なぜ日本人は「アート思考」「デザイン思考」が苦手なのか…「おしゃれな見た目」を取り入れられない本当の理由
プレジデントオンライン / 2024年1月11日 10時15分
※本稿は、山﨑晴太郎『余白思考』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■ロジカルシンキングから脱却するための思考法
「アート思考」や「デザイン思考」という言葉を聞いたことがある方は、少なくないと思います。
アート思考とは端的にいうと、芸術家(アーティスト)の思考のこと。自分自身の経験や興味関心に基づき、非連続なコンセプトを導き出す思考方法です。
そしてデザイン思考とは、デザイナーやクリエイターの思考プロセスを活用した手法で「人間中心思考」とも呼ばれ、他者視点で解決策を考えるものといわれています。商品やサービスを使うユーザーの視点から考える手法です。
アート思考とデザイン思考では、思考フレーム(当てはめる対象)や実践方法は違いますが、どちらも、マインドセットは共通しています。それは、ロジカルシンキングという「枠」からの脱却です。
「論理的に実証可能なことを積み重ねていった先に、最適な答えがある」「前例をもとに分析を行い、業務を進めた先に、より先進的な何かが見つかる」などの日常的によく使われる論理的思考、いわゆるロジカルシンキングばかりが肯定されている「従来の仕事のあり方」や「価値の生み出し方」に疑問を投げかけるものです。
そして、
「常識にとらわれないで、考えてみよう」
「前例とは違ったことにでも、恐れず踏み出してみよう」
「白と黒の間にある灰色の領域を活用してみよう」
という柔軟な考え方を勧めるものでもあります。それを本書では、「余白思考」と名づけて提案をしています。もちろん、ただ闇雲に感覚的に行うのではない、ノウハウとしての提案です。
■ブランド力強化のために求められるデザイン経営
もう一つ、「デザイン経営」という言葉を耳にしたことのある方も多いでしょう。
日本企業の国際競争力を高めるため、2018年に経済産業省と特許庁が発表した「『デザイン経営』宣言」に端を発し、イノベーションの創出やブランド力の強化を目指すために、デザインの力を経営に並走させることを提言しているものです。
僕自身、「デザイン思考」や「デザイン経営」をテーマにして講演などをさせてもらうことも多く、世の中からの関心の高さを感じています。
ここでご紹介した考え方はどれも、企業やブランド、あるいはビジネスパーソンが成長するための、そして新しいビジネスを創出しプロジェクトの停滞を突破していくための鍵を握るものです。
ですが、残念ながら、今の日本社会では、この「アート思考」や「デザイン思考」という考え方、そして「デザイン経営」が、深く浸透しているとはいえません。それらの持つ本来の意味よりも、かなり縮小され、かつ限定的に使われてしまっているようにも感じています。
■デザイン経営ができない理由は「余白」不足
僕は、それには明確な理由があると考えています。
冒頭からこのようにいうと、「どの立場から言っているのか」と思われてしまうかもしれませんが、僕が本書でお伝えしたいのは、「アート思考」「デザイン思考」「デザイン経営」を横断する非言語思考の根本であり、本質的な部分にも深く関係する概念です。
それが「余白」です。
本書では、「余白」という言葉を軸に、今、働くすべての人に求められる新しいものの考え方を提案します。「従来の仕事のあり方」や「価値の生み出し方」に限界を感じている方には、大きなヒントとなるはずです。
また、アート思考やデザイン思考、デザイン経営への理解も、より深まるでしょう。そして前述の、
「常識にとらわれないで、考えてみよう」
「前例とは違ったことにでも、恐れず踏み出してみよう」
「白と黒の間にある灰色の領域を活用してみよう」
を、今より自由に、かつ、自信を持ってできるようになるでしょう。
皆さんの仕事に、日常に、新しい視点が加わって、今まで見えてこなかった可能性が開いていくはずです。
■アーティストはビジネスに新しい視点と概念を示す人
