なぜS・ジョブズのプレゼンは聴衆の心を刺したのか
プレジデントオンライン / 2013年5月20日 10時45分
日本人は、ともすればプレゼンが苦手だと言われてきたが、経済がグローバル化する中、そんなことも言っていられなくなってきたようだ。
とりわけ、「文脈」を必ずしも共有しない相手への、プレゼン。同じ社内だったら、阿吽の呼吸で通じるようなことも、いちいちゼロから説明しなければならない。
取引先とは、必ずしも利害が一致しないから、プレゼンにも「他者の目」が必要。さらに、「コンペ」のような状況では、自分たちのアイデアをあまり知らない人たちにも、思いを伝えなければならない。
文脈を超えて、より広く伝える。そんな「プレゼン」の奥義は、「愛のあるサプライズ」にあると、私は考えている。
人間の脳は、サプライズが大好きである。意外なこと、予想していないことは、脳に強い印象を与える。予想とのずれを受けて、脳内物質の「ドーパミン」が放出され、そのプレゼンのメッセージがより強く記憶される。
プレゼンを、サプライズに満ちたものにするために、最低限守るべきこと。プレゼン資料を、あらかじめ配ってはいけない。スライドが、全部で何枚あって、今その半分まできている、なんてことが相手にわかっては、サプライズを演出できない。
すべてが終わった後で、プレゼン資料を渡すのはよいけれども、最初から印刷物を配布してはいけない。これは、プレゼンの鉄則である。
プレゼンの名手といえば、真っ先に浮かぶのは、今は亡きスティーヴ・ジョブズ氏だろう。「もう1つ(One more thing)」といって、ステージ中央に戻ってくるのが、お得意のやり方だった。そのジョブズ氏が、新商品のプレゼン資料を、あらかじめ印刷して配る、などということが考えられるだろうか。
そのジョブズ氏のプレゼンは、今でも動画サイトなどで見ることができるが、改めてふり返ると、まさに「愛のあるサプライズ」のプレゼンだったということがわかる。
ここに、「愛」とは何か。何よりも、相手のことを考えることである。自分の意見やアイデアを一方的に押しつけるのではなく、それが相手にどのように受け止められているのか、あらかじめ予想し、それに合わせてプレゼンを用意することである。その意味では、プレゼンは、誕生日のサプライズと同じ。相手のことをよく知り、考えなければよいプレゼンはできないのだ。
今やプレゼンの古典とも言える、2007年1月、iPhoneを紹介するジョブズ氏のプレゼン。実は、事前に、ネットのメディアで「iPhone」という名前や、そのスペックが漏れていた。
だから、当日会場に来た人を満足させるためには、より一段深い工夫が必要だった。その結果、ジョブズ氏がどんな演出をしたか。内容を知っている人も多いとは思うが、ぜひ、ネットなどでもう一度確認してほしい。
つまり、プレゼンの奥義とは、「思いやり」だとも言える。相手の感性のあり方、知識のレベル、求めていることを知ったうえで、「サプライズ」を演出する。その表現が相手のことを考え抜いたものであるならば、必然的に「愛のあるサプライズ」となる。
「愛のあるサプライズ」は、プレゼンをする者と、聴衆を固く結びつける。聴いている者たちも、ああ、この人は本当に自分たちのことを考えてくれたのだと実感する。
ジョブズ氏がプレゼンのカリスマだったのは、つまり、徹底的に聴衆のことを考えていたからなのだ。
(脳科学者 茂木 健一郎 写真=AP/AFLO)
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