「長女が生まれどん底に突き落とされた」50年前に知的障害のある娘を育てた母がミニスカートをはいた深い理由
プレジデントオンライン / 2024年3月26日 6時16分
■娘が生まれてどん底に突き落とされた
40代で映画プロデューサーになり、70代で実写監督デビューをした、国内最高齢の現役女性映画監督、山田火砂子さん(92歳)は、現在も精力的に映画を制作しており、2024年2月にも新作『わたしのかあさん―天使の詩―』を完成させている。
同作だけでなく、山田さんがこれまでに関わった映画には、障害児教育や福祉に関するものが多数あるが、その背景には、2歳になるころに障害があることがわかった長女、美樹さんの存在があった。
美樹さんが生まれたのは1963年。歌謡曲「こんにちは赤ちゃん」がリリースされた年で、街のいたるところで明るいメロディーが流れていた。色白で整った顔立ちの美樹さんを見て、山田さんは「将来はバレリーナか女優に」と夢見たそうだ。
でも1歳になっても美樹さんは立つことがなく、2歳の頃に知的障害があると診断された。「それまでの私は勉強もしないで威張りくさって天狗になっていたんだけど、娘が生まれてどん底に突き落とされた。それからの人生はまるで違います」
福祉制度が整っておらず、障害基礎年金制度もない時代。「国は助けてくれないし、医者代も取られる。母親が子どもを抱えて海に飛び込むというような事件がたくさんあった。障害がある人はその頃は勤めるところがないし、食べることもできないから、のたれ死にする人だっていた」
山田さんもしばらくは泣いてばかりの日々だった。「天まで泣いたよね」。電車に飛び込もうと思ったことさえあった。でも、泣き疲れたころに「何が怖いのだろう」と考えると、娘の障害を「恥ずかしい」と思っている自分に気づいた。開き直って生きよう――。少しずつ前を向けるようになっていった。
■ミニスカートで送り迎え
美樹さんが通い始めた養護学校へ送り迎えするとき、山田さんは当時流行していたミニスカートをはいた。
まわりの母親たちは人に隠れるように目立たない格好をしていたが、山田さんには「まわりと違う子どもを生んだら何もしちゃいけないのか」との疑問があった。友達から「なんで障害のある子どもの親だけ昔風の格好してこなきゃいけないの。あんたがやらないと誰も着られないから、先頭切ってやってみなさいよ」とけしかけられた。「ばかだから乗せられて。プールに行ったらおへそが見えるような水着を着た」と山田さんは振り返る。
そんな山田さんの姿が、次第に周囲を変えていった。あるとき養護学校の先生から「あなたがここに来て、お母さんたちのスカート丈がだんだん短くなってきた。良い傾向です」と言われたそうだ。
■分けることなく共に暮らせる世の中に
ただ、あからさまな差別に嫌な思いをすることも多かった。あるときは、自宅のまわりに「バカ、バカ、ゴレス」と書かれていた。美樹さんが「1+1は5れす(です)」「1+3は5れす(です)」と答えていたことをばかにされていたのだ。
黙っている山田さんではない。美樹さんのことをばかにしていた子どもの母親に話をしにいったが「うちの子じゃない」と否定され、小学校の校長に会いに行っても「学区域ではない」と言われた。養護学校の母親たちにこの話をすると、「私の子なんて、近所の公園に行くと中学生からも『おばけが来た』と言われるのよ」と聞かされた。
障害児と健常児、分けることなく共に暮らせる世の中になってほしい――。いくつもの経験と読書での学びを通して、障害児福祉についての考えを深めていった。
あるとき、宮城まり子さんが養護学校を講演で訪れた。歌手や俳優を経て肢体不自由児の養護施設「ねむの木学園」を設立した宮城さんの話を聞き、山田さんは「私も芸能界のはしくれで生きてきた人間。自分のできる方法で運動しよう」と考えた。
ただ、美樹さんと次女を育てながら仕事を続けるのは簡単ではなかった。上映会前に子ども2人を連れて電柱にポスターを張って歩いたり、広島ロケに子どもたちを連れていき、旅館で留守番をさせたり。
美樹さんはふらりといなくなってしまうことが多く、撮影用のトランシーバーを使って新宿の街中を探し回ったり、千葉まで夜中に迎えに行ったりもした。「稼ぐのに追われて、必死になって働かなきゃいけなかった」という日々だった。
