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税金の2割は「借金の元利払い」で消えている…「債務残高1000兆円」の日本に残された"政治的対処法"

プレジデントオンライン / 2024年3月1日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maroke

日本の国債の債務残高は1000兆円を超えている。元衆議院議長の伊吹文明さんは「国債の負担は今は投票権のない将来世代にのしかかる。不必要な公共サービスを国債を財源として実施する政治には問題がある」という――。

※本稿は、伊吹文明『保守の旅路』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

■「国家は過去・現在・将来という三世代の共同体」

「保守の旅路」も終着点に近づきました。ここで、私が日本の将来のために、軌道修正しておかねばならぬと考える財政規律のことについて、記したいと思います。若い世代の方々、特に若い政治家や公務員の皆さん、またそれらを志す方々には、この章を読んでもらい、「保守の旅路」を今一度振り返って頂ければと願っています。

何度も繰り返していますが、保守思想を理解するために必須の書とされる『フランス革命の省察』の著者であるエドマンド・バークは、「国家は過去・現在・将来という三世代の共同体」という趣旨を記しています。先の世代の残した有形、無形の遺産、負の遺産の上に私たちは今を生きており、その中で私たちは何か良きものを加えて、次の世代に受け渡していく。多くの負の遺産を受け継げば、次の世代の日々は困難の連続になります。先の世代の遺産に安穏と胡座をかいていても、次の世代からは感謝されないでしょう。

国家に限らず、企業や家族も同じです。明治以降に創業し、豪商、老舗と言われた企業で、今もしっかり残っているところは少ない。世代を越えて受け継いでいくことの難しさ、毎日の努力、時代を見る目の大切さがわかります。

■苛烈な税負担に立ち上がった13世紀英国の国民

現在のように国際法が整備され、国際秩序が維持されていると、ウクライナ侵略やクーデターのようなことがあっても、国家が消滅することは考えにくい。領土とそこで暮らす国民の存在を消し去ることは困難でしょう。ただ、現在の日本は国民の間に奇妙な安心感が広がっていて、自己の価値観に固執し、公共の精神は大事にされなくなっている。現状維持の感覚が広がり、人口減少や財政規律の緩みなどの負の遺産が積み重ねられているように思えます。誤りなき選択により、できるだけ負の遺産を残さぬようにしなければと思う昨今です。

現在の日本のような国民主権や間接民主制がどのようにして成り立ってきたのか考えてみましょう。かつて、欧州列強には絶対君主制の時代がありました。国王にすべての権限が集中し、その結果、国王の独断によって多くの戦争を繰り返し、費用を国民から徴収していました。13世紀の英国で、苛烈な税負担に国民が立ち上がり、「納税者の同意なくして、課税負担なし」といった内容の大憲章「マグナ=カルタ」を国王に認めさせました。これが議会の始まりと言われます。納税者の意向で税収が決まり、結果的に国王の支出が規制されることを意味します。英国が議会制民主主義の母なる国と言われる所以です。

■国債という「麻薬」の中毒から抜け出せなくなっている

その後、多くの国では、国民の投票で議会や政府が形成され、国民の日常生活を支える現在の統治制度が定着します。納税者と公共サービスの受益者は、議会や政府を媒介させることで一致したのです。国民は納税者であり、かつての王様のような主権者にもなったのです。「王様」が多くの公共サービスを期待するなら、その費用もまた、「王様」の負担のはずです。

しかし、ここに抜け道が出来ました。現状の課題を解決するために、税負担を増やして費用を調達するのではなく、国債を発行し、支払いを次の世代に先送りしてしまうという方法です。これは、現世代の痛みを緩和する「麻薬」とも言えます。麻薬も適切に使えば、麻酔効果で良薬になるように、不況で税収の少ない時に利用し、景気が回復し、税収が増えたら、まず借金を返済していけば、麻薬中毒にはなりません。しかし、一度楽になると忘れられずに使い続けて、結局、中毒症状から抜け出せなくなっているのが現状ではないでしょうか。

メタリックブルーとピンクの背景に日本円のシンボル
写真=iStock.com/spawns
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/spawns

■麻薬のような国債を気楽に使い続ける怖さ

財政を患者にたとえれば、健康状態の管理を預かる主治医は政治の役割でしょう。財務省をはじめとする官僚機構は、主治医の指示で治療にあたる担当医でしょうか。

政治において、立派なビジョンや政策は必要条件ですが、それだけでは政治を動かすことはできません。実行するための地位、権力が必要です。それらの条件は、主権を持ち、投票権を持つ国民の投票によって与えられます。投票によって選ばれて、はじめて政策を実行することが可能になる。大事なのは、政治の側が、権力を得るためではなく、「何をなすか」ということを国民の前で堂々と訴え、国民の良識に期待する気概を持つことでしょう。

