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なぜ紅麹サプリで健康被害が起きたのか…カビ毒の専門家が「プベルル酸とは断言できない」と慎重になる理由

プレジデントオンライン / 2024年4月4日 11時15分

国立医薬品食品衛生研究所衛生微生物部部長、麻布大学などを経て現職。内閣府食品安全委員会カビ毒・自然毒専門調査会委員を長年務め、日本食品衛生学会、日本防菌防黴学会、日本マイコトキシン学会など多数の学会でも会長、理事などを歴任 - 筆者撮影

小林製薬の「紅麹コレステヘルプ」による健康被害の報告が相次いでいる。どこに原因があったのか。科学ジャーナリストの松永和紀さんは「サプリから検出された『プベルル酸』が原因である可能性が指摘されているが、専門家は『現時点では断言できない』と慎重な姿勢を崩していない」という――。

■どうやってサプリに「異物」が混入したのか

小林製薬の紅麹サプリメント問題は入院患者が3ケタを超え、死者も5人と報告されています。台湾でも、被害報告が出てきました。サプリと症状の因果関係は確定していませんが、原因物質としてサプリから検出された「プベルル酸」の疑いが浮上しています。

前回、〈なぜ「紅麹サプリ」で死亡例が起きたのか…健康に良いとされる「機能性表示食品」の制度的な欠陥〉と題して、制度の問題点を探りました。

今回は、「プベルル酸の性質」「どのような経路でサプリメントに混入したと考えられるのか」「こうしたカビが作る物質のなにが怖いのか」「ほかの食品にもこうしたカビ毒(マイコトキシン)が含まれるのか」など数々の疑問を、日本のカビ毒研究の第一人者である小西良子・東京農業大学応用生物科学部教授にぶつけました。

■「プベルル酸」が原因とは限らない

小林製薬は、3月22日の段階でサプリメントから「意図しない物質」が検出されたと発表し、厚生労働省が26日、プベルル酸であることを明らかにしました。

小西教授によれば、この物質が今までに「食品を汚染するカビ毒」として報告されたことはないとのこと。そのため、「私はこの物質の詳しいことはわかりませんが」と前置きして、既存の文献から情報を提供してくれました。

まず、プベルル酸(Puberulic acid)は1932年、青カビのペニシリウム属が産生する化学物質として初めて報告されています。

Puberulic acid(C8H6O6)
出典=米National Library of Medicine PubChem

その後、抗マラリア活性が見出され、ヒト培養細胞への毒性、マウスに皮下注射した場合の毒性は報告されています。ではこれが、多くの人にみられる健康影響の原因なのか? 小西教授は「現段階では、そういう結論は出せない」と言います。

「研究報告が非常に少なく、ヒトに対する毒性は論文としては報告されていません。マラリア原虫やヒト培養細胞に対して毒性が強いからといって、ヒトが経口摂取した場合の毒性が高く、腎毒性もあるとは言い切れませんし、もし毒性があったとしてもどの程度の量で毒性を発現するのかもわかっていません。まず、実験動物にこのプベルル酸を与える試験などを行なって調べる必要があります。それには少なくとも2〜3カ月程度の時間はかかります」

■カビが作る化学物質には無害なものもある

さらに、小西教授は付け加えます。

「今回の製品の急性毒性は非常に高いとみられるのに対し、この物質がそこまでのものなのか、疑問もあります。それに、この物質を産生するとされる青カビは、紅麹原料で増殖すると青や黄色の色素を出すため、原料の取り扱いや製造段階で異常に気付かなかった、というのも不思議です。厚労省などが生産工程を調査し、国立医薬品食品衛生研究所などが試験を始めると思いますので、原因物質の判断、最終結論はその結果を待たなければなりません」

カビは多種多様な化学物質を作り出します。たとえばペニシリンは、青カビから見出された抗生物質。ほかにも、カビから見出された化学物質で医薬品へと発展したものが多数あります。紅麹菌自体も、コレステロールを下げる化学物質(モナコリンK)を産生するカビの一種です。

