「マイナンバーカードには有効期限がある」トラブル続きのマイナ保険証を政府が国民に押し付ける本当の狙い
プレジデントオンライン / 2025年1月10日 17時15分
■「マイナ保険証のほうが便利」でなければ利用者は増えない
昨年12月2日をもって現行の健康保険証の新規発行が停止された。マイナンバーカードを使った「マイナ保険証」に一本化するとの政府方針だったが、現実にはマイナ保険証への切り替えは遅々として進んでいない。12月2日から8日まで1週間のマイナ保険証利用が急増したと福岡資麿厚労相は記者会見で胸を張っていたが、11月の18.52%の利用率が28.29%に上がったというだけで、まだ3割に満たない。大臣は「各種媒体を通じた広報を継続的に実施した一定の効果」だとしていたが、確かに、12月2日をもって現行の保険証は使えなくなると勘違いしていた人も少なくなく、この3割が定着するかどうかは微妙だ。
というのも、現行の保険証も期限が来ない限り1年間は使うことができる。また、期限が到来した場合でも、新たに発行される「資格確認書」が送られてくるので、引き続きマイナ保険証がなくても保険受診が可能だ。つまり、マイナ保険証の方が便利だ、となればこの1年の間に利用する国民が増えるだろうが、そうでなければ現行の保険証や資格確認書を使うことになるだろう。当然といえば、当然の国民の行動である。
■7割の医療機関でマイナ保険証のトラブルが発生
実際、マイナ保険証はトラブル続きで評判が悪い。2024年10月時点でマイナンバーカードを保有している人は9449万人と全人口の75.7%で、そのうち8割に当たる7747万人がマイナ保険証に登録している。にもかかわらず、利用率が3割に届かないのだ。多くの人が病院や薬局を受診する際、現行の保険証などを窓口に提示している。
全国保険医団体連合会の調査(調査対象1万2735医療機関)によると、2024年5月以降、マイナ保険証のオンライン資格確認でのトラブルや不具合が「あった」という回答は8929機関。「なかった」の3128機関を大きく上回り70.1%に達した。資格情報が無効だったり、カードリーダーの接続不良や名前や住所の間違いなどさまざまなトラブルが起きている。結局、「その日に持ち合わせていた健康保険証で資格確認をした」機関が6967にのぼった。
同連合会が前回行った2023年10月以降のトラブルの調査(対象5188医療機関)では、「あった」が59.8%だったといい、10%ポイントも上昇している。利用者が増えた分、トラブルも増えているということだろう。
■国会議員の多くが疑問を抱く「一本化」
政府はマイナ保険証の利用促進に躍起になっているが、野党をはじめ国会議員の多くが強引ともいえる「一本化」に疑問を感じている。昨年9月末の自民党総裁選には9人が立候補したが、岸田文雄政権で既に決まっている「マイナ保険証一本化」についても異論が出た。岸田内閣の官房長官を務めてきた林芳正氏が「不安の声があるので、それを払拭して、皆さん納得の上でスムーズに移行してもらうための必要な検討をしたい」と移行時期の見直しに言及。かつて総務大臣としてマイナンバーカード普及の先頭に立った経験を持つ高市早苗氏も「しっかりとマイナ保険証が使える環境が整備されてからというのが、一番皆様のためになると思う」と発言していた。
総裁に選ばれた石破茂首相も、総裁選の時には「納得していない人、困っている人がいっぱいいる状況があったとすれば、(従来の保険証との)併用も考えるのは選択肢として当然だ」と発言していた。もっとも石破氏は首相になると、「現行の健康保険証の新規発行終了につきましては、法に定められたスケジュールにより進めていきます」と発言、見直し姿勢は封印している。
■なぜ現行の保険証を廃止することになったのか
しかし、なぜ、現行の保険証を廃止することになったのだろうか。東京新聞は検証記事でこう指摘している。
「いつ、どんな議論を経て、誰が決めたのか。現行の健康保険証の廃止がどのようにして決まったのか、その経緯が分かる記録を政府は残していなかった。決定に至るまでの手続きも異例で唐突だった。国民が納得するだけの説明もない」
