なぜ安倍晋三氏は亡くなり、トランプ氏は生き残ったのか…米国シークレットサービスと日本警察の決定的違い
プレジデントオンライン / 2024年8月1日 10時15分
■流血しながらガッツポーズしたトランプ氏
銃弾があと数センチずれていたら、世界は変わっていたかもしれない――。
演説中のトランプ氏に対し、20歳の男が放った銃弾による暗殺未遂事件。会場での一部始終を捉えた海外ニュースの映像をあらためて見てみると、トランプ前大統領は発砲音の直後、右耳を押さえ、周囲にいたシークレットサービス(USSS=アメリカ大統領警護隊)が一斉にトランプ前大統領を守るようにしゃがませ、盾になっていた。
その後、シークレットサービスが彼を取り囲んだ状態で車に乗り込ませた。トランプ氏は、右耳から流血しているが観客に向けて何度もガッツポーズをとっていた。
アメリカメディアの報道によれば、7月13日午後、アメリカのペンシルバニア州バトラーで演説中だった共和党のトランプ前大統領が銃撃され、右耳にけがを負った。犯人はシークレットサービスの狙撃チームによってすぐさま射殺されたという。
トランプ氏を狙ったのはその後、20歳の男と判明。演説会場のそばの建物の屋根からライフル銃のような自動小銃で狙ったとみられ、トランプ氏の登壇席から犯人が登った屋根の距離は約130mだったという。
■暗殺犯に気づけなかったのは致命的ミス
その後、事件を受けて、シークレットサービスの長官が「この数十年で重大な失敗」と警護のミスを認め辞任。その強さを世界中に誇示していた、シークレットサービスの輝かしい経歴に傷がつくことになった。
今回の銃撃事件、世界最強と呼ばれるアメリカシークレットサービスはどのような警護を行っていたのか。国際ボディガードとして数多くの要人警護経験を持つ、民間ボディガード会社代表の小山内秀友(おさない・ひでと)さんは、こう説明する。
「通常、アメリカ大統領選候補者には選挙の120日前からシークレットサービスの護衛がつきますが、トランプ氏の場合は前大統領ということもあり、恐らく大統領を辞めた後もずっとシークレットサービスの警護がついていたはずです。
今回、ステージから130m程度しか離れていない建物に、ライフル銃を持った人物が容易に近づき、屋上に上がれてしまったことや対狙撃チームを設置し、かつ見通しの良いロケーションであったにもかかわらず、130m程度しか離れていない建物の屋上からライフル銃で狙ってきている人物に気づくのが遅れたのは、シークレットサービスのミスであったと思われます」
■「発生時」「事後」は問題なし、焦点は「事前」
アメリカメディアの一部報道では、シークレットサービスが演説当日朝の地元警察との調整会議に出席しておらず、事件発生まで警察の特殊部隊と連絡を取り合っていなかったという。さらに一部報道では、容疑者の男がトランプ氏を狙った建物の2階には地元警察の狙撃担当が配置されていたという。
「通常、要人警護は『事前』『発生時』『事後』という3つの段階で警護が実施されます。
事前に調査を行い、危険がどこに潜んでいるかを調査する『脅威評価』を実施し、その上で警備計画を立てて準備を行う『事前』の段階、実際に緊急事態が発生した時にQuick Response(即時に反応)を行う『発生時』の段階、そして警護対象者をより安全な状況に置く『事後』の段階です。
今回のケースでは、狙撃が行われた際のQuick Response(発生時の即応)と、いったん状況が収拾したのを確認した上で警護対象者をすぐに車両に乗せて、より安全な場所に移動した『事後』の行動に問題はなかったと思われます。そうなると問題は『事前』の段階ということになります。
この『事前』の問題点が、警護対象者が現れる前、つまり警備計画を立てる前の事前の情報収集の段階で問題があったのか、それとも情報を収集した後に行われる『脅威評価』の段階で問題があったのか、『脅威評価』に基づいて作成される『警備計画』の段階で問題があったのか、もしくは、警備計画まではしっかりとできていたものの当日の警備に問題があったのか。いずれかの場合が考えられます」
■安倍氏銃撃事件の最大の問題点とは
アメリカでの事件。そして未遂であるという点を考慮しても、2年前の日本での出来事と比較してしまう。2022年7月8日、安倍晋三元首相が奈良市の近鉄大和西大寺駅付近で銃撃され死亡した。警護体制が手薄だったことが原因とされたが、今回のトランプ氏の警護体制とどこがどう違ったのか。
「安倍元首相銃撃で警護のプロの目から見て一番大きな問題点は安倍元首相が銃撃を受けてその場に倒れた後、しばらくの間その場に留め置かれたということ。私たち警護の世界では襲撃や緊急事態が起きた際にやるべきことは2つしかない。
