現地就業していた高学歴キャリア妻でも正社員復帰は難しい…駐妻が"駐妻経験"をひた隠しする切なすぎる理由
プレジデントオンライン / 2024年3月6日 6時15分
※本稿は、小西一禎『妻に稼がれる夫のジレンマ 共働き夫婦の性別役割意識をめぐって』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。
■夫の転勤に妻が帯同するのは当然なのか
男女雇用機会均等法には、施行当初、仕事と家庭を両立させるという視座が盛り込まれていなかった。つまり、男性と女性それぞれの機会を均等にすることによって、女性差別をなくすことが目的であり、仕事と家庭の両立を求める内容は盛り込まれていなかった。
家事と育児を主に女性が担うのであれば、女性が仕事と家庭を両立させるのは、どうしても困難になる。とりわけ共働き家庭において、こうした性別役割がなされていると、主な働き手は男性=夫となり、妻が夫と同様に活躍するのは妨げられる(川口二〇一一)。そのため、女性が家庭と仕事の両立に取り組めるように、男女雇用機会均等法は改正を繰り返し、女性を差別的に扱うことを禁じる文言が盛り込まれたりしてきた。
転勤についても従来、仕事と家庭の両立は考えられていなかった。企業は命令同然の形で転勤を要請しており、社員側の延期願いや拒否の声には耳を貸すことなく、家族の事情もほとんど顧みられなかった(三善二〇〇八)。夫の転勤に妻が帯同するのが当然とみなされてきたのだ。近年では、そうした認識が以前よりも少なくなった(高丸二〇一七)とはいえ、男性優位が指摘される日本的雇用慣行は、女性のキャリアにも影を落としている。
■帰国後のキャリア再設計は厳しい
ここからは、転勤にともなう女性のキャリア中断の実態を見ていきたい。
二〇一四年に法律を施行した政府に続き、大企業を中心に相次いで導入が進んだ配偶者同行休職制度は、女性の離職を防ぐことを目指していた。ただ、休職とはいえ、ひとたび駐妻となれば、キャリアが中断されることに変わりはなく、帰国後にキャリアを回復できるかどうかが問題となっている。
海外転勤と国内転勤との大きな違いは、言うまでもなく生活拠点が国外に移るという点だ。あらゆる環境が激変するなかで、夫を支えることに全力を注ぐことが周囲から求められるため、自らが現地で就労するのは厳しいという現実が浮かび上がる(三善二〇〇四)。
現地生活を終え、日本に帰国した後にキャリアを構築するにあたって、離職中に現地で身に付けた語学力や高度な専門性を生かし、働き方を工夫すれば継続就業は可能だという指摘がなされてきた。ただ、実際には帰国後一年以上一〇年未満の女性のうち、有職者率は約四割に過ぎない上、正社員は一割程度にとどまっていた(三善二〇〇九)。キャリアを再び設計しようとしても、正社員で再就職することがいかに厳しいかという現実が分かるだろう。パートや契約社員など非正規労働での就労が大半を占めていることがうかがえる。
日本帰国後の「逆カルチャーショック」も指摘される。長期の海外生活によって、どんな人でも固有のストレスや不快感、身体上の問題を経験し、日本帰国後は逆カルチャーショックに見舞われ、違和感や疎外感を抱くことになる。日本での生活に再適応してみたものの、たとえ帰国時に三〇代、四〇代だった高学歴の女性であっても、企業が設定する年齢制限に縛られ、正社員ではなくパートの仕事に就く人が多い(伊佐二〇〇〇)。
■海外同行期間はキャリアブランクとみなされる
では、夫の海外赴任に同行した妻にとって、その経験自体はマイナスになるのだろうか。
キャリアを重ねた女性にとって、配偶者の転勤は自らのキャリア中断につながりかねない。一方で、何かしらのスキルを獲得しようと考え、現地で働くことを希望する妻もいる。
日本でキャリアを積み、現地で就労した高学歴の妻らを対象とした調査では、彼女たちが自己洞察力や状況次第での対応力などのスキルを帯同経験から得たことが分かっている。
しかし、帰国後に再就職した企業からは、海外同行期間自体がキャリアブランクとみなされるため、ブランク中に得たスキルは求められていないと自ら判断し、キャリア形成上で遅れになる同行経験はしていなかったかのように振る舞うことが分かっている。
さらに、男性優位社会の中で働いてきた女性は、夫の海外赴任に同行するため一時的に仕事から離れることにより、自らを「キャリアから降りた人間」と認識する。キャリアを中断した以上、それと同等の対価を何とか得ようと考え、同行経験をポジティブに捉えようとして、現地就業に踏み切る。しかしながら、現地就業はあくまでもキャリア中断時における一つの行動に過ぎないとして、これまでキャリアを重ねてきた日本に帰国しても、再就職で生かせるスキルとはまったく別の物と考える傾向にある(高丸二〇一七)。
