高齢者を「薬漬け」にするよりずっと効果的…長野県が「お金がかからない長寿県」になった意外な理由
プレジデントオンライン / 2025年1月10日 18時15分
※本稿は、和田秀樹『ヤバい医者のつくられ方』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。
■医療費を抑えつつ、長寿を実現した長野県
厚生労働省が5年に一度発表している都道府県別の平均寿命を見ると、2020年時点で長野県に住む人の平均寿命は男性82.68歳で全国2位、女性は88.23歳で全国4位です(図表1を参照)。
一方で、2021年の一人当たりの後期高齢者医療費は全国で34位でした(図表2を参照)。
これは一時的なことではなく、長野県は一人当たりの老人医療費が安く抑えられているにもかかわらず、平均寿命はずっとトップクラスで推移していることで有名な県なのです。
高齢者の有職率の高さなど考えられる要因はいろいろありますが、まず挙げられるのは、長野県が日本老年医学会で認定された老年医療の専門医が最も少ない県の一つだからだと私は考えます。
老年医療の専門医が少ないから高齢者が元気だなんて、普通に考えるととても不思議な話のように思えるでしょう。
でも、これは事実です。
■ポスト競争に負けてしまった医師の行く先
なぜそんなことになるのかというと、老年医療の専門医というのが、私に言わせれば頭でっかちのニセモノばかりだからです。
実は老年科の教授の大半は、呼吸器科や循環器科など老年医療以外の出身です。ライバルが多い呼吸器科や循環器科だと教授になることができなかったため、代わりのポストとして老年科の教授のポストを与えられるケースが非常に多いのです。
これまでの話からすると、この人たちが教授になれなかったのは、臨床を一生懸命やっていたからというふうにも受け取れますが、そんなことはありません。はっきり言えば、ろくな論文が書けなかった人たちなのですが、呼吸器科や循環器科というのは医学部の中でもとりわけ力を持つ科なので、ここの教授たちが自分の部下に別の科のポストをあてがっているのでしょう。
そうやって選ばれた医学部老年科の教授が日本老年医学会の役員となり、老年医療の専門医になるための試験問題をつくっています。老年医療の臨床のことなど全くわからない人たちが問題をつくれば、理論重視の内容になるのは当然です。
■高齢者を「薬漬け」にしてきた張本人
そんな試験なら臨床に強くなくても机上の勉強さえできれば対応できます。その試験にパスしたというだけで専門医を名乗るようになった医者が、老年医療の現場でのスペシャリストになどなり得ません。高齢になるほど個人差も大きくなるので、老年医療というのは杓子定規の知識だけではとても太刀打ちできないのです。
しかも、老年医療の専門医の集まりである「日本老年医学会」は、最近でこそ「高齢者に薬を使いすぎてはいけない」などと言い出していますが、高齢者に対する薬の適正使用についての研究を一切することなく、むしろ高齢者を薬漬けにして製薬会社を儲けさせてきた張本人です。
日本老年医学会で認定された老年医療の専門医が最も少ない長野県の後期高齢者医療費が安い理由の一つはまさにそれです。そのおかげで薬漬けから逃れられているというのも、長野県の人たちの平均寿命が長い理由の一つなのでしょう。
■高齢者の健康を守ってきたのは総合診療医
長野県には信州大学の医学部がありますが、その影響力は他県より弱いとされ、その附属病院に勤める専門医も少ないという特徴があります。
長野県の最も大きな特徴は、農村医療の父と言われた若月俊一先生をリーダーとした佐久総合病院や、作家としても活躍されている鎌田實先生の諏訪中央病院などを中心とした地域医療運動が盛んで、そこで重要な役割を担う総合診療医の数が多いことです。佐久総合病院も諏訪中央病院も日本老年医学会の認定施設には選ばれていないこともここに記しておきましょう。
高齢者の健康を守ることと、医療費を抑えることを両立しているという意味で、長野県型の医療、つまり総合診療医がその手腕を発揮する医療が、超高齢社会の医療モデルとなりうることは明らかなのです。
「新臨床研修制度」の導入など、専門分化型の医療から総合診療型の医療への移行の方向性は一応打ち出されてはいます。
しかし、現実にはそのような改革はほとんど進んでいません。
■専門医が圧倒的に多く、総合診療医は少数派
初期研修の後に専門医の資格を取るハードルが以前より高くなったせいで、専門科以外の勉強をあまりしなくなるドライブがかかってしまった面もあり、日本の医療の主流は専門分化、つまり臓器別診療主体であるという状況は変わっていません。
総合診療科なるものを新設したりしていますが、専門科のワンノブゼムの扱いでは、医療の潮流が変わるようなことはあり得ないでしょう。実際、「新臨床研修制度」が導入されて20年も経つというのに、新たに総合診療医として採用される医者の割合は全専門医の3%程度しかいないのです。
例えばイギリスでは、全医師の半数が、「General Practitioner(ジェネラル・プラクティショナー)」と呼ばれる総合診療医ですから、これはもう雲泥の差があると言わざるを得ません。
超高齢社会への対応を本気で考えるのであれば、例えば、総合診療科だけ教授の数を20人にするとか、助手の数を100人にするなどの優遇措置を講じるべきなのですが、現状のままではおそらくそれは叶わないでしょう。
そんなことをすれば、今いる他の科の教授たちの専門医としての立場が軽んじられることになり、医療界に及ぼす影響力も失って、既得権益も剝がされてしまいかねないからです。
つまり、自らのメンツや利権を守りたい教授たちの一存で、待ったなしであるはずの医療の変革が阻まれているのです。
■薬の飲みすぎの弊害は高齢者ほど深刻である
専門分化型の医療から総合診療型の医療への移行が進まない限り、高齢者は不調の数だけ薬を処方され続けます。教科書通りの診療であれば、一つの病気に対して3〜4種類の薬を出すのが「正解」なので、実際には、不調の数×3くらいの種類の薬を飲まされているのではないでしょうか。
誤解のないように申し上げておきますが、私は何も、薬を一切飲んではいけないとか、すべての薬がダメだと言っているわけではありません。
ただし、薬の飲みすぎには明らかに弊害があります。だから、数々の書籍で私も繰り返し警鐘を鳴らしているのですが、特に高齢者の場合はその影響は深刻です。
なぜかというと、高齢になるほど肝臓や腎臓の機能が落ち、薬を分解したり使い切れなかった成分を排泄したりするのに時間がかかるからです。
薬を飲むと15〜30分後の血液中に流れる薬の濃度が最も高くなりますが、一定の時間が経つとその血中濃度は半分くらいになります。それまでに要する時間のことを「半減期」といい、薬の種類によっても異なりますが、多くは8時間から半日ほどだとされています。
■薬を毒にしてしまう過剰な「足し算処方」
薬を処方されるときに、一日に2回飲んでくださいとか3回飲んでくださいとか言われると思いますが、その根拠になるのも「半減期」です。血中濃度が半分くらいになるタイミングで次の薬を飲めば、効果を持続させることができるので、そのような指示が出されるのです。
ただし、若い人であれば半減期が6時間くらいの薬でも、高齢者の場合は8時間くらい経っても血中濃度が高いままで、実際の半減期は12時間以上になるということはザラにあります。
高齢の患者さんに対してはその点を考慮して、薬の量を調整するのが常識だと私は思うのですが、それが考慮されずに処方されてしまうケースは驚くほど多く、ただでさえ高齢者は体に薬が蓄積しやすい傾向にあるのです。
過剰に残った薬は、もはや薬ではなく、毒となる可能性のほうが高いと言わざるを得ません。
それだけでも問題なのに、総合診療という発想のない臓器専門医は体のあちこちに不調を抱えた高齢者に対し、それぞれの不調に応じた多種類の薬を「足し算処方」するのです。
そんなことをすればあっという間に薬漬けになり、かえって健康を損ね、場合によっては命を縮めることにもなりかねません。
総合診療型の医療への移行が阻まれるせいで、この国の高齢者はそういう危険に日々さらされているのです。
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精神科医
1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学教授(医療福祉学研究科臨床心理学専攻)。一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。
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(精神科医 和田 秀樹)
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