■障害のある俳優を積極的に起用
山田さんが60代で初めて監督をした作品は、娘たちと共に歩んだ半生を題材にしたアニメ映画『エンジェルがとんだ日』。その後の実写映画では、障害のある俳優を積極的に起用してきた。特にダウン症の子どもは「役者に生まれてきた」と思うほど自然な演技をしてくれる、と話す。
2024年2月に完成した『わたしのかあさん―天使の詩―』(出演=寺島しのぶ、常盤貴子ほか)は、美樹さんが通った大塚養護学校(現・筑波大学附属大塚特別支援学校)の教員だった菊地澄子さんの書籍を映画化した。知的障害のある両親の娘が葛藤しながら成長していく物語だ。この映画にも、障害のある人が多く出演している。
■透析治療を受けながら撮影
山田さんは週に3回通院し、4時間かかる透析治療を受けながら撮影を続けた。「撮影が終わったら疲れ果てちゃった」。それでも、完成後は日本各地での上映会に足を運ぶ。
前作『われ弱ければ 矢嶋楫子伝』は全国204カ所で上映し、そのほとんどで舞台挨拶に立った。『わたしのかあさん』の撮影が始まる前も、1カ月のうちに北海道に2回行き、神戸、宮城も訪れた。午前中に透析を受けて午後に移動することもあり、事務所のスタッフも「本当に信じられない体力」と話す。
山田さんが各地に赴くのは少しでもお金を集め、映画製作の借金を返すためだ。常に金策のことが頭にあり、「死んだら派手に書きまくって、たくさん香典をもらいなさいと言ってるの」と笑う。
■長女の美樹さんは「天使」
今作には、山田さんが美樹さんを育てるときに経験したエピソードを盛り込んだ。たとえば、障害のある母親の子ども時代の話として出てくるシーン。雨の日に傘をさして親子で歩いていると、通り過ぎる車が勢いよく泥をはねあげ、娘の白いワンピースが汚れてしまう。「ばかやろーっ」と怒る母親に、娘が「ばかじゃないんです。おりこうなんです」と言う。
実際に美樹さんは誰にでも親切で、山田さんは「天使」と表現する。
美樹さんが養護学校に通っていた頃は、いつも学校から帰ると事務所で過ごしていた。当時の社員はみな「美樹ちゃんが事務所に帰ってくるのが待ち遠しかった。イライラしているときに、美樹ちゃんの存在がどんなに心をうるおしてくれたか」と懐かしむという。
いま、美樹さんは施設で暮らす。人を疑わず、誰かと比較することもない美樹さんと人生を歩んできて、山田さんはこう思うようになった。「『うちの子はこんなにできるのよ』と威張りたいから沈むんじゃないか」。そもそも優越感を持とうとしなければ劣等感も生まれない――。
■「大根の値段」だけにならないで
次に撮りたいと考えているのは、明治から昭和にかけて生きた社会運動家、賀川ハルの物語だ。強く生きた女性たちの姿を描き続けるのは、現代を生きる女性たちへのメッセージでもある。「『大根を買うならこちらの店のほうが安い』と走る人も多いけど、それだけにならないで。日本の平和とか、自分の行く道も考えてください」
山田さんはいまも生まれ育った東京・新宿区内で一人暮らしをしている。外出時は車椅子を使うが、普段はできるだけ自分の足で歩く。「最後は高いびきをかいて、いびきが止まって『おかしいな』と見に行ったら死んでたっていうのが極楽だよ。これがやりたいね」
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ライター
京都生まれ。小学生の3年間をペルーで過ごす。大学院修了後に半年間バックパッカーで海外をめぐった後、2006年に朝日新聞社入社。青森総局、東京社会部、文化くらし報道部などを経て2023年に退社。関わった書籍は『「小さないのち」を守る』『Dear Girls』『平成家族』『調理科学でもっとおいしく定番料理』(いずれも朝日新聞出版)。ヨガインストラクターとしても活動。
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(ライター 山本 奈朱香)
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