皆さん、こんにちは。山﨑晴太郎(やまざきせいたろう)と申します。僕はデザイナーであり、アーティストであり、三つの会社を経営する会社経営者でもあります。また最近は、TBS「情報7days ニュースキャスター」やNTV「真相報道 バンキシャ!」などのテレビ番組に、コメンテーターとして出演したりもしています。
日本では「デザイナー」というと、デッサンをしたり、製品の形をきれいに整えたり、ウェブサイトなどの見栄えをよくしたり……という表層的な視覚表現の仕事だと思われがちです。
また「デザイン」という言葉は、最近では広義に使われるようになり、組織をデザインする、社会をデザインする、人をデザインするというように多様な概念を含む、どうにも掴つかみづらい概念になっています。
「アーティスト」というのも、ビジネスサイドから見ると、美意識が独特・常識外れで話が通じない人、タイムパフォーマンスやコストパフォーマンスを度外視して作品づくりに打ち込む人、こだわりが強すぎて仕事をしにくい人、などと思われているかもしれません。
しかしそうしたいくつかの側面では、デザイナーやアーティストの本質を捉えきれてはいないでしょう。アート思考やデザイン思考の存在が示す通り、人間そのものを思考の軸として、根本に立ち返って物事を捉え直す人、非言語領域を武器に問題解決に向けて舵をとる人、強烈なコンセプトを持って社会にとって新しい視点と概念を提示する人。デザイナーやアーティストとは、こうした役割を果たす人なのだと、僕自身は考えているのです。
■いい経営者は「余白」のつくり方がうまい
本書はそうした視点から、
「余白の重要性」
「新しいものを生み出したり、次の成長を促したりする原点としての余白」
「余白のあり方は、物事のつながり方そのもの」
「いい余白が、いい伝わり方・コミュニケーションを生む」
「物事の価値は余白のつくり方で決まる」
という、余白の話をしていきます。
なぜなら、この「余白」こそ、アーティストやデザイナー、経営者としての成熟度を決める一つの尺度であると、僕自身が思っているからです。
いいアーティスト・デザイナー・経営者は、基本的に、余白のつくり方がうまい。
この考え方は、いわゆるアーティスト・デザイナー・経営者の方はもちろんですが、それ以外の方も十分に活用できるものです。たとえばプロジェクトマネージャーとしてチームを率いる仕事を求められている方や、新たな価値を生み出すようなクリエイティビティを求められている方。現状の改善や課題解決を求められている方や、新しいことへの挑戦を求められるビジネスパーソンの方。着実に成果を上げ続けることを求められているフリーランスの方、あるいは家庭の全般を見通して采配(さいはい)を振るう主夫・主婦の方にとっても、身につけることで大きなメリットを得られるものです。
■「余白」があると人生が楽しくなる
いいプロジェクトの前後には、いい余白があります。
クリエイティブなチームは、メンバーが余白を持っています。
余白の中で試行錯誤するからこそ、新しい価値を生み出すことができます。
家族の一人ひとりがのびのび自分らしくいられる家庭は、心地いい余白を皆で共有しています。
もっといえば、余白のつくり方がうまい人は、人生を楽しむのもうまい。古来、日本では、侘寂(わびさび)を愛し、枯山水(かれさんすい)に美を感じ、禅僧のような「持たない暮らし」「シンプルな生き方」に敬意を払い、その生き方に学んできました。その背景にも「余白」の存在があります。
仕事や人生を楽しむコツとしての余白を、皆さんにも味わい、身につけていただけたら幸いです。
■余白とは「成長の余地」である
本書ではまず第1章で「余白とは何か」を解説した後、第2章以降で「いい決断や判断をする」「いい人間関係を築く」「コミュニケーション能力を高める」「自分を成長させる」という四つの切り口から、余白の生かし方を説明していきます。
その前に、僕の考える、大きく二つの意味での余白の大切さをお話ししておきます。
①「自分の中」の余白
まず一つ目は、「自分自身が、自分の中に余白を持つ」という意味での余白です。
何か新しいスキルや能力を身につけようとするとき、余白はとても大事です。余白こそが成長の余地であり、自分自身の伸びしろになります。
