1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 政治

「カカオトーク検閲」に韓国人が猛反発…「野党にウンザリ」逮捕されたユン大統領の支持率が急上昇しているワケ

プレジデントオンライン / 2025年1月23日 16時15分

2025年1月21日、弾劾裁判の公判に出席するユン・ソンニョル大統領 - 写真提供=YONHAPNEWS AGENCY/共同通信イメージズ

戒厳令を発令しその後弾劾訴追された韓国のユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領が、拘束・逮捕された。現職大統領の身柄拘束という異常事態となる中、なおも与党支持が急上昇している。中道層を中心に、メッセージアプリ「カカオトーク」の検閲方針などを打ち出す野党への失望が広がっているためだ。一方、「太極旗部隊」と呼ばれる与党支持者らは、身柄拘束を契機にいっそう団結を強めている――。

■現職大統領が逮捕、憲政史上初の異常事態

韓国のユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領が1月15日、内乱主導と職権乱用の容疑で身柄を拘束された。朝鮮日報は、捜査当局による現職大統領の拘束は、「韓国の憲政史上初」の事態だと指摘する。

さらに19日になって、ソウルの裁判所が逮捕状を出し、逮捕に至った。ロイター通信によるとこの際、ユン氏の支持者らが裁判所に押し寄せ、暴動が発生している。

支持者らは建物前で警備にあたっていた警官隊に対し、消火器を噴射。その後、建物内に侵入し、オフィス機器や備品、什器を破壊した。この暴動で、警察官9人を含む約40人が負傷。警察は46人を現行犯逮捕し、他の関与者についても追及する方針を示している。

騒動の発端は、ユン氏が12月3日に発令した戒厳令だ。戒厳令とは、戦争や内乱などの非常事態時に、行政権および司法権を軍が掌握する非常措置を指す。

今回の戒厳令を受け、特殊部隊が国会に突入したほか、警察に対しては野党指導者ら15人を拘束するよう指示が出された。ニューヨーク・タイムズ紙によると、特殊部隊を率いたキム・ヒョンテ大佐は、「戒厳令を停止するためには議員150人の賛成投票が必要だが、議員の集合を実力で阻止するよう命令を受けた」と証言している。

こうした軍の動員は、議会制民主主義の重大な侵害であり、民主化以前の軍事独裁政権時代を想起させる行為だとして、韓国国内で強い反発を招いた。同紙は戒厳令により、「1980年代後半の民主化以降、韓国最大の憲法的危機」に至ったと指摘している。

■なぜ戒厳令を発令したのか

戒厳令布告の背景には、野党との深刻な対立がある。保守系与党「国民の力」を率いるユン氏の主張は、議会多数を占める野党がその立場を利用し、来年度予算の削減や政治任命者への度重なる弾劾を試みていたと主張する。「政府を麻痺させようとした」として、ユン氏自身が抱いた「絶望」を理由に戒厳令を布告したとの説明だ。

ユン氏による戒厳令宣言の背景には、選挙不正への強い疑念があったことが明らかになった。ニューヨーク・タイムズが詳細を報じている。

「反国家勢力を一掃する」として戒厳令を宣言したユン氏は、最大野党で中道進歩・リベラル系の「共に民主」が議会多数を獲得した昨年4月の選挙について、正当性を否定。選挙に不正があったと主張し、戒厳令後、国家選挙管理委員会への強制捜査を計画していたという。

同紙によると、軍の将校らには非常に具体的な指示が出されていた。選挙管理委員会のコンピューターサーバーを押収し、幹部職員を拘束して地下の軍事施設で尋問する計画だったという。職員は縛られ、目隠しをされた状態で、選挙不正について尋問される算段だった。ただし、戒厳令は数時間で解除されたため、計画は実行に至っていない。

計画者のユン氏は現在、広さ約12平方メートルの独房に収監されている。ロイター通信は1月20日、ユン氏が20日間の拘束令状発行を受け、ソウル拘置所で初の夜を過ごしたと報じた。他の収監者と同様に、1食あたり予算約1600ウォン(約170円)の食事に甘んじる。

初めて拘束された1月15日から起算して最大20日間の拘束が可能となっており、起訴された場合はさらに6カ月の拘束延長が認められる。内乱罪は大統領の免責特権の対象外となっており、規定上は死刑の求刑も可能とされる。

■拘束後の支持率は不可解な回復傾向に

現職大統領の拘束という異例の事態を受け、韓国与党の支持率は急落するかに思われた。だが、昨年12月の戒厳令の発令以降、一時的に落ち込んだ与党支持率は、現在は回復基調へ移行している。拘束後も野党の支持率を上回った。

2022年、バイデン大統領と会談した韓国のユン大統領
2022年、バイデン大統領と会談した韓国のユン大統領(写真=米国大統領府/Executive Office of the President files/Wikimedia Commons)