専門用語で『Cover & Evacuate(即時介入&現場退避)』と呼ばれる2つの行動なんですが、Coverというのは脅威となるものがあった時に、守る対象と脅威との間に自分が割って入って守るフィルターになるという行動。
そして第2陣の攻撃に備えるのがEvacuateという行動で、たとえ警護対象者が死んでしまっていても、身体を守りながら移動させて、散ってしまった身体の部位をかき集めて車に乗せて、とにかくその場から緊急退避する。これが警護の基本です」
■安倍氏を緊急退避させなかったのはあり得ない
「トランプ氏への銃撃でシークレットサービスはしっかりと『Cover & Evacuate』に則り行動していて、しかもCover後に、闇雲にEvacuateさせるのではなく、チーム内で状況のコミュニケーションを取りながら安全な状況を確認した上で、Evacuateさせており、とても素晴らしかったと思います。こうした点からみても安倍元首相がその場にしばらく留め置かれたことは通常、警護の世界ではあり得ない行動なのです」
また、小山内さんは今回トランプ氏を狙った容疑者の「警備体制を上回る犯人の強い殺意」が事件につながったと推測する。
「攻撃者にとってターゲットとの距離はとても重要です。距離が遠くなればなるほど、自分の身の安全を確保できる可能性は高くなりますが、相手を仕留められる可能性が低くなります。逆に、近ければ近いほど、相手を仕留められる可能性は高くなりますが、自分の身の安全を確保できる可能性が低くなります」
■自分の安全を捨て、トランプ氏の命を狙った
「今回もおそらく、演説会場周辺にはしっかりとしたセキュリティバリア(境界線)が設定され、会場敷地内へのアクセスには金属探知機を使った出入管理がしっかりと行われていたはずです。近距離の警備体制がしっかりとなされれば通常、攻撃者はターゲットに近づくことすらできません。
おそらく犯人は自身の身の安全という要素を捨て、より確実に仕留められる可能性にかけたと思われます。そのため、ターゲットから約130mという距離まで近づいて銃撃を行い、犯人は警護側の反撃を受けて死亡しています。
このように自分の身の安全よりも、目的の達成を優先する攻撃者には高いモチベーションがあるため、距離を可能な限り縮め攻撃成功の可能性を高めてきます。例えるなら、この犯行は『自爆テロ』のようなものなのです」
そのことを裏付けるように、容疑者の自宅からは爆発物の原料が発見されたり、犯行当日の数時間前に小型ドローンを現場周辺で飛ばしたとことも報じられている。
■警護の本質を示す「10分の1の法則」
小山内さんは、今回のトランプ氏銃撃でのシークレットサービスの警護を基本的に評価しつつ、警護の本質についてあらためて、こう話す。
「イスラエルで警護を学んでいた時に教官に『どんなに身体を鍛えようが、どんなに射撃の腕がよくなろうが、爆弾を抱えたテロリストが目の前に来てスイッチを押そうとしている状況でおまえができることなんか何一つない。爆破ボタンを押されたら死ぬぞ』と教えられたのです。
真の警護とは『どう戦うか』ではなく『どうしたらテロリストが近づいてこないようにするか、未然に防ぐか』ということに力を入れないといけないし、目の前に危険が発生してから守れるか守れないかは、もはや運でしかないんです。
運がよければ先に相手を倒すことができますが、運が悪かったら先に爆破ボタンを押されてしまう。ボディガードは運で仕事をしたらダメで『どうしたら確実に守れるか』ということを考え『未然にどう防いでいくか』ということを実践していかなくてはいけない。
警護の世界には『10分の1の法則』という言葉があります。準備をしていなければ、10回襲撃される可能性がある時に1回ぐらいしか守れないので、相手には9回アドバンテージがあるという意味が1つ。優秀なボディガードは10回起こりうる脅威を9回は未然に防ぎ、防ぎきれずに起きてしまった最後の1回もちゃんと守る。
10回襲われた時に10回すべてを守ることは不可能です。最後の1回に身体を張ることになるかもしれないけれども9回はしっかりと未然に防ぐというのが、警護の本質なのです」
シークレットサービスにより、発生時と事後で高度な警護が実践されていたからこそ、トランプ氏は命をつなぐことができたと考えることができるのだ。
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フリーライター
テレビ報道の現場で記者として主に事件取材を重ねてきたフリーライター。
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(フリーライター 一木 悠造)
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