また、国民、有権者側にも麻薬のような国債を気楽に使い続ける怖さを理解していただきたい。選挙のときには華やかな公共事業など大きな公共サービスを公約にする政治家も登場しますが、うっかり投票しないよう留意していただきたいと思っています。国債という麻薬を使って、過剰な公共サービスの充実を公約に掲げ、投票を求める姿勢は底が浅く、この先は国民に段々と受け入れられなくなることを期待しています。

■小選挙区制では党執行部の立場が強くなりすぎる

かつて、衆議院が一選挙区から複数人が選ばれる中選挙区制だった時代は、例えば5人区では候補者は20%の得票率で当選できました。同じ選挙区から自民党の候補者が複数立候補することも可能だったため、自民党内も一色に塗りつぶされることはなく、党内でも多様な意見が自由闊達(かったつ)に交わされていたものです。しかし、最大で50%もの得票率が必要と言われる現在の小選挙区制になってからというもの、候補者は自由な議論を封じられる傾向があり、あれもこれも実現しますという歳入を度外視したバラマキに陥りやすくなるという弊害があるように思います。

というのも、各党が一選挙区に一名しか公認しない小選挙区制では、公認権を握る党執行部の立場が俄然強くなるからです。なんとしても選挙に勝ちたいと考える党執行部が、有権者に受けが良いと思われる安易なバラマキを行い、国債発行に走った場合、候補者個人としてはなかなか反対意見を出しづらい雰囲気があるのです。このため、かつての自民党税調(税制調査会)のような財政規律に対する強い主張が出てこないように思います。自民党では、総裁をはじめとした執行部に、財政規律の大切さを、あらためて認識してもらう必要がありそうです。

選挙ポスターの掲示板
写真=iStock.com/y-studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

■内閣人事局制度の発足による影響

担当医である官僚機構からも、率直な意見具申が少なくなったのは、時代の変化が大きいのでしょうか。国債発行のなかった時代は、公的部門に資金が有り余っていました。官僚機構の発言力は公的資金の歳出抑制にあったと思います。国債発行という抜け道を政治家に握られた無力感は大きなものがあるでしょう。

さらに、2014年に政治側が官僚機構の幹部人事にまで関与できるようになった内閣人事局制度が発足したことにより、官僚機構はますます官邸が打ち出そうとする方針を諫めにくくなったという現実もあります。幹部人事を内閣が承認するという制度は間違ったことではありませんが、どのような制度にも長所と短所があり、短所が突出しないためには、丁寧で抑制的な運用が必要です。政治家が官僚機構の意見にも耳を傾ける度量、政治に従順かどうかだけで人事を決めないという節度や矜持が求められるのではと思います。この度量や節度、矜持を欠くと、政治に忖度(そんたく)して地位を得たり、省益を守ろうとしたりする官僚が出てきます。その結果、財政規律も損なわれると思うのです。

■国債の債務残高は1000兆円を超えている

戦後しばらくは、日本の財政は国債発行なしで運営されていましたが、1965年に初めて国債が発行されます。さらに経済成長率が少しずつ鈍化し、税収が伸び悩む一方、長寿高齢化によって、年金、医療、介護の財政負担が増えました。子育てや教育への支援、公共インフラの充実を求める国民の期待に応えつつ、税負担を求める政治的リスクを避けるため、国債発行は年々増えています。

令和5(2023)年度の国民への公共サービスに使う一般会計予算の総額は約114兆円で、その31%は国債で賄われています。これまで50年近く積み上げてきた国債の債務残高は1000兆円を超え、毎年の元利払いは25兆円と予算の2割に達しています。前の世代の借金の元利払いのため、現在の私たちの納めた税金の2割は、私たちの判断で使い道を決めることができないのです。

コインの上にあるTAXと書かれた木製キューブ
写真=iStock.com/Dilok Klaisataporn
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Dilok Klaisataporn

■国債残高で身動きがとれない状況

また、我が国の経済運営も私たち日本人の思い通りにいかない厳しい現実があります。グローバリゼーションの進展によって、以前にもまして国際マーケットの動向に日本経済が影響されるようになり、経済を思うように動かせない時代に入っています。例えば、現在の物価高です。ウクライナ侵略による原油、穀物などの国際商品の価格高騰もありますが、それ以上に、日米の金利差で、円を売り、ドルで運用する圧力による円安の影響が大きいと言われています。2023年11月の時点で、1ドルは約150円です。2022年は1ドル130円、新型コロナ禍前は1ドル110円でしたから、為替変動だけで、輸入品は約4割の物価高騰です。

