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「日本なら稼げる」という言葉を信じて…インドカレー店で働くネパール人が直面する「稼げない」という現実

プレジデントオンライン / 2024年4月8日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bee32

インドカレー店で働いているネパール人たちは、どのようにして日本にやってくるのか。ジャーナリストの室橋裕和さんは「『日本で働けば稼げる』という言葉を信じて、100万~200万円という費用を払って来日している。ところが、日本で働いても給料は安く、借金を返せるとは限らない」という――。(第2回)

※本稿は、室橋裕和『カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」』(集英社新書)の一部を再編集したものです。

■“インネパ”増加の要因となった「コックのブローカー化」

コックが独立開業してオーナーになり、母国から新しくコックを呼び、そのコックも独立し……という暖簾分け的なシステムのもとに「インネパ」が広がっていった経緯を前回の記事で紹介したが、ここまで爆発的に増殖した理由はほかにもある。そのひとつが「コックのブローカー化」だ。

「外国人が会社をつくるには500万円の出資が必要じゃないですか。ネパール人にはすごく大きなお金です。家族や親戚や銀行から借りる人もいますが、中には誰かに出させる人もいるんです」

こう語るのは、自らも都内でカレー屋を営むネパール人Rさん。この500万円を何人かのネパール人に分割して支払ってもらうのだという。

「たとえば、新しい店で3人のコックを雇うとします。この人たちはネパールでスカウトしてつれてくるんです。日本で働ける、稼げると言って」

そしてビザ代や渡航費、手数料などの名目で代金を請求する。仮に1人アタマ150万円を出してもらえば計450万円で、オーナー本人の出費は50万円で済む。日本行きのチャンスと考えた人たちは、借金をしたり家や土地を売ったりしてこのお金をつくってくる……そのあたりまではまだ、健全だったかもしれない。

■調理経験のない人を次々とコックに仕立て上げる

やがて、カレー屋ではなく人を呼ぶほうが本業になってしまう経営者も現れた。多店舗展開し、そこで働くコックをたくさん集めてきて、もはや会社設立の500万円とは関係なく、1人100万円、200万円といった代金を徴収する。

「なんで自分の店でこれから働く人にお金を払わせるのか。おかしな話なんですよ」

それでも海外で稼げると思った人たちは、どうにかお金を算段して志願する。彼らを呼べば呼ぶほど儲かるわけだから、誰だっていいとばかりに調理経験のない人もコックに仕立て上げた。

本来、調理の分野で「技能」の在留資格を取得するには10年以上の実務経験が必要となる。しかし一部のカレー屋オーナーは日本の入管に提出する在職証明などの書類を偽造し、新しくやってくるコックのビザを取得していたのだ。

カレーとナンのつくり方なんか自分が教えればそれでOKという経営者たちが、次から次へと母国から人を呼んだ。だから現場にはスパイスのこともよく知らなければ玉ねぎの皮も剝(む)けないコックがあふれてしまった。「インネパ」の中にはぜんぜんおいしくない店もちらほらあるのはそのあたりに理由がある。僕が取材したあるカレー屋のコックはこんなことを教えてくれた。

「日本に来て初めてナンを食べたよ。おいしいって思ったね。でも、つくり方は知らなかった。そうしたら社長が『YouTube見て勉強して』だって。はじめはタンドールでヤケドばっかしてたけど、やっと慣れてきた」

この方はいまも大阪で元気にカレーをつくっている。

■実態はカレー屋ではなく“ビザ屋”

Rさんは言う。

「このプロセスをコピペする人たちがどんどん出てきたんです。だから日本でカレー屋がこんなに増えたんですよ。これはもうビザ屋であって、カレー屋ではありません」

コックが経営者となる過程でブローカーになって人材ビジネスを展開し、彼らに大金を払って日本に来た人たちもやがて同じようなルートをたどる。こんなサイクルができ上がった。肝心のカレーはぜんぜんおいしくなくて、閑古鳥が鳴いているのに、ふしぎとつぶれない……そんなインド料理店も見るようになったが、こうした店の本業は「ビザの手配」なのだとRさんは語る。

入国管理
写真=iStock.com/yuriz
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/yuriz

また、ネパールから呼んだ人間を自分の店で働かせるならまだしも、工場に「派遣」するケースもあったと聞く。コックの分野で「技能」の在留資格を取っているなら、工場で働くのは完全に違法である。ちなみに経営者は、自分のツテでコック志願者を集めたり、ネパール側のブローカーと協力するなどしているそうだが、親戚筋であってもお金を要求することがあるようだ。そのあたりの額は人間関係にも縁戚関係にもよるという。

「でもふしぎなものでね。近い親族だから、あの人には世話になったからって、お金を取らずに日本に呼んでるいい人もいるんだけど、私が見る限りそういう人たちはみんな成功してない。元手の軍資金がないから。借金なしで日本に来たほうも、ハングリー精神がないからなのか、あまりがんばらない。だからうまくいかない」