一方で、カビが作る化学物質の中には、ヒトなどに無害無効果の化学物質もあります。さらに、実験動物試験の段階で毒性が確認されたり、食中毒の原因究明の結果、化学物質として特定された場合には、「カビ毒」と呼ばれるようになります。

したがって、プベルル酸は、「食品を汚染するカビ毒」とは今の段階では言えません。

■「入念なバリア」でもカビは生えてしまう

仮にプベルル酸が原因だとすると、どのような混入ルートが考えられるのか。小西教授は次の二つがあり得ると言います。

① 生産工程(環境も含む)での混入
② 原料からの混入

①の生産工程(環境も含む)におけるカビの混入は、汚染=コンタミネーションと呼ばれるもので、一般的な食品製造においても起きます。カビの胞子は、空気中をふわふわと漂っており、一般的な室内で1m3あたり数千個の胞子が検出される場合もあります。エアコンからの出口や人の出入り、ゴキブリやハエ、カビを食べる微小昆虫のヒメマキムシ、チャタテムシなども介して、混入が起き得ます。

食品工場ではこうしたカビの混入を防ぐため、製造場内を陽圧、つまり製造場外より気圧を高めて空気が外から中に入らないようにしたり、温度や湿度のコントロールなども行って、工場内でのカビの増殖を抑えます。しかし、努力しても施設の隅や壁などでカビが増えたりして食品に付き、食品の包装が不十分だったりすると食品にカビが生えてしまう事故が起きます。

■「カビ毒」は加熱しても毒性を失わない

②の原料から混入するケースを考えてみると、今回の場合、原材料が米と紅麹の種菌です。

小西教授は「最大のポイントは、カビ毒が加熱しても分解されず毒性を失わない、ということです」と話します。そのためカビが入り込み増殖してカビ毒が増えていると、カビ自体は殺菌により死滅してもカビ毒はそのままで、健康影響につながる可能性があるのです。

米は加熱殺菌してから使われたとみられますが、米自体が保管の段階で、カビにより汚染、つまりコンタミネーションされてプベルル酸が含まれていれば、製品のサプリメントにも含まれます。

紅麹菌が変化してプベルル酸を作った可能性はないのか? 小西教授は「その可能性は低いかと思います」と話します。問題のあったロットのみ、菌の産性能が変わって違う物質ができる、というのは、原料の米の成分に大きな変化があった時ぐらいしか考えられないからです。

機能性表示食品「紅麹コレステヘルプ」。小林製薬は問題のある製造ロットを公表し、摂取を直ちに中止するよう注意を呼び掛けている(小林製薬プレスリリースより)
機能性表示食品「紅麹コレステヘルプ」。小林製薬は問題のある製造ロットを公表し、摂取を直ちに中止するよう注意を呼び掛けている(小林製薬プレスリリースより)

小西教授は「製造していた工場の衛生管理がどういうものだったのかがとても気になっていました。報道で、すでに工場が移転し旧工場が閉鎖されていたと知り、原因解明が難しくなったのでは、と心配しています」と話します。

小林製薬の大阪工場に立ち入り検査に入る厚生労働省の職員ら(左奥)=2024年3月30日午前、大阪市淀川区
写真=時事通信フォト
小林製薬の大阪工場に立ち入り検査に入る厚生労働省の職員ら(左奥)=2024年3月30日午前、大阪市淀川区 - 写真=時事通信フォト

■別の化学物質が混入したおそれもある

また、小西教授は「プベルル酸が原因でない場合についても探る必要がある」と指摘します。プベルル酸は、小林製薬が分析し「意図しない物質」として見つけたもの。しかし網羅的に分析したわけではない、というのです。

小西教授は「原因を1つに決めてしまうのも早計。その物質とほかの化学物質とのシナジー(相乗)効果や相加作用などの可能性もあります。プベルル酸の確認が、生産工程でのコンタミネーションを意味するのであれば、ほかのカビやカビが作った化学物質、または全く異なる化学物質が混入したおそれもある、ということです。今、厚生労働省の職員や国立医薬品食品衛生研究所の研究者などが、さまざまな可能性を検討しながら、精度の高い方法で解明を急いでいるところだと思います。それを待ちましょう」と繰り返します。

■カビ毒の被害は世界中で発生している

小西教授は、歴史上さまざまなカビ毒がどのようにして見つかったのか、どんな種類のカビ毒が深刻な健康影響を及ぼすのか、詳しく知っています。それだけに、「現段階では決めつけてはいけないし、侮ってもいけない」と強調します。

世界の食品や飼料が、カビ毒に汚染されている
世界の食品や飼料が、カビ毒に汚染されている(出典=DSM-firmenichが発行しているWorld Mycotoxin Survey 2023)

たとえば、強い発がん性を持つカビ毒アフラトキシン類。1960年代にイギリスで七面鳥が大量死したことをきっかけに研究が始まり、アスペルギルス属のカビが産生するカビ毒であることがわかりました。その後、ヒトの疫学調査や動物実験で発がん性も明らかになっており、現在ではコーデックス規格という国際基準が設けられています。

日本では、食品衛生法に基づき、すべての食品について総アフラトキシン(アフラトキシンB1、B2、G1及びG2の総和)が10µg/kgを超えてはいけない、とされています。農林水産省は「米のカビ汚染防止のための管理ガイドライン」を策定しています。

■ナッツやドライフルーツも汚染の可能性

日本では1960年代、輸入されカビの生えた「黄変米」が大問題になり、カビ毒研究が進みました。2006年にブラジルで発生した衝心脚気のアウトブレイクで、当該地域のコメから黄変米毒の一つであるシトレオビリジンを産生するペニシリウム属のカビが検出されて、原因物質と疑われています。

小西教授は「世界中で、カビ毒の被害が発生しています。食品や飼料においては、過去にヒトや産業動物で食中毒事例、つまり犠牲者が出たものは規制が講じられますが、毒性が高いというだけでは基準値設定などには至らないケースも多くあります」と説明します。

世界保健機関(WHO)も、Mycotoxinsというページを作って「カビは、穀物やナッツ、スパイス、ドライフルーツなどさまざまな食品で増殖し、急性中毒のほか、免疫不全やがんなど長期的な影響もある」と説明しています。

■国産小麦は「赤かび病」の発生リスクが高い

国内では、アフラトキシンだけでなく、デオキシニバレノール(DON)も小麦において基準値が設定されています。大量摂取すると嘔吐や下痢、につながり、慢性的な長期摂取は体重増加抑制、免疫抑制などが見られます。

農林水産省は「麦類のデオキシニバレノール・ニバレノール汚染の予防及び低減のための指針」を策定し、生産者などを指導しています。赤かびがデオキシニバレノール・ニバレノールを産生するため、赤かびに強い品種を選ぶことや麦類栽培時の適切な農薬使用、収穫後の乾燥等のマニュアルが詳しく示されています。

国産小麦は、天候が高温多湿で赤かび病が発生しやすく、輸入小麦に比べてデオキシニバレノール・ニバレノールの汚染が高くなりがち。昨年、岩手県産の「ナンブコムギ」で自主検査によりデオキシニバレノールが6.1ppm(mg/kg)の値となったサンプルがありました。基準値は1.0mg/kgです。その結果、約710トンの小麦が回収対象となりました。

また、麦類にオクラトキシンAの基準値を設定すべく現在、内閣府食品安全委員会で食品健康影響評価が行われている最中です。

■カビ毒を警戒しすぎる必要はないが…

これらのカビ毒が、日本で紅麹サプリのような急性の激しい症状につながることは考えにくいでしょう。なぜならば、摂取量が異なるからです。紅麹サプリは、抽出濃縮されたものを毎日食べるという健康食品の性質を背景に、かなりの摂取量が重ねられて起きました。

