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「飼い主を食べて生き残ったペット」はどのような目にあうのか…特殊清掃業者がやっているもう一つの処理

プレジデントオンライン / 2024年3月15日 15時15分

病院のベッドで死を迎える人は8割(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/LightFieldStudios

飼い主が孤独死した場合、飼っていたペットはどうなるのだろうか。ノンフィクション作家の石井光太さんは「ペットが主人の遺体を食している場合、その処理が特殊清掃業者に委ねられることがある」という――。(第1回/全2回)

※本稿は、石井光太『無縁老人 高齢者福祉の最前線』(潮出版社)の一部を再編集したものです。

■病院のベッドで死を迎える人は8割

日本では約8割の人が病院のベッドの上で死を迎えている。そこでは医療者や親族に見守られ、死後はすぐに死亡診断書が作成され、葬儀の手配が進められる。多くは1週間以内に火葬が終了する。

だが、家で孤独死した人は異なる。発見が遅れれば遅れるだけ遺体の腐敗が進むだけでなく、人体の60%を占める血液を含む水分が体外へと漏れ出ていく。

寝室で寝たまま亡くなった場合は、そのような体液が布団を汚すだけでなく、畳やフローリングの下まで染みていく。

浴槽で亡くなったケースだと、湯の中で肉体が溶解してドロドロの状態になる。

首吊り自殺に至っては、頭部がちぎれて胴体と分離する。何も脅かそうとして書いているのではなく、すべて実際に起きていることなのだ。

■警察は片付けてはくれない

一般的に、家でこのような変死体が発見されると、警察が呼ばれて事件性がないかどうか検視が行われることになる。

この際、警察は遺体を検案のために運び出すことはあっても、汚れた部屋の片付けは一切しない。それは警察の役割ではないのだ。そのため、床や壁にこびりついた体液、大量に発生した蛆虫(うじむし)、部屋に染みついた強烈な腐臭、散乱する頭髪などは放置される。

親族であっても、このような部屋を自力で元通りにするのは難しい。

そもそも、特殊な用具や薬品を使用しなければ悪臭や汚れを取り除けない。この時に呼ばれるのが、特殊清掃業者なのである。

■「糖尿病で亡くなった人」はケトン臭がする

北海道で遺品整理や特殊清掃の事業を行っている企業「I’M YOU(アイムユー)」の代表取締役を務める酒本卓征(たかゆき)氏はこう語る。

「特殊清掃は、遺品整理よりもはるかに困難な仕事です。現場の悲惨さに慣れることはもちろんですが、脱臭においても特別な技術が必要になってきます。長らく放置された遺体の死臭は相当なもので、床下にまで染み込んでしまうと、ちょっとやそっと洗浄したり、市販の消臭剤をかけたりするくらいでは、取り除くことができないのです」

遺体の体液が発する臭いは、故人が生前にどのような食生活や病気、薬の服用をしていたかによって異なるという。

たとえば長らく抗がん剤治療を受けていた人は薬品臭がするし、糖尿病で亡くなった人はケトン臭(甘酸っぱい臭い)がするという。

そしてそれらの臭いを取り除くには、専門の知識と道具が必要になるそうだ。

■「床を拭いて消臭剤で終わり」という業者もある

また、特殊清掃を依頼される場所も家とは限らない。

たとえば、ある人が車で山奥まで行き、そこで練炭自殺をしたとする。遺体発見まで日数がかかれば、その間に遺体は腐敗して車内を汚してしまっている。

遺族がその車を転売するために清掃しようとしても、一般的なカークリーニング業者では難しく、特殊清掃業者のスキルに頼らざるをえない。

酒本氏は言う。

「遺体の臭いを取り除くには、専門的な知識が必要になります。ただ、そうした情報は国内にほとんどないのです。そこで私は海外の文献を漁(あさ)って勉強をしました。欧米は日本に比べて特殊清掃の歴史が長く、いろんな情報があります。そこから自分で学んでいったのです。

床を拭くイメージ
写真=iStock.com/cyano66
「床を拭いて消臭剤で終わり」という業者もある(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/cyano66

残念ながら、日本の特殊清掃業者の中にはそうした専門知識を持たないところも少なくありません。特にリサイクル会社がサイドビジネスなんかでやっているケースでは、ご遺体の体液が床下まで行っているのに、床の汚れをちょっと拭いて市販の消臭剤を吹きつけて終わりにすることがある。これで臭いが取れるわけがありません」

■床ごとはがさなければならない場合も

依頼者が何も知らなければ、業者から「これ以上は不可能です」「あとは床下をすべてリフォームで変えるしかありません」と言われればお手上げだ。

それで新たに酒本氏のところに依頼が寄せられる。

酒本氏はつづける。

「このような案件があれば、うちでは床ごとはがして特殊な薬品で清掃をします。床下にまで汚れと臭いが染みついているからです。状態がひどければ、床下の木材の臭いがついた部分を削った上で、それをしなければならないこともあります。遺体の汚れや臭いを取り除くには、そこまで徹底的にやらなければならない。

これだけのことをするには、それなりの時間と費用がかかります。お客様の中には『安いから』という理由で特殊清掃の業者を選ぶ方がいます。しかし、この業界では“安かろう、悪かろう”が普通にあるので、慎重に業者を選択しなければなりません」

