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「実力以上のプレー」を引き出すにはどうすべきか…エディーHCがラグビー日本代表にかけた意外なひと言

プレジデントオンライン / 2023年9月13日 7時15分

サモア戦に向けた練習を見守る日本代表のエディー・ジョーンズ・ヘッドコーチ(右)=2015年10月1日、イギリス・ウォリック - 写真=時事通信フォト

「実力以上のプレー」を引き出すために、リーダーはどんな言葉をかければいいのか。2015年ラグビーW杯で日本代表を率いたエディー・ジョーンズHCは「選手を怒鳴りつけて鼓舞する方法は時代遅れだ。準備万端なら、リーダーはチームを納得させられる。話はシンプルでいい」という――。

※本稿は、エディー・ジョーンズ『LEADERSHIP』(東洋館出版社)の第7章「対立があるのは健全なこと」の一部を再編集したものです。

■試合当日のエディー・ジョーンズのルーティン

ここでは、試合当日の準備やドレッシングルームでのスピーチをはじめとする、リーダーの現実的な事柄を中心に取り上げようと思う。多くの人が抱く美化されたイメージより地味で実際的な事柄で、リーダーシップ・サイクルの「勝利」のステージの運用面にすぎない。

試合当日、私は5時半くらいに早起きし、時間をかけてトレーニングする。普段より少しハードにやる。それからたいてい長めにスチームバスに入り、基本的に9時ごろには脱力状態になる。そうなると緊張が入り込む余地はどこにもない。

それからコーヒーを飲みに出かけるか、部屋に戻ってお茶を飲んでから、試合のメモをもう一度見直し、選手やコーチ陣一人ひとりについて自分の考えを整理する。チームで午前中にミーティングをし、私の基本方針を全員と共有する。正午ぐらいから部屋に戻り、静かな時間を過ごすのが常だ。

何であれそのとき夢中になっている本を読み、その日の思考パターンに役立ちそうなインスピレーションが湧く箇所があればさっとメモを取る。再び皆で集まってスタジアムに向かう前に、もう一度スチームバスに入って心を落ち着ける。

念入りに準備を進めてきて、態勢は整ったという感触があるから、私は実にいい調子だ。自分の感情をコントロールし続ける方法も身につけている。

選手たちを前にして平常心でいることが何よりも大事だ。

■ラグビーファンは試合前のチームの様子を誤解している

多くのラグビーファンが、大きな試合を目前にした現代のドレッシングルームの様子に誤った印象を抱いているように思う。その原因は『ライオンズの素顔(仮題/Living with Lions)』と題するビデオによるところが大きい。

1997年に行われたテストマッチシリーズ南アフリカ戦を控えたブリティッシュ・アンド・アイリッシュ・ライオンズのドレッシングルームにカメラが入った。見る分には面白いビデオだが、2020年代のイングランドのドレッシングルームの落ち着いた雰囲気にはほど遠く、1970年代、1980年代のアマチュアラグビー最盛期の様子にはるかに似ている。

ここで留意すべきなのは、1997年にライオンズが南アフリカを破ったとき、リーグはプロに転換してからまだ1年しか経っていないということだ。ジム・テルファーが行ったような感情に訴える熱のこもったスピーチが一般的だった。アマチュア時代にはコーチがプレーヤーと過ごす時間は今よりずっと短く、試合数も少なかったから、チームをたきつける必要があったのだ。

■南アフリカ代表に戦争の歌を聴かせた結果

2007年のワールドカップで南アフリカが優勝したときアシスタントコーチだった私は、強烈な瞬間を経験したことを思い出す。前回大会の覇者であるイングランドとの開幕戦に向けてホテルを出発する前に、ヘッドコーチのジェイク・ホワイトがスピーチをした。なかなかいいスピーチだったが、私のやり方に似て過度に感情に訴えるようなものではなかった。私は思った。「なるほど、南アフリカもオーストラリアと同じなのか」。

ところが、すぐにマネジメントチームのひとりが立ち上がり、南アフリカには新しいヒーローが必要だと鼓舞する口調で訴えた。その場にいたら、部屋じゅうにエネルギーがあふれるのを感じただろう。高揚させるスピーチに選手たちはすっかり心酔していた。