韓国の世論調査会社リアルメーターは、拘束翌日からの2日間にわたり、最新の世論調査を電話による自動応答形式で実施した。結果、国民の力の与党続投への期待が浮き彫りになった。韓国主要紙の中央日報などが報じた。

調査によると、国民の力の政権継続を望むと回答した人の割合は48.6%となり、政権交代を望む46.2%を上回った。また、国民の力への支持は前回調査から7.4%ポイント上昇した。12月3日の戒厳令から約50日を経て、回復基調にある。

調査は18歳以上の有権者1004人を対象に、1月16~17日に実施された。リアルメーターによると、国民の力の支持率が共に民主を上回ったのは、昨年7月第3週以来初めてだという。

年齢層によっても明確な差異がみられた。20代と60代以上で国民の力支持が強い一方、40代と50代では政権交代支持が優勢となっている。

■野党支持率12%低下…「野党離れ」が止まらない

戒厳令や前代未聞の拘束劇を経てなお、国民の力が支持されるのはなぜか。海外メディアの見方を総合すると、主に2点の要因があるようだ。野党が対応を誤り支持を失ったことに加え、与党支持層が危機感を抱き結束したことが影響した。

米経済メディアのブルームバーグが詳細を報じている。野党は昨年12月26日、大統領代行を務めるハン・ドクス(韓悳洙)首相の弾劾追訴案を国会に提出し、翌27日に弾劾が決定。これに潜在的な与党支持層が危機感を覚え、積極的な支持への転向を誘った可能性があるという。

また、共に民主は12月にユン氏の逮捕を試みた。韓国の国務機関である高位公職者犯罪調査処(CIO)は、12月3日の戒厳令宣言に関連してユン氏の身柄の確保を試みたが、大統領の警護チームが阻止に動いたことで失敗。共に民主への失望につながり、野党支持率は12ポイント下落した。

韓国の保守系有力紙である朝鮮日報は、戒厳令危機後、共に民主が混乱収束に向けた取り組みを重視しなかったと指摘する。共に民主は代わりに、ユン氏およびハン首相に対する弾劾動議を可決した。これにより、戒厳令後に野党側に傾きつつあった支持率は与党有利に転じたという。

政治アナリストは朝鮮日報の取材に応じ、「ハン氏の弾劾は、野党が政治的優位性を乱用しているとして、中道層の有権者から批判を受けた」と指摘している。その後、共に民主は弾劾調査委員会において、ユン氏に対する内乱罪の容疑を取り下げている。これも国民の反発を招いた。

慰安婦被害者追悼日に出席したイ・ジェミョン氏
慰安婦被害者追悼日に出席したイ・ジェミョン氏(写真=京畿道政府/경기도청/KOGL/Wikimedia Commons)

■「カカオトークを検閲されるのでは」韓国国民の不安

さらに共に民主は、「検閲」とも取れる施策を提示。国民の支持を一層失った。同党は、極右YouTuberらがユン氏の戒厳令発令を援護する動画を積極的に公開したことを念頭に、フェイクニュースの拡散対策を行うと発表。韓国で最も普及しているメッセージアプリ「カカオトーク」などを挙げ、戒厳令に関連した偽情報を一般市民がソーシャルメディアやメッセージアプリで拡散した場合、内乱扇動の罪に問われる可能性があると警告した。

この方針は「カカオトーク検閲」とも呼ばれ、プライバシーの侵害として韓国国民の猛批判を呼んでいる。中道層の有権者のあいだで野党離れを加速させた。

韓国ニュースメディアのYTNによると、与党・国民の力の法律諮問委員会のジュ・ジンウ委員長は、「共に民主に批判的な人々を、『内戦の扇動』の罪で封じることは、極めて反民主主義的な行為であり、検閲禁止という憲法原則に真っ向から反する」と強く批判。

これに対し、共に民主のチョン議員はソーシャルメディアで、「法律に違反する悪質な虚偽情報の拡散は、表現の自由では保護されない」と反論。「カカオトーク検閲という言葉は的外れだ」とした上で、「誰もがカカオトークなどソーシャルメディアで内乱扇動に関する偽情報を拡散してはならず、それは犯罪となり得ることを認識すべきだ」との主張を繰り返した。

■弾劾連発への不信感、「太極旗部隊」の結束

共に民主に関しては、戒厳令以前の印象も必ずしも良くない。ソウルの漢陽大学のキム・ソンス政治外交学教授は、コリアタイムズ紙に対し、「多くの人々がユン大統領を批判している」と認める。その一方で、戒厳令以前の共に民主の行動を加味した場合、野党への抵抗感も根強いとキム氏は指摘する。

「共に民主は29人もの高位官僚の弾劾や予算削減を通じ、政府機能を妨害しようとしてきた。こうしたあからさまな行為に幻滅している人々もいる。ユン大統領は、そうした共に民主への不満をアピールすることに成功している」とソンス氏は述べ、与党の支持率が引き続き高い理由を説明している。

