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即興の感情表現なのに「出してはいけない音」がある…「ジャズのアドリブ進行」に隠されている高度なゲーム性

プレジデントオンライン / 2024年1月21日 16時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nikolay Tsuguliev

ジャズには一体どんな魅力があるのか。ジャズ評論家の後藤雅洋さんは「一見デタラメに見えるアドリブも実は西欧音楽由来のコード進行に従っていて、演奏者によって個性が出る。ツボさえつかめば、お気に入りのミュージシャンならではの『聴かせどころ』が一層魅力を増していく奥の深い音楽だ」という――。

※本稿は後藤雅洋『マンガで学ぶジャズ教養』(扶桑社)の一部を再編集したものです。

■「敷居の高い音楽」への挑戦者が増えている

いま、「ジャズ」が大人が聴くおしゃれな音楽として注目を集めています。確かにジャズ喫茶でコーヒーを飲みながら静かに演奏に聴き入るダンディな紳士の佇まいには、「自分の世界」を持っている大人の風格が感じられますね。

また東京・青山や丸の内の華やかなジャズクラブで、ワイングラスを傾けながら海外ミュージシャンの演奏を楽しむ男女の姿は、ジャズがカジュアルな音楽として幅広いファン層に受け入れられていることを示しています。

その反面、ジャズがロック、ポップスに比べ、「敷居の高い音楽」というイメージを持たれていることも確か。しかし、だからこそ挑戦してみようという先端的な意識を持った音楽ファンが最近増えているのです。

■「何かわかっている人」への憧憬

ジャズには「メロディがわかりにくい」という最初の敷居が立ちはだかっています。しかしジャズファンはそんなこと当たり前だよという顔をしてジャズを楽しんでいます。ちょっとうらやましいとは思いませんか?

ぜひ同じ音楽ファンなのに「この違いは何なの」と憤ってください。よく映画館で字幕のないところで笑っている人がいますよね。いかにも「オレは英語がわかるんだぞ」と誇示しているみたいで若干いやみったらしいのですが、ちょっと憧れちゃうところもあったりして……。

ここは素直に背伸びしちゃいましょうよ。英語のリスニングも要は慣れ。同じようにジャズだって慣れちゃえばポップス感覚で楽しめるようになるんです。

■演奏者の違いがジャズの「聴きどころ」

トレンドミュージックの魅力は、キャッチーなメロディや印象的なサビなど、わかりやすく表現されます。ですから聴き方など教えられずとも、容易に音楽の中に入っていけるのです。それに比べ、ちょっと聴いただけではメロディラインすらつかみにくいジャズは、敬遠されがち。しかしジャズの「聴きどころ」は、哲学の命題のような難解な理屈ではありません。むしろトンチクイズの答えのように「なんだそんなことか」と思われるほどシンプルなのです。

心理学の本に必ずと言っていいほど出てくる「ルビンの壺」の図形、「壺」を見ちゃうと、背景を形作っている「向かい合っている顔」は意識にのぼりません。しかし、誰かに「背景を見てごらん」と言われれば、たちどころに「顔」が浮かび上がってきます。

このたとえに寄り添えば、ポップスなど一般的な音楽の聴きどころである「楽曲の魅力」に気持ちが引きづられると、それを表現している「演奏のニュアンス」が意識にのぼりにくくなるのです。

まあ、ミュージシャンは曲を演奏しているので「ルビンの壺」のように両者は同じものなのですが、一度「演奏の違い」に注意を傾けると、ミュージシャンによる微妙なニュアンス、解釈の違いが見えてくるようになります。

ジャズではこの違いをさまざまなやり方で強調することによって、楽曲の魅力に勝るそれぞれのミュージシャンならではの「個性的表現を聴きどころ」としている面白い音楽なのです。

■ジャズのアドリブと芸人のアドリブは違う

「違いをさまざまなやり方で強調~」と書きましたが、その代表が「アドリブ」と呼ばれるもので、ジャズ特有の敷居の高さの象徴でもあり、また、それゆえの憧れの対象だったりもするのですね。しかしジャズのアドリブについては、いくつかの誤解が付きまとっています。