■求められる「妻」や「母親」の役割
このように、駐妻経験をことさらに隠さなければならない事情や背景にはどのようなものがあるのだろうか。
日本でのキャリアを中断し、現地に赴いた駐妻は、仕事生活から家庭生活に重心をシフトせざるを得ないため、葛藤に直面する。夫の会社関係で開かれるパーティーへの出席や、お返しとしてのパーティー開催、ボランティア活動への参加などが求められることがあるが、そこで期待されるのは、あくまでも夫を支える「妻」(伊佐二〇一三)としての役割だ。
子どもの学校関連でも「母親」であることが大事であり、働いていた当時とはかけ離れた日々を過ごすことになる。そうした現実に困惑し、働くことへの渇望が強まることも明らかになっている。
■配偶者の現地就労が推奨されないという実情
とはいえ、駐妻の就労は推奨されているとは言いがたいのが実情だ。
ドイツ在住の駐妻に対するインタビュー調査から、夫の企業側が配偶者の現地就労を巡り、規則などで就労を禁止している事例が明らかになっている。また、禁止こそしないもののあまり奨励しない事例、反対に奨励する事例もある(三浦二〇一九)。
夫の駐在期間には期限があるため、配偶者である妻の採用に慎重姿勢を示す企業もあるとみられる。言葉の壁もあるため現実問題として就労は困難であるとの見方もあろう。企業側としても、配偶者が就労するとなると、国によってはビザを切り替える必要もある。
また、扶養者から外れるため、保険や納税などの手続きが煩雑になるのを避ける狙いも透けてみえる。
変化の動きもある。二〇二〇年に始まった新型コロナウイルスの感染拡大は、世界的に働き方を見直すきっかけとなった。国内でもリモートワークが幅広く導入された。これに先立つこと約二〇年前、夫に同行した妻に対し、現地からリモートワークによる業務継続を促した企業(外資系)があり、その妻は実際にリモートで仕事を継続した事例(石川・小豆川二〇〇一)があったのは特筆に値する。また、妻が所属する企業が日系、外資系を問わず、夫の国外勤務地への転勤や現地法人に異動させるなどして、現地での就労をバックアップしていた例もあった。
■夫婦同じ赴任地のおしどり転勤は困難
三善勝代は、国内外を含めた夫の転勤により生じる夫婦の形態を「家族帯同転勤」と「単身赴任」、「おしどり転勤」、「コミューター・マリッジ」の四つに分類している(三善二〇〇九)。家族帯同転勤とは、妻が専業主婦の場合はもちろんのこと、有職の場合でも休職か退職して赴任地に一緒に赴く形態である。おしどり転勤は、妻が夫と同じ赴任先に転勤し就業するタイプ、コミューター・マリッジは一時的に別居して、夫も妻もそれぞれがキャリアを継続する様式を指す。三善の分類では、単身赴任はコミューター・マリッジと違って、(妻が専業主婦ならば)夫だけが赴任する場合だ。ただ、近年は妻が就労を続けることによって、夫婦どちらかが単身赴任になるケースもあり、コミューター・マリッジとの区分けがしにくくなっている。
このうち、夫婦が同居する形式は、おしどり転勤と家族帯同転勤の二つだ。ただ、仮に夫婦が同じ会社に勤めていて、夫が海外赴任になった場合でも、妻が夫の勤務地に必ずしも転勤できるとは限らない。違う会社なら、なおさら非現実的であり、おしどり転勤は実際にはなかなか難しい。家族帯同転勤のケースでは、妻がキャリア中断に追い込まれる可能性が十分にある。
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ジャーナリスト 元米国在住駐夫 元共同通信政治部記者
1972年生まれ。埼玉県行田市出身。慶應義塾大学卒業後、共同通信社に入社。2005年より政治部で首相官邸や自民党、外務省などを担当。17年、妻の米国赴任に伴い会社の休職制度を男性で初めて取得、妻・二児とともに米国に移住。在米中、休職期間満期のため退社。21年、帰国。元コロンビア大東アジア研究所客員研究員。在米時から、駐在員の夫「駐夫」(ちゅうおっと)として、各メディアに多数寄稿。150人超でつくる「世界に広がる駐夫・主夫友の会」代表。専門はキャリア形成やジェンダー、海外生活・育児、政治、団塊ジュニアなど。著書に『妻に稼がれる夫のジレンマ 共働き夫婦の性別役割意識をめぐって』(ちくま新書)、『猪木道 政治家・アントニオ猪木 未来に伝える闘魂の全真実』(河出書房新社)。修士(政策学)。
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(ジャーナリスト 元米国在住駐夫 元共同通信政治部記者 小西 一禎)
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