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がん治療のため14歳で卵巣凍結した話をすると元カレの親に反対され…寛解しても"普通"には戻れない悔しさ

プレジデントオンライン / 2023年9月28日 11時15分

現在は看護師をしている山本さん - 筆者撮影

抗がん剤治療を受ける女性は、卵子もダメージを受けるため、治療前の卵子凍結を勧められる。取材した樋田敦子さんは「14年前に卵巣を凍結した女性は費用が60万円ほどかかり毎年の維持費もかかっているが、元交際相手の親からは結婚を反対されてしまった」――。<連載第2回>

■腎原発ユーイング肉腫の化学療法のため高校進学が1年遅れた

「AYA世代」(Adolescent&Young Adult)と呼ばれる15歳以上、40歳未満の思春期から若年成年のがん患者(治療終了後のがん患者、AYA世代にいる小児がん経験者も含む)に対する医療と支援が叫ばれている。この世代では、毎年約2万人ががんと診断されており、進学、就職、結婚、出産など、ライフステージの中でもひときわ変化が多い時期だ。しかし中高年のがん患者に比べて、患者のリビング・ニーズが異なるために、支援が遅れているのが実情だ。

14歳で腎原発ユーイング肉腫を発症し、1カ月の入院で切除できたものの、1年間の化学療法の治療を行うため、高校進学が1年遅れた、山本紀子さん(仮名、28歳)の後編をお送りする。

クラスメートと一緒に女子高生になりたかった山本さんだが、そこは「治療を優先させる」ことを自ら決めて1年間の化学療法の入院生活を始めた。

■「これまで家庭で暴力を振るっていた父が許せなくなった」

「両親も私の考えを尊重してくれました。ところがその化学療法が辛かったのです。抗がん剤は骨髄にダメージを与えて、免疫が低下します。低下している時は空気中のウイルスが感染しやすく、すぐに熱が出た。そして気分の悪さも並大抵ではなく、いつになったら治るのだろうと、布団をかぶって耐えていました。その時は、誰にも話かけられたくなかった。

そんなときに限って父親が話しかけてくるので、『もう帰ってよ』と怒鳴ってしまい――。

それまでもずっと父は母に暴言を吐き暴力をふるっていた、いちばんの権力者。母と私も含めてきょうだいは、怯えて同じ屋根の下で暮らしているという感じでした。ですから病気の治療についても、父が書籍で得た知識で医師に質問する姿が目立ち、最終決定は私自身が白と言われても、圧力を感じて本音が言いづらかった。そういうこともあり、爆発しちゃったんです」

AYA研(AYAがんの医療と支援のあり方研究会)の清水千佳子理事長は、次のように言う。

「実際にがんにかかったことで、夢と希望を打ち砕かれた自分と、元気な家族や友人たちのいる世界とのあいだに、多くの患者がギャップを感じます。またせっかく築いてきたキャリアをがんによって崩され、未来に絶望する方もいます。

しかし、がんは治療によってコントロールできる病気になりつつあります。がんの治療を進めていくためには、孤独や絶望を感じている患者の気持ちに寄り添い、患者が積極的に治療に取り組めるよう応援することが大切です。がんの診断や治療は本人にとって楽なものではありませんが、病名や治療、治療後の見通しもきちんと説明し、患者自身が自分事として治療に参加し、がん治療後の人生を構築していけるように支えていくことが必要です」

■免疫低下で「空気を吸っているだけでも発熱する」

1クール済んだら、少し休養期間を取ってまた次の抗がん剤治療をするが、山本さんは後半に差し掛かると、骨髄の回復が遅れて免疫低下状態が続き、1週遅らせることもあったという。

「抜け毛もありましたが、これは予想していたことなので大丈夫でしたが、そんなことよりもこの気持ちの悪さ、つらさが1年続くのは無理だ。どうにかして家に帰りたいと考えたのです」