なにが正しいのかわからなくなってくる話なのだ。

■月給は9万円、家事の手伝いまでやらされる

さらに、コックたちへの搾取も目立つようになった。約束したよりもはるかに安い給料で働かせるのだ。月に8万円、9万円程度しか払わないこともあるという。経営者の子供の送り迎えとか、家事までやらされているコックもいるそうだ。

「抗議をしても、じゃあ誰がコックのビザを取ってあげたの、と。やめてもいいけど、日本のことも日本語もよくわからない、料理もロクにできないのに、借金も背負っていて行くところあるの、と」

こうして同国人の食い物にされているコックもいるのだとRさんは訴える。同じような境遇のコックが安いアパートで同居しているし、勤め先はレストランだから食べるものだけはあって月10万円以下の給料でもなんとか生きてはいけるが、きわめて苦しい。故郷での借金の利息もある。それでも平均月収1万7809ネパールルピー(約1万7100円、国際労働財団による。2019年)の祖国にいるよりは、と耐え忍ぶ。

そんなコックたちも、いくらか日本の生活に慣れてくると故郷から家族を呼ぶ。妻や子供たちは「家族滞在」の在留資格を取得して日本で暮らすことになる。そしてこの「家族滞在」の場合、週に28時間までの就労が許可される。月にするとだいたい100時間、時給1000円なら10万円を稼ぐことができる。コックの夫の給料と合わせればどうにかやっていけるし、切り詰めれば故郷に送金もできる……こんな家庭が、実は日本にかなり存在する。

座る男性
写真=iStock.com/Wacharaphong
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Wacharaphong

■「ビザが更新できなくなったからクビ」

これまたちなみに「家族滞在」の在留資格を取得するには日本側で家族を呼ぶ本人=つまりこの場合はネパール人コックの経済力も入管で審査される。母国から呼ぶ家族を養えるのかという点が、課税証明書や納税証明書などでチェックされるのだが、これもフェイクなのだとさまざまなコックが教えてくれた。

書類上はきちんとした給料を支払っているという体裁になっているのだそうだ。だから入管のチェックもパスして家族を呼べる。しかし実際には、月数万円の給料が手渡しで支払われるだけだったというコックも多い。さらにいえば、雇っているコックの家族滞在ビザ取得にも介在し、お金を取る経営者がいる。

また社会保険に加入していない店、コックが非常に多いことも問題となっている。厚生年金や国民年金は、老後もこの国に住んでいるかどうかわからないからと加入しない。さすがに国民健康保険は支払っている人が多いが、個々で手続きをしている。いわば個人事業主のような扱いなのだ。

中には国民健康保険の存在すら知らず、あるいは知っていても加入しない人もいて、万が一のケガや病気のときに困るというのはよくある話だ。それでも耐え忍んで働き続け、数年たったある日、こんなことを通告されるコックもいるのだという。

「ビザが更新できなくなったからクビ。とつぜん言われて、あとは自分で店を探せって」

代わりに経営者は違う人間をネパールからコックとして呼ぶ。もちろんお金を取って、だ。

■どれだけ理不尽でもネパールを出たい

こうして定期的に人材を回転させることで、一定のお金が供給される仕組みをつくり上げたのだ。だがコックにしてはたまったもんじゃない。

「カレー屋はネパールの貧困を固定化する装置になっているんですよ」

それでも、なのだ。こんなリスクや理不尽を負ってでも、ネパールを出たい。どんな形でもなんの仕事でもいいから、外国で稼ぎたい。そんな人たちがたくさんいる。一般的に貧しいとされる国に生まれ育ち、なおかつグローバル化とデジタル社会によって他国の生活を知ってしまった立場でないとわからない「お金」への強い渇望感が、彼らを突き動かしている。

日本人や、かつて日本にカレーを伝えたインド人たちは、食文化を広めたり自己実現のために料理を生業(なりわい)としたのだろうが、いまの「インネパ」は違う。料理は生き抜くため、稼ぐための手段なのだ。

たまたま自分のまわりに日本のカレー屋へのツテを持つ人がいたからコックになったに過ぎない。それがマレーシアの建設業だったらそちらを選んでいたかもしれない。とにかく海外に出ないと、豊かになれない。ネパール人たちのそんな切実な思いが、日本のカレー屋大繁殖につながっていった。

ネパール、カトマンズ
写真=iStock.com/fotoVoyager
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fotoVoyager

■2015年頃から新規開業は厳しくチェックされるように

だからブローカーの存在も一概に否定はできない。豊かさへのきっかけを与えてくれる存在でもあるからだ。

はじめはコックとして搾取されながらもだんだんと要領を覚え日本になじみ、独立して成功する人も確かにいるのだ。やっぱりバグルン出身、「ラージャ」のディル・カトリさんも来日当初はひどく搾取されたひとりだ。彼の場合はネパール人ではなく、インドで働いているときにスカウトしてきたインド人オーナーに薄給で長時間労働を強いられた。そこを耐え抜き、複数店舗をマネージメントする社長へとのし上がったのだ。

