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テレビや新聞とは全然違う…広告収入はピーク時の3分の1でも「ラジオの未来は明るい」と言い切れる理由

プレジデントオンライン / 2024年5月3日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/zdravinjo

■ラジオ100年、AM放送廃止の歴史的転換点を迎える

まもなく日本中のほとんどの地域で、ラジオのAM放送(中波放送、526.5~1606.5kHz)がなくなることをご存じだろうか?

トラックやタクシーのドライバーには定番のトーク番組、野球ファンが外出先でかじりついたプロ野球の実況中継、シニア世代には懐かしい受験勉強をしながら聴いていた深夜放送、記憶に新しいところでは東日本大震災での貴重な情報源……。かつて暮らしに密着していたAM放送が、FM放送(超短波放送、76.1~94.9MHz)に転換することを前提に、廃止に向けてカウントダウンに入った。

リスナーの反応や社会的影響を検証するとの名目で、全国47社のうち、まず13社が、2月から8月にかけて順次、試験停波に踏み切っている。中でも、山口放送はいち早く、7月末には県内全域ですべてのAM放送を休止する。そして、2028年秋には、大半の民放ラジオ社が、AM放送を終了する方針だ。

だが、転換後のFM放送を受信できるラジオの普及率はまだ5割程度で、28年までに広く行き渡るかどうかは見通せない。

一方で、パソコンやスマートフォンで受信できる番組のネット配信サービス「radiko(ラジコ)」や「ポッドキャスト」が急速に浸透、ラジオの聴取手段は多様化しており、ラジオのイメージは様変わりしつつある。

1925年にAM放送で始まった日本のラジオ放送は、まもなく100年。1世紀の時を経て歴史的転換点を迎えている。

■13社34中継局が試験停波を実施

「AM廃止」は、正確に言うと、全国の民放AMラジオ47社のうち、北海道2社と秋田県1社を除く44社が、2028年秋の放送免許更新をめどにFMラジオ社になることを目指そうというスキームだ。

AMラジオ各社は21年6月、AM放送からFM放送への転換に向けたロードマップを公表。今回の試験停波は、目標実現に向けた実証実験の第一歩となる。

第1弾は、2月1日からIBC岩手放送など4社。次いで、5日にはRKB毎日放送など7社がスタート、7月から東海ラジオ放送、8月から北陸放送が順次加わり、13社34中継局が最長で25年1月31日まで放送を休止する。

もっとも、多くのAMラジオ社は、すでに難視聴や災害対策として「FM補完放送(ワイドFM、90.0~94.9MHz)」という名称で、AM放送と同じ番組を提供するサイマル放送を行ってきた。日本民間放送連盟(民放連)によると、AM放送のエリアの7割程度までカバーしており、試験停波するエリアでは実質的な混乱はないという。

このため、実証実験の結果が「良好」と確認できれば、各社はこぞって「AM廃止」に進むとみられる。

一方、NHKは、第1と第2のAM放送を26年度に一本化するものの廃止はせず、現行のFM放送と併存する方針を明らかにしている。

■28年の全国ラジオ地図はまだら模様

そうなると、28年時点の全国ラジオ地図は、基本的に、現行のAM3波(民放、NHK2波)・FM2波(民放、NHK)体制から、AM1波(NHK)・FM3波(民放、旧AM、NHK)体制に大きく変わる見通しで、関東、関西、中京などの大都市圏は、AM1波と4波以上のFM波が混在することになりそうだ。

ただ、AM放送を全面的にFM放送に転換するケースもあれば、FM転換後もAM放送を一部続けるケースもある。在京のTBSラジオ、ニッポン放送、文化放送の3社は28年に完全FM化の構えだが、判断を決めかねている社も少なからずいるという。

したがって、「AM廃止」といっても、ある日突然、全国からNHK以外のAM放送が消えてなくなるわけではなく、まだら模様になりそうだ。

どうもすっきりしないが、なぜだろうか。

信号待ちの間に音楽を変えようとしている人の手元
写真=iStock.com/show999
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/show999

ここで思い出されるのは、テレビの地上放送のアナログからデジタルへの切り替え(地デジ化)だ。11年7月24日(東日本大震災の影響で12年3月31日まで延期した岩手・宮城・福島を除く)をもって、全国一斉にアナログ放送が見られなくなったことを、多くの人が覚えているだろう。

地デジ化は、電波の有効利用やテレビ放送の高画質化・高機能化を推進するため、国策として進められたので、全国一律に有無を言わさずアナログ放送を停波してしまった。

これに対し、「AMのFM転換」は、台所事情が苦しいラジオ社の要請が出発点で、国が音頭をとった地デジ化とは背景がまったく異なる。

民放連は19年3月、総務省に対し「民放ラジオ事業者の財政力で実施できる設備投資には限界がある」と訴え、「遅くとも2028年の再免許時までに、AM放送事業者の経営判断で、AM放送からFM放送への転換や両放送の併用を可能とするよう制度を整備する」ことを求めた。