母親や看護師、周囲の人に「1年はどれくらいなの」と真剣に聞いていたほどだという。

常に吐き気、口内炎、舌のしびれや味覚障害などの神経障害症状がある中で、多くの種類の薬を飲まなければならなかった。水を飲むだけで吐いてしまうのに薬を何個も飲まなければならない。吐き戻してしまうとまた飲み直しで免除されることはなかった。新しい薬を準備しないといけない看護師の中には、ため息やあきれ顔で見つめる人もいて、それを見るのもまた辛かったという。

体調が良いときは、病院内にある院内学級高等部で学習する。悪いときは、テキストも携帯電話の画面も見られなくなるので、有効な学習はなかなかできない。教員がベッドサイドへ来て授業をしてくれ、通っていた塾のテキストなどを用いて勉強する時間を作ってくれた。学校に通っているときほど勉強時間はとれず、以前はできていた問題も、あやふやになって、できなくなっていたので焦る気持ちもあった。

■高校に行くのを楽しみに辛い抗がん剤治療を乗り切ったが…

「AYA世代のがんは、希少がんが多く、特に私のがんは、本来は骨や筋肉に発生するがんなので、臓器に発生していたため、非常に稀でした。調べても検索に引っかかってこないのです。同室の先輩患者から、抗がん剤治療の症状やどう乗り切るのか対処法を聞き、辛さをひたすら耐えるしかなかった。とくに最初の半年は辛かった」

学校の制服
写真=iStock.com/miya227
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/miya227

不安はどんどん押し寄せてきたが、ポジティブシンキングをすることにした。1年後にはあの制服を着て高校にいる自分を思い、将来的には看護師になりたいと決めた。入院生活で看護師さんのありがたみが分かって、「ああなりたい」と願った。ときどき高校に進んだ友人がお見舞いに来てくれた。高校での楽しい生活を包み隠さず話してくれたので、この1年を越えれば自分も楽しい生活が待っているように思えた。

受験のため、あと2クールの治療を残し、途中で退院をした。

病院から「前例が少ないので、最後まで治療するのが良いか断言することはできないけれど、どうしたい?」と問われ、「2年浪人は避けたい」と思い、すべてのスケジュールを終えずに退院した。山本さんはどうしても翌年の入試を受けたかった。

■第一志望校から「浪人生の入学は前例がない」と拒否される

ところが、がんを患い、浪人した学生を受け入れた前例がないからと、入りたいと熱望した高校から受験を断られる。母親は、その事実を山本さんにどう切り出そうか迷ったが「義務教育ではないから、学校側からそういわれると受験できない」と伝えた。

「結局、前例はないけれど、受験を許可すると言ってくれた高校が1校あってそこに進学しました。同時期にがんで入院していた有名大学の付属小学校に通う年下の男の子は、小学校の出席日数が足りなくても義務教育である中学までは進学できたが、高校へは進めなかったと、後になって聞きました。

医師から、『大人のがんは、生活習慣などで理由のつくものが多いけれど、子どものがんは原因が分からないものも多く、あなたのせいじゃないから』と言われていました。

自分が悪いのではないのに、高校の受験で、なぜこんなにつらい思いをしなければいけないのかと思いました」

14、15歳で数々の試練を越えた山本さんは大学の看護学部に進み、現在まで再発もせずに「寛解」の状態で看護師として働いている。

■将来、妊娠するために卵巣ごと凍結

入院の初期に、両親は「化学療法が始まると、妊娠は無理です」と医師から告げられたという。「排卵を誘発して卵子をとる方法もあるが、がんを取りきるだけとってしまいましょう。待っている間に、がんがまた根をはやしてしまうかもしれない。やるとすれば卵巣ごと切除して保存するしかありません」

女性の腹の超音波検査
写真=iStock.com/PonyWang
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PonyWang