自分自身の中に余白をつくるためには、「こういうときはこうすべき」「これが正しい、これは間違い」といった先入観や偏見から、いったん距離を置く必要があります。
「こうすべきだと思っていたけど、別のこういう方法もあったかもしれない」
「これは間違いと思っていたけど、視点を変えたら間違いとも言い切れないのかも」
という異なる考え方や価値観の入り込む余裕が、余白です。
たとえば決断において、「これが正しい。それ以外はダメ!」と思っていては、今よりいい決断をすることはできません。そこに少しの余白をつくって、別の可能性を視野に入れる。そうすることで、決断や判断の幅が広がり、精度が上がっていきます。
■余白とは「良好な人間関係維持に不可欠な緩衝地帯」
②「相手との間」の余白
二つ目は、「相手との関係性の中に、余白を持つ」という意味での余白です。
僕たちは、皆平等に社会的な生き物です。そして、自分についてだけでなく、他人についても先入観や偏見を持っています。お互いに持っている「こうすべき」「これが正しい」を押しつけ合って、歯車のように完全にかみ合わせようとさせて、苦しくなっていないでしょうか。
それぞれ持っている思いはそもそもまったく別なわけですから、歯車が完全にかみ合うことはまずありません。たいていは、どこかを我慢して、相手に合わせてやっと少しだけ歯車が回る、くらいのものだと思います。
人間関係で悩んでいる方の中には、「どうやって相手に合わせたらいいのか」と思っている方もいるでしょう。反対に、「どうにかして相手に自分の思いを正しく伝えねば」と思っている方もいるかもしれません。
その考え方を少し変えてみましょう。そもそも歯車と歯車が直じかに接するほど、相手と至近距離にならなければいい。
たとえば相手に何か言いたいことがあるときにも、相手の心の大事な部分に、直接メッセージを投げつける必要はありません。自分と相手の間に余白をつくり、そこにメッセージを置きにいく。相手はそれを自分で取りにくる。
こうしたイメージで臨んだほうが、お互いが快適ですし、何より本当に伝えたいことが伝わります。コミュニケーションは、強引にわからせようとしても機能しないことが多いのです。
自分の中に余白を持つ。相手との間に余白を持つ。
この「余白思考」を持つことで、様々なことがうまく回り始めます。本書でお伝えしたいのは、まさにその技術です。
まだまだ抽象的な説明で、「余白?」となっている方も多いかもしれません。どうぞこのまま読み進めてください。余白とは何か、余白のつくり方、余白の活用の仕方、そしてそれによってどんなことが可能になるのかを、僕自身の体験も交えてお伝えしていきます。
余白思考によって人生が今よりもっとラクに、ポジティブに、前向きになる。そんな人が1人でも多く増えることを願っています。
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アートディレクター、アーティスト
株式会社セイタロウデザイン代表。3児の父。株式会社JMC(東証グロース)取締役兼CDO。株式会社プラゴCDO。ブランディングを中心に、グラフィック、WEB・空間・プロダクトなどのアートディレクションを手がける。「社会はデザインで変えることができる」という信念のもと、各省庁や企業と連携し、様々な社会問題をデザインの力で解決している。グッドデザイン賞金賞や日経MJ広告賞最優秀賞など、国内外の受賞歴多数。各デザインコンペ審査委員や省庁有識者委員を歴任。2018年より国外を中心に現代アーティストとしての活動を開始。TBS「情報7daysニュースキャスター」、日本テレビ「真相報道 バンキシャ!」にコメンテーターとして出演。主なプロジェクトに、東京2020オリンピック・パラリンピック表彰式、旧奈良監獄利活用基本構想、JR西日本、Starbucks Coffee Japan、広瀬香美、代官山ASOなど。
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(アートディレクター、アーティスト 山﨑 晴太郎)
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