自治体の「殺処分ゼロ」を手放しで喜んではいけない…「人間の都合で不幸になる犬・猫」が抱える"隠れた問題"
プレジデントオンライン / 2024年5月3日 7時15分
■「殺処分ゼロ」のからくり
環境省の統計によると、犬や猫の殺処分は右肩下がりで減少を続けています。2022年度の殺処分数は計1万1906頭(犬2434頭、猫9472頭)で、2004年度の計39万4799頭(犬15万5870頭、猫23万8929頭)と比較すると約33分の1になっています。
近年、動物愛護の精神の広がりとともに、熊本市、横浜市、札幌市、奈良市など「殺処分ゼロ」を実現する自治体が増えています。そのため「不幸な犬や猫が確実に減っている」「行政も頑張っている」と受け取る人も多いのではないでしょうか。しかし、その裏にはいくつかの「からくり」があり、実際には問題解決には至らず、新たな問題も起きています。
■炭酸ガスによる窒息死、注射による安楽死
殺処分とは、自治体の保健所や動物愛護管理センターなどに持ち込まれた犬や猫などの動物を致死させることを言います。動物を引き取る状況には、正当な理由による一般家庭からの場合、また狂犬病予防法に基づく捕獲時の一時保護などがあります。
収容されている動物が譲渡されないまま増加すると、施設の収容能力を超えるため殺処分が行われます。狂犬病予防法では、保護された動物は最低2日間施設に収容し、公示し、その後1日以内に申し出がなければ殺処分ができるとしています。
しかし、収容日数については厳密に定められているわけではないので、各自治体の予算・人員・収容能力等により、1週間程度で殺処分をするところもあれば、殺処分はせずに収容し続けるところもあります。
殺処分の方法は、「ドリームボックス」と呼ばれる箱の中に炭酸ガスを入れ、窒息死させる方法が一般的です。しかし、環境省の「動物の殺処分方法の指針」に従い、できる限り動物に苦痛を与えない方法で行うことが求められています。そのため、近年では注射による安楽殺などに変更する自治体も増えています。
■民間団体や個人の保護活動のおかげ
殺処分減少の背景にはいくつかのからくりがあります。
その1つはすでに知られている通り、民間の動物愛護団体や個人の保護活動により、自治体の施設に収容された犬や猫が引き取られているという実態です。「殺処分になる前に何とか救いたい」という思いから犬や猫を引き出し、譲渡ができる状態までケアして、新しい飼い主に繋げているのです。
環境省の統計資料「全国の犬・猫の殺処分数の推移」を見る限り、殺処分は確実に減少しています。しかしながら、SNSなどで「このままでは殺処分に! 助けてください!」と呼びかけている投稿をよく見かけるのは、前述した実態があるからです。
最近は、「殺処分ゼロを達成しました‼」という自治体の発表をよく見かけますが、それは自治体の取り組みだけで成し得たものではなく、民間の動物愛護団体などの多大な尽力があってこその成果なのです。
しかしながら、「殺処分ゼロ」という数字ばかりを追い求めるあまり、自治体が動物愛護団体に負担ばかりを強いているケースもあります。その負担が長期間続けば、その施設がキャパオーバーになり、飼育環境の悪化や資金不足、人手不足などが発生します。もちろん他の要因もありますが、結果として動物愛護団体が多頭飼育崩壊に陥る事態が少なからず生じてきています。
■自治体の「殺処分ゼロ」は部分的
もう1つのからくりは、環境省の「動物愛護管理行政事務提要の『殺処分数』の分類」にあります。この資料では動物の死亡を以下の3つに分類しています。
② 分類①以外の殺処分(譲渡先の確保や適切な飼育管理が困難)
③ 引き取り後の死亡
例えば、2024年4月に掲載された沖縄タイムスの記事によると、「沖縄の犬猫殺処分2023年度は過去最少の167匹」「譲渡適性の処分は犬が初めてゼロ」と書かれています。このことからわかるように、各自治体の言う「ゼロ」は、前述した②の殺処分がゼロだったということを指しているのです。
このように、「殺処分ゼロ」を達成したと言っている自治体にも、実際には殺処分されている犬や猫が数多くいるということです。
■譲渡できない犬・猫が溢れかえる
自治体によっては、1回でも「犬が歯をむき出して唸った」「猫がシャーッと威嚇した」だけで、「人や他の動物に危害を及ぼす恐れが高い動物」と判断され、①に分類されることもあると聞いています。
沖縄県ではその①の部分も含め、全体的な殺処分を減少させるため、保護した犬や猫の譲渡を推進する「県動物愛護管理センター譲渡推進棟(愛称:ハピアニおきなわ)」を2022年に開設しました。この施設では人に慣れていない保護した犬や猫の譲渡適性を向上させるため、しつけなどのトレーニングや健康管理を行っています。
殺処分が過去最少となった背景には、動物愛護団体の活躍とともに、県の積極的な譲渡活動の成果があったわけです。