こうしたAMラジオ界の申し出を受け、総務省は20年11月にFM転換のための実証実験の考え方を示し、23年3月には具体策を提示。ついに24年2月から「AM廃止」に向けて実証実験が始まったのである。

■広告収入はピーク時の3分の1に激減

民放AMラジオ社の経営環境は、確かに厳しい状態が続いている。

民放連によると、AMラジオ社全体の営業収入は、1991年度に2040億円を記録したが、その後は急減、2008年のリーマンショック後には1000億円を割り込み、近年はピークの3分の1近くにまでに落ち込んでいる。1社あたりの単純平均は約15億円というレベルだ。

【図表】マスコミ四媒体広告費〈ラジオ広告費〉(直近5年間)
出典=電通報 「2023年 日本の広告費」解説──新型コロナ5類移行が追い風となり過去最高を更新。コロナ禍で広告費はどう変わった?」
【図表】ラジオデジタル広告費
出典=電通報 「2023年 日本の広告費」解説──新型コロナ5類移行が追い風となり過去最高を更新。コロナ禍で広告費はどう変わった?」

こうした中、1951年に始まった民放AM放送は、各社とも軒並み主要設備の更新時期を迎えた。とくに50年程度が耐用年数とされる送信所のアンテナは老朽化が進み、建て替えは待ったなしになった。しかし、広大な用地の確保が難しいうえに、親局だけでも20億~25億円という巨費がのしかかった。

これに対し、FM放送の送信所なら3000万~4000万円程度で済むという。電波の届く範囲が狭くなるため、より多くの中継局が必要になるが、それでも総費用は比較にならない。しかも、すでに「ワイドFM」を一部供用しており、新たな設備投資は極力抑えることができる。

手をこまねいていれば放送を続けられなくなる恐れさえあったため、ラジオ界は歴史あるAM放送の継続を断念し、FM放送への移行を決断したのである。

FM転換は、ラジオ事業継続のための切り札であり、まさに送り手側の都合だったのだ。

だから、各社の経営事情によって、完全FM化組もあれば、AM・FM併存組もあり、FM見送り組もいるという複雑な構図になってしまった。

そこに、「AM廃止」がなかなか周知されず、盛り上がりに欠ける要因がみてとれる。「国を挙げて突き進んだ地デジ化と違って、業界にもリスナーにも深刻さがない」と嘆く関係者は少なくない。

■AM放送の廃止のメリット、デメリット

では、リスナーにとって、「AMのFM転換」はどれほどのメリットがあるだろうか。

ラジオは「トークのAM、音楽のFM」といわれるが、主要リスナーのドライバーやシニア層が「音質」に強くこだわるとは思えない。にもかかわらず、古いラジオは「ワイドFM」を受信できないため、買い換えざるを得ず、新たな出費を強いられるのでデメリットの方が大きそうだ。

総務省の調べでは、車載や手元にある旧来の端末で受信できない人は半数以上もいるという。

このため、AMラジオ各社は、主要ラジオメーカーや自動車メーカーを誘って「ワイドFM対応端末普及を目指す連絡会」を15年に発足させ、ワイドFMの周知、対応ラジオの生産・販売の促進、対応車載ラジオの標準装備、家電量販店とタイアップしたキャンペーンなどを手がけて、環境整備を急いでいる。

しかし、先にも挙げたように、地デジ化と違って、ラジオ局の都合で行う政策転換のため、総務省は一歩引いているのが実情だ。

それだけに、残り4年で、多くのリスナーが対応ラジオを入手するかどうか、黄信号が灯っている。

「ワイドFM」対応のラジオが増えずリスナーが減れば、主な収入源である「広告」離れに拍車がかかることも懸念される。

■災害時の対策に残る懸念

また、災害時に強いAM放送がなくなることを懸念する声も聞こえてくる。

1月に起きた能登半島地震では、輪島地区で北陸放送の中継局が被災しAMとFMがともに停波したが、AMは3日後に遠方の中継局から電波が届いたのに対し、FMは現地に仮説送信所が設置されるまで12日間も停波が続いた。NHKFMに至っては、商用電源が回復するまで3週間以上も放送が途絶。AM放送の効用が再認識された。

AM放送は、遠くまで電波を飛ばせるうえ山間部にまで到達できるが、建物内では聞こえにくくノイズが入りやすいというデメリットがある。FM放送は、その逆で、建物内でも受信しやすく音もクリアだが、電波の届く範囲が狭く、山間部には届かないという特性がある。

【図表】AMラジオとFMラジオの違いは?
出典=総務省「AM局の運用休止に係る特例措置」

つまり、あちら立てればこちら立たずの関係にある。したがって、併存できれば、双方の特性を活かしたラジオライフを楽しむこともできるはずだ。あるラジオ局の幹部は「ずっとラジオに親しんできた人はAMで聴いている。そういう人に情報を届けるためにAMの役割は引き続き大きい」と、正直に語る。

