がん細胞のエネルギーを枯渇させる抗がん剤の発見
PR TIMES / 2018年6月19日 18時1分
~ミトコンドリア呼吸を標的にした新規がん治療法の可能性~
順天堂大学大学院医学研究科臨床病態検査医学の田部陽子 特任教授らの研究グループは、米国MD Anderson がんセンターのJoseph R. Marszalek 博士、Marina Konopleva 教授らとの共同研究において、細胞内のミトコンドリア呼吸鎖複合体I(*1)に対する阻害剤が、再発性/難治性白血病に対する新しいがん治療薬になりうることを発見しました。この阻害剤は、細胞のエネルギーを枯渇させることで、脳腫瘍細胞および白血病細胞の増殖を強く抑制し、がん細胞の細胞死を誘導しました。また脳腫瘍モデルマウスにおいても強力な抗がん作用を確認しました。現在、実用化に向けて再発性/難治性白血病において新規抗がん剤としての臨床研究を進めています。
本研究は、英国科学雑誌「Nature Medicine」のオンライン版(2018年6月11日)で発表されました。
【本研究成果のポイント】
細胞内のミトコンドリア呼吸の阻害剤ががんの細胞死を誘導することを発見
脳腫瘍モデルマウスにおいて阻害剤IACS-010759(*2)の強力な抗がん作用を確認
ミトコンドリア呼吸を標的にした新規がん治療法の実現の可背景
【背景】
高齢化が進む本邦では2人に1人はがんになり、死因の1位となっています。その治療において、抗がん剤が効かなくなる耐性の獲得が問題となっています。がん細胞が存在するがん微小環境では、がん細胞の性質は均一ではなく、異なる性質をもつ細胞の集団として存在しています。そのため、抗がん剤の特異的な分子異常を標的とした治療に対して、生き残ったがん細胞は変異をしながら次々と耐性を獲得していきます。研究グループは、この耐性の獲得を避けるため、細胞が共通してエネルギーを依存するミトコンドリア呼吸を標的とした抗がん剤の開発が有効ではないかと考えました。
【内容】
まず、がん微小環境においてがんの生存を助ける低酸素誘導因子 (HIF1a) *3を抑える分子に着目して、新しい医薬品の候補となりう得る化合物薬剤のスクリーニングを開始しました。そして、その化合物の中から、 ミトコンドリア呼吸鎖複合体Iを標的とする酸化的リン酸化阻害剤のIACS-010759(*3)を選出しました。 次に、この阻害剤IACS-010759の抗がん作用について複数の培養がん細胞を用いて調べたところ、エネルギー産生に必要なアスパラギン酸(*4)を抑えて、がん細胞の増殖を抑制することを発見しました (図1) 。
[画像1: https://prtimes.jp/i/21495/65/resize/d21495-65-514224-1.jpg ]
そこで、阻害剤IACS-010759ががん細胞の代謝に及ぼす作用機序について、がん細胞での酸素消費率や代謝産物の変化を調べたところ、ミトコンドリア呼吸の阻害にともなって、エネルギー代謝の解糖系(*5)が活性化することがわかりました。さらに、 IACS-010759による細胞死の誘導作用を調べたところ、正常細胞に対しての毒性は低く、解糖系に異常があるがん細胞に対しては細胞死を強く誘導して抗腫瘍効果が高いことがわかりました。
次に、がん細胞を移植した脳腫瘍モデルマウスに、阻害剤IACS-010759を毎日服用させたところ、腫瘍が縮小し(図2)、生存期間中央値が約2倍に延長することを確認しました。また、白血病細胞を移植したマウスにおいて、阻害剤IACS-010759は用量依存的に白血病細胞の比率を低下させることを確認しました。
[画像2: https://prtimes.jp/i/21495/65/resize/d21495-65-529893-0.jpg ]
以上の結果から、ミトコンドリア呼吸鎖複合体Iの酸化的リン酸化に対する阻害剤が、脳腫瘍や白血病に対する新しいがん治療薬になりうることを明らかにしました。
【今後の展開】
本研究によって阻害剤IACS-010759のがん細胞に対する抗腫瘍活性と生体に対する安全性が確認されたため、現在、急性骨髄性白血病の第一相臨床試験が米国のMD Anderson がんセンターで進行中です。 阻害剤IACS-010759は、正常細胞に対する細胞毒性が低いため、高齢者のがん治療に適しているという特長があります。また、呼吸代謝を標的とするため抗がん剤への耐性化を獲得しにくいことから、高転移性や難治性のがんへの新規治療薬として実用化が期待できます。今後、このようながん代謝制御治療が、がん治療のブレークスルーとなる可能性があります。
【用語解説】
*1 ミトコンドリア呼吸鎖複合体I:ミトコンドリアは細胞内にある小器官で、酸素を用いた呼吸によって一連のリン酸化を行い、効率的にエネルギーを産生する。そのミトコンドリアの内膜上にはI~IVまでの4つの呼吸鎖複合体があり、エネルギー産生に酸化還元反応を利用している。
*2 阻害剤 IACS-010759:化合物であり、ミトコンドリア呼吸鎖複合体Iを標的とする酸化的リン酸化阻害剤
*3 低酸素誘導因子 (HIF1a) : がん微小環境などで低酸素状態に陥った細胞で誘導される蛋白で、がん遺伝子を活性化し、がん抑制遺伝子を抑制する。
*4 アスパラギン酸: エネルギー産生を行うクエン酸回路の活性化に必要なアミノ酸。