誤解の第一は「あれはデタラメである」というもの、その反対に「思想を表したもの」などというものもあります。また、かなり流通しているのは「感情表現である」という理解です。これらはすべて、微妙にズレています。

「アドリブ」とは簡単にいえば「即興」、くだいていえば、「その場の思いつき」でもあります。TVなどで芸人さんがアドリブで状況に対応し、ウケている場面などが代表でしょう。ジャズのアドリブも似てはいるのですが、ちょっと違うのです。

■出していい音と「アウトな音」がある

まずデタラメではありません。ジャズのアドリブにはそれなりのルールがあり、出していい音とアウトな音があるのです。

話題となったジャズ映画『BLUE GIANT』で主人公のサックスのアドリブに、音楽理論に詳しいピアニストが、「その音は間違っている」という場面がありましたよね。まさに「アウトな音」があるのです。

また、「思想云々」もまったく無関係とはいえませんが、そもそも抽象的な「音」で厳密な「思想」を正確に表現するのは無理。残るは「感情表現」。これはかなり近いのですが、それこそ『BLUE GIANT』の主人公の「感情に任せた熱演」はピアニストにダメ出しされちゃっているのです。ジャズでは、「感情や気分」の表現もルールに従う必要があるのですね。

■コード進行上で楽しむ自由

ジャズは思いのほか西欧音楽の影響が強いのですが、その西欧音楽はメロディの背後に必ず和音(複数の音、「コード」ともいう)がついています。「ハーモニー」のことですね。ロックあるいはフォークでも、ギターで複数の弦を押さえ同時に「じゃらん」と鳴らすあれです。小学校でもドミソの音は同時に鳴らしてもきれいに響く「協和音」なんて教えられましたよね。歌い手さんは、それを伴奏として歌うのです。

ギタープレーヤー
写真=iStock.com/deepblue4you
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/deepblue4you

たとえば、ギターが「ドミソ」とかき鳴らしているとき、その伴奏に「乗せられる=ハモる音」は限定されますよね。ですからときどきバックの和音を変えていく必要がでてきます。そうしないと音楽が醸し出すムード、雰囲気が単調になってしまうからです。

この単調さを避けるため、バックの和音を少しづつ変えていくことを「コード進行」などといいます。ジャズに芸術的ともいえる要素を付け加えた天才アルト奏者、チャーリー・パーカーは、原曲の「コード進行」を維持しつつ、元の音(旋律)とは異なる音列をその場の閃きで連ねていく、高速演算ゲームのような離れ業を行ったのです。

結果として、一聴、何の曲だかわからないという敷居の高さが生じたのですが、楽曲の基本構造は同じですから、聴き慣れれば一種の納得感が生じるのですね。ジャズファンが「そんなことは当たり前」とばかりに演奏を楽しめるのは、こうした理由があるからです。

映画『BLUE GIANT』で主人公が「ダメ出し」されたのは、感情に任せ「コード進行」を外したからなのです。

■深くは考えず聞き慣れる is BEST

ジャズのアドリブがデタラメではなく、西欧音楽由来のコード進行に従った一種のゲーム的な操作であることはお解りになったかと思います。

そこででてくるのが、「なぜジャズミュージシャンはそんなややこしいことをするのか?」という根源的疑問ですよね。

その理由は意外とシンプルで、ルイ・アームストロングが先導した「自分らしさを出す」ためだったのです。パーカーの「発明」は自己表現の幅を大きく飛躍させ、高度化したのです。

ルイ・アームストロングをフィーチャーした米国の切手
写真=iStock.com/traveler1116
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/traveler1116

ちなみに、ルイをはじめとしたパーカー以前のジャズミュージシャンのアドリブは、原曲のメロディラインを自己流に崩す程度だったので、普通の音楽ファンにも親しみやすかったのですね。

そこで最後に出てくる疑問は、「ジャズファンはパーカーが発明した“音楽理論”を理解したうえで楽しんでいるのか?」でしょう。こうした疑問は根強く、敷居の高さに一役も二役も買っているのですね。