しかし、金利を上げる政策をとれば、国債残高1000兆円ですから、金利1%上昇につき最終的な国債費は10兆円以上増え、その分、公共サービスに回るお金が減るという八方ふさがりで、国債残高で身動きがとれない状況です。

今は物価高で国民生活は大変です。しかし、物価高に耐えられる高額所得者までを対象にした、バラマキ型の減税や給付金などはやめ、生活が困難な人のみを対象にした対策に絞るべきです。そのうえで、国内経済を再生する抜本的対策に力を入れ、不要不急の支出を減らし、財政規律を回復する日本政府の姿を見せれば、為替相場は円高基調に反応し、物価上昇は緩やかになるでしょう。

■政府の決意を示す具体的なビジョンを期待したい

手術には痛みが伴い、完治までに時間もかかります。このため、多くの政治家はできることなら「治療」に乗り出したくない、現実の重い課題に手を付けることを避けたいのが人情ですが、こういう時こそ、政治のリーダーシップが求められると思います。2023年秋、内閣支持率の低下という国民の反応も、まさにこうしたリーダーシップに原因があるのではと思います。抜本的手術には、消費と国内設備投資を増やすビジョン、政策を実行することです。自由社会、市場経済では、政府が企業の経営権に立ち入れないので、消費や設備投資マインドを促す雰囲気作り、誘導が必要で、何より政府の決意を示す具体的なビジョンを期待したい。

消費を増やすには、物価の安定と経営の苦しい中小零細企業を含めた賃金アップが求められます。設備投資をせず、内部留保を抱えるような余裕のある企業には、社員の賃上げだけでなく、仕入れ先企業からの仕入れ価格引き上げを実施するように促し、公正な取引の監視にまで踏み込む姿勢がほしい。国内設備投資拡大には、海外進出企業の工場・生産拠点の国内回帰を進めることも大切です。特に経済安全保障上、重要な防衛、半導体、製薬産業についての誘導策は不可欠に思えます。

企業の経営権に介入できない自由社会、市場経済の下では、真に社会に貢献する企業を評価する文化、世論の形成が鍵になるでしょう。江戸時代の思想家で、「道徳と経済の両立」を唱えた石門心学の石田梅岩(ばいがん)の「商いは公の為にするもの」という言葉を皆で考える時です。

■長く続いた内閣は「信念を貫いた」点が共通している

抜本的手術で経済の体力が回復してきた時にこそ、国民への説明を尽くし、長寿社会の財源を皆で賄うために、消費税率引き上げの議論を避けてはならないと思います。

伊吹文明『保守の旅路』(中央公論新社)
伊吹文明『保守の旅路』(中央公論新社)

これらは全てが、政治の先見性と決断に懸かっています。時代の証言者として振り返ると、中曽根、小泉、第2次安倍と、長く続いた内閣は、政策への評価は分かれても、ぶれずに自己の信念を貫いたという点が共通していたように思います。岸田首相にも参考にしてもらえればと思います。

すでに触れたように、経済・財政政策の手段として、国債は悪ではありません。ケインズが提唱した、不況期は国債を発行し、財政支出で有効需要を補うフィスカルポリシーは一世を風靡(ふうび)したものです。

問題なのは、不必要な公共サービスを、現在の有権者には痛みの伴わない国債を財源として実施し、人気と票を得ようとする政治です。高額所得者への給付などは、行うべきではありません。その償還、利払いは、今は投票権のない将来世代にのしかかります。G7(先進7カ国)の中で、GDP比では飛び抜けて国債発行残高の多い国である日本の覚醒を願っています。

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伊吹 文明(いぶき・ぶんめい)
元衆議院議長
1938(昭和13)年京都府生まれ。生家は1820(文政3)年創業の繊維問屋。京都大学経済学部卒業後、大蔵省勤務を経て、1983年より衆議院議員(12期当選)。労働大臣、国家公安委員長、文部科学大臣、財務大臣、自民党幹事長などを歴任し、第74代衆議院議長に就任。2021年衆議院議員引退。『シナリオ 日本経済と財政の再生』(共著、日刊工業新聞社)、『いぶき亭 四季の食卓』(講談社)などの著書あり。

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(元衆議院議長 伊吹 文明 聞き手=読売新聞政治部編集委員・望月公一)

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