与党・国民の力の主要な支持基盤となっているのが「太極旗部隊」と呼ばれる保守層だ。韓国の国旗である太極旗を掲げて集会を行うこの市民団体は、教会に熱心に通う高齢の人々が中核メンバーとなっている。愛国的な歌を歌い、韓国とアメリカの同盟関係を支持する意思表示として両国の国旗を振る。

米リベラル系のニューヨーク・タイムズ紙は、彼らの姿は、アメリカのドナルド・トランプ大統領が率いる「MAGA運動(Make America Great Again:アメリカを再び偉大に)」の支持者たちを彷彿とさせると指摘する。

支持者たちの主張の拡散に大きな役割を果たしているのが、YouTubeだ。韓国のメディア研究機関である韓国報道財団の2023年の調査によると、韓国では国民の53%がYouTubeでニュースを視聴している。調査対象46か国の平均である30%を大きく上回る水準だ。

右派系YouTuberたちはユン氏と緊密な関係を築いており、2022年の就任式には数十人が招待された。ニューヨーク・タイムズ紙によると、戒厳令後の混乱の中でも、ユン氏は支持者たちに向け、「YouTubeのライブ配信を通じてあなたたちの闘いをリアルタイムで見ている」とメッセージを送っている。

■「アルゴリズムによって引き起こされた内乱」

同紙が集会参加者に行った取材からは、従来型メディアからYouTubeへの転換が鮮明となった。取材対象とした太極旗部隊の12人全員が、主なニュースソースとして、右派系YouTuberの動画を視聴していたという。太極旗部隊のメンバーであり72歳のキム・ジェスン氏は同紙に、「彼ら(右派のYouTuberら)は、真実を語っている。もう新聞は読まないしテレビも見ない。(新聞やテレビは)偏向だらけだからだ」と述べている。

支持者たちの決意は固い。記事によると72歳のキム・クォンソプ氏は、「妻に毎日、これが最後の別れになるかもしれないと言って集会に向かう」と語る。「私は大義のために死ぬ覚悟がある。これはユン・ソンニョル大統領を守るだけの問題ではない。子孫のために国を救うことだ」。左派政治家への不信感を強める彼らは、中国や北朝鮮に国を明け渡す事態すら念頭に、危機感を強めている。

こうした状況について、前国会議員で評論家のホン・ソングク氏は「アルゴリズムによる情報の偏りが国を分断させている」と指摘する。YouTubeなどの動画プラットフォームは、ユーザーの好みに合わせて似たような動画を優先的に表示するアルゴリズムを実装している。

スマホに表示された各種SNSアイコン
写真=iStock.com/Robert Way
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Robert Way

仮に視聴者が極端な思考を持っていたとしても、その見解に沿う動画が優先的に配信されるため、そのような見解が多数派であるかのような認識を強めやすくなる。「ユン・ソンニョルの内乱は、おそらく世界で初めての、アルゴリズム依存によって引き起こされた内乱だ」とホン氏は述べる。

■戒厳令で分断に拍車がかかる韓国政界の危うさ

ユン氏の戒厳令を経て、韓国の民主主義は大きな岐路に直面している。80年代の軍事独裁政権時代を想起させる、危険な状況が国家に迫った。

親ユン派のデモ参加者。黄色い制服を着た警官を乗せた多数の警察車両が群衆鎮圧の準備を整える
親ユン派のデモ参加者。黄色い制服を着た警官を乗せた多数の警察車両が群衆鎮圧の準備を整える(写真=Seefooddiet/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

だが、与党支持率は一時的な落ち込みを経て、わずか数週間で急速に回復した。現職大統領の拘束をもってなお、与党「国民の力」への支持は底堅い。むしろ野党への不信感が強まる結果となった。

与党支持層の結束は、韓国全土に蔓延する政治的分断の裏返しでもある。尹氏の支持基盤である太極旗部隊は、陰謀論にも近い特定の状況を信じ、野党や外国勢力から自国を守る責任感に強く突き動かされている。

こうした状況は、かつてのアメリカのトランプ政権とその支持層を想起させる。選挙で不正があったとする主張や、議会の強襲、従来型メディアを偏向報道と位置づけソーシャルメディアに依存する姿勢に、大規模な街頭デモ。よく言えば強い信念、悪く言えば偏重した思考が、韓国与党・国民の力を突き動かす原動力の一部になっている。

一方、野党としては戒厳令を機に支持を取り付ける好機を逃した。むしろメッセージアプリの検閲を想起させる施策で国民にそっぽを向かれた失態は手痛い。野党離れの現状に歯止めがかかる気配はない。

現職大統領が民主主義を危機にさらしても、なお与党に支持が集まる。こうした異様な事態を生み出している主な要因に、韓国で進行する国民の分断と、相次ぐ野党の失策による野党離れがあるようだ。偏向の与党に、信頼失墜の野党。韓国国民は支持政党の難しい選択に迫られている。

----------

青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

----------

(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください