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「石破首相の安倍派潰し」にマスコミは大興奮しているが…就任早々ブレまくる石破政権に私が期待を寄せる理由

プレジデントオンライン / 2024年10月8日 16時15分

衆院本会議で立憲民主党の野田佳彦代表の代表質問に対して答弁する石破茂首相=2024年10月7日午後、国会内 - 写真=時事通信フォト

石破政権が発足して、これからの政治はどう変わるのか。ノンフィクションライターの石戸諭さんは「長かった安倍時代に一区切りがついたことは大きい。これまで『安倍・反安倍』の構図で政治が語られてきたが、石破首相はそれにくみせず『退屈な政治』をしてほしい」という――。

■旧安倍派の「裏金議員」を非公認に

「擬似政権交代」による長かった安倍時代に一つの区切りが見えてきた。

これが石破茂政権発足時に真っ先に感じたことだった。発足直後の状況は芳しいものではなかった。通常は内閣発足直後に高い数字が出てくる支持率も各社ともに50%前後で、安倍政権、岸田政権に比べてもかなり低い数字が並んだ。

この数字が多少影響したのだろう。裏金議員の公認問題を巡って対応は錯綜した。

当初は比較的軽い条件を満たせば、全員が公認されるという見通しが報じられたが、これにはさすがに批判が殺到した。そこで石破首相が打ち出したのは、「①『選挙における非公認』より重い処分を受けた者、②非公認より軽い処分でも、処分が継続し、国会の政治倫理審査会に出席して説明していない者、③処分を受け、地元での理解が十分に進んでいないなどと判断される者――」という条件だったと報じられた。

日経新聞によると、こうした方針転換を積極的に打ち出したのは小泉進次郎選対委員長だったという。方針をそのまま適用すると非公認となる現職はまず萩生田光一元政調会長、下村博文元文科大臣、新型コロナ禍で対応にあたった西村康稔氏ら旧安倍派の要職歴任者が軒並み非公認となる。

これ自体は理解ができる結論だろう。法的な処分とは別に、選挙を控えて政治的な対応を取りうること自体は不思議なことではない。裏金議員の選挙区に公認候補を送り込まず、選挙で信任を得るように求めたところは世論を踏まえたうえで引ける一線だ。非公認の対象となったのが結果的に安倍派中心となったこともまた時代の変化を感じさせる。

石破政権はかつての民主党政権と同じように、直前まで良いことを言って高い期待を振りまいたわりに、いざ任せてみると残念なことしかない政権になってしまうかもしれないし、その可能性は高いと思っていたが、権力闘争に打って出たということなのだろう。これが吉と出るか凶と出るかは、選挙の結果が出るまで判断はできない。

立憲は立憲で、発表した経済政策(特に物価安定目標0%超)に整合性がないと批判が集まっている。ひとまず政権は始まったばかりである。

本稿では石破内閣発足で起きるかもしれないポジティブな可能性を探ってみたい。

■「派手で雑な議論」が盛り上がった安倍時代

それは「退屈な政治」の復権の可能性だ。

安倍政権は政治的なイデオロギー的にも保守色が強く、個性を強く打ち出した政策的にも対抗軸が極めて作りやすい政権だった。実際のところはかなり現実路線だった経済政策、安全保障政策も細かい争点をすっ飛ばして、安倍政権を評価するかしないかを大きな争点に反対派も支持派も熱く、派手に盛り上がることができた。

安保法制の成立をめぐって国会前で飛び交ったのは「安倍はやめろ」だったが、退陣したあとも現実に安保法は残っているし、反対した勢力は伸びていない。立憲民主党の代表に返り咲いた野田佳彦氏でも安保法の見直しについて政策転換は現実的なものではない、と語っている。

アベノミクスに賛成か否かなど極めて粗雑な問いであるにもかかわらず、安倍政権を批判する人々からは「あれはおかしい」という声を取材でもかなり聞かされた。しかし、もう少しだけ冷静に考えてみたい。

こんな雑な問いに答えられるだろうか。そもそも、彼らにとってアベノミクスとは何を指すのだろう。

■「人々の生活」を守るには経済成長が必要不可欠

ここ30年の日本のように、デフレ下あるいはデフレの兆しが見えた時点でアベノミクスの根幹にある金融緩和を進めることで雇用の改善に働きかけるのは欧州で言えばリベラル、左派のほうが積極的に求める政策だ。経済成長がなければ、人々の生活にとって極めて重要な雇用を守ることはできないことは目に見えている。質のいい雇用があって、はじめて生活水準は引き上げられる。

日章旗と円建ての株式市場のグラフ
写真=iStock.com/Dilok Klaisataporn
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Dilok Klaisataporn

党内左派を切って、政権を奪還したイギリス労働党のキア・スターマー首相――「退屈な政治」の元ネタでもあり、人権派弁護士から政界に進出した――の言葉は参考になる。

「敗れた過去4回の総選挙について、徹底的に検証した。私たちは最も大事にしなければならない、働く人々からあまりにも遠く離れてしまっていた。目指すべきは、働く人たちのための富の創出と経済成長だ。多くの人が『労働党政権は増税か歳出削減しかできない』と言うが、決してそんなことはない」

そう、まさに経済成長が重要なのだ。労働党政権もさっそくつまずいているが、まずもって政権を奪還するためには、経済が重要だというのは一つの教訓だ。人権派かどうかはさておき、人々の生活を大切だと語る弁護士が率先して財政タカ派的な発言を繰り返す日本の保守勢力やリベラルとは明らかに異なり、極めて現実な方向に舵を切ったのがスターマーだった。

■熱しやすく冷めやすい「メディアの性質」

たとえば、安倍政権で二度にわたって引き上げられた消費税が妥当だったか否か、金融緩和を維持した上でもっと強力な財政出動をすべきか否かといった質問であれば、まだ問いとしては答えやすい。私もそう聞かれれば、消費増税には反対だが、積極的な財政出動には賛成だと答えられる。この程度の問いや議論もすっ飛ばしてしまえば、議論などおよそ成立しない。

ちなみにみんな共に成長を断念して貧しくなろうというのなら、現代のマルクス主義経済学者や左派政党が唱えるような経済政策のほうがはるかに効率的だとは思うが、そんな政策への支持もまたまったく広がっていない。

私が「退屈な政治」と呼んでいるのは、個別具体的な政策や法案について、大きなテーマを示した上で、ディテールを突き詰めていくような議論である。私がインタビューした爆笑問題の太田光はメディアの性質について、こんなことを語っていた。私が急速に盛り上がり、急速に熱が冷めていくそんな状況をどうみているのかと訊ねたときの言葉だ。

「今でも日本社会は空気で動くものだと思っている(中略)。(問題が)複雑になっていくうちに『あれ? これって何が問題なんだっけ?』と多くの人がついていけなくなり、取り上げられなくなる。これがマスコミのパターンだよね」

太田の言葉も核心をついている。彼が語っているのはまさにわかりやすい争点に飛びつくメディアの特性であり、「退屈な政治」の真逆、つまり「わかりやすく、熱中しすぎる政治」の特性だ。

押し寄せるメディア
写真=iStock.com/suriya silsaksom
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/suriya silsaksom

■「中道路線」は維新に奪われてしまった

「アベ政治を許さない」はかつて左派が高らかに掲げたスローガンだったが、カタカナを用いて抽象化された「アベか反アベか」は極めて問いやすい争点だった。「反アベ」であるといえば、すべてが包括されて語ることができた。具体を問わなくても、つながることができたのだ。しかし、退屈な議論をすっ飛ばしてきたことで、言葉も思考も明らかに劣化したように思う。

データを観察した上で、簡単に昨今の政治状況を整理してみよう。参照するのは、秦正樹(政治心理学)の実証分析(2022年に取材したものであることは断っておきたい)である。

秦らの研究グループは有権者への調査でこんな質問を試みている。主要政党のイデオロギーについて、0を最も左派、10を最も右派、真ん中を5としたとき、主要政党と回答者自身をどこに位置付けるか。有権者の平均は5.5であり、最も右派と評価されたのは自民でその平均値は6.6だった。左派は共産と社民が共に3.7で、立憲も左派寄りに位置づく4.7だった。

維新はど真ん中の5.5だが、政権担当能力があるかどうかという評価に限れば、自民党に大きく水をけられている。

■「政治のエンタメ化」はなにも生まない

安倍政権下で自民は議員レベルに限っていえば右傾化したが、立憲は共産と組むことに躊躇(ちゅうちょ)しなくなり左傾化で対抗する戦略をとった。安保法制反対で熱く、盛り上がった政治運動をリードしたSEALDsも望んでいたような野党共闘に踏み切った。

しかし、SNSにこそ現れないが、日々の生活に向き合っている人々からはかけ離れていき、ぽっかり空いた中道は改革を旗印に据えた維新に取られていく……。これがデータでも説明ができる現実の政治だ。

加えて、これはデータでは裏付けられないあくまで取材現場の実感にすぎないが、ぽっかり空いてしまった中道の不在はポピュリストの土壌にもなったようにも思えてならない。政治を身近なものにしたいとか、政治をエンタメ化したいというのは昨今、数字や注目を集めるポピュリストたちの決まり文句になっていた。

そんな彼らが意識的か無意識かはわからないが票のターゲットとして狙っていたのは、左右の対立軸についていけない人々だったのではないかと思う。本来、政治は壮大な見世物とは遠いものだ。関心を高めるようなわかりやすい構図は対立軸を突き詰めた結果として辿り着くものであって、プロレスのような意識的な仕掛けの先に生み出されるものではない。

ポピュリズムの波が吹き荒れたヨーロッパで、ポピュリストがもたらしたのはガバナンスの機能不全だった。現代社会において極論を用いて政権をとったところで、生み出せるものが多くないのは当然のことだろう。

自民と立憲がともに似たようなトップを選んで中道に寄せていく選択をしたことで、より実直な政治が戻ってくるのではないかと期待したのだが、果たしてどうなるか。結論を出すのはまだ早いが、長かった安倍時代の終わりを前にして、メディアも含めてアベか反アベかのような粗雑な二項対立、粗雑な論点設定で語られない政治の復権はどんな形であれ必要だ。そこは強調しておきたい。

新内閣の発足に伴い、首相官邸の階段で記念撮影をする石破内閣
新内閣の発足に伴い、首相官邸の階段で記念撮影をする石破内閣(写真=内閣官房内閣広報室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

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石戸 諭(いしど・さとる)
記者/ノンフィクションライター
1984年、東京都生まれ。立命館大学卒業後、毎日新聞社に入社。2016年、BuzzFeed Japanに移籍。2018年に独立し、フリーランスのノンフィクションライターとして雑誌・ウェブ媒体に寄稿。2020年、「ニューズウィーク日本版」の特集「百田尚樹現象」にて第26回「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞した。2021年、「『自粛警察』の正体」(「文藝春秋」)で、第1回PEP ジャーナリズム大賞を受賞。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)、『ルポ 百田尚樹現象』(小学館)『ニュースの未来』(光文社)『視えない線を歩く』(講談社)がある。

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(記者/ノンフィクションライター 石戸 諭)

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