新NISA「1日でも早く」と焦る人が転げ落ちる穴…短期で老後資金ゲット狙って全貯蓄突っ込む大バクチ
プレジデントオンライン / 2024年1月28日 11時15分
■預貯金を新NISAに全部つぎ込むのはアリか
新NISAがスタートし、「1日でも早くやらないと損!」とばかりに、焦って投資を始める人が目立ちます。中には、赤字家計でありながら預貯金残高のほとんどをつぎ込むなど極めて危険な投資を考える人も。年末に相談にきた50代夫婦もそうでした。
田中マサトシさん(仮名・57歳・会社員)と妻のエリカさん(同・57歳・パート)は、数年前に25歳の次女が社会人として独立。夫婦二人暮らしになり、共働きを続けながら65歳までの8年間で老後資金を貯めようと考えていました。
ところが、マサトシさんが役職定年となり収入が減少。そこにきて、新しくNISA制度が始まると聞き、「急ピッチで老後資金を用意するなら、預貯金に手をつけるしかない」と考えたのでしょう。「貯金全額をすぐにでも投資に回したいんですけど、大丈夫でしょうか? 投資は未経験。この年で失敗はできないので、やり方が合っているか教えてほしい」と相談に来たのです。
田中さん夫妻は、教育ローンや奨学金に一切頼らず、長女(29歳)は大学まで、次女(25歳)は大学院まで卒業させました。世帯年収はピークの時で500万円弱。住宅ローンを返済しながら、よくぞここまで教育費を捻出できたと、そのがんばりには頭が下がる思いです。教育費と老後資金は綱引きの関係ですから、老後資金を貯められなかったのは仕方ないでしょう。
ただし、フルスピードで投資したいからといって、虎の子の預貯金をつぎ込むのは……。
話は逸れますが、今、日本では、「早く始めないと損」とばかりに、NISAのつみたて投資枠と成長投資枠の年間投資枠を合わせて年間360万円をつぎ込む人が出てきています。そうすると5年間で生涯投資枠の1800万円に到達し、この枠は売却すると再利用でき非課税投資で資金を増やせるので、お得だという考えでしょう。しかし、その方法が“万人にとって”効率的かといえば、NO。相場は常に上向きとは限りません。6、7年目で大きく下がり、高値づかみになる可能性だってあるわけです。
投資をするなら目安としては生活費の7.5カ月分の預貯金を確保した上で、毎月の余剰分から資金を出すべきです。急にまとまった資金が必要になって投資信託や株式を売ろうとしたタイミングに、相場が下がっていて含み損の状態だったら、損を確定してしまいます。月々のマイナスを投資でプラスにさせようという山っ気的な考えは、遅かれ早かれ痛い目に遭うでしょう。
■NISAを始める前に家計を見直すべき理由
そこで、田中家に投資ができるだけの余裕があるのか、家計簿を拝見。「月々赤字になることもあるけれど、年間で見れば問題ないと思います。貯金もできていますから」――マサトシさんはこうざっくりとおっしゃっていましたが、ところがどっこい。ふたを開けてみたら、マサトシさんは役職定年後、手取りの収入が2割減ったにもかかわらず、支出は増大し、赤字になっていたのです。
手取りの月収は、マサトシさんが26万円、妻のエリカさんが7万5000円、合わせて33万5000円です。それに対し、月の支出は39万4500円。毎月6万円近くの赤字が出ていました。その赤字は、年間100万円のボーナスから補塡(ほてん)していて、ボーナスの残りが貯金となり、現在の貯蓄額は680万円程度。ボーナスで赤字を補塡できているから「年間で見れば問題ない」と考えたようですが、臨時の大きな支出があれば、ボーナスは瞬時に消え、貯金は赤字補塡で減る一方ではないでしょうか。
それにしてもなぜここまで赤字になるのか。減収前の生活水準を崩せない人は多いですが、田中家の場合は別の事情がありました。
50代後半になり、時間に余裕ができた。今まで仕事と子育てに追われてきた分、夫婦水入らずでプライベートを楽しみたいと、ちょっと足を伸ばして隣県まで日帰り温泉に出かけることが増えたようなのです。すると、その帰りに道の駅に立ち寄り、現地の安い野菜を買ったついでに、高めの名産品までも買ってしまう。それがバカにならない額に膨れ上がっていた――のです。
「30年以上あくせく働き、家計を切り詰めて教育費を捻出し、自分たちのことにお金を使えなかった。子育てを終えて時間ができた今、少しばかりはお金を使ってもバチは当たらないだろう。別に旅行三昧で贅沢しているわけではないし」――そんな心境になるのも理解できます。
ただ、その一方で、65歳まで10年足らず。急ピッチで老後資金も貯めたいから預貯金を投資につぎ込みたい、という思考には「待った」をかけざるをえません。
繰り返しになりますが、投資は、毎月赤字が出ている状態でするべきものではありません。あくまでも余剰資金で行うものです。まず目の前の収支をプラスにして維持しつつ、貯蓄を増やしていくことが先決。家計の見直しは避けて通れません。早速、家計にメスを入れさせていただきました。
まず通信費は、社会人になりたてはお給料も少なくて大変だろうからと、独立した次女の分までまだ親御さんが払っていたため、引き落とし口座は次女名義に変更。食費や日用品は「必要な物を必要な分だけ買っている」と言っていましたが、結構な細かい支出がある。特に、車でプチ遠出する時の支出が多いので、頻度を減らしてもらいました。小遣いは、マサトシさんの収入が減った分、これまでお昼や夜食用にコンビニで購入するために確保していた小遣いから2万円を削減。
そうして、支出から7万7500円をカットし、見事に赤字家計を脱却し、1万8000円の黒字に転換させました。
■退職金が入っても「細く長い」つみたて投資を続けてほしい
家計が整ったところで、満を持して投資のスタートです。黒字化によって切り崩す必要がなくなった預貯金680万円のうち、生活費7.5カ月分である約300万円を当座資金として差し引き、毎月の家計から残る分と残り380万円の貯金から月5万円ずつ、NISAのつみたて投資枠の方に積み立てることになりました。お二人は今回が初めての投資なので、投資の“いろは”が分かってきた段階で、毎月の積立額を増やしていく計画です。
気をつけてほしいのは、退職時。マサトシさんは、60歳で、およそ1500万円程度の退職金が出る見込みです。そこで金融機関の営業マンの口車に乗せられて退職金をつぎ込まず、長い期間をかけて少額ずつ積み立てを続けてほしい。金融庁の資産運用シミュレーションによると、仮に今の57歳から77歳まで、貯蓄や退職金の一部を月5万円ずつ20年間積み立てていけば、利回り3%で1641万5100円になる計算です。
投資は「太く短く」ではなく、「細くても長く」行うのが大原則です。「新NISAをいかにフル活用するか」「1日でも早くしないと損だ」という考えにとらわれる人は多いですが、急いては事を仕損じます。NISA情報に頭を支配されず、自分の家計をよく見て、時には中立公正な第三者の意見を聞き、着実に資産を増やしていってほしいと思います。
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家計再生コンサルタント、株式会社マイエフピー代表
お金の使い方そのものを改善する独自の家計再生プログラムで、家計の確実な再生をめざし、個別の相談・指導に高い評価を受けている。これまでの相談件数は2万6000件を突破。書籍・雑誌への執筆、講演も多数。著書は90万部を超える『はじめての人のための3000円投資生活』(アスコム)や『年収200万円からの貯金生活宣言』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を代表作とし、著作は171冊、累計380万部となる。
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(家計再生コンサルタント、株式会社マイエフピー代表 横山 光昭 構成=桜田容子)
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