その後、バスでスタッド・ドゥ・フランスに向かった。パリの街を一行は黙々と進んでいたが、アリーナまで5分というところでアフリカーナーの歌がかかった。それはボーア戦争〔訳註:南アフリカの支配をめぐる英国とボーア人、別名アフリカーナーとの戦争〕の歌で、イギリス人がどれだけ多くのアフリカーナーを殺したかという歌詞だった。バスのなかの緊張が高まり、変化が起きたのがわかった。選手たちの、特にアフリカーナーの若者たちの表情に本気がみなぎった。そして、スタジアムに着くと、36対0でイングランドを打ちのめしたのだ。

■長いスピーチの代わりに水風船を投げつけた

選手たちの闘志をうまく高揚させれば、信じられないほどの効果を発揮することができる。だが、この方法を使うには、適切なとき、適切な瞬間を見極める必要がある。アフリカーナーの歌を仕組んだスポーツ心理学者は本当に利口で、ことあるごとに、選手を刺激して相応しいストーリーをつくる、ちょっとしたきっかけを目ざとく見つけた。

私はこの手法をイングランドにはなるべく使わないようにしていたが、2016年に行われたテストマッチシリーズ、オーストラリア戦3戦目のときのことは鮮明に覚えている。シドニーのドレッシングルームで水を満タンに入れた風船を手にしていた。キックオフまで約80分、選手たちは私の試合前のスピーチを聞く態勢になっていた。私は長い話を始める代わりに、水の入った風船を壁に投げつけた。バシャッと大きな音を立てて弾けると、水がどっと噴き出し、空になった風船はゆっくりと床に落ちた。

カラフルな山水風船
写真=iStock.com/DurhamCreations
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DurhamCreations

「ほら、これがオーストラリアの闘志だ」と、私は言った。

ワラビーズは自国開催のシリーズを何としても0対3で終えるわけにはいかないはずだ。闘志をむき出しにして向かってくるだろう。我々はしばらくすさまじい猛攻撃に立ち向かわなければならないが、やがてその闘志は、壁の上で乾いていく水のように消えてなくなる。

■選手は年間40回も試合前スピーチを聞く

選手が多少気抜けしているときなど、今もドレッシングルームで気迫のこもった激しいスピーチをしなければならない場合もあるが、90%は落ち着いたスピーチだ。試合までの時間は選手がめいめいのやり方で過ごすのに任せる。ヘッドフォンで音楽を聴くのを好む選手もいれば、もっと静かに自らの決まりに従って気持ちを整えたい選手もいる。

選手の身になって考えてみよう。彼らは年間約35回から40回の試合前スピーチを聞く。だから毎回、感情を刺激しようとしてもうまくいかない。別な方法を見つけて試合に向かう手助けをしたほうがいい。

試合前スピーチを行うタイミングは、実は終わったばかりの試合直後のほうがいいと内心思っている。選手にアイデアをあれこれ仕込み始めるタイミングだからだ。次の試合までの1週間絶え間なく言い続ければ、試合直前ではなく週の早い段階で感情が高まるかもしれない。

■現役時代にエディー氏が聞いた「文学的スピーチ」

ランドウィック時代にコーチのジェフ・セイルがした文学的な試合前スピーチを思い出す。

中心選手たちの多くがワラビーズに参加し抜けていたため、我々は厳しい時期を経験していた。リーグの首位、シドニーユニバーシティーFCがランドウィックを破るというのがおおかたの予想だ。ニック・ファー=ジョーンズ、ピーター・フィッツシモンズなどオーストラリアラグビーの特権階級に属する選手を擁していたからだ。片やランドウィックの労働者階級の出である我々は大きなプレッシャーを感じていた。

ところが、ある晴れた日にセイルが言った。「今日、太陽の日差しが君たちの背中に降り注いでいる」

そこでいったん言葉を切り、ドレッシングルームにいる我々全員を見てから続ける。「私は情熱を持って本の1ページ目をあけた。2ページ目も情熱を持ってあけた。最後のページも情熱を持ってあけた」

彼が言ったのはそれだけだったが、単純明快なメッセージは、背中に感じる日差しのように気分を上げ、どんなふうにプレーすればいいのかをしっかり伝えていた。グラウンドに出た我々は、シドニーユニを叩きのめした。ジェフのスピーチは見事に選手を奮い立たせたのだ。とは言うものの、覚えているのは勝ったときのことだけだ。