答えはシンプルです。ジャズミュージシャンは高度な音楽理論を身に付けていなければとうてい演奏などできませんが、聴く方はそんな知識は微塵も必要ないのです。

私たちはレストランで「これは美味しい」と思ったとき、瞬時にそのレシピを言い当てることなどできるでしょうか? それができるのはプロの料理人さんだけですよね。私たちは「聴き慣れれば」すぐに訪れるジャズならではの「納得感を伴った個性的表現」を楽しめばいいのです。

■一体感を得られるロックやポップス

ロック、ポップス、そしてアイドルミュージックのファンは音楽の魅力にひかれ、ファンとなると同時に「同じミュージシャンを聴く仲間の一員」となる喜びも少なからずあるようです。それは大観衆がそろってペンライトを振ったり、ミュージシャンの名前や顔が描かれたTシャツなどがよく売れることに現れています。

要するに音楽を通じ、他者との「一体感」が得られる喜びも無視できないのです。野球、サッカーのファンが推しチームのユニホームを着て盛り上がるのと似ているのかもしれませんね。

こうした「一体感を伴った楽しさ」は誰しもが体験できるものなので、若年層が最初に魅せられる音楽ジャンルがポップスであることに、理由はちゃんとあるのです。

■ジャズは孤独な盛り上がりを楽しむもの

他方、微妙な演奏のニュアンスの違いが生み出す「個性的表現」が聴きどころであるジャズは、それぞれのミュージシャン特有の持ち味を把握するのにそれなりの観察眼・集中力が要求される音楽です。漫然と聴いていても楽しめるとは限りません。それと引き換えに、ツボさえつかめば、お気に入りのミュージシャンならではの「聴かせどころ」が一層魅力を増していく奥の深い音楽なのです。

そのことと関りがあると思うのですが、ジャズの聴衆は盛り上がりこそすれ、「共感の中身」はあくまでミュージシャンと自分という「個」の関係になりがち。この辺りもジャズが大人の音楽とされる理由なのかもしれません。粋な大人は決して群れません。

■系譜でディグる教養的なおもしろさ

一概には言えませんが、ポップス界の大物たちはそれぞれ独立した魅力・輝きを放っているようです。ロックの先駆け的レジェンド、ビートルズとローリング・ストーンズは共にイギリスが生んだ大スターですが、必ずしも両者に共通した音楽的要素があるようには思えません。それと関りがあるのか、ファン層もビートルズ派とストーンズ派に別れているような気がします。

他方、ジャズはミュージシャンの人間関係・音楽性が深く絡み合っているので、マイルス・デイヴィスのファンがジョン・コルトレーンも聴くという現象が起こるのですね。これは一時期コルトレーンはマイルスバンドのサイドマン(サポートミュージシャン)だったので、当たり前と言えば当たり前なのですが……。

後藤雅洋『マンガで学ぶジャズ教養』(扶桑社)
後藤雅洋『マンガで学ぶジャズ教養』(扶桑社)

こうした事情から、ジャズではちょっと高度な楽しみ方も用意されているのです。マイルスを聴いているファンはコルトレーンの演奏も耳に入るので、「ちょっとコルトレーンのアルバムも聴いてみようか」という趣味の広がりが期待できるのです。

また、天才的ピアニスト、バド・パウエルは以後のピアノスタイルに圧倒的な影響を与えたため、「パウエル派」と呼ばれる一群のピアニストたちが誕生しました。彼らのスタイルには強い共通項があるので、その中の一人、たとえばウィントン・ケリーが好きになると、同じパウエル派のケニー・ドリューにも食指が動くという、ちょっと高度でマニアックな楽しみ方ができるのですね。この辺り、まさに「大人の音楽」ならではだと思いませんか。

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後藤 雅洋(ごとう・まさひろ)
ジャズ評論家
1947年東京生まれ。慶應義塾大学在学中の67年、東京・四谷にジャズ喫茶「いーぐる」を開店。人気の老舗ジャズ喫茶の店主としてのみならず、20万時間以上ジャズを聴いてきた経験からジャズ評論家としても多数の著作を刊行。ジャズの魅力を精力的に伝道している。「四谷いーぐるが選ぶ『ジャズ喫茶』のジャズ」というジャズコンピシリーズの監修も手掛ける。

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(ジャズ評論家 後藤 雅洋)

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