しかし、野犬や野良猫などの保護が多い地域でこのような施設を備えないまま無理に「殺処分ゼロ」を推し進めると、動物愛護団体の収容能力が限界に達し、自治体の施設が譲渡できない犬や猫で溢れかえることになります。そうなれば、犬や猫の動物福祉を低下させることになります。
持続的な過密環境ではストレスでトラブルも多くなり、犬同士の攻撃による死亡事故が生じたケースも報告されています。単に「殺処分ゼロ」を目指せばよいということではないのです。
■「引き取り屋」が動物愛護団体に鞍替え
そして更なるからくりは、行政の「引き取り拒否」が可能になったことです。2013年に施行された改正動物愛護管理法では、自治体が業者から犬や猫の引き取りを求められても、相当の理由がなければ拒否できるようになりました。
その結果、自治体の引き取り数は減少しましたが、引き取りを拒否された犬や猫の受け皿のひとつとして、有料で犬や猫を引き取り劣悪な環境で飼育する「引き取り屋」が横行する事態となりました。
さらに、2021年に施行された改正動物愛護管理法の数値規制導入の結果、ペットショップやブリーダーから相当数の犬や猫が溢れることになり、それらの関係者が動物愛護団体を設立したり、前述の「引き取り屋」が動物愛護団体に姿を変えて、利益目的の保護活動をしているとの報告もあります。
有料で犬や猫を引き取り、譲渡条件に諸費用、ペット保険の契約、遺伝子検査代、フード代(複数年契約)などを付加し、新しい飼い主が1匹を保護するのに初期費用として15万~20万円を請求する団体もあるようです。
■劣悪な環境でただ生かされている犬・猫たち
しかし、そのような動物愛護団体で保護されている犬や猫は、利益ばかりを追求する業者から持ち込まれることがほとんどです。劣悪な環境で無理な繁殖を強いられてきた犬や猫なので、健康上に問題を抱えていることも多く、譲渡後のトラブルも増えています。
また、影を潜めている「引き取り屋」や「廃業したブリーダー」の劣悪な飼育環境のもとで、ただ生かされている犬や猫も多くいると耳にしています。
飼い主にも終生飼育が義務付けられたために、自治体は飼い主からの安易な引き取りも拒否できるようになりました。このことも自治体の引き取り数の減少に繋がっています。
飼い主の死亡や入院などでやむを得ず自治体に保護を依頼するケースも増えているようですが、「殺処分になる可能性もある」と聞くと躊躇し、結局は動物愛護団体に助けを求めることが多いのです。近年増加している多頭飼育崩壊も同様で、動物愛護団体がほとんどの犬や猫を保護しています。
■問題解決に必要なのは蛇口を閉めること
これらのからくりや生じている問題からも明らかなように、「殺処分の減少」「殺処分ゼロ」はあくまでも自治体の施設での殺処分が減少、あるいは行われていないという結果であり、たとえそれが達成できたとしても解決には至りません。本当の解決には、保護しなければならない犬や猫を減らす活動が必要です。
野犬や野良猫など野外で繁殖し保護される犬や猫、飼い主が飼育放棄し保護される犬や猫、またブリーダーの崩壊や廃業、改正動物愛護管理法の数値規制に伴い飼育放棄され保護される犬や猫を減少させなければ、時間の経過とともにますます問題は大きくなっていくことでしょう。
動物愛護団体や個人の保護活動にも限界があります。「蛇口をいかに閉めるか」について、関係するそれぞれが真剣に考えなければならない時期が来ています。
筆者が常々思っていることは、犬や猫のこうした問題が顕在化しているのに、なぜペット業界の企業が責任感を持ってその問題解決に積極的に取り組まないのかということです。そこにある問題から目をそらし、利益のみを追求し、「人とペットとの幸せな共生」が置き去りにされていると感じます。ペット業界への世論の批判はそこにあるのではないでしょうか。
動物愛護団体や個人のボランティアなどが問題解決に取り組んでいるように、各企業は自らの特性を活かし、それぞれが担える役割を果たしていけば、問題は確実に減っていくことでしょう。動物愛護の精神が広がるなかで、飼い主に支持される持続可能な企業となるためには、積極的に責任を果たすことが必須です。「命」を扱う責任の重さを、しっかりと認識しなければなりません。
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ペットジャーナリスト
世界最大の猫種である「メインクーン」のトップブリーダーでもあり、犬・猫などに関する幅広い知識を持つ。家庭動物管理士・ペット災害危機管理士・動物介護士・動物介護ホーム施設責任者。犬・猫の保護活動にも携わる。ペット専門サイト「ペトハピ」で「ペットの終活」をいち早く紹介。テレビやラジオのコメンテーターとしても活躍している。
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(ペットジャーナリスト 阪根 美果)
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