■大金星を挙げた南アフリカ戦の「直前スピーチ」の内容

私も2つのワールドカップ準決勝でメッセージを実にはっきりと伝えることができた。2003年にオーストラリアと、2019年にイングランドと臨んだ試合でともにニュージーランドを破ったときだ。オールブラックスを倒すには何が必要か、選手たちが正確に理解できるようにした。ワラビーズには、とにかく相手の裏をかき、ボールを確保し続けて相手に渡さないようにと言い、2019年のイングランドには相手を攻め、試合をコントロールすることに集中しろと伝えた。

2015年のワールドカップで、日本が南アフリカを破ったときの試合前スピーチもシンプルだった。小柄なチーム対大柄なチーム。注目されていないチーム対優勝経験チーム。それが選手たちの心に響き、彼らは決意を固めた。実力以上のプレーをさせることができれば、素晴らしいスピーチだと言える。

2003年のオーストラリア対ニュージーランド、2019年のイングランド対ニュージーランド、2015年の日本対南アフリカ、これら3試合はラグビー史上でも燦然と輝いている。どの試合も勝てるとは誰も思わなかったからだ。我々は実力以上のプレーをしなければならなかったが、そのときこそ、本当にうまくコーチできたと実感できる。というのも勝利に導いたのは実際にはスピーチのおかげではなく準備が結果に表れたからである。

■コーチの仕事は選手の重圧を軽くしながら集中力と意識を高めること

だから、試合の前にたいてい、私があまりとやかく言わないのは、もう準備は始まっているからだ。準備は万事整っている。試合前には念のため、重要なポイントをただ伝えればいい。

ハーフタイムでも同じだ。プレーヤーは尋常ではない重圧を感じ、肉体的にも疲れている。休憩時間にドレッシングルームに戻ってきたら、体力を回復し、気持ちを落ち着けさせてあげればいい。コーチ陣は、ほかの選手が飲み物を飲み、腰を下ろして短い休息を取るあいだ、ベテラン選手と簡単に情報交換し、後半戦を戦い抜くための最上の戦略を一緒に考える。ここが昔と比べずいぶん変わったところだ。

エディー・ジョーンズ『LEADERSHIP』(東洋館出版社)
エディー・ジョーンズ『LEADERSHIP』(東洋館出版社)

チームを怒鳴り散らす独裁的な古いタイプのコーチはもはや機能しない。コーチが望むのは、選手の重圧を軽くしながら集中力と意識を高めることだ。コーチがハーフタイムで試合の流れを変えるという考えはもはや時代遅れだ。コーチとプレーヤーとの協力体制こそがはるかに重要である。一緒に戦うべきなのだ。

2019年のワールドカップのとき、ニュージーランド戦を前にしたイングランドの選手たちに、私はただいつもやっていることをやり続けるようにと念押しした。飽きてはダメだ。リードしていると、かつてのハーフタイムでの我々のように、楽にプレーしたい誘惑にかられるかもしれない。

だが、我々は厳しいプレーを続けると決めた。懸命にまっすぐ走り続け、激しく精力的に守り続けた。そのときのハーフタイムの話は鼓舞するようなものではなかった。言うまでもない。私は“準備万端なら、リーダーはチームを納得させられる”という真理の何たるかを改めて知った。

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エディー・ジョーンズ(えでぃー・じょーんず)
ラグビーオーストラリア代表HC
1960年、オーストラリア生まれ。母は日系アメリカ人2世。妻は日本人の日本語教師。シドニー大学では体育学を専攻。1982年シドニー大学を卒業し、高校で体育教師となる。学校長を務めた後、1996年、東海大学ラグビー部のコーチに就任し、指導者としてのキャリアをスタート。2001年オーストラリア代表(ワラビーズ)のHCに就任。03年ワールドカップで準優勝。07年、南アフリカ代表(スプリングボクス)のチームアドバイザーに就任し、07年のワールドカップ優勝に貢献。12年からは日本代表のHCとなり、15年9月ワールドカップでの大躍進に貢献。15年11月からはイングランド代表HCに就任し、16年3月のシックスネーションズではチームを13年ぶりの全勝優勝に導いた。23年1月よりオーストラリア代表HC。

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(ラグビーオーストラリア代表HC エディー・ジョーンズ)

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