「いまから思うとね、日本に呼んでくれてありがとうって気持ちもあるんだよ」

こうして歪(いびつ)な形で増え続けた「インネパ」だが、2015年ごろに転機が訪れる。在職証明の偽造が横行していることに、ようやく入管が気づいたのだ。書類に記された住所を調べてみたらなにもなかったとか、国際電話をかけてみたらぜんぜん違う事務所だったとか、そんな事例がばんばん出てきたのだ。それからはネパール人コックに対する審査は厳しくなった。

だからいま5000軒ともいわれている「インネパ」は、実のところ頭打ちだ。急増にブレーキがかかっている。とりわけ外国人が飽和状態の東京では新規開業、出店は厳しくチェックされるといわれる。「技能」の在留資格が増えていないのは、ここに理由があったのだ。

■「ネパール居酒屋」を名乗る謎の店も増加

ブローカーの横行とともに、味がともなわないカレー屋が増えた理由は留学生の参入だ。とある日本語学校の関係者、Tさんが言う。

「ネパールで飲食店を経営したこともない学生上がりのオーナーがなにか商売をやろうと思ったとき、安易というか、カンタンにスタートできるのがインド料理店なんです」

なにせ店舗から資金調達までアレンジしてくれる先輩たちがいるのだ。そこを頼って店を開くが、提供するのはムグライ料理の流れを汲(く)んではいるものの、テンプレ的な外食用インド料理を模倣したなにか別のもの。ネパール料理は日本人にはウケなかろう、「インド」が店名にないとお客が入らないだろうと、ほとんど信念のように思っているため「インド・ネパール料理店」なんて看板にも入れて店を開く。

留学生時代に居酒屋でアルバイトした経験を活かして、たこわさびや枝豆なんかも出して生ビールを提供するくらいのアレンジはする。「ネパール居酒屋」と名乗る店もやたらに出てきた。原価の安いメニューを並べて、味や品質をおざなりにする人もいる。

「ナンとタンドリーチキン、カレーを適当に出していればお客が来ると思ってる。そんな人もいます」

インド料理
写真=iStock.com/simona flamigni
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/simona flamigni

■「ちゃちゃっとカレーを作ればいい」と語る留学生たち

もちろん真剣に取り組んでいる店主がほとんどであろうと思うのだが、料理に熱意と誇りをあまり感じない店も見るようになったとTさんは感じている。

「ネパール人の留学生を集めたイベントで卒業後の進路の話になって『レストランを経営して日本に留まりたい』って答える子がいたんです。その理由を聞いてみたら『ちゃちゃっとカレーつくって出せばいいんだからカンタンじゃないですか』だって。アタマに来て、だから本当のネパールの良さが日本で広まっていかないんだって言ったの」

ごもっともである。ネパール料理でもなく、インド料理の、それもおざなりなものを出す「インネパ」もあるのは残念ながら事実だろう。だから新しい店ができては消えていく。ある程度の運転資金も持たずに開業してしまい、息が続かずにあっさりつぶれる店もけっこうある。

成功したいからと「インド料理」にこだわり、日本人向けのメニューだと信じたものを出し、うまくいっている店をまねて、テンプレで勝負しているけれど、根本のところで商売を軽んじているのではないか……そんなことも思ってしまう。多少のアレンジを加えたところで「劣化コピペ」では生き残ってはいけないのだが、アイデアのあまり見られない店も多いのはなぜか。

■“安直なコピペ”を繰り返している

室橋裕和『カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」』(集英社新書)
室橋裕和『カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」』(集英社新書)

「ネパールでは90年代に民主化して貿易が一部で自由化されたんだけど、インド人が乗り込んできてタクシーを売りつけまくったの。儲かるぞって。それを見たネパール人の中には借金してタクシー買う人がどんどん出てきて、カトマンズの街はタクシーがあふれちゃって、結局みんな共倒れ」

そんな姿と「インネパ」が重なるとTさんは言う。ばんばん商売を立ち上げるコシの軽さは日本人からするとうらやましくもあるのだが、一方で安直にコピペをしては失敗してしまうその背景には、悲しいことだがやはりネパール全体の教育レベルの問題もありそうだ。

急激な近代化と情報化の波に教育制度が追いつかず、国内産業も育成できず、そのため「海外出稼ぎ」に希望を抱くネパール人があまりにも多い。「とにかく稼ぎたい」ばかりで、具体的な考えが足りていない。そんな途上国の悲哀が、グローバル化によって日本と直結し、「インネパ」という形で日本人の目にも留まるようになってきたのだ。

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室橋 裕和(むろはし・ひろかず)
ジャーナリスト
1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発の日本語情報誌に在籍し、10年にわたりタイ及び周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のジャーナリストとして活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。現在は日本最大の多国籍タウン、新大久保に在住。外国人コミュニティと密接に関わり合いながら取材活動を続けている。おもな著書は『北関東の異界 エスニック国道354号線 絶品メシとリアル日本』(新潮社)、『ルポ新大久保 移民最前線都市を歩く』(角川文庫)、『日本の異国 在日外国人の知られざる日常』(晶文社)、『ルポ コロナ禍の移民たち』(明石書店)、『カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」』(集英社新書)などがある。

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(ジャーナリスト 室橋 裕和)

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