特殊清掃が専門性を求められる仕事だからこそ、どこに依頼したかによって成果が著しく異なるのだ。

■ペットが遺体を食すことがある

数多くの特殊清掃の現場を見てきた酒本氏が、近年案じているのがペットを飼っている独居老人だ。

お年寄りは一人暮らしの寂しさから、犬や猫などをペットとして迎え入れる。

だが、飼い主が突然倒れて亡くなった場合、家に閉じ込められたペットは空腹に耐えかねて、遺体を食することがあるのだ。

ペットのイメージ
写真=iStock.com/Ratchat
ペットが遺体を食すことがある(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/Ratchat

酒本氏が特殊清掃の依頼を受けて現場に入るのは、警察が遺体を運び去った後だ。

だから、遺体がどういう姿かはわからないが、死後何カ月も経っているのに、ペットが生き残っていたり、床に大量の糞が散らばっていたりすれば、遺体が食されたであろうことは想像がつく。

■「主人を食べて生き残ったペット」を飼う気にはなれない

問題は、このペットをどうするかだ

遺された親族や家主にとっては、主人を食べて生き残ったペットを飼う気には倒底なれない。

そこで特殊清掃業者にゴミと一緒にペットの処分も頼む。

特殊清掃業者にとって、これは手間のかかる負担の重い仕事だ。

まず動物保護団体のところへ連絡し、引き取りを依頼する。そこが承諾してくれればいいが、そうでなければ保健所へ連れていくことになる。

ただ、最近は保健所が殺処分を減らすために、動物保護団体を複数箇所回って断られたという証明がなければ、受けてもらえなくなっている。

そのせいで、業者は何軒もの保護団体を回らなければならなくなる。

■浴槽の水は体液で赤茶色に変色していた

酒本氏は言う。

「お年寄りが寂しさからペットを飼う気持ちはわかります。しかし、親族がペットに食べられてしまったご遺体を見た時のショックは計り知れません。独居のお年寄りには、きちんとそこまで考えてペットを飼うかどうかを決めてほしいと思います」

こうした悲惨な現場に足を踏み入れ、仕事をする業者の人たちの精神的な負担は大きい。酒本氏は従業員を守るために細心の注意を払っているという。

少し前も、酒本氏はそんな現場に出くわした。浴槽に入っている時に突然死した人の特殊清掃を依頼されたのだ。

浴槽のイメージ
写真=iStock.com/kuppa_rock
浴槽の水は体液で赤茶色に変色していた(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/kuppa_rock

酒本氏が家に行ったところ、遺体は死後何週間も経て発見されたために跡形もなく溶けてしまっていた。警察は骨や肉の塊こそ運んでいったものの、浴槽の水は体液で赤茶色に変色し、頭髪や体毛などが大量に浮いていた。

酒本氏はそこに手を差し入れ、排水口に溜まった固形物を取り除かなければならなかった。

■遺体の指はゴミとして捨てることができない

その中には、警察が忘れていった指が残されていた。遺体の指は業者が勝手にゴミとして捨てることができないので、警察に連絡をして持っていってもらうことにした。

気が遠くなるような仕事だが、特殊清掃業者の従業員だからといって誰もがこうした現場に対応できるわけではない。

酒本氏は現場に社員を派遣する場合は、事前に状況を詳しく説明し、できるかどうかを確認するそうだ。悲惨な光景に慣れない人は、いくらやっても慣れないらしい。

酒本氏はなぜ、この仕事をつづけられるのか。彼はこう答えた。

「困っている人がいて、自分がその手助けをできるならやりたいという気持ちが一番です。仕事というのもありますが、やはり人の力になりたいという気持ちがあるから、できているのだと思います。故人だって浴槽で亡くなりたくて亡くなったわけじゃありませんし、親族だって自分一人で片付けたくても片付けられない。それなら僕が代わりに行うことで、みなさんの役に立ちたいのです」

■死後のことを考えておくことが重要

人のためになる仕事をしたい。そんな酒本氏にとって、遺品整理や特殊清掃の仕事は自分を必要としてもらえる場であり、自分を役立てられる場なのだ。

石井光太『無縁老人 高齢者福祉の最前線』(潮出版社)
石井光太『無縁老人 高齢者福祉の最前線』(潮出版社)

酒本氏はつづける。

「僕としては、誰もが一度は人生の終わりの光景を想像しておくべきだと思っています。特に中高年はそうです。遺品をどうするのか、ペットをどうするのか、仕事の処理を誰に頼むのか、その費用をどうするのか。きちんと自分の死後のことを考え、やるべきことをやっておきさえすれば、周りの人はつらい思いをしなくて済むのです」

人は他者によって生かされている。だからこそ、自分が死んだら終わりではなく、死後に周りの人たちに負担をかけないように、できることをしておくことが大切なのだ。遺品整理や特殊清掃の現場に身を置いているからこそ、酒本氏の言葉が重く響く。

インタビューが終了した後、私は酒本氏を食事に誘おうと思っていた。

だが、彼は急いで作業着の上にコートを羽織って言った。

「これから遺品整理の仕事が1件あるんです。今から行ってきます」

今日も深い悲しみを湛(たた)えた現場が酒本氏を待っているのだ。

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石井 光太(いしい・こうた)
ノンフィクション作家
1977年東京生まれ。作家。国内外の貧困、災害、事件などをテーマに取材・執筆活動をおこなう。著書に『物乞う仏陀』(文春文庫)、『神の棄てた裸体 イスラームの夜を歩く』『遺体 震災、津波の果てに』(いずれも新潮文庫)など多数。2021年『こどもホスピスの奇跡』(新潮社)で新潮ドキュメント賞を受賞。

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(ノンフィクション作家 石井 光太)

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