*5 解糖系代謝: 糖(グルコース)を代謝してピルビン酸か乳酸を生成する。酸素が存在しなくても反応が進む。
本研究成果は、英国科学雑誌「Nature Medicine」のオンライン版(2018年6月11日)で発表されました。
論文タイトル: Oxidative phosphorylation inhibitor exploits cancer vulnerability
日本語訳: 酸化的リン酸化阻害剤が癌の脆弱性を利用する
著者:Jennifer R. Molina, Yuting Sun, Marina Protopopova, Sonal Gera, Madhavi Bandi, Christopher Bristow, Timothy McAfoos, Pietro Morlacchi, Ahmed-Noor A. Agip, Gheath Al-Atrash, John Asara, Jennifer Bardenhagen, Caroline C Carrillo, Christopher Carroll, Edward Chang, Stefan Ciurea, Jason B. Cross, Barbara Czako, Angela Deem, Naval Daver, John Frederick de Groot, Jian-Wen Dong, Ningping Feng, Guang Gao, Jason Gay, Mary Geck Do, Jennifer Greer, Jing Han, Verlene K Henry, Judy Hirst, Sha Huang, Yongying Jiang, Zhijun Kang, Sergej Konoplev, Gang Liu, Alessia Lodi, Timothy Lofton, Helen Ma, Polina Matre, Robert Mullinax, Michael Peoples, Alessia Petrocchi, Jaime Rodriguez-Canale, Riccardo Serreli, Thomas Shi, Melinda Smith, Yoko Tabe, Jay Theroff, Stefano Tiziani, Quanyun Xu, Qi Zhang, Florian Muller, Ronald A. DePinho, Carlo Toniatti, Timothy P. Heffernan, Giulio F. Draetta, Marina Konopleva, Philip Jones, M. Emilia Di Francesco, Joseph R. Marszalek
DOI: 10.1038/s41591-018-0052-4
本研究は、米国MDアンダーソンがんセンター, テキサス大学, 英国 ケンブリッジ大学との国際共同研究として行われました。なお本研究は、東京オンコロジーコンソーシアム(順天堂大学、聖路加国際大学、慶應義塾大学)とMDアンダーソンがんセンターの間で平成29年7月に取り交わされた姉妹協定に基づく共同研究のひとつとして進められたものです。また、本研究は順天堂大学学長特別共同プロジェクト研究、 MDアンダーソンがんセンター Sister Institution Network Fund などの助成を受け実施されました。
企業プレスリリース詳細へ
PR TIMESトップへ
この記事に関連するニュース
-
難治性卵巣がんの治療抵抗性を引き起こす細胞間の協調作用を発見
共同通信PRワイヤー / 2024年4月26日 10時0分
-
米ぬか由来ナノ粒子の抗がん作用を確認 ~未利用資源を原料とした安価で安全なナノ粒子製剤開発に期待~
PR TIMES / 2024年4月22日 11時45分
-
IRBMがAACRで、進行性脳腫瘍および急性リンパ芽球性白血病に対する新規前臨床薬剤の強力な抗腫瘍効果を発表へ
共同通信PRワイヤー / 2024年4月5日 9時41分
-
発がんウイルスHTLV-1はヒトへ適応できていないことで病気を引き起こす-HTLV-1の新たな発がん機構の解明と新規治療標的を発見-
PR TIMES / 2024年3月29日 18時45分
-
がんの細胞死を制御するタンパク質の新たなしくみを解明~HDM2をターゲットとした新たな抗がん剤開発への応用に期待~
PR TIMES / 2024年3月29日 15時15分
ランキング
-
1米ファンドに日本KFC売却=三菱商事、来月にも
時事通信 / 2024年4月26日 20時17分
-
2円安止まらず158円44銭 NY市場、34年ぶり水準
共同通信 / 2024年4月27日 9時45分
-
3円相場が一時1ドル=157円を突破 34年ぶりの円安ドル高水準を更新
日テレNEWS NNN / 2024年4月26日 23時38分
-
4突然現場に現れて「良案」を言い出す上司の弊害 「気になったら即座に直したい」欲求への抗い方
東洋経済オンライン / 2024年4月26日 9時0分
-
5円安、物価上昇通じて賃金に波及するリスクに警戒感=植田日銀総裁
ロイター / 2024年4月26日 18時5分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください