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「現場の奮闘」をバカにしてはいけない…「プロジェクトX」を"オジサンの美談"と腐す人たちに言いたいこと

プレジデントオンライン / 2024年4月6日 19時15分

NHK放送センター(=2021年3月19日、東京都渋谷区) - 写真=時事通信フォト

■NHKの「看板番組」が帰ってくる

NHKがかつての看板番組「プロジェクトX」を18年ぶりに復活させる。

「プロジェクトX」といえば、今もしばしば「チコちゃんに叱られる!」の正解VTRでパロディーにされるなど、馴染みがある。

「『戦後復興』から『高度成長』をメインテーマに、日本が戦後の焼け野原から先進国の仲間入りを果たすまでの物語」は、中高年の男性を中心に広く支持を集めた。日本PTA全国協議会のアンケートによれば、「子どもに見せたい番組」の1位にも選ばれており(*1)、国民的番組だったと言えよう。

黒四ダムや青函トンネルといったインフラ整備から、あさま山荘事件に至るまで、戦後日本の歴史と、それを支えた人たちの物語は、NHKらしからぬ煽り気味の演出とマッチした。

「~だった」と過去形で断言する田口トモロヲ氏のナレーションはモノマネの的となり、中島みゆき氏によるオープニング(「地上の星」)とエンディング(「ヘッドライト・テールライト」)両方の楽曲も売れた。

今回のシリーズでも、田口氏がナレーターを務め、中島氏の曲はそのまま使われるし、わざわざ18年ぶりに復活させるというのは、時代錯誤と受け取られるかもしれない。

内容も「今回主に光を当てるのは、バブル崩壊以降の『失われた時代』」である以上、ノスタルジックな雰囲気満載の、過去を美化する番組なのではないか、との危惧が高まりかねない。

しかし、本当にそうだろうか。

「プロジェクトX」復活の理由を探るために、まず考えたいのは、「失われた時代」という表現についてである。

*1「朝日新聞」2005年5月18日朝刊

■「新プロジェクトX」が光を当てる「失われた時代」

「失われた」ものとは何か。

GDPは世界2位から4位に転落し、円の価値は安い水準に留まっている。日本銀行はマイナス金利政策を止めたとはいえ、政府によるデフレ脱却宣言はまだ出ていない。少子高齢化が進み、人口は減っている。

数字を見れば、国の富や、円の価値、人の数、といった、お金にまつわるさまざまなものは、確かに「失われた」のである。

注目すべきなのは「失った」ではなく、「失われた」という受け身の言い方である。ここには、失おうと思ったわけでも、過った=過失でもなく、奪われていった、そんな被害者感情が込められているのではないか。

デフレになった理由を人口減少に求める説はあるものの、その原因を明快に解き明かした定説は、どこにあるのだろう。

ただ、筆者は経済学の専門家ではないし、ここでは、そうした「失われた時代」そのものを話題にしたいのではない。かといって、やはり日本はスゴイ、と居直りたくもない。それよりも、「失われた」との受動態であらわされる時代とは何だったのか、に注目したいのである。

「失われた10年」が広まった時代こそ、まさに「プロジェクトX」が放送を始めた2000年ごろだったからである。

■「失われた」空気の共有

バブル崩壊に始まり、政治改革とその挫折、1995年の阪神大震災とオウム真理教事件、そして金融危機に至るまで、1990年代の日本は、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の自信を失って余りあるほど、立て続けにショックに見舞われた。

朝日新聞は2000年の大晦日の朝刊で「失われた10年」が、海外のメディアによって、1996、97年ごろから使われ始めたと指摘している(*2)。英国のフィナンシャル・タイムズを筆頭に、90年代の日本の経済成長率が低く、その間に投資と雇用の機会を失っていたために、「失われた10年」と言われるようになったのだという。

ここで重要なのは、「失われた」と「言われた」ところである。日本の外から見て、経済大国の地位を剥奪されているように映っていたのである。日本という国や、その国民が、進んで「失った」のでも、そう「言った」のでもない。なすすべなく、ただただ、されるがまま、そのように見えていたのである。

はためく日本の国旗
写真=iStock.com/baona
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/baona

そこに「プロジェクトX」が合致したのではなかったか。

「失われた」ものを、もともと「得た」時代があったに違いない。「日本が戦後の焼け野原から先進国の仲間入りを果たすまでの物語」には、必ず「失われた」何かの元を「生み出していた」はずである。そんな、うっすらとした期待や願望、夢に、「プロジェクトX」がハマったのである。

