(昭和28)年生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。東北大学大学院文学研究科博士課程単位取得。2016年オックスフォード大学客員教授。著書に『原発・正力・CIA』『歴史問題の正解』『日本人はなぜ自虐的になったのか』『NHK受信料の研究』(新潮新書)など多数。

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(早稲田大学社会科学部・社会科学総合学術院教授(公文書研究) 有馬 哲夫)

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