一方、アフラトキシンやデオキシニバレノールは、食品において基準値を超過していても、近年は急性の症状が出るほどの残留報告はありません。バラエティに富んだ食品を摂取しており、アフリカやアジアの諸外国のように汚染された食品を毎日食べる生活でもありません。

したがって、カビ毒による食品汚染をことさらに警戒しすぎる必要はありません。日本で流通する一般的な食品は、基準値が設定されているカビ毒については管理されています。小林製薬の紅麹サプリについても、同社がアフラトキシン類、オクラトキシンA、デオキシニバレノール等については調べ、問題がないことを確認している、とのことです。

■日本はカビ毒の基準値設定が遅れている

とはいえ、近年は、地球温暖化の影響が心配されます。小西教授は「温暖化によりカビの土壌中での分布が変わってきていることを示すデータもある」と説明します。

小西教授は、日本で基準値設定されたカビ毒の少なさが気になる、と言います。アフラトキシンとデオキシニバレノールは基準値がありますが、オクラトキシンAはこれから。ところが、フモニシンというカビ毒は、とうもろこしを汚染しやすく、ウマやブタの病気を引き起こし、ヒトでは大量摂取と胎児の神経管閉鎖障害(NTD)との関連が示唆されています。しかし、日本では基準値が設定されていません。

国際基準が設定されているのに、日本では基準値が設定されていないカビ毒があるのです。小西教授は「基準値がないと、各国で基準値超過とされた食品が日本に流れ込んでくるおそれもある。国際基準が設定されているカビ毒については、日本も早く基準値設定に動くべきだ」と警鐘を鳴らします。

■少なくともカビの生えたものは食べない

カビ毒の課題は多数あるのに、怖さが消費者に知られていません。内閣府食品安全委員会は2022年度、カビ毒に関するセミナーを開くなどして、「天然自然だから安全」ではないこと、食品にカビが生えている場合、カビの菌糸が伸びてカビ毒を菌糸外に産生している可能性があるため、カビの部分だけを取り除いて食べるのはよくないことなどを伝えました。

【図表】カビの増殖とカビ毒の広がり
出典=食品安全委員会(2022年11月21日開催)意見交換会資料

今回の紅麹サプリメントの問題は、機能性表示食品の事件ではありますが、食品生産においてカビの制御が非常に難しいことを示しています。

小西教授は「世界では、カビ毒の被害が深刻です。食品の生産や収穫、保管等の管理がうまくいかずカビが生えてしまった食品を、大量に廃棄せざるを得ない現実もあります。対策は急務です。行政はカビ毒の規制対象を世界水準にしてほしい。また、消費者も、少なくともカビの生えたものは食べないで。一つの食品ばかり食べず、さまざまな産地の食品を食べてリスク分散を図ってほしい」と話します。

※記事は、所属する組織の見解ではなく、ジャーナリスト個人としての取材、見解に基づきます。

〈参考文献〉
小林製薬
厚生労働省・健康被害情報
農林水産省・食品のかび毒に関する情報
Koninklijke DSM N.V.・Download the dsm-firmenich World Mycotoxin Survey January to December 2023
内閣府食品安全委員会・2022年度報道関係者との意見交換会 食品に生える「かび」の基礎知識と「かび毒」の評価

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松永 和紀(まつなが・わき)
科学ジャーナリスト
京都大学大学院農学研究科修士課程修了。毎日新聞社の記者を経て独立。食品の安全性や環境影響等を主な専門領域として、執筆や講演活動などを続けている。主な著書は『ゲノム編集食品が変える食の未来』(ウェッジ)、『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(光文社新書、科学ジャーナリスト賞受賞)など。2021年7月より内閣府食品安全委員会委員(非常勤、リスクコミュニケーション担当)。

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(科学ジャーナリスト 松永 和紀)

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