おそらく政府は、なかなか進まないマイナンバーカードの普及を一気に進める切り札になると考えたのだろう。当初はマイナンバーカードがあればコンビニの端末で住民票が発行できますといった利便性を強調することで普及を目指したが、国民の反応は鈍かった。
次に政府は「アメ」としてポイントを与える手を考えた。民間のクレジットカードなどがポイントを付与するのは、利用によって将来の収益を得られるから。政府が国民に利益供与して普及させるという不可思議な政策を始めたのだ。第1弾、第2弾併せて最大2万円分がもらえるようにした結果、2019年4月に普及率がわずか13%だったものが、2023年12月には普及率は73%に達した。この間、投じられた国費は2兆円。それでようやく国民の4人に3人がカードを持つに至った。
■「ないと不便」に変えれば普及すると読んだのか
もともとマイナンバー自体は、すでに国民全員が保有している。長年、リベラル派が反対してきた「国民総背番号」は実現しているのだ。銀行口座を維持するためにはマイナンバーの提示が求められているなど、マイナンバーの利用拡大も進んでいる。ところが政府はマイナンバーカードというプラスチックカードの普及に血眼になった。そこにはプラスチックカードなどの利権が存在するという穿った見方もあるが、岸田官邸で首相を支えてきたブレーンのひとりは、「マイナンバーカードの普及という目標を政治が設定してしまった結果、官僚機構の中で普及率引き上げが自己目的化した」と見る。
その決め手として政府が打ち出したのが、2024年12月での現行保険証の廃止だったのではないか。「マイナンバーカードがあると便利」から「マイナンバーカードがないと不便」に変えたのである。マイナンバーカードが無ければ病院にかかることができない、という恐怖心を国民に与えれば、マイナンバーカードが完全に普及すると読んだのだろう。
■現在のマイナンバーカードには有効期限がある
おそらく、2024年12月を期限にしたのにも理由がある。実は、現在のマイナンバーカードには有効期限があるのだ。カード発行から10回目の誕生日を過ぎると使えなくなる。カードが発行され始めたのは2016年1月なので、早ければ2025年1月以降、有効期限が来るカードが出始めるわけだ。更新手続きをしなければ無効になるので、当然、普及率に影響する。巨額の予算を使ってポイントを大盤振る舞いしてまで普及率を上げたのに、期限が切れて失効する人が増えれば、普及率は再び低下に向かう。
前述の全国保険医団体連合会の調査で、トラブル内容に「マイナ保険証の有効期限が切れていた」というものが20%に相当する1799機関から報告されているが、まさに「期限」の問題が到来している。カードそのものの期限は約10年だが、データも5年ごとに更新しないと無効になることはあまり知られていない。
■あと1年で利用率が100%になるとは考えられない
しかし、健康保険証を「人質に取る」やり方でのマイナカード普及促進は問題が大きいだろう。現在、有料老人ホームなど介護施設では、施設が健康保険証を預かり、医師の往診時や病院通院時などに使っているケースが多い。そうした介護老人の中には認知能力の低下などで、自分自身でマイナンバーカードを申請することも管理することもできない人が少なからず存在する。保険証が廃止されたらマイナンバーカードを預かります、という施設はほぼないと見られる。健康保険証だけでなく、さまざまな情報が紐付けられているため、本人に代わって施設が預かるリスクが、現行の健康保険証に比べて格段に大きいからだ。
こうした問題を解決するために、「資格確認書」が交付されることになっていて、マイナ保険証でなくても保険診療が引き続き受けられることになった。実質的には保険証の廃止は先送りされているとも言えるのだ。つまり、あと1年の間にマイナ保険証の利用率が100%になり、現行の保険証や資格確認書が不要になることはないだろう。保険証を廃止することで、マイナンバーカードを普及させるという政府の魂胆は不発に終わるに違いない。
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経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
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