*2船橋洋一「@tokyo 『失われた10年』考える」「朝日新聞」2000年12月31日朝刊

■賛否が渦巻く「みんなが知っている物語」

番組をもとにした『プロジェクトX リーダーたちの言葉』は、プロデューサーを務めた今井彰氏の著作として刊行されベストセラーになった。今井氏は、全国各地で講演会に引く手あまたとなり、率いたスタッフとして菊池寛賞(第49回)の栄誉にも輝くなど、彼自身が「リーダー」のひとりになったようだった。

他方で、番組で扱われた企業から最高3150万円の協賛金を集めたイベントについては国会で質問の対象となったり、取材対象からの抗議を受けて過剰演出について謝罪に追い込まれたりした。熱く広い支持を集めた番組にもかかわらず、テレビ番組の改編期である3月末ではなく、2005年12月末で幕を閉じた背景には、こうした経緯もあったのだろう。

毀誉褒貶は、それだけではない。

「過去を過大に美化しているオジサンたち」が大好きな番組だとして揶揄されたのは、番組終了から8年も過ぎた2013年だった(*3)。逆に、その前年には、朝日新聞の看板コラム「天声人語」が「かつての『プロジェクトX』のような教養系にこそ、お金と人を割いてほしい(*4)」とNHKに要望している。

世の中に認められたのか、それとも、不祥事にまみれて打ち切られたのか。過去礼賛なのか、教養を育むのか。「プロジェクトX」への評価は揺れてきたし、それほどまでに有名で、今もなお多くの人の記憶に残っている。

ここに、今こそ「プロジェクトX」が帰ってくる理由がある。「プロジェクトX」は多くの日本人が一家言ある「みんなが知っている物語」だからこそ、新シリーズを始めるのではないか。

*3東レ経済研究所経済部長 渥美由喜氏のコメント(『AERA』2013年9月2日号)
*4「朝日新聞」2012年10月4日朝刊

■「失われた30年」とは何かを考えるために

その反面、「失われた時代」とは何を「失った」のか、本当に何が起きていたのか、私たちは、どれだけ知っているのだろう。

「新プロジェクトX」制作統括の久保健一プロデューサーは、「どんな時代にも頑張っている人がいることを証明したい、そして2024年の今こそ光を当てるべきテーマがあるはずだ」と、今回の復活の理由を述べている。

ビジネス街の横断歩道を行き交う人々
写真=iStock.com/ooyoo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ooyoo

象徴するのは、初回の「東京スカイツリー」である。現場の最前線にいた元日本テレビの根岸豊明氏の著書『誰も知らない東京スカイツリー』(ポプラ社)のように、なぜ、あの土地に、どうやって建てたのかは「誰も知らない」。少なくとも、「みんなが知っている物語」ではない。

番組紹介サイトを見る限りでは、主に「技術者たちの意地の物語」にスポットライトが当てられるようなので、根岸氏のようなテレビ関係者は、あまり登場しないのかもしれない。それでも、今回の放送をきっかけに、何かに打ち込み、何かを成し遂げた人たちの姿に焦点を当てるのは、素晴らしい。

「失われた時代」を経て自信や誇りを取り戻すべきだ、などというアナクロな装いでは、とても番組は支持されない。ソーシャル・メディアで、すぐに評判が出回る世の中で放送する以上、誰よりも番組制作側は、そうした懐古趣味に走らないよう、かなり慎重かつ前向きに努めるのではないか。

みんながよく知る「プロジェクトX」という器に、知られざる「失われた時代」を載せる。NHKを叩いて溜飲を下げるよりも、この時代とは何かを考えるために、しばらくは虚心に番組を見たい。

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鈴木 洋仁(すずき・ひろひと)
神戸学院大学現代社会学部 准教授
1980年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。京都大学総合人間学部卒業後、関西テレビ放送、ドワンゴ、国際交流基金、東京大学等を経て現職。専門は、歴史社会学。著書に『「元号」と戦後日本』(青土社)、『「平成」論』(青弓社)、『「三代目」スタディーズ 世代と系図から読む近代日本』(青弓社)など。共著(分担執筆)として、『運動としての大衆文化:協働・ファン・文化工作』(大塚英志編、水声社)、『「明治日本と革命中国」の思想史 近代東アジアにおける「知」とナショナリズムの相互還流』(楊際開、伊東貴之編著、ミネルヴァ書房)などがある。

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(神戸学院大学現代社会学部 准教授 鈴木 洋仁)

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