「母は、同じ女性の立場から娘の将来を思って、選択肢を残しておいてほしいと医師に伝えたそうです。そこで私も両親、小児科の医師、産婦人科の医師、それぞれの立場からの話を聞きました。

悩みましたね。14歳ですから、自分が将来結婚するかもわからず、子どもを持つということが想像できませんでした。しかし将来、もしそのことで自分が悩んで、悲しい思いをするのだったらやはり選択肢は残しておいたほうがいいと思って……。化学療法が始まれば、卵巣はダメージを受けるので、やるなら今しかない、と『受けさせてほしい』と両親に話しました」

母は納得したが、父は「凍結にはお金がかかるんだよ」と立ち上がって声を荒らげた。卵巣は健康だから、保険診療の適用にはならない。自由診療だ。

入院中の医療費に関しては申請により小児慢性特定疾病医療費助成制度の対象で、無償だ。だが、卵巣の凍結に関しては、手術のみで60万円ほどかかるという。

■「子どもができないかもしれない」と不安がる彼氏の両親

「結局両親は卵巣の凍結をさせてくれました。現在も卵巣を一層取り出して何個かにスライスして凍結してあります。その一部を戻して妊娠に備えることになると思うのですが、まず組織として機能して採卵が可能かどうかが最初のハードルです。卵子を採れたとしても、子どもが生まれるまでには、いくつものハードルがあります」

家族以外に、この状況を話しても、一般的な不妊の話と同じだと、とらえられやすい。「そういうのとも違うんだけどなあ」と山本さんは違和感を覚える。

20代になってから付き合った元カレには、がんや凍結している卵巣のことをある程度理解してもらった。ところが、向こうの母親が全然受け入れられず、結局、別れた。

「かわいい息子を、出来損ないみたいな女にはやれない、と思っていたみたいです。現在、交際中の彼にも状況を話したが、ご両親も含めて温かく見守ってくれています」

■制度で望むことは「相談窓口の整備」と「医療費助成」

現在は腫瘍に関して、小児科は年1回、卵巣機能低下に関する婦人科受診は3~6カ月ごとに1回通院していて、費用は、再診料だけなら数百円で、付随する検査等があれば数千円。また婦人科は処方薬があるので、診察とは別に5000円前後の支払いがあるそうだ。

「いま不妊治療は保険適応になりました。卵巣凍結や移植に関しても60万円ほどの助成があるようです。私としては、過去に遡って、凍結と移植に何らかの助成を受けられるといいなあと思います。

凍結更新も2年で2万円ほどかかります。助成でなくても、高額療養制度のように上限制にして欲しいと思っています。制度としては医療費の補填があると助かります。

そしてこの治療には、こういう助成があるということを、相談窓口などで患者に知らせてほしい。医療費が高くて、受けたい医療が受けられない人もいるはずです」

同僚や外部の医療従事者に自分のサバイバル体験を話すこともある。もっと状況を知ってもらい、医療にもケアにも役立ってほしいと考えている。

「今後は、がんの当事者として、病院内の看護師としてだけではなく、ケースワーカーやソーシャルワーカーの方たちとも連携し、小児医療や生殖医療の現場でも、チームを作ってAYA世代のがん患者をサポートしていきたいと思っています」(山本さん)。

AYA世代のがんは、国のがん対策で支柱の一つになっている。当事者たちの声を国はどう聞くのだろうか。その「生きづらさ」を社会で支え、解消していこうという取り組みが全国で求められている。

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樋田 敦子(ひだ・あつこ)
ルポライター
明治大学法学部卒業後、新聞記者に。10年の記者生活を経てフリーランスに。女性や子どもたちの問題を中心に取材活動を行う。著書に『コロナと女性の貧困2020-2022~サバイブする彼女たちの声を聞いた』『女性と子どもの貧困』『東大を出たあの子は幸せになったのか』(すべ大和書房)がある。NPO法人「CAPセンターJAPAN」理事。

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(ルポライター 樋田 敦子)

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