それでもラジオ局が「AMのFM転換」を決断したのは、災害時の公的使命より自らの生き残りを優先させたからにほかならない。

■急成長する「radiko」、利用者増でリスナーが若返る

それだけに、ラジオ界の迷走が予見されるが、光明も差している。

「AMのFM転換」が俎上(そじょう)に上り始めた2010年代中ごろに認知されるようになったネット配信サービス「radiko(ラジコ)」の急成長だ。

さまざまなラジオ番組を、スマートフォンやパソコンで聴くことができるネット配信プラットフォームで、民放ラジオ99社とNHKが参加。ラジオを持っていなくてもラジオ番組を聴くことができる「ラジオならぬラジオ」だ。

放送中の番組を聴ける「ライブ」はもちろん、過去1週間の番組を聴取できる「タイムフリー」、全国の番組を放送エリアを超えて聴ける「エリアフリー」(有料)などのサービスがある。

株式会社radikoが総務省に提出した資料によると、24年4月現在、月間ユーザー数は約800万~900万人で、有料会員は約100万人。1日あたりのユーザー数は約180万人、平均利用時間は約130分という。スマホユーザーが圧倒的に多く、利用シーンは「家でまったりしながら」「ベッドの中で」といったリラックスタイムの「ながら視聴」が特徴だ。

当初、リスナーの中心は40~50歳代の男性だったが、最近はネットになじんだ10~20歳代の若年層が増えているという。28年には、さらにユーザー層や利用シーンが広がっていることが十分に予測される。

■ポッドキャストで新しいリスナーを獲得

もう一つ。注目したいのは、やはりネット配信サービスの「ポッドキャスト」だ。

もともとは米アップル社の携帯音楽プレイヤー「iPod(アイポッド)」と放送を意味する英語の「broadcast(ブロードキャスト)」を組み合わせた造語で、ネットを通じて配信される音声番組全般を指す。アップル・ポッドキャストやグーグル・ポッドキャストなどの専用アプリを使うことで、ラジオ番組はもとより、さまざまなジャンルのトークや音楽を聞くことができる。

ラジオ界もその効用に気づいて力を入れ始め、番組を提供する社も増えてきた。radiko同様に、若年層を中心に新しいリスナーを獲得し、ラジオの裾野を広げつつあるようだ。つまり、ネット配信は、放送エリアが限定されている「地方区」のAM放送を「全国区」に変貌させてしまうのである。

ただ、いずれのサービスも、ネット環境がなくては楽しむことができないし、高齢者やネット環境の悪いエリアの在住者にとっては縁遠いツールでもあることは留意しておきたい。

■可能性が広がるラジオ、先の見えない新聞とテレビ

ラジオの主要収入である広告費にも、気になる変化が芽生えている。最近、底を打った感があるのだ。

電通によれば、20年に1066億円にまで落ち込んだが、21年1106億円、22年1129億円、23年1139億円と、微増ながら3年連続でプラス基調に転じている。先の見えない新聞やテレビとは、ちょっと様相が違う。

ラジオには広告主の根強い支持があるが、ネット配信の広がりとともに広告効果の高まりを感じ取っているのかもしれない。「放送の広告をradikoにも流せば、広告単価を上げることができる」と、ラジオ関係者は期待感を口にする。なにしろ、リスナーは全国に広がるのだから。

一方、「AMのFM転換」は、AMラジオ社のランニングコストを下げる可能性がある。AMとワイドFMのサイマル放送は、二重の設備維持コストがかかり大きな負担になっているが、ワイドFMに一本化されれば実質的なコスト削減につながるだろう。

収入と支出の両面で改善されれば、経営にプラスに働かないはずはない。

リスナーにとっても、ネットで全国のラジオ局の番組に接することができるのであれば、ラジオライフはより充実したものになるだろう。

そうなれば、凋落著しいオールドメディアのマスメディア4媒体(新聞、雑誌、テレビ、ラジオ)の中で、ラジオは将来に明るさも見えてくる。

■「AM放送の廃止」がラジオ復活の起爆剤になる

視覚の「可処分時間」は飽和状態とされるが、耳の「可処分時間」いわゆる「耳時間」はまだまだ空いているといわれる。ネット配信サービスは、伸びしろが大きいだけに、ラジオの復活に向けた期待を一身に背負うことになりそうだ。

「AM廃止」は、ラジオ100年の歴史に一時代の終わりを告げようとしているが、同時にラジオ界にとって次の100年を見いだす転換点になるかもしれない。

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水野 泰志(みずの・やすし)
メディア激動研究所 代表
1955年生まれ。名古屋市出身。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。中日新聞社に入社し、東京新聞(中日新聞社東京本社)で、政治部、経済部、編集委員を通じ、主に政治、メディア、情報通信を担当。2005年愛知万博で博覧会協会情報通信部門総編集長を務める。日本大学大学院新聞学研究科でウェブジャーナリズム論の講師。新聞、放送、ネットなどのメディアや、情報通信政策を幅広く研究している。著書に『「ニュース」は生き残るか』(早稲田大学メディア文化研究所編、共著)など。 ■メディア激動研究所:https://www.mgins.jp/

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(メディア激動研究所 代表 水野 泰志)

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